last update:Monday, January 23, 2012

県民性・地域性−鹿児島

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鹿児島のシンボル桜島













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◆近世国名・藩名:大隅(おおすみ),薩摩(さつま)

 鹿児島県は,日本本土最南端にあり,総面積は9,187平方キロメートル。薩摩半島,大隅半島の二つの半島と多くの離島を有し,17市,28町,4村の49市町村で構成されている。
 薩摩は,九州南部,鹿児島県西半部の旧国名で,慶長年間の石高は約28万石。古代は隼人(はやと)族の居住地。鎌倉時代に島津氏が守護となり,江戸時代は一国一藩を形成。島津藩の領地で「薩摩」と呼ばれていたが,廃藩置県で鹿児島県に編入した。
 
 
 日本の近代化に貢献した西郷隆盛や大久保利通など鹿児島県出身の数多くの人が,1868年の明治維新のときに重要な役割を果たした。このなごりが,戦前の警官を象徴する「オイ,コラ」という言葉。これらは,鹿児島弁であり東京の言葉ではなかった。

  鹿児島県の人口は55(昭和30)年の204万4000人がピーク。72年には高度経済成長に伴う大都市への流出で170万5000人に減少,その後自然増と社会増により85年に181万9000人に戻した後,一転して減少傾向にある。07年鹿児島県発表の06年10月1日現在の推計人口は174万3021人。

 鹿児島県は,有数の農業県である。2006(平成18)年の産出額では,北海道に続き全国2位,千葉県が3位で茨城県が4位,5位は宮崎県の順で,この上位5道県で全国の農業産出額の3割を占めている

 04年3月に,九州新幹線鹿児島ルート鹿児島中央・八代間が開業し,鹿児島と博多間が約2時間10分で結ばれた(博多までの全線開業後は,約1時間20分とアクセスは向上する。)

●とぴっく−NHK大河ドラマ 「篤姫」
  来年のNHK大河ドラマは,宮崎あおい主演の「篤姫」。幕末に薩摩・島津家から13代徳川将軍・家定に嫁ぎ,江戸城の無血開城に尽力した良妻・篤姫がヒロイン。篤姫を演じる宮崎の脇を固める俳優陣も鹿児島ゆかりの人物が多い。篤姫に思いを寄せる薩摩藩家老・肝付尚五郎(小松帯刀)役の瑛太(24)は,父親が鹿児島出身。ドラマでの父・肝付兼善役の榎木孝明(51),小松清猷役の沢村一樹(40),島津久光役の山口祐一郎(50)の3人も,鹿児島県生まれである。

  鹿児島経済の持続的発展に向けて


●県庁所在地:鹿児島市 
 人口:人口:602,584人(07年4月1日現在)  面積:546.95平方キロメートル  年間平均気温:19度 。
 現在は,薩摩半島の北東部および桜島(さくらじま)全域を市域とし,南九州の政治,経済,文化,交通の中枢にある。島津氏のおひざ元,城下町として独自の文化を育んできた鹿児島市。氏ゆかりの史跡や公園,庭園,明治維新ゆかりの史跡も多く,歴史と文化を学ぶことができる。

 市のシンボルともいえる桜島も大きな見どころの一つ。桜島は現在も活動を続けている活火山 。北岳・中岳・南岳の3つから成り,周囲は約55km・面積は約77ku。最高峰は北岳の1,117m。鹿児島湾(錦江湾)を望み,桜島などに年間約900万人の観光客が訪れる。風景がイタリアのナポリ市に似ていることから,「東洋のナポリ」とも呼ばれる。
 
    鹿児島空港 足湯

 島津氏の城下町として独自の文化を育んできた鹿児島市。島津氏ゆかりの史跡や公園,庭園,西郷隆盛,大久保利通などの多くの偉人を輩出し,史跡も多い。
 城山に立つと,煙突が一つも見えないというのが昔の鹿児島人の自慢であった。しかし,これを裏返せば,鹿児島の近代化の遅れを示すものである。

