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和歌山県の08年3月末人口496,331人。県内人口は,90「(平成2)年から7年にかけて6年間連続増加したが,出生率の低下,県外への転出者の増加などにより,96年から減少となっている。
和歌山に最初に人が住んだのは今から約3万年前。奈良時代、都が平城京に移り、和歌浦へ行幸が行われた。平安時代、816年に空海が高野山に金剛峰寺を建てた。紀伊半島の南西に位置する和歌山県(紀の国)は,江戸時代には徳川御三家の一つとして栄えた。古くは「木ノ国」といったのを,地名を二字に書くという奈良時代の法令に従って「紀伊国」になった。
紀伊山地には,それぞれの起源や内容を異にする「吉野・大峯」,「熊野三山」,「高野山」の三つの「山岳霊場」とそこに至る「参詣道」が生まれ,全国から人々の訪れる所となり,日本の宗教・文化の発展と交流に大きな影響を及ぼした。天川を含む吉野・熊野・高野山一帯が,2004年,世界文化遺産に指定された。世界最大の広域指定の聖地帯にして参詣道である。
なかでも熊野は,神話にも登場する聖地。大和朝廷時代に熊野は既にひとつの宗教文化圏を形成していたといわれ,山林修行の場でもあった。平安時代には同じ神をまつる熊野本宮,新宮,那智の三社が建てられ,熊野詣でが始まっている。11世紀には皇族の三社詣での記録もある。
県観光振興課「観光客動態調査」 によると,04年の宿泊観光客敦は,545万人と,前年比11万人(2.0%)増加している。
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●県庁所在地 和歌山市
紀ノ川の河口に位置する和歌山市は,徳川御三家の一つ紀州家の城下町として知られる。和歌山城には家康の第10子頼宣(よりのぶ)が入城して55万石の城下町となった。
黒潮のもたらす温暖な気候と豊かな緑に恵まれ,和歌山城周辺には,古社や史跡が数多く点在し,万葉集にもうたわれた景勝地の和歌浦(わかのうら),釣りや海水浴などマリンリゾートが満喫できる加太(かだ)・友ヶ島(ともがしま)などがみどころである。
1982年,和歌山市の人口のピークで40万人を超えた。それが現在38万5千人である。事業所の数も2万千が現在1万8500と減少している。和歌山市はかつては住友金属の企業城下町ということもあり,住友金属の下請けまで含めたら4万人いたが,現在5千人弱となった。
紀ノ川の河口に位置する和歌山市は,徳川御三家の一つ紀州家の城下町として知られる。和歌山城には家康の第10子頼宣(よりのぶ)が入城して55万石の城下町となった。
黒潮のもたらす温暖な気候と豊かな緑に恵まれ,和歌山城周辺,古社や史跡が数多く点在し,万葉集にもうたわれた景勝地,和歌浦(わかのうら),釣りや海水浴などマリンリゾートが満喫できる加太(かだ)・友ヶ島(ともがしま)などがみどころである。
1982年,和歌山市の人口のピークで40万人を超えた。それが現在38万5千人である。事業所の数も2万千が現在1万8500と減少している。和歌山市はかつては住友金属の企業城下町ということもあり,住友金属の下請けまで含めたら4万人いたが,現在5千人弱となった。
●県民性
県民性は温厚。@名古屋,大阪といった大都市の中間にあり,東西文化,経済の結節点としての役割を果たしてきたという歴史的経緯,A温暖で穏やかな気候,B三重,奈良,和歌山の三県にまたがり,神話の時代から神々が鎮座する地域として敬われていた紀伊山地は,阿弥陀仏や観音菩薩の「浄土」とも見立てられ,山岳修行の場となった。
こうしたことから,紀伊山地には,「吉野・大峯」,「熊野三山」,「高野山」の三つの「山岳霊場」とそこに至る「参詣道」が生まれ,全国から人々の訪れ,日本の宗教・文化の発展と交流に大きな影響を及ぼした。 こうした歴史経緯や穏やかな気候などを背景として,温厚な県民性が育まれた。
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●縁とゆかり−−千葉県・上総(かずさ)
千葉県の野田や銚子は国産醤油の過半を生産している産地である。中世に紀州湯浅の醤油商人が,銚子付近が和歌山の湯浅と同じような温度と湿度をもち,発酵食品の生産に適していることを発見したのがはじまりとされる。
●ランキング−ワースト&ベスト
醤油,漆器などの発達は,湿度と温度によるところが多い。
和歌山県湯浅町は,「醤油づくり発祥の地」。鎌倉時代中期、作っていた味噌の桶に溜まった汁(たまり)を醤油としたのが最初とされている。
また隣の由良町には、味噌・醤油発祥の寺「興国寺」、さらに南へ下った田辺市は鰹節発祥の地である。
・梅
全国に知られる紀州の梅。田辺市・みなべ町を中心にした紀南地方は豊かな太陽と温暖な気候に恵まれ,品質の良い梅の栽培地として,生産量,生産額ともに日本一である。
