関連コーナー:Make up 三昧

帯広東RC
(帯広RAC共同提唱)

提唱RC web site


 年末挨拶回り・帯広篇。お昼は帯広ワシントンホテルの帯広東RC例会でMUしました。
 受付でビジターカードを記入し終わるや、親睦委員会の方が会場へ案内してくださいました。席に至るまでの間、会長や副会長を続々と紹介くださいまして、職業分類で近いということで建築設計の方も紹介いただきました。そうこうしているうちに、ほんとのご同業も紹介してくださり しばし業界話。
 席は演台近く、長谷川パストガバナーのお隣を勧められました。PGは齢、相当いってらっしゃるとお見受けしましたが、耳が若干遠い様子以外ははつらつとした方。「地区幹事なの?では5分ほど何か喋ってもらわねば!!」と幹事に掛け合い、スピーチの時間を獲得してくださいました。急な話ですので、てゆうか急でなくても気の利いた話はできませんが、スピーチは取り急ぎの身の上話とローターアクトの話でお茶を濁しました。席に戻るや長谷川PG、今度は新世代について思い出話を披露くださいました。北高IAC設立の経緯や、現在の帯広RACについてまで。
 食事は、回転テーブルでお寿司が回ってきます。これまたPGに勧められるまま、美味しく頂戴しました。加えてデザートのパンナコッタも「さぁ食べて」と2個目を勧めてくださり、さらにPG御自身もパンナコッタ2つ目に突入。御健康そのもの。

(2005.12.27)

網走西RC
(網走RAC共同提唱)


こねる会長。続いて左の幹事さんが打ち込みます 朝5時起きで網走へ。出張年末のあいさつ回りです。
 全国的な大雪のなかでの網走は、まさに番外地の寒さ。お昼は、網走西RC例会におじゃましました。網走セントラルホテルです。
 山口会長は、同業の先輩にあたります。ごあいさつに向かいましたら喜んで迎えてくださいまして、同RC在籍のもうひとりの同業先輩を紹介いただきました。
 会長に促され、例会時にはスピーチのお時間も頂戴しました。今日の例会はやや変則的で、内容が手打ちそばの実演。年越しそばにちなんで。例会前から打ち込んでいたそばは、例会前半に前倒しされた食事時に振舞われました。打ち手は、手打ちそば同好会のお三方。みなさん市の職員です。おいしくちょうだいした後は、RC会員が実際に指導されながら打つことに。会長はエプロン・鉢巻持参の気合の入りようです。
 同RCは、網走RACを網走RCと共同で提唱中。網走市内2クラブで1つのRACを提唱しているわけで、帯広RAC(帯広市内の5クラブ全部で提唱)と同じ形態です。

 余談ですが今朝、新千歳空港で偶然、当RC藤井地区財務委員長と出田会員に会いました。出田会員とは以前にも空港待合ロビーでバッタリ会ったり、メーキャップで一緒になったり
 また、札幌に戻ってきて大丸でお茶した帰りには山光国際奉仕委員長御家族とバッタリ。出会った場所がまた婦人雑貨フロアだったため、先生には「クリスマスプレゼント買いに来たの?」と、皮肉なんだかからかってるんだか微妙なお言葉をかけられ
(。≧Д≦。)

(2005.12.22)

旭川北RC
(旭川北高校IAC提唱)


 本日は車で旭川へ出張です。
 お昼は旭川北RC例会でmake upしました。会場は旭川グランドホテル。年次総会のためか、ゆったりした例会という印象です。食事は菊地会長・山川幹事と情報交換しながらゆっくりとれました。
 同RCは、77年から旭川北高IACを提唱しています。

(2005.12.7)

函館東RC
(函館大学RAC提唱)

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 渡島支庁への出張が急遽入りまして、朝イチ7時のJRで函館へ行ってきました。お昼は函館東RCの例会におじゃますべくホテル函館ロイヤルへ。
 函館大学ローターアクトクラブの提唱RCです。そんなご縁もあって、遠方にしては意外に知っている方が多いRCです。地区RA委員会でご一緒だった今井さんは次年度会長。食事は、現在の地区RA委員・黒島さんのお隣で。
 実は今日、同じ時間、ここから車で5分程度のホテルでは、函館セントラルRCのガバナー公式訪問が行われています。
 さて例会卓話は函館JCの中山理事長。はこだてクリスマスファンタジーについて。昨年の概要紹介のビデオを交え、いきさつや課題などをお話いただきました。きっかけは、JC会員の「本物のモミの木でツリーを」という素朴な願望。それが8年もイベントとして維持・成長しているのだから、素敵というか驚くべき話。カナダの姉妹都市の市議会にモミの木をもらうべくJC会員が陳情に出向いたり、据付を模索して最後に海上に至った話など、ひとつひとつがまさに物語。
 実は私も何年か前、点灯式に行ったことがあります。点灯式といっても、毎晩やってるのですが。毎晩点灯式というのがまたよく考えたもので。古い倉庫が立ち並び、それぞれがライトアップされて美しいところにさらに、大きな本当のモミの木が海から生えている情景は、男ひとりで見るには哀しさがつのります。
 諸事情をご存じない同卓のロータリアンからは「地区幹事さんも彼女を連れて行ったら喜ばれますよ」。
 泣きながら3時間半かけて札幌へ帰りました(。≧Д≦。)

(2005.11.29)

大垣RC
(県立大垣北高校IAC提唱)

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 学会会場の岐阜から少し足を伸ばして大垣へ行ってきました。父方の地元はここの美濃赤坂という地区です。中山道の宿場町です。
 祖父は昭和26年、大垣ロータリークラブの設立に奔走し、自ら創立幹事を務めましたが、翌年には他界しております。当家のロータリアンとしての原点である大垣RCで一度はメーキャップしてみたいものと思っておりましたので、今回の出張は良い機会となりました。
 同RCの例会場は、大垣商工会議所です。矢橋という姓の会員は現在3名在籍しています。関ヶ原石材の会長がみつけてくれて例会中は隣の席で親戚話で盛り上がりました。
 とはいえ私はこの地に疎いもので、親戚縁者の関係もよく把握しておりません。もうひとりの矢橋会員、齢90を超すチャーターメンバー・矢橋大理石の代表にも紹介してもらいましたが、お年過ぎてかよくわかっていただけなかった様子。3人目の矢橋林業の社長は、今日はお休みだそうで。
 テーブルの向かい側には、来日したばかりの仏からの受入学生、ルイ君が座ったので、昨年の私のカウンセラーとしての愚痴を聞かせ倒しました(英語で)。同RCは大垣北高IACを1964年から提唱中。ルイ君の受入高校も同校です。
 バナー交換ですが、大垣RCのバナーは画家で同RC会員だった
矢橋六郎パストガバナーの作。これも欲しかったのです →
 帰りのエレベーターで乗り合わせたご老人がぼそっと「そうか…もう孫の代か…」と私を凝視しながら言う方がいらっしゃいましたが、すでに名札もはずしているので誰だかわからず。

 この後、お寺へ墓参りに向かいます。

自宅跡

↑ 美濃赤坂には父の代まで住んでいた家がありましたが老朽化のため取り壊し、跡地を市に寄贈、現在は公園になっています。

本陣跡

所郁太郎墓
 所郁太郎という医師については司馬遼太郎の短編作品「美濃浪人」に書かれています。この小説の最後に登場するお寺が今回お参りした妙法寺です。
 司馬ファンらしき方がよくカメラを片手にこの辺をあるいていたりします。上の写真奥に写っている銅像が郁太郎です。
赤坂港矢橋式日時計 
↑ こういうモノもありますが、あまりにもマイナー過ぎて世間では知られていません…
 なお落語「矢橋船」は琵琶湖の話ですが、もともとは当家の縁の地域です。
 先般、トリビアの泉で「ことわざ『急がば回れ』で『回れ』といわれていたのは琵琶湖」と紹介されましたが、室町時代、紫屋軒宗長が詠んだ「武士の 矢橋の船は早くとも いそかは廻れ 瀬田の長橋」にも登場します。

(2005.8.24)

岐阜東RC
(富田高校IAC提唱)