桜島
 紺碧の錦江湾に悠然と鎮座する桜島。約26,000年前の誕生から約5,000年前までが北岳の活動,4,500年前から現在までの活動が南岳の活動です。

 溶岩色(らばいろ)を重ねて古りて冬ざれて / 高濱年尾  


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     垂水(国土交通省監視カメラ国土交通省)


まちを歩けば温泉に当たる
 鹿児島市内には,天然温泉の公衆浴場が数多くある。市街地だけでも現在約50ヶ所の温泉が掘られている。
・天文館
 鹿児島市の中央地区商店街は「天文館」の名称で親しまれる。天文館の名前は,幕末の薩摩藩主・島津重豪が建てた天文研究施設名を由来とする。約8.5ヘクタール内にある商業,飲食,娯楽などの施設が集中。とくに夜の天文館は歓楽街として,全国にその名がとどろいている。

・朝市
 市内には,JR鹿児島中央駅近隣(バスターミナル周辺)と桜島桟橋近くの滑川通り周辺の2ヶ所で,地の野菜や生花,水揚げされたばかりの魚などを売る露天が並んでいる。

鹿児島市には全国でも少なくなった路面電車が走っている。 鹿児島市電は大正元年12月1日に鹿児島電気軌道として開業。昭和3年7月1日に鹿児島市へ譲渡。昭和36年伊敷線開通によって営業キロ数は19.4kmまで延長される。昭和42年ワンマンカー化,昭和44年均一運賃制の導入,昭和50年乗換券導入,と常に経営の合理化とサービスの向上をはかってきたが,モータリゼーションの急激な変容に追従することは難しく,昭和60年上町線,伊敷線が廃止された。現在の営業キロ数は13.145km。

市電の基本データ
 軌間:1435mm  総営業キロ13.1km全国5位
 営業開始大正元(1912)年12月武之橋−谷山(当時谷山は市外)

●地域区分

鹿児島地域: 鹿児島市 日置市 いちき串木野市 三島村 十島村
南薩地域: 枕崎市 指宿市 南さつま市 南九州市
北薩地域: 阿久根市 出水市 薩摩川内市 さつま町 長島町
姶良・伊佐地域: 霧島市 伊佐市 加治木町 姶良町 蒲生町 湧水町
大隅地域: 鹿屋市 垂水市 曽於市 志布志市 大崎町 東串良町 錦江町 南大隅町 肝付町
熊毛: 西之表市 中種子町 南種子町 屋久島町
大島: 奄美市 大和村 宇検村 瀬戸内町 龍郷町 喜界町 徳之島町 天城町 伊仙町 和泊町 知名町 与論町


●県民性

 鹿児島のシンボルは桜島。イメージカラーは黒。鹿児島の暮らしには,黒豚,黒牛,黒焼酎,黒麹,黒切子,・・・・と黒が溢れている。

 鹿児島は,南に位置するという地理的条件から,古くから中国や韓国,東南アジアをはじめ世界の国・地域の文化と接しながら,独自の歴史や文化を作り上げてきた。鎌倉時代から一貫して島津家の支配下にあったことや,江戸時代は一国一藩であったという歴史的背景があって,郷土意識が強く,士魂商才の伝統−−武士の精神と商人の知恵−が根づいている。

  温暖な気候を影響してか,鹿児島県人は概して「気が短い」,「粘りがない」といわれる。よくとらえると,見方を短気で粘りがないが,変化を恐れず「進取の気に富む」ともいえよう。その上にいったん決めると「一致団結する」。悪く言えば「徒党を組む」ことになる。この力が幕末に爆発して明治の改革をなしとげたし,多くの若者を西南の役へとかりたてた。

 このような行動パターンがマイナスとなった事例の1つに廃仏毀釈の徹底がある。鹿児島には大きな寺が少ない。「南林寺」,「妙圓寺」といった地名はあるが,そこには寺がない。鹿児島はこの時に建物としての寺院を失っただけでなく,大切な文化をも断絶してしまったのである。
 