二月にともなるとみなべ町では梅の花が,白いじゅうたんを敷きつめたような美しい景色が広がり,多くの観光客でにぎわう。
みなべ町には約1300年前,この地方を支配していた御名部(みなべ)内親王が梅を好んで梅を植えたという伝説が残っている。江戸期には,田辺藩主が梅の栽培に興味を持ち梅畑の税を免除したことから,みなべ町を流れる南部川に沿って梅林が広がっていったという。
こうした歴史的背景もさることながら梅の栽培がみなべ町に根付いた一番の要因は,梅を育てるのに適した自然環境が整っていたことによる。紀伊水道に流れ込む黒潮の影響から,気候が温暖で,一年を通して降雨量が多く,しかも日照時間が長いという,梅の栽培に適した気候条件にある。
■県内栽培面積 4,451ha (平成11年度)
■全国順位 1位 (面積ベース,平成11年度)
■全国シェア 23.9% (面積ベース,平成11年度)
■収穫量 66,800トン (平成12年度)
●紀州みかん
「沖の暗いのに白帆が見える,あれは紀の国ミカン船」。江戸時代,みかんの需要が増える江戸のふいご祭りに合わせて,嵐をついて船を出した紀国屋文左衛門の成功伝は広く知られるところ。04年愛媛県を逆転し,生産量第一位に。
和歌山県での柿づくりは紀北地方が中心で,生産量は日本一。全国の生産量の約2割を出荷している。
■県内主生産地 橋本市,伊都郡,那賀郡とその周辺
■県内栽培面積 3,010ha(平成11年度)
■全国順位 1位 (面積ベース,平成11年度)
■全国シェア 11.4%(面積ベース,平成11年度)
■収穫量 55,200トン(平成12年度)
■ 紀伊勝浦:生マグロの水揚げ日本一
・牛肉の消費量
総務省の「家計調査からみた品目別支出金額及び購入数量の県庁所在市別ランキング」によると,全国平均は2万1205円,7372グラム 2冠〃獲得が,和歌山市。 金額3位の津市は消費量では16位と,量より質。消費量5位の山口市では消費金額16位と,ボリューム重視の傾向が。金額で最下位は長野市。
和歌山県は大学教育の体制が著しく劣る。大学収容率は13.8%と全国最下位である。県内には大学の定数枠が1,380人しかない。
また,大学進学を機に若者が主に近畿圏の他府県に出て行き,和歌山へは戻ってこない。和歌山県の若者の大学残留率は,これまた全国最下位で10.4%。全国平均43%には遠く及ばない。
・空き家率
総務省が2009年7月28日に発表した「2008年の住宅・土地統計調査(速報)」によると、08年10月1日現在の住宅の全国総数は5759万戸。このうち、空き家の割合は13.1%を占め、前回調査(03年)を0.9ポイント上回って、過去最高を更新した。総務省は「世帯数よりも住宅戸数の増え方が大きいので、その分空き家になっている」とみている。
空き家率の高い都道府県は、山梨県が20.2%と最も高く、第2位が長野県の19.0%。和歌山県17.9%、高知県16.5%、香川県16.0%と続く。
●霊場<熊野三山>
紀伊山地の南東部にあり、相互に20〜40qの距離を隔てて位置する「熊野本宮(ほんぐう)大社」、「熊野速(はや)玉(たま)大社」、「熊野那智(なち)大社」の三社と「青(せい)岸(がん)渡寺(とじ)」及び「補陀洛(ふだらく)山寺(さんじ)」の二寺からなり、「熊野参詣道中辺路(なかへち)」によっ相互に結ばれている。
三つの神社は、個別の自然崇拝に起源を持つが、神仏習合の影響を受けて「熊野三所(さんしょ)権現(ごんげん)」として信仰されるようになった。また、仏が衆生を救済するために姿を現したのが神だとする「本(ほん)地(ち)垂迹(すいじゃく)説」により、主祭神がそれぞれ阿弥陀如来、薬師如来、千手観音とみなされたことからも信仰を集め、これらを巡礼する「熊野詣(もうで)」の目的地として繁栄した。
熊野三山の社殿は他の神社建築に類例をみない独特の形式を持ち、全国各地に勧請された約3,000社以上の熊野神社における社殿の規範となっている。
青岸渡寺と補陀洛山寺は、神仏習合の過程で熊野那智大社と密接な関係を持つようになった寺院で、特に補陀洛山寺は南の洋上に補陀落浄土を求め死を賭して漕ぎだす「補陀落渡海」信仰で知られた寺院である。
●日本一短い川が誕生・ 13.5メートルのぶつぶつ川
和歌山県は08年10月,那智勝浦町にある長さ13.5メートルの「ぶつぶつ川」を2級河川に指定した。法律で定められた河川では、北海道島牧村のホンベツ川(全長30メートル)を抜いて“日本一短い川”になった。
ぶつぶつ川は粉白川に流れ込む支流。地下水源からふつふつと水がわき出ることから名付けられた。地元の人が野菜や魚を洗ったり、飲み水として利用してきたという。
ぶつぶつ川を管理していた那智勝浦町が今年7月、県が管理する2級河川への格上げを要望。県は,水質や景観を保全するため指定した。
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