 農業土木学会が岐阜大学で開かれているのに合わせて、MUを試みました。ビジター席は演台の手前。これはよくある席位置ですが、ビジターは本日私だけ。となると、広いテーブルで私ひとりで食事をとることに。気を使って、よい席位置を提供してくださっているのですが、ひとりで食事するのも味気ないもの。会長はそれを感じ取ってくださったか、食後、私の隣でしばらく話し相手になってくださいました。
 例会内容は、ガバナー補佐からのアンケート「ここが変だよ!ロータリー」をもとに、各テーブルで話し合う友愛例会でした。例会最後にスピーチの時間を頂戴しました。
 同RCは99年から富田高校IACを提唱しています。会長報告では時間を割いて、今月1〜4日、韓国のIACが来日しての交流について説明していました。今年で5年目ですが、相互に訪問することはもちろん、生徒を集めての訪韓が大変とのこと。そこでこれからは参加生徒数を減らすことで先方と合意したものの、年度がかわり、申し送りがうまくいかなかったのか、協議に時間がかかったそうです。来日・訪韓ともに提唱ロータリアンが2名、付き添うそうで、これも毎年の行事ならかなりな労力でしょう。
 おもしろいことには、岐阜東RCの会場の隣で岐阜中RCが例会をしていました。同じ曜日・会場・時間なのだそうで。今回は東の方におじゃました次第です。会場はルネッサンス岐阜ホテル。岐阜駅からはバスで20分ほどでした。

(2005.8.23)

旭川東RC
(旭川東RAC提唱)
 本日の出張は恒例、空知→上川回り。お昼に合わせて旭川に来た。旭川東RCでMUしてみる。地区幹事になって初のMU。会場は旭川パレスホテル
 新世代担当としてはおいしいことに、本日のメインプログラムは新世代委員長の方針発表。加えて嬉しいのが、同RCが提唱している旭川東RACから会長幹事が来ての年度最初のあいさつを聞けたこと。さらにドイツに派遣されていた交換学生が帰国挨拶で登壇し、さらにさらに昨年度ドイツからの受入学生が遊びに来たと、流ちょうな日本語であいさつ。新世代三昧。この日はたまたまガバナー補佐の訪問例会。同卓でいろいろお話を伺い、いい勉強になった。
 
雛壇
コンスタンチン君 帰国報告 RAC佐藤会長


コンスタンチン君の日本語でのスピーチ。このあと偶然、駅でも会った。


1年間の派遣を終えての帰国あいさつ。ユニークな滞在エピソード満載のスピーチだったが、予定時間をオーバーしたようでSAAから時間短縮のメモが渡されていた。
あとでG補佐やクラブ幹部の方々と交換学生について話したが、どうも当地区とYEPについての温度差が異なる模様。でもG補佐が青少年交換と財団奨学生を混同しているような感じがして心配…(;^_^)


佐藤RAC会長のスピーチ。石山幹事は登壇せず、雛壇での紹介。会員数が近年半減しているので会員増強での協力を求めていた。
アクターは食事をとらずに帰るようで、ゆっくりお話できず残念。帰り際にわざわざ挨拶に来てくれたのがまた嬉しい♪

(2005.7.28)

札幌西RC
(札幌西RAC提唱・解散


 まさに親の顔を見てきた。
 ご承知のとおり当サイトは1986-87年度のロータリー派遣学生である。スポンサーRCは、札幌西。ちなみにRACでお世話になったのは大阪住吉、東京銀座・築地・銀座新(共同提唱)、札幌北。つまり現在のホームRCは私の新世代期間にまったく関わっていない( ^.^)
 その札幌西RCの例会に本日、メーキャップした。今年度の会長は不肖の父が務めている。仕切りの悪い例会風景を嘲笑いに行ってみようと企んでいたのだが、来週以降年度末まで火曜日は出張が入っているため、今日が最後の機会ということで。仕切りの悪さは想定内なのでここでは触れないが( ^.^) 席は伊藤千秋先生の隣を勧められた。
 当サイトの派遣時のカウンセラーである。先生にご迷惑をおかけした覚えはなく、先生も派遣時の出来事を取り立てて話されることもないので、多分なにごともなかったはず( ^.^) 19年前を懐かしんでくださった。お元気そうだったが、地区の行事等ではお見かけしないため、こうしてMUしなければお目にかかれず、お会いすれば己のカウンセラーとしての力量を反省する次第。まぁその務めももうすぐ任期が切れるが。

(2005.6.14)
参考(1999.5.18)

帯広南RC
(帯広RAC提唱)


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 10:30にJRを下車、帯広駅に降り立つ。これまでの出張なら、営業先への足はタクシー。前回はバスを試みたがどうもよくなかった。そこで今回は貸自転車に挑戦。駅にある観光相談所でお店を教えてもらう。駅のすぐ近くのそのお店で時間貸しで乗ることに。普段からチャリでの移動が馴染んでいるので、心地よい。曇り空で小雨もぱらつくような微妙な天候もナイス。いつもより効率よく営業先をクリアしていく。
 そこでお昼は北海道ホテルへ。帯広南RCの例会。受付を済ませ、SAAに会場まで案内してもらう廊下で、帯広RAC野原会長と遭遇する。提唱のひとつである同RCに今週土曜の30周年式典の打合せに来ていた…というのは聞くまでもなくわかった。なにせ当サイトにも案内が届いていたので。ところがこの日は当地区IAの年次大会が静内で開かれる。日高に十勝。札幌から見れば東へ移動するだけだが、この距離は激しく、また移動手段も厳しい。高校生に遊んでもらうという趣味はさておいても、次年度新世代担当地区幹事としてのG事務所からの派遣という面もあるのでIA年大ははずせない。せっかく広島全研で誘ってもらった周年行事なのに残念、なんとか詫び入れをしなければ、と帯広に降り立って以来考えていたところでの会長との遭遇で、動揺した(。≧Д≦。)
 さて例会は、シカゴの国際大会へ出発してしまったため、会長・幹事は代役。開会前に副幹事さんにRAC担当委員長を紹介いただく。清原新世代委員長は女性ロータリアンらしく物腰柔らかに接してくださり、周年欠席を残念がってくれた。
 委員長退任挨拶というプログラムの前に、副幹事さんから当サイトにスピーチの打診。最近、MUのたびに壇上に立たせていただく機会が多い。「気の利いたひとことの言えるオトナ」を目指す当サイトとしては貴重なトレーニングにもなる。今回はチャリで来たことについて話したが、サゲを失念、締りの無いスピーチになった。とはいえ当然RACの周年については触れておいた。
 例会最後に清原委員長が壇上に立ち、土曜の周年について再確認と、次回例会にアクターが挨拶に来るので、その際には彼らが集めているリングプルなどを渡したい旨発表された。
 例会後もチャリで動いたがあまりにも早く移動できるので帰りのJRまで時間が余った。余暇は、六花亭本店でイチゴのケーキ。

(2005.6.13)

留萌RC
(留萌RAC提唱)

 8日(水)は出張ついでに留萌RCでMU。留萌産業会館での例会。
 同RCは留萌RACの提唱RC。留萌RACといえば、当サイトがアクターだった頃、よく戦った相手( ^.^) その後輩3名と同卓した。恩讐の彼方。アクターは時間をみつけてはこうして提唱RC例会に足を運んでいるそうで、多ければ毎週というのだから、大したもの。今回はバザー出店のため、商品の提供協力を依頼に来たのだとか。お隣に座った幹事の中島さんは、甲斐甲斐しく当サイトの空いた皿を下げてくれた。さりげないだけに嬉しいもの。
 食事後、会長に促されスピーチをさせていただいた。このところのMUの多くでスピーチを促されるのは、やはり名刺に「次期地区幹事」を刷り込んでいるからだろうか。でもご期待に反して地区のお話は、せいぜい「次年度ご協力のほどを」。今回もその程度で終わらせるべきだったかもしれなかったが、多少舌が滑らかになってしまった。

 留萌RCには当サイトがRACでゾーン代理を務めていた頃の地区RA委員長がいらっしゃった。井内さんというその地区委員長は、絵に描いたような人格者だった。当時、副委員長格で何かにつけ横柄な物言いをする地区委員がいて、地区役員と(といっても当サイトだけが矢面に立たされていたが)トラブルになるたびに、地区委員長が問題を引き取ってくれた。
 最後は年度末の地区協。当サイトは地区幹事から年間報告をするよう求められたので、大学院での研究の合間をぬって書類を作成し、当日の配布に間に合わせたのだが、実はそんな報告は当初からプログラムには無く、当サイトに対するイジメであった。「そこまでするか」と落胆していたところを、当日の進行表に当サイトの報告を加えてくれたのが地区委員長だった。
 さらに各RACの年間報告の折には、当サイトが副会長として報告している最中に前出の横柄な地区委員が暴言を吐いて妨害を図ったが(今思い出しても、これはロータリアンのすることではない。札幌への帰りの車中では同じ札幌北RACの女性たちが憤りっぱなしだった)、最後の地区委員長講評では「矢橋ゾーン代理には1年間を通してご苦労いただいた」とフォローしてくださった。これが無ければ地区協終了後、体育館の裏に件の地区委員を呼び出して御礼参り程度はしていただろう。そうなれば定年直後RC入会もなかっただろう。それほど地区委員長の講評には救われた。
出品をお願いする村上会長  その地区協が開かれたのも、留萌だった。今日はずいぶんご無沙汰のその方にお目にかかれるかと楽しみにしていたが、幹事さんに伺うと昨年退会してしまったのだと。体調を崩されてのことらしい。残念この上ない。