 長く島津支配にあったことから,守旧,保守的で排他的傾向も強い。 愛知県になぞられて『鹿児島モンロー主義』ともたとえられる。
 上下関係に厳しく,年長者の影響力が強い体育会系気質でもある。男尊女卑は広く知られる。薩摩隼人(男)は,利害を省みない潔さと,勇猛果敢さを兼ね備え,質実剛健を旨とする。反面,「ばっけもん」といわれる言葉に象徴されるよう一本気で融通が利かないともいわれる。「焼酎気質」ともいわれるのは,“薩摩隼人”は,熱しやすく冷めやすいからとも。
 一方,「薩摩おごじょ」と呼ばれる女性は,控え目で気立てがよく,でしゃばる事が少なく気持ちが優しい女性が多いという。これはまた,男性をうまく引き立てる能力に長けるという表れでとも言える。

 鹿児島には,薩摩藩の時代から伝わる「郷中教育(ごじゅうる)」という地域ごとの教育制度があって,昔は子供たちに薩摩に伝わる示現流という剣術や歴史,中国の古典などを教えていたという。




▼なぜ,鹿児島は唐芋(サツマイモ)焼酎になったのでしょう?

   鹿児島では,今日,唐芋(サツマイモ)焼酎が一般的です。17世紀の初めに沖縄から唐芋(サツマイモ)焼酎が伝わってきたのを境に,唐芋(サツマイモ)焼酎が作られ始めたと考えられています。鹿児島のシラス台地という唐芋(サツマイモ)栽培に適した土地柄もあって,急速に唐芋(サツマイモ)焼酎作りが広まったようです。

 実際に,唐芋(サツマイモ)焼酎を本格的に作り始めたのは,18世紀初頭,前田利右衛門という人が,琉球から唐芋の苗を山川地方に伝えた以降の事だと言われています。要するに,庶民の酒である焼酎作りの原材料に高価な米を使う事は,もったいなかったというのが,唐芋焼酎(サツマイモ)になった最大の理由のようです。


◇唐芋(サツマイモ)
 サツマイモ(薩摩芋、学名: Ipomoea batatas L.)は、別名、甘藷(かんしょ)、唐芋(からいも、とういも)、琉球藷(りゅうきゅういも)と呼ばれる。

◇山川地方
 山川町(やまがわちょう)は、鹿児島県の南部にあった町であり,揖宿郡に属した。 2006年1月1日に隣接する指宿市・開聞町と合併で指宿市となり、自治体としては消滅した。
出身地など任故郷や応援したい自治体に寄付した金額に応じて住民税などが控除される「ふるさと納税制度」で,鹿児島県は全国トップクラスの実績をあげている。
 鹿児島県は08年末までに765件,計約6000万円を集めた。東京や大阪の県事務所に専従班を置き,県出身者に“営業”をかけたことなどが功を奏したという。
  納税額では2億円の個人寄付を受けた栃木県が突出しているが,栃木以外では鹿児島は全国上位。これは,県出身者の郷土愛と結束の強さのあらわれと受け取れる。


●縁とゆかり 長野県伊那−椋鳩十

 児童文学者:椋鳩十(1805(明治38)-1987 むく はとじゅう 本名:久保田彦穂)は,長野県下伊那郡喬木村に生まれ,法政大学を卒業した後,鹿児島県立図書館館長や鹿児島女子短期大学学長をつとめる。氏は,日本で初めて本格的な動物文学のジャンルを切り開いた作家。動物の生態を生息する自然の中で正確に描き,動物と人間とが自然の中で共存する大切さを訴えている。「片耳の大シカ」「マヤの一生」「カガミジン」などの作品を残した。
 加治木町に約20年間在住したことから「椋文学発祥の地」として又「椋鳩十の第二のふるさと」として,90(平成2)年に文学記念館を開館した。
 生地,長野県下伊那郡喬木村にも記念館が設置されている。

参勤交代

 徳川の参勤交代時代のことであろう,信州路の宿場に,次のような戯れ歌が残っていたという。

 「人の悪いのは鍋島,薩摩 日暮れ六ツ泊りの七ツ立ち」
  午後6時に泊まり,翌朝午前4時の早出発,鍋島,薩摩藩のミミッチさを歌ったものである。 (出典:長野県観光連盟編 信州歴史の旅 令文社刊)

