風の向きを掴むことが出来ないとつぶやく人を見て。
気づけば、暖かい風が吹き始めている、あまりにも冷たい風に凍えていた同じ場所に。においも変わり始めている。何かが変わってくれないだろうか。それとも、変化の中にしか、真実はないのだと。確定というものを、受け止めることが出来ない。
何をもって、何を追いかけて。どこまで行こうというのか。わからない。登場人物が減っていく。足を引きずるように。急速にすぼまっていく漏斗の先のように、それとも、花びらの中程のように。
掘り返しても、掘り返しても、底をつく。あちらこちら掘り下げていって、無駄な消費を繰り返している。足下から崩れ落ちていきそうな、その上を駆け抜ける。この生活には限界がある。
それでも、終わりはしない、いつまでも、続く、いずれにしても。意味はないのか。一体何に意味があるのか。自己満足だけに意味があるとしても、その自己満足そのものには、意味がないようで。
あまりにも、大量な、その海を前にして、それでも、そこを泳ぎ切ることが出来ると、いや、泳ぎ切ることが出来なかったとしても、少なくとも、おぼれないままに、その中に在り続けることが出来ると、そう信じていたとして。それとも、その中の、どうでもいい、何かに影響を与えることのない、ただの一つの固まりに過ぎないのかもしれないとか。
限界を感じる、それとも、可能性を感じる。疲弊していく、それとも、力強くなっていく。これで何度目だろうかと、つぶやく人。自己を否定するとことから始まるのだとすれば、しかし、自己を否定すると、始まることも出来ない、そうであるにもかかわらず、始めてしまった、そこから、だから、全ては偽りに過ぎないと、そのようなところに結論が、たどり着くのだろうか。では、その前提が、そこに、過ちがあったのだろうか。だけれども、その前提以外のものを見つけ出すことは出来ない。
それでも、続いていく。あともう少しは、いや、どこで終わるかなど、決めることは出来ない、少なくともまさにこの瞬間には。ただ在ることの力強さは。
もはや、何かに置き換えることも出来ない、言葉がそのまま、出てきて、しかし、その言葉も形をなしていない。強い感情というよりも、混乱しきった弱々しい感情だけが、画面にそっと流れ落ちていく、いくつも。意志もなく、確信もなく、目的もなく、ただ、画面に何かをという、強迫観念とも、惰性ともつかない何かによって駆動されながら。混乱が残る、そこに、跡として。弱々しい混乱のみが残った画面。
量産する。量産することで、さらにそれらの意志が消えていく。ただの闇雲さだけが、ただの混乱の末のアメーバのような感情だけが、そこに主張されている。主張されてはにいない、ただ、跡として残っている。しかし、それもまた、ある種の現実ではある。
ほっとため息をつく。とにかく、静かに、水面に全く波が起こらないように。静かに。全てを消去して、そこから、一歩を始めれば、それで良いのだろうか。そこからなら、始めても良いのだろうか。一本の絵筆でパレットをなでて、紙面にこすりつけて、滑らせていく。まだ、続く、また始まる。