 例会終了後、会長にお茶に誘われた。喫茶店で談笑していると、幹事さんと次年度幹事の二ノ宮さんもいらした。二ノ宮さんは留萌RAC3代目会長。留萌RCには二ノ宮さん含め3名のRACOBがいるのですと。これは心強い。
左より田中地区代表補佐、中島幹事(会長エレクト)、村上会長

 (2005.6.8)

旭川南RC
(旭川明成高校IAC提唱)


 本日の出張は、空知経由の上川。午前中に岩見沢で仕事を済ませ、10:58のライラック3号に乗ると旭川に着くのが12時ちょうど。買物公園をふらふら歩くこと20分。旭川パレスホテルが見えてくる。月曜日はここが旭川南RCの例会場。お昼がてらMUさせていただく。
 2年半ほど前、同RCでMUしたことがある。当時の例会場はニュー北海ホテル。弊社が出展していた地図展で旭川を訪れた。その際のプログラムが身内の表彰式だったこともあって、中途退席をしたが、今回は会員卓話ということで最後までくつろがせていただく。
 お隣の席は清水PG。次年度地区幹事の名刺で御挨拶したところ、2500地区の地区運営のお話などをお聞かせ頂き参考になった。
 開会早々、会長からなんの前触れもなく私にスピーチを促され(;^_^)とりあえずの御挨拶でお茶を濁した。こういう時に気の利いたひとことを落ち着いて喋れてこその一人前のオトナであろう。なるほど「例会は人生の修行の場」とはよく聞くフレーズだがこのことか。
 同RCは旭川明成高校IACを提唱している。例会前の雑談で、遠くから「IACは…」という声が聞こえた。次年度の委員会の話題らしい。
 余談だが、写真は買物公園内でところどころ設置された看板。寄贈が旭川南RCと書かれていた。

(2005.5.16)
(初出 : 2002.10.28)

室蘭東RC
(室蘭大谷高校IAC提唱)

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 横風が強く、車体がたまにスライドする恐怖感を味わいつつ高速を南下、室蘭へ出張した。ちょうどお昼でひと仕事済んだので、水曜例会の室蘭東RCの例会場である中嶋神社蓬峽殿を訪れた。1年前、次期国際奉仕委員長として臨んだ地区協議会の分科会会場がここ。
 同RCは室蘭大谷高校IACを65年から提唱中。つまり今年で40年。今年度は登別のGを同じグループで支えるべく、地区幹事とG補佐を出している。例会はなかなかノリがよく、会長のテンポが良いのか座が和やかな印象。「次年度地区幹事だからGEにあちこちのRCに行って来いと言われて来たのではないか」とビジター紹介で評されたのには驚いたが、これも一興。

(2005.4.20)

帯広RC
(帯広RAC共同提唱)


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帯広駅前には帯広RC・帯広北RC寄贈のオブジェが立っている 8:02札幌発スーパーとかち1号に乗って帯広へ日帰り出張。2時間半かけて辿り着けば、いつもなら、帯広駅から目的地の十勝支庁へはタクシーを使う。でも今回はバスに挑戦。案内所で行き方を尋ね、取り急ぎ発車寸前のバスに飛び乗り、指示されたバス停で下車。最寄とはいえ多少離れた場所。テクテク歩くと庁舎が見える参道でギャラリー喫茶を発見。営業前にちょっと一服。カウンターで十勝毎日新聞を広げていると、店主のご婦人が「遠くから来られたの?」と声をかけてくれる。これはちょうどよい、バスで支庁へ行く手段は支庁近所の方に聞くのがわかりやすかろう。と期待して尋ねてみたものの、あまり詳しくなかったようで、新聞紙を拡げたくらいのバス時刻表を一緒に眺め、検討することに。結果、帯広はあまりバス路線が充実していないから、案内所で聞くのが一番!という結論に至る( ^.^)
 そんな現地の方との交流を深めているうちに結構時間が経ってしまい、急ぎ用件を済ませに支庁へ走る。
 無事案件を片付ければ、あとは札幌へ帰るだけ。水曜は帯広RCの例会日。例会場のホテルノースランド帯広は駅に隣接。よって例会終了10分後の13:40に出る特急とかち8号には充分間に合う。
裏に回ると建立の刻みが読める 例会受付ではカンニング竹山に似たロータリアンが「お客様やぞ!」とキレ気味に受付担当者を呼び出してくださった(風体が竹山似なのでそういう印象を受けたが、実際には非常に気を使ってくださる方で、会場に入った後でも何かと気遣ってくれた)。MUカードを書いていると、SAAの方が「ローターアクトがお世話になってます」。年末のクリスマス会で差し入れした件で。帯広北RCでMUした際だから勘違いしがちだが、帯広RACは市内5RCすべてが提唱RC。こちらのロータリアンが参加していてもおかしくない。それを覚えてもらえていたとは、これも差し入れ冥利♪
 2500地区最大で最古のRC。威厳はあるものの、居心地は悪くない。地方の老舗クラブというのはこんな感じなのだろうか。隣の方からは肩の凝らない世間話。お迎えのPPは札幌からと聞くと、先月開催した同RC70周年のプログラムをくださった。同RCが札幌RCによって戦前拡大され、周年式典にも札幌RC会長が来賓で来てくれた、という話から。そのPPは「古いクラブだが今は若い会員も増えた。今年度の会長は40代で就任した。以前はRCバッジを忘れたら叱られたものだが今はそんなこともない。若い会員と(ご自身を指して)古い会員とがうまく混ざり合っている」と自賛されていた。
 尚、本日の帯広は雪。まだまだ降る(。≧Д≦。)

(2005.4.13)

岩見沢RC
(岩見沢RAC提唱)
(駒澤大学附属岩見沢高校IAC提唱)


 8日(金)、岩見沢RC例会におじゃました。空知支庁への出張で当地はしばしば訪れている。市内には2RCあり、先月の岩見沢東RCに続いてのMU。但し前回と趣が異なるのは、岩見沢RCは岩見沢RACも駒大岩見沢IACも提唱している熱心なRCということ。岩見沢RACにいたっては前身の駒大RACが国内3番目の古い歴史を持つ。
 さらに当サイトは、同RC所属の前地区RA委員長のもとで地区委員を務めたことがある。その方には例会場でお目にかかった。同RCでは今年度は地区IA委員を輩出しているようで、委員会報告で地区委員会の活動を 報告していた。
 この日の卓話は、地区ロータリーの友委員を招いての月間卓話。次年度地区IC・情報委員長としてお世話になる方でありJRICつながりでもある。当サイトのお隣でMUに来られた美唄のお医者様もJRIC。MLを通じてご意見を拝聴している。3人も集まれば、軽いオフ会のようである。
 例会後は旭川へ向かった。夜に札幌へ引き返す。旭川は吹雪いていた。4月なのに
(。≧Д≦。)

(2005.4.8)

豊川RC
(豊川高校IAC提唱)


 当サイトは本業で毎年恒例の豊川稲荷参拝を16日(水)、行った。
 今年は帰りに豊川RCの例会にメーキャップしてみた。遠方よりはるばる…というフレーズも、確かに北海道からこの地を訪れさらにMUもというロータリアンは珍しいだろうと信憑性を帯びる。例会では会長から歓待のお言葉を頂戴した。
 卓話は国際奉仕担当で、翌週に控えた台湾姉妹RCとの交流について。交換学生で忙殺される委員長としては、クラブの国際奉仕部門にはあるべき姿であろう事業を勉強させていただく思い。
 例会場はJR豊川駅・名鉄豊川稲荷駅から徒歩3分程度の豊川商工会議所。宮地PGのお隣の席で、帰りの駅までの道のりもご一緒させていただいた。ためになるお話を聞くことができた。
 同RCは豊川高校でIACを提唱している。64年の設立。地区内では最古のIACである。

 ところで本日の札幌へ帰る便は小牧空港から。明日オープンの中部国際空港には間に合わず。逆に言えば、小牧の最後の日に乗れたわけで、これはこれで趣深いもの。

(2005.2.16)

室蘭北RC
(室蘭北RAC提唱)