 徳川幕府は,大名たちが反族を翻すことがないように講じた手段の一つが,参勤交代の制度である。この制度は,大名たちに一年交代で江戸に参勤することと,夫人や嫡子の江戸在住を義務づけるもので,寛永十二(1635)年に改正された「武家諸法度 はっと」で明文化された。この制度により,大名たちは江戸と領国の二重生活を余儀なくされ,江戸での出費や旅費の工面に悩まされ続けたのである。島津氏がはじめて江戸に参勤したのは慶長12(1607〉年のことである。このときは島津家久が1180人あまりの藩士をしたがえて江戸にのぼり,二代将軍秀忠に拝謁し,芝に宅地をあたえられた。その後,島津氏も頻繁に参勤するようになり,桜田・高輪・田町などにも藩邸が設けられた。

 江戸・鹿児島間はおよそ440里(約1700キロ),大名のなかでもっとも遠方からの参勤であった。 江戸前期,薩摩半島西岸(川内・阿久根・出水 せんだい あくね いずみ)または日向細島(宮崎児日向市)と大坂のあいだは海路を,大坂と江戸のあいだは東海道または中山道を利用していたが,中期以降は海路はあまり使われなくなり,山陽道・九州路(小倉から熊李出水を経て鹿児島に至る)を往復するようになった。所用日数は40日から60日前後。参勤についやす経費も莫大で,享保五(1720)年の参勤予算を例にとると,大判四枚,新小判六五〇枚,新一分金1200切,銀141貫,四宝銀698貫190日,銭三五六八貫文,米380石であった(「列朝制度」巻一五)。
 江戸時代,参勤交代の制度などにより江戸と地方を結ぶ交通網が著しく整備されたが,島津氏の領国は日本の最南端に位置するため,領内を通過する大名もなく,また藩が他国人の出入りをきびしく制限していたため,宿場や街道の整備はよそよりたち遅れていた。
                      
 他藩へつうじる主要街道(薩摩では筋と称した)としては出水筋・大口筋・高岡筋の三つがあった。出水筋は伊集院・向田(川内)・出水を経て肥後国水俣へと至り,小倉筋・西目筋ともよばれた。大口筋は加治木・横川・大口を経て水俣へ至る。高岡筋は福山・都城を経て日向国佐土原へと至り,日向筋・東目筋ともよばれた。このほか,加久藤(宮崎県えびの市)から肥後国人吉へ至る街道や,都城から飲肥(おび・宮崎県日南市) へ,志布志から串間へ抜ける街道もあった(内閣文庫蔵「元禄国絵図」)。

       出典:『鹿児島県の歴史』 山川出版社 p176〜p177


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薩摩の小京都

知覧町武家屋敷,町並,薩摩英国館,

●鹿児島県の方言

 鹿児島県は,鎌倉時代に源頼朝の一族である島津氏が入り,三州(薩摩,大隅,日向)を統一した。だが,薩摩,大隅地方が日向地方と地理面で隔絶していることから,方言の一部や習俗を近世に至るまで維持してきた。
  『てげてげ』⇒『ほどほど,いいかげん』
   一見,消極的な姿勢を指す言葉だが,スロー思想にも通じる鹿児島らしさとも,受け取れる。
  『せぺとべ』⇒『精いっぱい飛べ』
  『だれやめ』⇒『疲れをとる』
    焼酎を飲む時間のこと。
  『ラーフル』⇒黒板消し

