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06年5月現在の人口1,385,528人,世帯数 497,396の滋賀県は,日本列島のまん中に位置する。東日本と西日本,日本海側と太平洋側を結ぶ接点にあることから,古代から日本の回廊ともいうべき役割を担ってきた。
日本一大きい琵琶湖は,県の面積(約4,017平方キロメートル)の約6分の1を占める。この湖を囲んで,古代の東海道・中山道・北国道が通り,後代には,北国街道・朝鮮人街道・御代参(ごだいさん)街道などが整備された。これらの街道の発達を通じ,中世以来の商業活動や市場の形成を促してきた。
県の中央にある日本最大の湖・琵琶湖は,かつては京阪地方と東日本や裏日本を結ぶ重要な交通搬送路となった。そして,県内を東海道,中仙道,北陸道が通り,県西部が京都に隣接することから,物資の伝送地として発展した。
大阪湾・伊勢湾・若狭湾に挟まれ,本州のくびれに位置する滋賀県は,日本海・太平洋そして瀬戸内海からの風の通り道になっている。そのため,ちょうど滋賀県が天気のかわり目になる。湖南・湖東は瀬戸内型,湖西・湖北は日本海型そして鈴鹿山麓は太平洋型の気候である。
●県民性
京都に接するという地域性からか,洗練された都会的な感性を持つ。また,この地は天秤棒に象徴される近江商人の地でもある。商才にたけ計算高いが,本質的に自らを律し,勤勉と禁欲を心がけている。そして,計画性があって,合理的な考えをする人が多い。
●滋賀県は,近江商人発祥の地
「売り手よし,買い手よし,世間よし」の「三方よし」
近江商人の経営理念は,「売り手よし,買い手よし,世間よし」の「三方よし」の心得。江戸時代の昔から商売のあるべき姿を確立していたのである。近江商人たちは,創業時は天秤棒を肩に全国を行商した。一定の販路と資本ができると三都(江戸・大阪・京都)をはじめ全国に出店した。井原西鶴が『日本永代蔵』で「鋸商い」と呼んだように,持ち下り荷(関西から関東や地方へ)・登せ荷(地方から関西や江戸へ)など,地域間の需給と価格差に着目して生産地から消費地へ生活必需品を流通した。「産物廻し」と呼ばれた。
【近江商人「商売の十教訓」】
1 商売は世の為,人の為の奉仕にして,利益はその当然の報酬なり。
2 店の大小よりも場所の良否,場所の良否よりも品の如何。
3 売る前のお世辞より売った後の奉仕,これこそ永遠の客をつくる。
4 資金の少なきを憂うるなかれ。信用の足らざるを憂うべし。
5 無理に売るな,客の好むものも売るな,客の為になるものを売れ。
6 良き品を売ることは善なり,良き品を広告して多く売ることはさらに善なり。
7 紙一枚でも景品はお客を喜ばせるものだ。つけてあげられるもののない時は笑顔を景品にせよ。
8 正札を守れ! 値引きは却って気持ちを悪くするくらいが落ちだ。
9 常に考えよ,今日の損益を。
10 今日の損益を明らかにしないでは寝につかぬ習慣にせよ。
11 商売には好況,不況はない。いずれにしても儲けねばならぬ。
●縁とゆかり
・近江−下野
生産量日本一の栃木のかんぴょう。江戸時代に近江からもたらされた。 1712(正徳2)年,鳥居伊賀守忠英(とりいいがのかみただでる)が近江国(滋賀県)水口から下野国へ転封となった。かんぴょうは,その折にもたらされたと伝えられている。
●小江戸
彦根市:城下町,格子戸や白壁,いぶし瓦の町並,寺社,玄宮園,埋木舎。
●ランキング−ベスト&ワースト
日本茶の発祥の地といわれるのが,滋賀県である。805年頃,最澄が唐より持ち帰った茶の種子を比叡山麓の日吉大社あたりに播いたことが始まりとされる。以来,修行僧の薬や朝廷への献上品としても珍重され,県内各地で栽培が受け継がれてきた。
いま,甲賀市の「土山茶」や「朝宮茶」に代表される「近江の茶」は,ブランド茶としての地位を確立している。
総務省発表の2004年4月1日現在の日本の15歳未満人口は1781万人で総人口の13.8%,2003年の同時期と比較すると20万人少ない。子ども人口比率が最も低い都道府県は東京都で12%,ほとんどの道府県は13〜15%だが,沖縄県は第2位の滋賀県(15.7%)を3ポイント上回る19%と,圧倒的に子ども人口が多い。
平成17年国勢調査速報によると,2000年から2005年の人口増加率は2.8%で全国5位。 1位東京都 4.2%,2位神奈川県 3.5%,3位 沖縄県 3.2%
である。なお,全国平均は,0.7% 。
かつては,県内に大学がわずか1校しかなく,人口10万人当たりの学生数が全国最低水準だったこの県が,いまでは第7位まで上昇。その教育的効果はもちろん経済効果などにも注目が集まっている。
滋賀県の大学は,1960年代まで国立滋賀大学(彦根,大津)が1校あっただけで、県内の進学希望者の多くは京都、大阪、名古屋、東京など他都市の大学へ進学していた。それが,滋賀女子短大(1970年,大津)で、その4年後に滋賀医大(大津)、さらに1年後には滋賀文教短大(長浜)が設立された。
その後,京都の龍谷大学,立命館大学の理工学部、経済学部、経営学部など(1944年)と進出し, 03年4月には,「長浜バイオ大学」と「聖泉大学」,「びわこ成蹊スポーツ大学」が開設された。
滋賀県は,将来推計人口では平成42年まで人口が増加する全国で唯一の県でもある。
平成 12年 1,343千人 (確定値) 前回比 4.3%
17 1,396 (推計値) 4.0%
22 1,441 (推計値) 3.3%
27 1,477 (推計値) 2.5%
32 1,503 (推計値) 1.7%
37 1,520 (推計値) 1.1%
42 1,530 (推計値) 0.7%
出典:国立社会保障・人口問題研究所(2002年3月推計)
経済も元気な,有数の内陸工業県。
<1999年>
県内総生産額における第2次産業の割合が49.9%で全国1位,2位群馬県44.7%,3位茨城県43.8%,都道府県計31.7%。
<2000年>
2000(平成12)年国勢調査によると,第2次産業就業者数で働いている人の割合(全国平均 29.5%)は,38.3%で全国1位。2位岐阜県38.7%,3位 富山県 38.4%,
参考HP:滋賀県なんでも一番
・琵琶湖
琵琶湖のおいたちは,およそ400数十万年にさかのぼる。最初は現在の甲賀市周辺にできた陥没からはじまり、深い湖や広い沼沢地群などの時代を経て約40万年まえに,ほぼ現在と同じ位置になったという。
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●日本三石塔寺
滋賀県蒲生市にある石塔寺阿育王山(あしょかおうざん)は,群馬県にある白雲山,千葉県南総市(旧丸山町)にある石堂寺(いしどうじ)と並び,日本3大石塔寺の一つに数えられている。
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