Last updated:Sunday, December 06, 2009 |
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丸子町探索 (現 長野県上田市) |
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丸子町は,大正元年に誕生し,昭和29年東内村,西内村を,昭和30年長瀬村,依田村を,昭和31年に塩川村を編入した。旧町制として94年の歴史を持つ。2007(平成18)年3月6日に上田市に合併編入。 歴史的な重要地点 依田窪(よだくぼ) “丸子”の地名については,古墳時代,いまの天理市にいた丸子氏の庄であったことから,この地が「丸子」といわれたとの説が有力です。 |
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| ■ 丸子町のいま−−−独自性をもつ企業が立地 信州は,江戸時代から養蚕業が盛んでした。ことに上田・小県地方は,明暦元年(1655)ごろ,丸子町依田川沿岸数十ヘクタールが桑畑に開拓されてから最も早く蚕糸業が発達し,良質な蚕種が生産され,天保年間(1840年頃ろ)には,奥州と肩を並べるほどになりました。 丸子町に本社を置き,精密モーターを得意分野とする電子部品メーカーのシナノケンシは,1918(大正7)年創立。1973年に信濃絹糸紡績株式会社から,にシナノケンシ株式会社に改称。同社は,年創業以来、84年間にわたり連続して黒字決算を続けています。 |
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| ■ 丸子町のいま−−−独自性をもつ企業が立地
丸子町は,内村川,依田川沿岸に豊かな田園風景が広がる。山麓の斜面には,薬用ニンジンの栽培畑が見られる。江戸時代から養蚕業が盛んであった。明治初期には製糸生産高は県全体の約半分を占めるまでになっていた。 信州は,江戸時代から養蚕業が盛んでした。ことに上田・小県地方は,明暦元(1655)年ごろ,丸子町依田川沿い数十ヘクタールが桑畑に開拓されてから最も早く蚕糸業が発達し,良質な蚕種が生産され,天保年間(1840年頃ろ)には,奥州と肩を並べるほどになりました。
出典:「近代日本産業史11:繊維上」 梶尾光速著交詢社刊
出典:大蔵省「日本外国貿易年表」より |
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| ■容器形土偶 丸子町腰越の渕ノ上(ふちのうえ)遺跡で,明治43年に弥生時代中頃のものといわれる乳房のある土偶と顔に刺青をした「容器形土偶」が出土しています。乳房のある土偶は,頭部がなく,手も欠けています。
依田郁子 (東京五輪 80mハードル 6位,かつての日本記録保持者) ◆鹿教湯(かけゆ)温泉内村温泉郷
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「リンドウ」「薬用人参」では日本有数の栽培地域。鹿教湯温泉や信州国際音楽村等に年間約54万人が訪れている。
旧丸子町は,明治中期から大正期にかけて製糸業が盛んで,岡谷地域に次いで日本第2位の出荷額であった。「生糸の町丸子」として海外にまでその名を広めた。第二次世界大戦後は,化学繊維などの普及により衰退し,大半は精密機械,紡績,食品などの近代産業に転換した。現在当地域に集積している企業の多くはこの製糸業をルーツとしている。
眺望のよい丘の上にある信州国際音楽村は,菅平高原,浅間山をはじめ蓼科山まで見渡せる絶好のロケーションにる。毎年,ラベンダーが咲く6月には「信州ルネッサンス」として,地元合唱団や伝統芸能などの披露のほか,屋外音楽施設「パノラマステージひびき」で,夜空の星の下,コンサートが開かれる。
鹿教湯温泉は,伝説に包まれた湯の里である。その昔,文殊菩薩が矢傷を負った鹿に化身し,この鹿を追って来た猟師にそのありかを教えた温泉として,「鹿教湯(かけゆ)」と名づけられたとの由来がある。脳卒中を癒す名湯として,江戸時代から湯治場として栄えた。
現在では,温泉と医療を直結させた温泉療養所として,脳卒中や骨関節疾患のリハビリテーションでは全国屈指の設備,環境を有する。
| 丸子町の城 | |||
| 尾野山城 | 丸子町尾野山字城平 | ||
| 依田城 | 丸子町御岳堂 | ||
| 丸子城 | 丸子町腰越 | ||