提唱RC web site
The Rotary Foundation
 朝から胆振支庁への出張。お昼は足を伸ばして室蘭北ロータリークラブでMU。
 本日よりRIは「世界理解月間」。これに因んで卓話は国際奉仕委員会担当で財団学友会の白畑副会長のお話。
 国際奉仕委員会の高橋委員長さんと同卓に座らせていただき、学友会の白畑副会長や北川さんとも親しくお話しできた。同じ国際奉仕委員長として、心構えの違いを痛感。
 ホームRCでは昨年の財団月間にR財団についての根本的な説明と学友による卓話を行った。昨日は次年度の地区GSE委員の委嘱のお話を頂戴したところ。奇しくも今日、GSEの卓話に触れ、益々勉強しなければと思った次第。

 RACについて。同RCは室蘭北RACの提唱クラブ。当サイトは地区RA委員を務めていた2000年11月28日、親しかった室蘭工大の学生会長を通じて文化女子大室蘭短大で開かれた同RACの通常例会を見学させてもらったことがある。その際には提唱RCの方々も大勢いらしていた。その中のおひとり、当時会長だった内池さんには例会場で挨拶できた。川本会長からは当サイトがRACOBであるとの紹介を例会最後にしていただいた。これは財団学友がRCに入会する可能性という話を受けてのもの。

(2005.2.1)

青森モーニングRC
(青森商業高校IAC提唱)


提唱RC web site


 朝8時からの青森モーニングRCにMU。例会場は昨日と同じ青森国際ホテル
 いただいた会報(わざわざクラブサイトからプリントアウトしていただいた。これをもって週報に代えている様子)を拝読すると、国際奉仕委員長さんの報告がああった。ネット公開されているが、以下引用させていただく。

交換留学生については7〜9月の3ヶ月担当いたします。
1月からすでに始まっているはずですので青森に来た時には出迎えに行くつもりです。他のクラブと違って我々はモーニングクラブですので月1回例会に出席するというのが厳しい状況のようです。
次期国際奉仕委員長の小野さんと協力しながら明の星高校の先生と調整して例会への出席を図って行きたいと考えておりますので宜しくお願いします。
今回の留学生の女の子はスポーツにも音楽にも優れ、また日本語の弁論大会にも出場して盛岡まで来たことがあるという文字通り「文武両道」をこなす優秀な子で、英語の心配だけはしなくていいようです。
また、6月の国際大会出席につきましては5〜6名の参加をいただいております。大まかなところは大体決まってきましたが、今後2回目、3回目の計画を立てて煮詰めて行きたいと思っています。

 9時に例会終了したらすぐのバスに乗らねば空港に辿り着けないため、ゆっくりお話を伺う時間がなかったが、推測すると複数クラブで交換学生をホストしている模様。以前、ホームRCも札幌西RCと共同ホストしたことがあるが、今後はこの形が現実的な受入態勢なのかもしれない。

 ところで昨日の青森RC会報を読み直してみると、会務報告に以下のような件が。

1月22日に小館会員が交換学生Eleniさんを関西国際空港まで迎えに行く予定です。

 青森空港どころか、来日直後の関空にまで迎えに行くとは。新千歳に迎えに行くのがどうのとか言ってる場合ではないですね > 当地区
モーニングRCサイトより拝借
 同RCは県立青森商業高校にIACを提唱中。

 余談だが例会後、無事空港行きのバスには間に合うものの、機体繰りの都合で青森空港からの10時半の便は大幅に遅れ、さらに欠航の恐れが生じたため、三沢空港へバスで移動。なんとか札幌へ帰ることはできたが、その後は仕事にならなかった…

【後日談】
 同RCのサイト上にある会報で、当サイトがMUした様子が写真付で掲載されております。

(2005.1.28)

青森RC
(青森RAC提唱)

(青森高校IAC提唱)


 昨日より出張で青森へ。本日木曜はホームクラブの例会日。せっかくなのでMUは青森市内で。ということでお昼、青森RCの例会へおじゃました。

 今回の出張はホテル青森を中心としたエリアを主にしているため、例会場の青森国際ホテルまでは多少距離がある。お天気ならてくてく歩いて約30分の道中も楽しめることだろうが、このところの大雪は本日も続いており、足取りは軽やかに、とはいかない。雪には慣れているはずだが、雪質は北海道とは異なり、コートに積もった雪ははらってもさらさらとは落ちず、コートに染みてくる。これが寒さを増幅させる。まさに八甲田山の雪中行軍。

 同RCがホストする豪州からの交換学生エレーニさんが本日、例会初お目見え。同じ卓に座らせていただき、カウンセラーの小館さんも交えお話しすることができた。同じカウンセラーとして、心構えの違いを痛感した次第。彼女は先週土曜に青森に到着したばかり。なのに日本語は殆ど不自由しない程度に会話が成り立っている。すでに4年間、日本語を勉強している成果だそうで、スピーチも日本語でスラスラ。滑舌良く、発音も申し分なし。後で登壇したカウンセラーからは、スピーチ原稿はすべて日本語で書いてあるとのこぼれ話が披露された。これから1年間でさらに日本語が上達したら、どんなことになるのか、帰り際にまたお目にかかってみたいもの。
 お隣には三國PGがいらして、ためになるお話を聞かせていただいた。

 さて同RCは、青森RACを提唱。同RACは68年創立、地区内最古の伝統を誇る。さらに名門・県立青森高校にIACも提唱。

(2005.1.27)

旭川RC
(旭川RAC提唱)

(旭川竜谷高校IAC提唱)


提唱RC web site


「イブは旭川出張に限る」

 今年最後の出張は、旭川。出掛けのタクシー運ちゃんとの会話。

「ご出張ですか?日帰りですよね?」
なんで?
「だって待ってるひとがいるんでしょ?」

カノジョもいない。妻子もいない。
イブだからってみんな予定が入ってるわけじゃないんだ!!!

 お昼は旭川RCでMU。2002年10月25日にも一度伺っているのだが、このときは休会。サインだけして退散した。今回は、そのリベンジ。旭川グランドホテルは重厚感いっぱい。さらに70周年の老舗RC。威厳で満ちてる。でも会長・幹事さんは気さく。ひとりで座っていたら「こっちに来なさい」と促してくれたのが山川PG。同卓の方々も普通に話しかけてくれる。ビジター紹介の直後に駆けつけてくださったのは、当サイトの本業、測量設計業界では旭川の重鎮。この業界はロータリアンが少ないので、時たま顔を合わせるときにはRCの話に触れていたのに、その方のホームクラブだったとはまったく迂闊だった。こちらからご挨拶に赴かねばならないところ。「よく来たね」と挨拶に来てくださるのが嬉しい。
 同RCは旭川RACと旭川竜谷高校IACを提唱している。今例会では新世代モノは登場しなかったが、同RCのHPから引用すると

インターアクト委員会

 歴史あるインターアクト委員会の従来の活動を踏襲して 「奉仕」 と 「国際理解」 に貢献する機会を青少年に与えていきたいと思います。
 「活動計画」
1. 地区内インターアクトクラブ間の情報交換の場を設ける。
1. インターアクト地区大会へ積極的参加し成功するよう協力する。
1. スポンサークラブ間の情報交換と地域のニーズに応えるインターアクトクラブ活動の推進に協力する。
1. インターアクトクラブと委員会の良好な関係の構築。
1. 短期海外研修へインターアクトのメンバーを積極的に参加させ国際交流により理解を深めることへの協力。

ローターアクト委員会

 当クラブが提唱する旭川ローターアクトクラブ (旭川RAC) は、 会員数減少の為、 休会状態が続いておりましたが、 熊田泰也前年度RAC委員長のご尽力、 また関連委員会のご協力により、 会員を10名前後まで増加させて会を再興致しました。 それにより旭川RAC創立30周年を無事迎える事が出来たことは、 実に喜ばしい限りです。 しかし乍ら現在も例会の開催は不定期で、 まだ充分な活動が出来ているとは言えない状態です。 再興した旭川RACを維持、 発展していくために、 今年のローターアクト委員会は以下の3点を目標に活動していこうと考えています。
1) 旭川RACを運営するのは、 旭川RAC会員自身なのだと言う自覚を持たせる。
2) 例会を定期的に開催出来るように促す。
3) 旭川RAC会員自身が新会員の獲得に努力するように促す。  (目標3〜5名)
 この3点を達成するため、 RAC会員全員がRAC活動を楽しみ、 また苦労を分かち合う事が大切だと思います。 このRAC活動を通して、 旭川RACが旭川RCから与えられたものではなく、 旭川RAC会員一人一人が自分たちで作り上げていくものだと自覚出来るようになれば良いと考えています。
 我々RAC委員会は、 RAC会員の良き相談者になり、RAC会員が自主的に活動出来るような環境を作り、 また関連する委員会や会員の皆様にも協力を仰ぎながら、 再興した旭川RACの根を絶やさぬよう、 また更なる発展の為の種を蒔いていこうと考えています。

