KILLER BEE (1982〜1983)

初めて外部のメンバーと組んだバンド。 当時、僕は最年少だった。 コピー中心で “ホワイトスネイク” や “ジューダス・プリースト” 等の曲をPlayした。
大阪・梅田の “あ・うんポジション” というライヴ・ハウスで行なわれた 『ホリディ音楽祭』 に出演した。 当時のヴォーカリストが凄くて、後に “SWORD QUEST” と言うバンドで活躍した。 未だに彼を超えるヴォーカリストには出会った事が無い!
【写真1】当時、関西で5指に入ると言われたスーパー・ヴォーカリスト “HIROYA” のおどけた表情。



FREEBIRDS (1988〜1989)

色んなバンドを転々とした後、天才ギタリスト “SUSUMU” と出会って組んだメロディアス・ロック・バンド。 初代ベーシストは、現AnySingの “カルロス・ケンジ”
【写真2】だった。 メンバー・チェンジが多く、ヴォーカリストが安定しなかった為、自然消滅。
エモーショナルなプレイを信条とする “SUSUMU”
【写真3】のヴィヴラートに敵は無し!



CRALYS (1990〜1991)

現NIXのヴォーカリスト “横っぴ” が率いていたハード・ポップ・バンド。 そこに “SUSUMU” と共に参加。 後半は “SUSUMU” のインスト志向が強くなり (ライヴでは好評だったが…)、バンドとしても限界に達し解散!
【写真4】 “クラリス”練習風景。



CHICKEN HEART (1999〜2001)

ドラマーとしての活動休止後、“FREEBIRDS” 時代に一緒にプレイした “KAZU(Gu&Vo)” と組んだアコースティック・ユニット。 このバンドではパーカッションとヴォーカルも担当した。 リード・ギタリスト “けんぢ” の飲んだくれが原因で空中分解!
【写真5】 大阪・アナザー・ドリームでの “KAZU” 。



Be (2002〜2003)

ドラマーに完全復帰して加入したバンド。 日本的なノリで、当初は新鮮だったものの、徐々にフラストレーションが溜まり脱退!
尚、若いながらも感情表現豊かなKEYのヴォーカルは将来が非常に楽しみである。
【写真6】  京都・MOJOでのライヴ (motley:Bass & KEY:Vo)



seed (2003)

良いオリジナルをプレイするJ-POP色の強いバンドだったが、どうしてもハード・ロックを演りたかった為、僅か4ヶ月で脱退!僕のドラムもやや合ってなかった様な気が…。
【写真7】 神戸・バックビートでのライヴ



YEN-SID (2004〜2005)

2年がかりで結成した、待望のハード・ロック・バンドだったが、諸事情により脱退 ! 後任ドラマーのHIRO氏には、直接お願いして参加して頂きました!
【写真8】 大阪・ミノヤホールでのライヴ



だいだらぼっち (2005〜2006)

Vo:おいちゃん(現 thumbing ドラマー)、Gt:きちーく(現 Jawbreaker)、Ba:ぱーち(現 The Surge)という豪華メンバーによって結成された滋賀県のロック・バンド であったが、体調を崩し脱退!やはり、他府県での活動には無理があった様だ…!
【写真9】






      


    


  






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