目覚めんとする者の悲哀
……ある教師の手記から……
私は手紙の代書をする事が一番嫌だ、田舎ではそれに時々苦しめられる。一定の材料を聞き取って書き終わり、筆をおいて読んで聞かすと「そうだまだ何々を加えて下さい」 などと言われる。その時はなぜ文章を習ったんだと思うくらいだ。
今の先生達はよく児童に代書させている。一定の材料を提供して厳格に代書を命ずる。児童はこれを喜ぶと思うのだろうか。それで綴り方が良くなるんでしょうか。真に児童に彼等自身の文章を書かせる時期はいつ来るんでしょう。こう言うと、時世遅れの奴、写生を主とした綴り方教授の新潮を知らないのかと叱られるかもしれないが、新潮は新潮である全国附属小学校くらいには流れているだろうが、附属小学校は試験場である。農業試験場の成績は果たして一般農家の成績だろうか、私は一種の哀感に打たれざるを得ない。
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「なあに綴り方ぐらいは雑誌でも読む子供は上手なもんだ」 私はある時こんな楽観的な言葉を聞いた。雑誌でも読む人は皆綴り方がいいだろうか。そうすると全国の新聞雑誌の読者は皆文豪でなければならぬ。雑誌を読んだからって文章がよくなるだろうか。文章は生命の発露である。文は人格である。悩み苦しみの後にようやく生まれ出づる生命である。それが十銭や十五銭の雑誌から買われるとは何とお安い事だろう。そんな論者はなお机の下に「美文の資料」 を隠す人ではないだろうか。
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私はまた「思想があれば文章は直ちに出来る、要するに思想涵養が必要だ、綴り方教授さえ出来れば綴り方なんか要らない」 というこの暴論を聞いた。石炭さえあれば機関が動くと考える人だろう、私はこの人に文章もまた技術の一つである事を告げたい。
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小学校卒業後書簡文すら書けぬ様では困る、父兄に申し訳がないと、毎日毎日「拝啓何々候 之もまた可く候」 を教えている先生方も随分少なくない。この種の人々は、書簡文とは候文の事だと思い込んでいる。自分の意志さえ通じたら形式は口語でも文語でもいいじゃないか。卒業生が私に送ってくれる口語の手紙に私はどれだけ涙したかしれない。羽織袴で通り一遍の挨拶をされるより着流しでもよいが真情流露の挨拶を私は望む。誰が毎日小笠原流の礼式でご飯を食べるか。時代は進化している。進化とは簡便に成りゆくことである。筆が日一日万年筆に駆逐される時代に、拝啓仕候 敬白頓首 はなかろう。
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人真似だけは止すのがよい。模倣だけは嫌だ。某郡に某先生が二三年前綴り方の講習をされてから一時どこの学校でも「私の先生」 という題をよく課したそうだ。それが一度ならず二度ならず五年にも六年にも作る。そうして生徒の綴り方はいつも「私の先生は坂上田村麻呂の如く怒れば鬼神も恐れ、笑えば赤児もなつくような方です」 という公式に当てはまるんだそうだ。私も今年近況を報ずる文を書かしたところが、私のことをその公式流に批評してあるので思わず苦笑いした。「新年が来た」 「遠足」 「運動会」 など公式的文章、(瓜)三年、花のさまざま(五年)などを模した芳賀式文章は今なを随分多いことだろう。
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心の至らざる人は真相を見ずして仮相をみる、内容を見ずして形式を見る、生命を見ずして形骸を見る。我々は仮相を突破して真相を見なければならぬ、形骸を捨てて生命を掴まなくてはならぬ。永井先生が手を胸にとるの姿勢を教えられた、これは首胸の運動の姿勢にいいのではないだろうか、これを下肢の運動にも跳躍にも使用するに至っては言語道断だ。月給二十円にも足りない俺は毎日の通勤にも夏の講習にもさらに公会儀式にも一枚の紺制服を着て歩くと同様である。小学校の先生達はもっともっと悩まなくてはいけない。仲小路廉氏ではないが「モット深刻にモット深刻に」
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某中学校がかって入学試験に「誕生日に人を招く文」 という題を出して非常な不成績。後日小学校と打ち合わせの際成績のプロセントをつけて、これで尋常卒業ですかと大変な剣幕。先生よ、田舎では誕生日に人を招くなんて事は滅多にありませんよ。一生涯に一度はあるだろうがそれは赤ん坊の知らぬ事、不出来はもっともではないか。日常須知の文章とか実際生活とかいう言葉に眩惑させられて金銭貸借の文、米相場問い合わせの文、婚礼祝賀の文などを綴らせる先生よ。それが児童の、学齢児童の実際生活であろうか。
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「あの子は綴り方もできますが、理性もありますよ」 という言葉を何の疑念もなく平気で言う人がいる。この人は綴り方に理性は要らないと思っているのか、そのためこの人は理性というものと感情というものとを別個のものと考えている。そして算術理科進んで囲碁を理性、国語特に綴り方より進んで月並みの俳句までを感情と心得ている。そして自分は理性がよほど進んでいるが感情は全くないと思っている。しかし思え、理性と感情とは物の両面である。理性が進めば感情も進む。気分、情緒、感覚、知覚、思考その他の進化の道程が全然符号することは中等程度の心理書にでも書いてあるではないか。感情と理性とは遂に一文に帰せなくてはならない。象徴派の詩に嘘唏鳴咽する人はやがて原子の崩壊説に万斛の涙を流す人である。私はトルストイにもキュリー夫人にも敬意を表する。
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昨夏某村長に逢った。久闊を叙して後、話は移り移って教育教員に及んだ。村長は得意気に町村財政状態から述べて曰く、「小学校教員はよろしく天職と心得、棒給なんかに目をつけてはいけない、町村は切にこれを希望する」 と、私は当時口角泡を飛ばすだけの稚気と蛮勇とを持たなかったためついに「ソウデスネ」 と苦しい表情をするより他はなかった。しかし随分虫のよい御意見だと思った。天職は食物を要せぬものならそれでもよいが、天職者だって人並みに食わねば生きられない。天下万人衣食を求めて働く世の中に教師だけ天職だから衣食の質を求めるなとは実に有り難い誤天職だ。せめて教師側から言うならばいいが、支払い側の村長から言うのだからおかしくなる。それをまた虫のよい先生達は真に受けている。それでもまだ可愛い所はあるが、ついに耐えきれなくなって陽に天職説を唱えながら陰にポケットに算盤を隠しているのが現今の教育界だ。時勢は転回した。我々は真に天職の自覚を得るなら結構だが、それが得られなかったら普通一般の人間同様職業と心得て苦しうない。実際職業だ。職業の故に我々は報酬を要求してあえて良心の平安を失はない。真に職業と心得、責任の感を持ってこれに従事せよ。しばらく小乗の悟りに満足せねばならぬではないか、しかり。我々は教育労働者であり教育職工である。そしてなんら恥じる所はない。偽教育家と天職という美名を貨幣に変えようとする為政者を排斥せねばならぬ。
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目が覚めたが四辺はまだ真っ暗だ。暗中を模索して燐寸を求めた。燐寸は空き箱であった。再び眠ろうとしたけれども覚めた眼はもう閉じられない。そばにやすやすと眠る人の幸福にはとても帰られない。遠くでかすかに一番鶏が鳴いたけれども東の空は容易に白まれない。泣いて暁の鐘を待つ心、目覚めたる者の悲哀!
(福井日報 大正九年二月九日)
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( 「求むる者--ある若き教師の悩み--」 平成8年1月発行より抜粋 )