きっと提唱RCとしても老舗を思わせないような気さくぶりで接しているのだろう。

 夜の札幌行きのJRは、イブで浮き足立っている乗客でウザく
 札幌駅に着けば、イブで浮き足立っている男女でウザく
 駅前はタクシー待ちの長蛇の列。仕方なく歩いて帰社。
 北5条通はいつにない渋滞。イブだし金曜夜だし年末だし。

 仕方ない。イブだし。でもこうしてイブで浮き足立っている連中を見るとやはり正直なところ、
ウザい。

(2004.12.24)
(初出 : 2002.10.25)

帯広北RC
(帯広RAC共同提唱)

提唱RC web site
 12月もこの時期になると、仕事といえば年末の挨拶回り。当サイトの今週は、十勝方面挨拶行脚。十勝支庁からほどよい近さの帯広グランドホテルでは金曜昼に帯広北RCが例会を行う。本日はこちらでMUさせていただくことに。
 玄関で案内ボードを見ると、帯広RACが今夜、同ホテルでクリスマスパーティーを行うとの掲示。
  
これを見たからには、素通りできぬ。早速支配人さんをつかまえ、何ができるかを討議。本日の食事はバイキング。では一品追加したくらいでは面白味がない。お酒も飲み放題。では乾杯用にシャンパンを差し入れ、ということで落ち着こう、ということで決定♪
 そんな勢いで例会場に乗り込むが、これまた奇遇。本日の卓話はRACの活動報告〜( ^.^)
 野原会長、後藤幹事、荒井副幹事にご挨拶。聞けば提唱5RCにそれぞれこうして回っているとのこと。その労力だけでも敬服。なのに彼らの卓話がまた上出来!卓話後の会長のお言葉では「私共はすっかりRACに負けている」と降参していたが、当サイトが座っていたテーブルでも「立派なもんだ…」と感想が漏れていた。

 ところで配布された資料には、提唱の5RCがそれぞれ会員を何名推薦したかが一覧になっている。
 あくまでも資料。他RCに負けているからと奮起を促すなどとの意図は無いだろう。が、数値で他RCよりも推薦者数が劣っているのは、面目に関わる。RCが出席率を競うようなもので、より多くの会員を推薦しようとの心理に働きかける効果はありそうな。そんな風に資料を読んでると、結構面白い。

 帰りの電車までやや時間があるので、六花亭でミルフィとコーヒー。至福の甘さ。

(2004.12.17)

稚内南RC
(稚内大谷高校IAC提唱)


提唱RC web site


 29日(月)の朝3時頃、地震があった。道東で震度5、札幌でも3ほど揺れた模様。しかし今回の出張先は道北・稚内。地震の影響は受けず予定通りの朝の便で丘珠から…と思ったら、深夜から降り出した雪の影響で「着陸できなかったらごめんなさい」での出発。それでも若干の着陸模様眺めを経て、無事稚内へ降り立った。
 お昼前にあらかたの用事はすべて終了。稚内グランドホテルへ向かう。途中、西條内の長寿庵で道を尋ねる。お昼前のひととき、世話好きのおばちゃんがわらわらと集まってくれた。女性が地図を読めないとはよく言われるが、確かにみなさんの説明はわかりづらい。しかし稚内のおばちゃんの熱い思いは頂戴した。
 結局のところ、言うほどややこしい道もなく、ホテルへ到着。稚内南RCの例会にmake up。12時開会前、会場に到着した方から順次食事をとる。メインプログラムは会員総会だが、諸事情により後日に回すことになったようで、会員の報告スピーチがメインを占める。そのため、ビジターにもスピーチの機会が与えられ、当サイトともうひとり、稚内RCからのビジターも壇上でお話の時間を頂戴する。バナーもいただき、えらく歓待された気分♪
 同RCは、稚内大谷高校IACを提唱している。例会ではIACの話題には触れることはなかったが、長靴をはいている方や、作業着で駆けつける会員もいて、当サイトのホームクラブがしばしば自己紹介で用いるフレーズ「ナッパ服クラブ」というのは斯様な会員が集うクラブを指すものだなぁ、と思わされる。素朴な中にビジターを歓待する雰囲気は素敵である。
 そんな心地よさの余韻に浸るうち、現実に直面する。丘珠便欠航のお知らせ。すぐに南稚内駅でダイヤを確認するも、13:49同駅発の札幌行はすでに行ってしまい、次は16:57。これでも札幌に着くのは21:50。次の電車までの2時間半、乗ってからの5時間、考えただけでも退屈(。≧Д≦。)

(2004.11,29)

網走RC
(網走RAC共同提唱)


 出張で網走支庁へ。そこから歩いて10分、網走川を渡ったところ、火曜日に網走セントラルホテルで行われる網走RCでMU。 受付では「お知り合いの方は当RCにおりますか?」「(職業分類を見て)測量関係の会員は今日は休んでおりまして」などととても気を使っていただく。
 この日の例会は、やや変則的な進行、と隣席の方が教えてくれる。担当は職業奉仕委員会なのだが、プログラムで上映しようと企画したVTRが40分モノ。これを30分に縮めようとしたが難しく、そのまま流すとのこと。そのため食事時間からプログラムが始まり、昼食をとりながらVTRを見るという形に。
 さてそのVTRとは「プロジェクトX」。2003年9月30日に放映された「霧の岬 命の診療所」の分。RC業界ではあまりにも有名なこの話、2500地区PGの道下先生の半生である。
 実は道下先生のこの放送分、見逃していたのだ。思いもよらず、例会で、それも道下先生のお膝元の2500地区のRCで見られるとは。
 ストーリーは昭和27年の十勝沖地震から始まる。折しも先週土曜日の新潟県中越地震の被害者数が日に日に増えているところ。当時の津波被害とは質が異なるかもしれないが、自然災害を前にしての無力感は50年前も今も同様だろうと推察される。
 ところで極私的な話だが、最近涙もろい。RCみたいな年寄人口が多いところに身を置くと老化まで似てくるのか、涙腺が緩んできた。朝、起き抜けの「めざましテレビ」でわんこを見ながら涙がこぼれてきたときは、会社を休もうかと思った。
 当然、泣かそうという意図も含まれるこの番組であるから、危うく泣きそうになった。ビジターで初めて訪れるRCでメーキャップしながら泣いていたのではホームクラブにも迷惑がかかる。
 大まかなストーリーはすでに知っていたが、番組として改めて見てみると、この先生の偉大さがよくわかる。番組内では先生がロータリアンであることにはまったく触れていない。しかし襟元にかすかに歯車らしき形が見える。昨秋はこれがRCバッジかどうかで一部MLで話題になった。いずれにせよ、こんな素敵な医師がロータリアンであることを誇りにしたい。先日の登別の地区大会にも来てくださっていたが、お元気でなにより。

 付け足すようで恐縮だが、同RCは網走RCを網走西RCと一緒に提唱している。網走市内のRCはこの2つだけなので、極端にいえば”網走市内全RC一括提唱”とも。例会はそんなわけで変則的なだけに、RACの話題が出ることはなかった。ところで網走RACは1974年10月17日の発会。9日前に30周年を迎えた老舗である。

 今回は番組に敬意を表して田口トモロヲのナレーション風にしてみました♪

(2004.10.26)

新潟RC
(新潟RAC提唱)


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 新千歳空港から1時間10分で新潟空港に着く。午前中、ちょうどよい時刻に出発便。空港から新潟駅に向かい今回の出張先・越後湯沢へ、さらに東京へと移動するのだが驚くほどアクセスがよい。これだけで新潟は好印象♪
 新潟RCの例会場はイタリア軒。新潟の由緒あるホテル。点鐘前から着席順に食事を始める。隣の会員さんが親しく話しかけてくれる。食事を例会前に済ませる形になっているため、1時間の例会は内容たっぷり。逆に例会中の食事に馴染んでいると、卓話までが長く感じてしまう。
 新潟RACを提唱しているクラブだが、取り立てて新世代関連の話題が出ることはなかった。

(2004.4.27)

川崎RC
(川崎RAC共同提唱)

(市立川崎総合科学高校IAC提唱)