  『シロクマ』⇒かき氷 *天文館にある名店が考案した逸品。練乳をふんだんに氷を絡めている。

●桜の見所

・藺牟田池県立自然公園
 場所:薩摩川内市祁答院町藺牟田1993
 
・上床公園
 場所:霧島市溝辺町麓3391
 

●ランキング・ワースト&ベスト
・九州駅弁ランキング

 JR九州主催の第4回「九州の駅弁ランキング」(08年)。1位は「百年の旅物語『かれい川』」(嘉例川駅=鹿児島県霧島市 1050円)。
 ランキングは同社が選定した50種類の駅弁が対象。昨年10月1日から1月末までの4カ月間で実際に食べた人にホームページやアンケートはがきで▽味▽(地元食材の)こだわり度▽見た目▽パッケージ▽価格−の各項目で評価してもらい,今回は4900名の一般投票から,上位15の駅弁を対象に,コラムニスト,駅弁評論家などを特別審査員として駅弁品評会を実施し,「第4回九州の駅弁ランキング」を最終的に決定したという。

・温泉

 鹿児島県は,温泉源泉数2283で全国第2位(00年環境省 都道府県別温泉利用状況),湧出量毎分2800トンと,全国屈指の温泉県である。指宿の天然砂むし温泉は世界的にも珍しいお風呂。

 また,良質で豊富な農林水産物を産出するとともに,それらを活用した食品産業が集積しており,日本の食糧供給基地としての役割を担っている。豚の飼養頭数(全国のシェア14.2%)および肉豚出荷頭数(全国シェア12.2%)は全国1位である。特に肉質の優れた黒豚(バークシャー )は,大人気である。鹿児島の養豚の歴史は今から約400年前,島津家18代 台藩主・家久により移入され,幕末から明治にかけて「かごしま豚」のおいしさが全国に知れ渡たった。現在のかごしま黒豚は,明治以降に肉質が優れているとされる英国バークシャー種に改良を重ね出来上がった。

養殖マグロの−日本一の生産県
 マグロの国内消費量(約6万トン)に養殖マグロが占める割合は6%程度だが,現在は世界的に需要が急増。一方で,乱獲による資源減少防止のため国際的な漁業規制強化が進んでいることから,水産業界では養殖に注目し始めているという。
 養殖マグロは業界推定では国内で3530トン(06年)生産されているが,6割近くを鹿児島県(特に奄美大島)が2000トン,2位は長崎県(対馬,五島)で約500トン。天然種苗であるヨコワは,長崎県の壱岐・対馬,あるいは四国や紀伊半島沖等の漁場で,体長20〜30cm,体重100〜500g程度のサイズで捕獲される。養殖場では,,これを大型のイケスで飼育し,2年半から3年程度かけて30〜70kg程度の大きさに育てて出荷している。

  薩摩半島の西南端に位置する枕崎市は,日本一の「カツオのまち」として有数の港町(特定第三種漁港・開港)である。市の南方沖合には東シナ海の好漁場を控え,県内外の多くの大中型まき網漁船が枕崎漁港を基地として操業を行っている。
 枕崎漁港における05年の水揚量は,かつお漁業4万1961トン,青物漁業3万9966トン,沿岸漁業1564トン,輸入運搬船(カツオ) 3万6813トンで,全体の水揚量は12万304トンである。
 九州農政局鹿児島農政事務所統計部発表の06年海面漁業・養殖業生産統計(概数)によると生産量は16万197トンと,前年に比べ5.3%減少した。
 海面養殖業のうちブリ類(カンパチを含む)の収穫量は5万7983トンで,前年を2.6%下回ったが14年連続で日本一。カンパチ(2万9941トン,2.5%減)も統計を取り始めた02年から続く日本一となった。
 

さつまいもの生産量−日本一
 鹿児島は生産量日本一のさつまいの産地でもある。山川町で船乗りをしていた前田利右衛門が1705年(宝永2年)琉球から持ち帰ったサツマイモ(鹿児島ではカライモと呼ぶ)の栽培に成功し,この栽培は瞬く間に鹿児島全域に広がった。これが日本におけるサツマイモ普及の初めであったと伝えられている。現在もサツマイモは,いも焼酎や焼きいもをはじめ,ヘルシーな食べ物として人気を集めている。
 台風に強く,南国の強い日差しを好むというサツマイモは,薩摩にとってピッタリの作物。江戸時代に漁師の前田利右衛門(まえだりえもん)が,琉球(沖縄) からさつま芋を鹿児島に持ちこんだのが始まりだ。
 さつま芋は,やせた土地でもよく育ち,あたたかさを好む。そのため,桜島の火山灰からなる土壌をもつ鹿児島には,うってつけの作物として広まった。それまでは,米や粟,きびといった雑穀で焼酎をつくっていたが,芋でつくった焼酎が地元の酒として根づいた。
  鹿児島で芋焼酎づくりがさかんなのは,なんといっても原料となるさつま芋の最大の産地であるため。「県内で1,200以上の銘柄を製造し,それぞれの味に蔵元の個性が色濃く反映されている。
  
