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奈良県は近畿地方の内陸にあって,西方を山に囲まれ,地勢は吉野川により南北に二分され,北が丘陵地と奈良盆地,南は大山岳地帯となっている。
人口約145万人(全国 126百万人),面積約3700kuと,人口,面積ともにほぼ全国の1%を占める。
なお,県の面積の6割を占める吉野郡全体(2257ku・人口密度28人)が殆ど過疎地域である。
全国的に見ても1000kuを超える地域で人口密度が吉野郡を下回るのは北海道,福島県南会津郡(2,341ku・人口密度16人),長野県木曽郡(1,688ku・人口密度26人),宮崎県東臼杵郡(2.096ku・人口密度28人)と数少ない。
●県庁所在地−奈良市
人口369,708人(世帯数150,626)。
奈良は710年,平城京が造営され本格的な都市(首都)となった74年後の784年,長岡京へ遷都され,首都機能を失ない次第に衰微するが,諸大寺がそのまま残り,勢いをのばした興福寺をはじめ東大寺や元興寺のまわりに、しだいに「まち」=郷が生まれ、今日の奈良のもとが形づくられた。
11〜12世紀頃「外京」は「郷」を形成して繁栄し,次第に現在の奈良の都心部を形成していく。外京では1709年,大仏殿が再建され多くの参詣客を全国から集めるようになり,観光都市として発展する動機となる。1898(明治31)年市制施行,戦災を免れ1950(昭和25)年には京都と共に「国際文化観光都市となった。
02年全国で29番目の中核市となる。(中核市になる保健所が処理する事務、民生行政、都市計画等及び環境保全行政に関する事務権限が都道府県から移譲される。)
●県民性
“奈良の建て倒れ”は,大阪の食い倒れ,京都の着倒れに対しての比喩。また,のんびりとした気質をたとえたものとして,“奈良の寝倒れ”とも言われる。建物や耐久消費財にお金を掛けてしまう気質を表す言葉。県南の吉野山地は林業,東の奈良山中は高原農業で独自に発達したが,穏やかで,賢く,つましく暮らすという気風が色濃い。奈良盆地には古い歴史を誇る家が多く,六百年の家系をたどれる家もあるという。代々,同じ場所に住みついていることから,保守的だが飾り気のない,温良で人なつこい人が多い。
近年,大阪のベッドタウンになり,県民性も様変わりしつつある。また,観光地化で他力本願で消極的,計算高く商才にたける,との指摘も聞かれる。
●奈良の方言
『おとろしい』⇒ 面倒くさい,邪魔くさい
『まわりする』⇒ 準備支度する
学校へいく時間やで。はよ,まわりしいや。
『しゃんなんあかん』⇒しなければならない
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●ベスト&ワースト−ランキング
大仏とシカ,国宝級の古代美術に象徴される奈良。710年(和銅3年)飛鳥の藤原京から奈良へ都が移され平城京が築かれた。その後,70年間,平城京は古代日本の都として栄えた。大和朝廷の発祥の地であり平城京の置かれた地であることから,古代文化を今に伝え,歴史的・文化的資源が数多くあり(国宝・重要文化財指定件数3位)「観光地」として世界的にも著名である。
奈良県には年間3500万人の観光客が訪れているが,その数は年々減り,特に若い世代に不人気である。京都と較べ,楽しめる施設やサービスが少ないというのがその理由である。
2010年には平城遷都1300年という節目を迎える。若い世代を意識した観光活性化策が奈良の重要課題の一つである。
奈良墨 −空海が唐から製法を持ち帰り,興福寺二諦坊で造ったのが始まりとされる。奈良の墨は,桐の油を燃やして造る「油煙墨」があることから,南都油煙墨とも呼ばれた。天正年間には,良質の油煙墨を幕府に献上し南都墨の声価を高めた。現代でも全国のシェアの大半を占めている奈良の代表的伝統産業である。
吉野スギを使った高級割り箸の産地として知られる下氏町。下市町は割りばし発祥の地を自負している。吉野地域から大阪,和歌山方面への玄関口として栄え,町の8割を占める森林資源を活用した木工業が盛ん。とりわけ割りばしは,南北朝の昔,吉野に滞在した後醍醐天皇に献上したことから発展したという。町内の製箸業者はいま50ほど。
・県内の自殺率 全国最低-所得安定,核家族化
奈良県内の自殺死亡数と自殺死亡率(人口10万人当たりの自殺者数)はともに1998(平成10)年に急増,その後も高い水準で推移している。一方では全国都道府県の中で2006年と2007年に最も低い数値である。
人口10万人当たりの県内自殺者数は、2006(平成18)年で18.1人,07(19年)で18.0人となっている。この数字は県内で発生した
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