提唱RC web site


 東京での会議は木曜に設定されているので、ホームRC例会と重なり、同日MUが多くなる。都内にはRCがたくさんあるのでMUには不自由しないが、たまには遠出してみようかと今回は、神奈川方面へ。
 川崎日航ホテルは、JR川崎駅徒歩1分。例会の食事は、バイキング。ビジター・ゲストからお先にどうぞ、とアナウンスされるが、この日のビジターは他にもうひとりしかいない。率先しては行きづらい(^_^;)さらに思いのほか、メニューとして取りづらい。これは同RC会員にも不評のようで、同卓でも「これは改善しなくてはいけない」と批判しながらの食事であった。
 札幌からのビジターとして紹介されると、北海道に縁のある方が食事時や帰る際に声をかけてくれることが多い。今回は生保の元札幌支社長が、懐かしげに話し掛けてくれた。
 68名の同RCは、川崎RAC市立川崎総合科学高校IACを提唱。今回の例会は新入会員卓話。その大西さんは川崎RACのOBということが、卓話導入部で発覚!当サイトと9つほど離れるが、同RAC会長のほか259地区(当時)分区代理も歴任されたそう。例会終了後にご挨拶に伺うと、「いやぁ〜緊張したよ〜」と煙草を燻らせながら余裕の表情で笑っていた。

 例会の最後までいると、13:30。それから電車で会議に向かうと、結構ちょうどよい時間であった。定宿は新橋なので、京浜東北で1本。アクセスも、楽。例会場が駅直結であれば、横浜圏内はMU可能ということがわかった。

(2004.3.25)

福岡西RC
(福岡西RAC提唱)

(福岡大学附属大濠高校IAC提唱)

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 昨日の佐賀RAC35周年記念式典の興奮さめやらぬところ。月曜のこの日は札幌へ帰るだけの移動日。昼過ぎの便だがギリギリまで市内でゆっくりできるのは、地下鉄が空港直結という稀有なアクセスのおかげ。
 せっかくなのでMUしようとホテルオークラ福岡へ向かう。同ホテルを含めたこのエリアは、博多リバレインとして再開発された。地下鉄中洲川端駅直結。この建物には博多座や、一昨日観に行った福岡アジア美術館もある。中洲の歓楽街に近く、向こうにはやはり再開発地域のキャナルシティ博多も臨む。

 福岡西RCは昨日、佐賀から福岡まで送ってくれた福岡西RAC森田氏の提唱RC。車中、提唱関係の良好さを聞いていたので、アクターにそこまで信頼されるRCとはどんなものかと興味があった。
 例会場では同RAC古谷会長に会えた。忙しそうにロータリアンの間を行き来していた。
 会報には前回例会で卓話をした2700地区RA西尾代表の話が掲載されている。会報表紙には「世界ローターアクト週間」の印字。今月はずっと載っているのだろう。こうしたケアが、RACの信頼を得ることに通じているのか。同RCは福岡大学附属大濠高校IACも提唱している。148名の規模の大きなRCである。

 同RCには藤野さんという会員が在籍している。2年前、よく同RCのBBSでお話を伺ったもの。お会いできれば、とは期待していたが、うまい具合に隣の席になった。
 卓話は元西鉄ライオンズ投手の稲尾和久さん。「神様、仏様、稲尾様」である(^_^)解説者だけに話は面白い。福岡らしい地元の雰囲気を味わえる例会だった。

(2004.3.22)

帯広西RC
(帯広RAC共同提唱)

提唱RC web site


 帯広日帰出張。帯広開発建設部で営業マンらと13時半に待ち合わせることになっている。つまりMUしても、フル出席は不可能。それでもせっかくの機会。帯広西RC例会に行ってみる。例会場は北海道ホテル
 帯広RACを共同提唱しているRCのひとつである。とはいえ、例会前半に出席した範囲で見ても、RACに触れたところは無い。偶然か、或いは市内全RCで提唱すると関心も分散するのか。半月後に全国研修会という大きなイベントを控えている割には意外な感があった。帯広駅にはすでに全研横断幕が吊るされていた。ホストとしての雰囲気は高まりつつあると見る。
 米山奨学生と同じ卓に座る。他にももうひとりいる。お二人共、帯広畜産大。同卓の女性奨学生は会員さんらと自然に溶け込んでいる。

 余談だが、同RCからのMUカードは1ヶ月ほど遅れて事務局に届いた。そのためこの日、ホームRC例会を欠席した分が補填されておらず、出席委員会から勧告Faxが入っていた。海外RCでは稀にそうしたケースもあろうが、まさか国内、てゆうか道内(^_^)でこういう事態が起ころうとは。最終的には辻褄が合ったからよかったものの、MUしただけで満足しては危ないという教訓となった。

(2004.2.5)

東京西RC
(東京西RAC提唱)

(富士見丘中高校IAC提唱)

提唱RC web site


 昨日の浜松南RCは、提唱無しということでここでは省略。昨日のうちに東京に入っており、名古屋・豊川稲荷の今出張、〆は東京西RC。例会場はホテルオークラ
 同RCは富士見丘中高校IACと東京西RACを提唱。IACの富士見丘中学高校は、当サイトが以前住んでいた杉並の部屋と最寄駅「笹塚」のちょうど中間。笹塚十号通り商店街を抜けたところにある。通勤時は、この狭い商店街の通りいっぱいに通学する女子生徒さんらと逆走する形で笹塚駅へ向かった。8年前のことである。
 東京西RACは、中央RAC在籍時の同じ分区。東京西RACの先輩にあたる高野さんが現在同RCでRA委員長を務めてらっしゃる。今例会でも年大の案内で登壇していた。例会終了後にご挨拶。聞けば同RCには15名ほどRACOBが在籍しているとのこと。

(2004.1.23)

釧路ベイRC
(釧路北高校IAC提唱)

提唱RC web site


 下段のとおり、年末の挨拶回り中。今回は道東方面。帯広から釧路入り、明日は根室。そんな釧路の泊りだが、タイミングよくイブニングクラブの例会日。例会場も近くて、宿泊先から歩いて10分の釧路全日空ホテル
 イブニングクラブは、札幌市内に2つある。両方出席したことがあるが、さほど違和感は無い。ホームRCでも最終例会は夜間が通例だからかもしれない。或いは、RACの例会を彷彿とさせるからか。確かに札幌のイブニングクラブは2つとも、規模は大きくない。会場も小さな会議室かレストランと、RAC例会場にありがちな光景。
 ところが、この釧路ベイRCは、地元の大手ホテルの宴会場が会場で、会員数も40名を超えている、標準的なRCの例会風景。

 同RCは釧路北高校IACを97年12月から提唱している。まる6年である。委員会報告ではIA委員が登壇、同IACの例会にRC会長が出席したことから、割箸回収を行っているとの活動報告、次回例会の案内もアナウンスしていた。
 他にRYLAセミナー報告書が届いている旨も幹事報告で話された。会報では前回例会の幹事報告に、釧路北RACからクリスマス例会へのお誘い文書が届いているとのアナウンスがなされた形跡が見られる。自RC提唱のIACの面倒見はもちろん、提唱外の新世代にも関心を払っている様子がわかる。

 卓話は、北海道中小企業家同友会釧路支部から事務局長のお話。当サイトは地区会副会長として、こちらの団体でもお世話になっているので、隣の席で話が盛り上がる。

(2003.12.9)

函館北RC
(函館北部RAC提唱・
解散
(函館大谷高校IAC提唱)

提唱RC web site


 年末の挨拶回りと称して、例年12月は地方出張が続く。今年は道南から始まった。檜山支庁から渡島支庁へ。
 そして例年、この出張は自由がきかない。担当営業マンが同行しているので挨拶回りがビッシリ詰め込まれている。それでも足りない。12月の1ヶ月で終らず、新年の挨拶にめり込むのがこれまた例年のこと。
 そんな中、今回は珍しく営業マンらと離れることになった。彼らは現地に残っての仕事が入ったそうで、帰路はひとりになったのである。そこでお昼はMUしてみる。
 函館北RCは、函館国際ホテルが例会場。年次総会ということで、中途退室。
 同RCはかつて函館北部RACを提唱していたが、IACへの衣替えを考案。現在はRACを廃止し2001年6月から函館大谷高校にIACを作っている。

(2003.12.3)

東京目黒RC
(東京目黒RAC提唱・
解散?

