教育施設の普遍性と特殊性
一定の法規の下に一定の国民教育を施すのであるから、あくまで我々の仕事は普遍性を帯びねばならぬ。事実今日の教育施設ほど、普遍性を帯びているものはない。青年団、淑女会、補習教育まで、全国的に普遍性を帯びている。しかも一校、一団、一会、これを熟視すれば、そこに必ず特殊相の顕露せるを見る。自分はこの普遍性の裏に特殊性を蔵していることを興味深く感ずるものである。西晋一郎博士は、実在は普遍裏中に特殊を蔵し、特殊裏中に普遍を蔵すと喝破しておられるが実にしかりと言いたい。
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実在は渾然たるものである。特に人をして普遍と感ぜしめず、特殊と感ぜしめず、ただ渾然として融合したる中に普遍性と特殊性を蔵する。これ実在の実在たるゆえんである。教育施設にして特に人をして特殊なりと感ぜしめ、普遍なりと感ぜしむるならば、未だ至らざるものである。新奇は普遍のない特殊である。もし人をして新奇なりと感ぜしむるならば、そは未だ熟せざるものである。平凡は特殊のない普遍である。もし人をして平凡と感ぜしむなならば、もはや教育精神は死せるものである。
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「平凡」 こは我等の欲せざる所である。さりながら平凡と断ずる前に我等は我等の目を疑わなければならぬ。盲たるものにはすべてが平凡であり単調である。盲たる者に平凡単調な物も、眼ある者には百花繚乱であるかもしれない。しかしながら見よ。全宇宙が傾倒せる生命の片鱗をそこに見得るではないか。謙虚なる心をもって見よ。平凡なる施設の中に、脈々たる教育精神がみなぎっているではないか。
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何があるか何をなせるかをみる前に、我々はいかなる雰囲気が流れつつあるかを見ねばならぬ。いかに真に迫っているか、いかに調和しているかを見ねばならぬ。偶々そこに一個の盆栽が置かれたとて、周囲が雑然たる塵埃ならば我等はそこに何等の趣味を感じない。何の装飾がなくとも、心行くばかりの洒掃!そこに私は奥ゆかしさ見る。縁日帰りの気紛れに草花を買う人と、視察土産の施設をする人と、そこにある相似がある。
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三浦修吾先生の言葉にことさらに特徴個性発揮せんとするなかれとある。個性や特徴は有意的に発揮出来るものではない。計画的に発揮し得るものではない。何等の野心もなく巳の職分を尽くす所に、いつしか個性が発揮される。普遍中の普遍といわるる数学すら、徹底的に研究している人にはいつしか研究に個性が発揮されるとか!専念に職分を尽くす所に特殊個性の発揮されるこそ尊き極みである。
急がずあわてず、てらわず飾らず専念に我等の境地を開拓しよう。平凡にして平凡ならず特殊にして特殊ならず、融和渾然とした校風はそこに発揚するだろう。
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彼は何を言うかということよりも、彼は何であるかということが大事だ。真に考え真に悟っている人は自ら風格がある。そういう意味の風格こそ教育者には望ましいものである。
一人の研究心ある教師のために、いかにその校児童の精神が緊張するかを思うとき、私は切実に無言の感化の偉大なるを思う。熾烈なる研究心の所有者こそ最良の教師であろう。いかに鞭打つともいかに叱咤するとも、自ら燃えない教師に燃やされる児童はいない。道を求むるもののみ道を説き得る。私は説法者たる前に熾烈な求道者でありたい。
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研究心の満足のために求める知識を根幹とすれば、教えんがために調べる教材研究は枝葉である。根幹たる素養は知識の恒産である。恒産なければ恒心なしとは単に物質上のことのみではない。知識の恒産たる素養なくしてその日暮らしの教材研究でごまかそうとするとき、そこに何の力無く何の頼りもない。外面はいかにも賑やかであるが底力がない。どうしても我等は根本的の修養をしたいものだ。
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無用の用ということがある。明日の授業と何の関係もない読書に、我々は力強い知識の源泉を得る。さればとて、日々の準備を怠るは、あまりに職務を軽んずるものである。胆大心小、我等は小さな教材の一つも準備なしには教えられない。
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「彼は権威あるものの如く語れり」 とイエスの聴衆はイエスを賞賛した。真に体験せるものこそ権威あるものの如く語ることが出来る。真に体験せる者こそ力強い仕事が出来る。波瀾重畳の人生に処し、真に人間苦をなめつくした苦労人であってこそ権威ある教師たり得るのだ。我等はかってはあまりに人生を回避し過ぎていた。街頭の騒擾を厭うてあまりに書斎の人となり過ぎていた。書中の孝、書中の友、そはあまりに明瞭にあまりに力弱いものではなかったか。真の人生に迫るとき「孝なり難し弟なり難し」 の感得ないものがあろうか。さりながら我等は回避してはいけない、逡巡してはいけない。人生の大道に大手を振って突進してこそ、尊い体験者となり得るのであり真に教育の大道に逢着するのではあるまいか。
(石川教育 大正十四年十月号)
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( 「求むる者--ある若き教師の悩み--」 平成8年1月発行より抜粋 )