 お茶の歴史は,中国雲南省の山岳地帯に始まったとされる。日本にお茶を飲む風習を伝えたのは,臨済宗の開祖,栄西禅師だと言われている。鹿児島茶は,静岡茶に次いでの生産量である。だが,鹿児島茶は主にブレンド茶の材料として使われていたため,静岡茶と較べて知名度は低い。また,鹿児島は竹にゆかりのある土地で,竹林面積は16,309ha(農林水産省「2000年世界農林業センサス(林業編))で,2位の大分県に約3,000haの差をつけ日本一である。なお,孟宗竹は鹿児島から全国に広まったといわれる。
 
 葉タバコの作付け面積は,2170haで宮崎県が全国第1位。以下熊本,岩手,鹿児島,青森の順。


  九州一の過疎県でもある鹿児島県は,日本で一番女性(薩摩おごじょ)の割合が多い。県の人口はおよそ178.3万人(2001年)。そのうち男性が83.6万人,女性は94.7万人。

 鹿児島は日本最初の紡績工場やガラス工場を生んだ県でもある。国分・隼人地域を中心に,電子関連産業の集積と技術の高度化が進んでいる。 現代科学の粋を集めた宇宙ロケット打上施設を有する国内で唯一の県でもある。

 屋久島世界遺産地域は,特異な生態系と優れた自然景観を有する地域であることから,93年,世界遺産条約に基づき,青森・秋田両県にまたがる白神山地とともに,わが国で初めての世界自然遺産地域として登録された。

市区町村別出生率 1位鹿児島県徳之島・最下位東京都目黒区

 厚生労働省 市区町村別合計特殊出生率 発表の2003(平成15)〜2007(平成19)年の全国の市区町村別合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子供の平均数の推計値)によると,最も高かったのは鹿児島・徳之島の伊仙町で2・42。3位は徳之島の3町がトップ3を独占した。

 この他,30位のほとんどを九州・沖縄の島嶼(とうしよ)部が占める一方,下位30位の約半分は東京都内の自治体だった。合計特殊出生率の高い方をみると,鹿児島県伊仙町が2.42で最も高く、次いで鹿児島県天城町(2.18),鹿児島県徳之島町(2.18)となっている。

日本一長い村−十島村
 十島村(トカラ列島)は屋久島と奄美大島の間に,北から口之島,中之島,平島,諏訪之瀬島,悪石島,小宝島,宝島の有人7島と臥蛇島など無人5島の合わせて12の島々からなる。南北約160キロに及ぶ「日本一長い村」である。人口は641人(07年5月末現在)で,65歳以上の老齢人口の割合は36.97%と高齢化の進みようは激しい。役場は鹿児島市にあり,県本土とを結ぶ交通路は海上交通しかない。

 屋久島世界遺産地域は,特異な生態系と優れた自然景観を有する地域であることから,1993年,世界遺産条約に基づき,青森・秋田両県にまたがる白神山地とともに,わが国で初めての世界自然遺産地域として登録された。


 坊津港(鹿児島県)は,「港口西方に向ひ,口狭うして奥遠く, 港湾小なりと錐,各方面の風を保障して頗る安全なる港たり,底甚だ深くして大抵3・40尋あり1)」(自然的条件)とある。この港は平安時代末より,鎌倉・室町の各時代を通じ,藤原氏の所領地であり,帆船渡航地点として支那に最も近かったために賑わった(海洋指向,地理的条件)。

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