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 青森の会合の翌日は、東京で会議。うまい具合に連続してくれたので、青森からその日のうちに上京。
 会議は午後からなので、お昼は目黒でMU。目黒雅叙園は初めて。てゆうか目黒自体さほど馴染がない。
 提唱されていた東京目黒RACは、以前所属していた東京中央RACと同じ地区の同じ分区。分区スタッフとして目黒RACの方々とも一緒に仕事をしたが、当時から会員数としての基盤が安定していないような話をしていた。現在は殆ど活動をしていないやに聞いている。

 この日の例会には、目黒RCがホストしているドイツからの交換学生Judithさんが出席。彼女のカウンセラーが例会中登壇し、イベントがある時や、どこかへ出かける際には是非彼女を誘ってやってほしいと、会員に訴えかけていた。ウチのKaiちゃんと同時期に来日したらしい。同じカウンセラーとして、私はKaiの為にここまで働いているだろうか。自問させられた。
 そんなJudithさんに挨拶しておこうと、例会終了後話しかけてみた。日本語の会話力もKaiとほぼ同じとみた。学校はずいぶん楽しいそうな。

(2003.11.27)

青森北東RC
(青森北東RAC提唱)

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 当サイトの経営する会社は、青森銀行にお世話になっている。北海道を営業基盤にしながら、近いとはいえ津軽海峡を越えた青森にメインバンクをお願いしているのは、珍しい。その関係で青森にはしばしば、行くことがある。隣の県といってもアクセスは、上京するよりも難しい。JRはトンネルができたから便利になったかといえば、函館まで出る時間自体が早くなったわけではなく。青森空港は悪天候で着陸できないことが多い。
 今回は空から。順調に飛び、降りた。それだけで出張の大半をやり遂げた感がある。せっかく定刻通りことが運んでいるので、お昼はMUしよう。ということでホテル青森へ直行。
 青森の主だったRCには、青森銀行の方が入会している。北東RCの例会場に入ると、早速発見。ご挨拶に赴く。実は今回の出張は、この日午後から開催される銀行の取引先懇談会。席に戻るや、近くに座っていた方から「札幌なのに青銀さんと親しいとは珍しいね」と声をかけられる。事情を話すと、その周辺の方々全員、懇談会に参加されるとのこと。青森では親しげに話しかけてくれる方は多いが、同じメインバンクという共通項でさらに親しみが深まる。しかし考えてみれば、道内でも道銀や北洋をメインにしている企業同士なら、こんな関係は当たり前のこと。道内銀行と取引していないがために今まで気付かなかった。
 北東RCには、同業社の社長が在籍していた。数年前に亡くなったが、この社長には当社草創期、随分お世話になったらしい。通常、航空測量云々なんてのは、知らないひとには説明しにくい。しかしその会員を擁していたRCだから、こちらの仕事はみなさんよく把握してくれる。その点でも居心地がよい。
 なお、北東RCは青森北東RACを提唱している。

(2003.11.26)

東京池袋RC
(東京池袋RAC提唱)


提唱RC web site
預金封鎖
 10月末というのに、東京のこの暖かさ。すでに寒い札幌の装いで上京したら、汗かきました。
 今回の出張も、木曜。MUにおじゃましたのは、東京池袋RC。ソングリーダーは、俳優の宝田明さん。背が高く、素敵な容姿。
 東京池袋HACや東京池袋RACを提唱する同RC。今例会ではRACやHACの話題は出なかったものの、2580地区のRA委員長を同RCから輩出しているところから新世代支持の姿勢が垣間見えます。
 例会卓話は、経済評論・小説を書かれている作家の荒和雄さん。預金封鎖についての過去の話から現在も残る昔の法案に関してなど興味深い内容でした。

(2003.10.30)

東京南RC
(慶応RAC共同提唱・
解散

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 出張で上京。木曜日はホームクラブも例会日。なので前回に続き、ホテル最寄のRCでMU。
 東京南RCは、東京會舘が例会場。会員数約190名。東京で2番目の古さ。名簿をめくれば芸能人から大手企業の経営者まで「あ、この人知ってる」という面白さ。そんな敷居の高さも前回の東京RCで慣れました♪
 とはいえ今回は別の意味で緊張。
 同RCには、矢橋大理石の矢橋監査役がいらっしゃいます。当サイト管理者の親戚筋でございます。そうとは知らずに出向き、最初に座った卓の方々と名刺交換をしたところ「矢橋さんといえば、ウチにも矢橋さんがいるよ」とご紹介いただいた次第。
 実は初対面。御挨拶に行くと驚きつつも喜んでくださり、隣に座らせていただくことに。自然、身内の話題が中心になり(^_^;)現在務めている交換学生カウンセラーの話の中で、受入が札幌聖心というくだりでは「東京の聖心や小林聖心を始め、矢橋家の子女は聖心出身が多い」というなかなか聞けない話も。
 矢橋さんは「やはし」と「やばし」の2通りがあり、今年から新たにCD-ROM化した全国RC名簿では検索が容易になったものの、「やはし」と入力しても東京南RCの「やばし」さんは検出されないのでした。
 思いがけず、有意義なMUとなりました。ところで本題ですが、同RCは70年、東京芝RCと共同で慶応RACを提唱。後に解散しております。

(2003.9.18)

東京RC
(東京RAC提唱)

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 日本一古いRC、というよりは日本一敷居が高いRC。こんな若造ロータリアンが行ってよいものか迷いつつ、帝国ホテルへ。
 会場入口のMU受付は、右が日本人用で左が外国人用。検問のようにココを通過しないと例会場に入られないような威圧感が漂う。が、受付の女性は丁寧な応対。会場への案内(15分前)までの待合でもSAAが気さくに声をかけてくれる。思ったほど孤立感はない。資料として置いてある「委員会年間計画書」を覗く。青少年委員会では東京RACとどう関わるかを中心に据えている。会員子弟を中心に会員増強を呼びかけてもいる。会員名簿は、東京RACの会員名簿付き。26名の会員の名前とメールアドレスが並ぶ。当然、MUの対象である旨も記載。
 この名簿、捲る度に著名な財界人の名前が目に飛び込む。会員数の多さも敷居の高さに比例する。ところが、ビジターは一卓一名。テーブルマスターが親身に世話をしてくれる。座った卓は入口近く。入ってくる会員がそばを通るたびに声をかけてくれる。この方々はそれぞれの会社ではきっと天上人なのだろう。なのに普通に”こんにちは”を口にする不思議さ。
 9年前に勤務していた朝日新聞社の社長も同RC会員。御挨拶に伺った。この方も天のひと。私が13階で仕事をしていた時、守衛さん達に守られ15階に鎮座されていた。まさか名刺交換できるようになるとは。
 会員数の多さも実際にはさほど感じられない。同じ例会場である東京中央RCの方がひとの多さを実感したほど。隣に座られた木村さんは、前の2580地区RA委員長。DICOを務めている松岡さんにはJRICを通じてNews Basketの翻訳でお世話になっているので一目お会いできればと思ったが、かなわなかった。
 それにしてもここのフレンドリーさは予想外。敷居が高いどころか、接客慣れしていないRCに比べれば行きやすい。

(2003.7.30)

函館RC
(函館RAC提唱)

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 新駅舎になった函館駅から五島軒本店へ。函館RC例会はこの2階。古いRCが古い建物で開く例会の厳かさを堪能できる。ハンバーグも堪能。
 函館RACはこちらの提唱。週報表紙に「ローターアクト例会日」が記載されている。ニコニコではRAC例会を欠席した詫びが。
 当サイトが2510地区RAでゾーン代理を担当した97-98年度、函館RACもそのゾーン内にあった。函館市内には大学も含めて3つのクラブが活動しており、札幌市内の2RACよりも活発なイメージがあった。しかし現実には、ゼミ生だけで会員数を維持する函館大学RACに、IACへの模様替えさえ聞こえてくる北部RAC(その後本当にIACに移行した)、そして慢性的な会員数不足の函館RACという元気の無さしか表れてこなかった。
 函館RACでひとり奮闘していた女性会長は、青森に嫁いだ。その後どうなるかと思っていたが、地道にがんばっているとの噂は聞こえてきた。そのバックアップには、先述のような提唱RCの温かい目があるものと思われる。

 (2003.7.24)

東京城西RC
(東京杉並RAC共同提唱)

(堀越高校IAC共同提唱)

