点が置かれる。その点の持つ可能性について。
点から、線が延びる。有限の。その線が持つ、可能性について、例えば、振動の特性、例えば、その長さが届くところ。線が、やがて、平面を放出する。いや、その可能性を持つ。平面が広がる。線のどこからか。線とは点で接触していて。とても不安定で。振動の特性。そこで終わってしまうのだろうか。可能性の限界について。
点であるという状態。線であるという状態。面であるという状態。それぞれは、並列にあるわけではなくて、階層の中にある。
点が、だから、置かれるわけではない、必ずしも。もしかすると、面が、置かれるのかもしれない。そして、その可能性について、論じるべきなのかもしれない。
面を立体にふくらませる。それは、可能性の拡大なのだろうか、それとも、可能性の縮小なのだろうか。ベクトルによって表現される。実部と虚部。
つまり、可能性以前の可能性、メタの可能性について、まず、考えなければならない。最初に置かれるものの可能性。つまり、点であるのか、線であるのか、面であるのか、立体であるのか、超立体であるのか、どこまでも。それは、ある瞬間に規定される。全ての可能性を内包しながら、それは、やがて、固定される。そこから始まる。いや、始まったときには固定されていなくて、やがて、固定される。そして、そこで、メタの可能性は停止して、可能性が駆動されはじめる。さて、ではどこからはじめた方が良いのだろうか、可能性について。
恐らく、立体からの、それ以上の次数からの可能性については論じる必要がないだろう。点からの可能性について、もしくは、線からの可能性について、いずれかについてしかあり得ない。なぜなら、ここで論じる可能性とは、そういうものであるから。
線が、平面を形成しようとする、点が、線を形成しようとする。さらにその先に。いや、そろそろ明らかになってきたような気がする。可能性という意味合いについて。可能性の固定の方向性について。可能性だけの状態で放置された場合。一方で、可能性を失うことの意味合いについて。点が持つ、振動特性、線が持つ、振動特性、面が持つ、振動特性、立体が持つ、振動特性。
立体でなければならい訳で、その時点で、可能性が停止する。例えば、点から出発したならば、立体までたどり着かなければならない、もし、そこまでたどり着く事が出来ないのであれば、再び、点に戻るしかない。立体と擬似的にであれ対峙できる状態は、可能性を失っているかのように振る舞う点でしかない。そして、それらの差異は、きっと思いの外、容易には判別できない。それらが、いずれも、擬似的であるにせよ、可能性を失った状態であるが故に。
より、鮮明になってきているに違いない、可能性という意味合いについての可能性が。