up-to-date:Tuesday, February 24, 2009

県民性・地域性−徳島県

近世国名・藩名:阿波




 

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 徳島県は,四国の東部に位置し,東は紀伊水道に面し,北は香川県,南高知県,西は愛媛県に接している。山地が多く,全面積4,144平方キロメートルの約8割を山地が占める。
 古代,忌部氏が,吉野川流域を開拓したとき,粟がよく実ったことから,この地域を粟の国といい,一方南の勝浦,那賀,海部三郡のあたりを長(なが)の国と呼ぶようになったと言い伝えられている。大化の改新により,これらの国を併せて阿波の国と呼ぶようになった。

 千葉県の安房地方は,阿波国の海洋部族である斎部氏が移民して新たな国を造ったととの史実がある。つまり,千葉県人の先祖は徳島県人ということだ。これを裏付けるものとして,両地方の地名や方言にも共通性がみられる。

 大阪には「阿波屋」という屋号が多い。これは,古くから当地と大阪との間に交易が行なわれたことの名残である。
 こうした商業の長い歴史を背景に,徳島商人は,抜け目なく勤勉・実利に富むといわれている。

県民性
 「思いがけないお金が手に入ったらそれぞれどうするか」というたとえで,四国4県の県民性を考えてみる。質素倹約を旨とする徳島の人々は「がっちり貯金する」,「これを元手にして何倍かに増やそうとする」のが商売上手の愛媛県民,無頓着に「そのまま何かに使う」香川県民と,「それにいくらか足して酒を飲む」高知県民と,いうわけである。

 古来,嫁取りに関するタトエとして,「讃岐男と阿波女」がある。養子をとるならやさしい讃岐の男を,嫁にもらうなら働き者であいそのよい阿波の女を,という意味である。
 このタトエ話が示すように,徳島県には合理的で実行力を尊び,勤勉・実利を尊び,お金をコツコツ貯める,という気風が強い。
 県内を細分化してみると,阿波地方の人々は 人当たりはいいが,したたかで抜け目がない。県南地方の人は,人付き合いは不器用だが,親切との地域性を持つという。

 なお,質素・倹約のストレスのはけ口が,“阿波踊り”だ,との説もある。 


●阿波踊りの由来

 阿波踊りの起源についての,有力な起源説は,次の三つである。
1 築城起源説
 天正15年(1587年)に蜂須賀家政によって徳島城が落成した時,その祝賀行事として城下の人々が踊ったのが阿波踊りの始まりとする説。

2 風流踊り起源説
 阿波踊りの特色である組踊りが,能楽の源流をなすといわれる「風流」 の影響を強く受けているといわれる。
3 盆踊り起源説
 阿波踊りが旧暦の7月に行われた盆踊りであるというもの。

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四国の小京都


●徳島の方言

 徳島県は四国東部に位置することから,古くから文化、経済面で上方(かみがた)文化の栄えた京阪方面との関係が深かった。こうしたことから方言は,四国の他の県と比べて上方文化のあった近畿地方の影響を強く受けている。
・全体的にやわらかく、のんびりしているのが阿波弁の特徴である。
『へらこい』⇒打算的で,抜け目がない。
『あるでないで』⇒ありますよ。
『ほなけん』⇒だから(肯定的)
『ほなけんど』⇒だけど(否定的)
『おちんこま』⇒正座のこと。
  いやらしい言葉ではない。
「ホレ」 ⇒バカ『書き込み中』

●ランキング-ベスト&ワースト

 かつて阿波国は日本一の藍の産地であったが,大正から昭和にかけて藍作農家は激減した。第二次大戦中の,食料増産のスローガンのもとで藍作農家は,ごく少数を残すのみとなった。

 ソース,かきの消費も日本一(総務省統計局「家計調査」平成13年〜15年)

 徳島県の少子化に歯止めがかからない。県の2005年の合計特殊出生率(一人の女性が生涯に産む子供の平均数)は,全国ワースト11位の1.21であり,下げ幅は前年比0.1ポイントで青森県と並んで全国最大となった。
 
 吉野川流域は日本最大の藍作地帯である。 「青は藍より出でて藍より青し」という。藍染めの青い色は,「JAPAN BLUE」として広く世界に知られる。阿波藍の歴史は平安時代にさかのぼる。

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