提唱RC web site

 ジトジトを覚悟で上京したものの、梅雨明けが長引いているせいか、札幌との気温差を感じられないほど涼しい水曜昼、ホテルニューオータニで開かれる東京城西RC例会出席のため、赤坂見附から歩いた。同RCは最近HPを開設しており、このサイトから必要な情報はすべて引き出すことができた。デザイン・見栄えに重きを置くRCが多いなか、ビジターにとっては充分なコンテンツが揃っていて、MU先を選ぶ要因のひとつになり得る。
 卓話は国際連合大学から山中Y子先生。国際会議で展開される論戦・駆け引きを、世界情勢を交えて解説された。
 さて、提唱RCとしての同RCは、東京杉並RACの提唱RC。同RACは3RCから提唱を受けている。この日の例会では委員会報告において、あるイベントにRAC会員にも参加を呼びかける旨の話があった。また、例会中に杉並RACの年間報告書を捲る会員も発見。
 IACも提唱している。西南RCと共同で、堀越高校。堀越といえば芸能人という発想はミーハーだが、80年代のアイドル好きには居たたまれない校名。地区内で最初にIACを作ったのが堀越という点には注目したい。

 (2003.7.23)

札幌モーニングRC
(札幌龍谷学園高校IAC提唱)

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 朝7:30に始まる例会。会場のセンチュリーロイヤルホテルへは車で10分弱と、割と近い。しかし、冬。朝7時はまだ日が昇っていない。
 朝食での例会は新鮮。だが北海道の冬は暗く、開会点鐘後もしばらくは外が暗い。ホテル最上階は普段眺めが良いだけに、夜ではない朝の暗さは、新鮮を通り越して「こんな朝早くから何やってんだろ」とまで考えてしまう。一度は来てみたかったが、来るのなら朝に爽やかさを感じられる夏がいい。
 下段同様、例会内容がクラブフォーラムということで、ビジターは食事後、退席。
 ところで同RCは札幌龍谷学園高校IACを提唱している。我が家の裏。夏は毎朝、テニス部の朝練の掛け声で目を覚ます。女子部員たちが早朝から元気よく発声する音は起きぬけに心地よい…といった内容のことを以前、RYLAの総括で語ったことがある。いやぁ〜あのときは若者みんな引いたね。指名した地区新世代委員長も青ざめてたし。なのに記録誌に一言一句間違いなく再現されているのは、やはりおかしい。校正はすべきでしょう。

(2002.12.11)

大阪天満橋RC
(大阪天満橋RAC提唱)

提唱RC web site

 津で開催された学会からの帰りは大阪経由にした。往路は名古屋経由。名古屋RCと津RCにMUしたが、双方RAC未提唱。
 大阪天満橋RACは、住吉時分に親しくしてもらった。提唱RCの方とは、記念例会などでお目にかかったことがある。関テレのエライさんとか。
 汗だくでヒルトン大阪に辿り着く。この出張中、体調不良で、上本町の都ホテルから梅田まで出るだけでもしんどい。こんな暑いところによく住んでたなぁ、と思いつつ。

(2002.8.8)

名古屋RC
(名古屋IAC提唱)

 今年の農業土木学会は、津で開催される。津という街は馴染が薄い。三重県自体、親戚がいるわけでもなく、仕事でも用事がない。そんな街だからこそ、こうした機会を利用して行きたくなる。アクセスは、名古屋経由か大阪経由かでどちらが便利か、分かれる。今回は、行きを名古屋としてみた。
 小牧空港に着くと、ギリギリだが名古屋RC例会に間に合う時間。急ぎ名古屋観光ホテルに駆け込んだ。
 さすが老舗RC。例会場の威圧感が、古い街の古いRCらしさを醸し出す。でも会員は気さく。受付を手伝ってくださった方は私の名前を見て「あ、私も”潤一郎”なんだよ〜」と。それだけで名刺交換に至った。

 名古屋RCは名古屋IACを提唱している。国内のIACは一般的に、高校の部活動。しかし名古屋IAC名古屋YMCAを活動基盤にしている。IACに参加したくても、通っている学校にIACが無ければ不可能。しかしYMCAなら、どこの高校からでも入会できる。古いIACなのにこの発想は斬新。だが、この形態が全国展開に至らなかったのは何故か。

(2002.8.6)

大阪RC
(大阪RAC提唱)

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 全国RA研修の前泊でMU。どうせMUするなら大きなところで。
 大阪RACの提唱RCというより、天下の大阪RC。敷居が高い。事前に事務局にMailを送ったほど。リーガロイヤル自体は馴染み深い。よく泊ったし。しかし大阪RCは、関西財界人が集うという先入観で頭一杯。いっぱいいっぱい。
 例会中、インフォメーションとして週末の全研について報告があった。大阪RCが提唱RCである旨にも触れており、RAC関係者には嬉しい。
 例会は同時通訳付。見渡すおじいさん達の名札は、新聞でよくみかけるお名前。名簿は聞いたことある企業のエライさんだらけ。交換した名刺も、心なしか重量感が。
 それだけで堪能できた。明日の全研も、提唱がどうのも、どうでもよいほど(^_^)

(2002.3.1)

東京杉並RC
(東京杉並RAC共同提唱)

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 この日はホームクラブも例会日。年始の挨拶で上京し、当日MUとなった。
 東京は毎日多くのRCが例会を開催しているのでMUも楽だろうなぁと思いつつ、ではどこへ行こう。近隣エリアで複数のRCが例会を行っていたりする。出向くのに条件はどこも似たような、となれば、次に絞る条件はRAC提唱RC。このRCはそのまま名称通りである。杉並RAC自体は、3RCを提唱に戴いている。
 中央RAC在籍時、分区スタッフを務めたが、その取りまとめの分区代理がこのRACから出ていた。的確に仕事をこなす人だった。当時の杉並RACの印象はそれくらいか。RACの例会には行っていないし、分区代理以外にそのRACの方と接する機会はなかった、ように思う。
 ヒルトン東京のRC例会プログラムには遠方からのビジターに一言喋らせる時間があり、北海道はまさに遠方。いきなり当てられて、さて何を話そうか、といえば、やはりRACの話。しかし食いつきは悪かった。あまりRACに関心がないのか、関係がうまくいっていないのか。そんな背景を知らずにRAC話を全会員の前で披露するのは、善し悪し。ある種の賭け。
 週報を覗くと出席率情報。どこでMUしたかまで書いてあり、おひとりが「(RA)」と付されていた。RAC例会が補填になることを知っている会員がいることで、ほっとする。

(2002.1.17)

大阪住吉RC
(大阪住吉RAC提唱)

(浪速高校IAC提唱)


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 RAC生活の原点、大阪住吉RACの提唱RCである。本当なら真っ先に仁義を切りに来るべき場所。かなわぬ話をすれば、住吉RACのため、266地区(当時)のため尽力してくださった故飯原会長に、RC入会の報告をしたかった。就職活動が難航していたときは相談に乗っていただき、大阪を離れる際にも東京でRACを続けるよう言われた飯原先生が、RCに入ったと聞いたらどんな反応をされただろうか…
 週末の2660地区年次大会で住吉RACがホストを務め、さらに盟友・早道前地区幹事が卒業を迎えると聞き、冷やかしに乗り込んだ。その前泊にあたり、住吉RC例会に。会場は天王寺都ホテル新館。当時の例会場は、阿倍野の近鉄百貨店バンケットルーム。その大きい方がRC例会場で、隣の小会議室がRAC例会場という見事な立地だったが、例会場自体がいつの間にか移っていた。
 RACOBを名乗らず、何気ない態度を装い、MUに臨んだが、あっけなくみつかった。5年間、親身になってくださった提唱RCのこと、住吉を辞めて7年経っても尚、「よう来たな」で迎えてくれる。例会場の違いか、多少こじんまりしてしまった感もあるが、みなさんよく覚えてくださって、それが何より嬉しい。ビジター紹介も「元住吉アクター」を付けてくれはった。
 卓話は住吉RACが擁する地区代表・紺谷氏。活動近況報告と年次大会について。週報によると前週の卓話は世界RA週間について。こういうRACに手厚い提唱のもとで活動できた幸せは、今になって心に沁みる。

(2001.5.18)

青森南RC
(青森南RAC提唱・
解散

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 青森のRCを覗いてみようとホテル青森へ出向いたが、休会。サインのみ。出迎えてくれたのは、ホテルの職員か事務局員かわかりづらい女性。せめてロータリアンに出迎えられたかった。わざわざのお越しを…との言葉は、ロータリアンの方が嬉しい。

 青森南RCは青森南RACを提唱していたが、すでに解消している。

 

(2001.2.27)

東京西北RC
(東京西北RAC提唱・
解散

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 今回の東京出張は、当社がISO9001認証登録審査に無事通ったので、関係者にそのお礼に。午前中に赤坂の審査機関で挨拶し、お昼に新宿へ向かうついでに京王プラザホテルに立ち寄った。
 東京西北RCは、かつて東京西北RACを提唱していたが、その後解散に至っている。2580地区のRACは、沖縄の威勢よさよりも東京側の会員数・クラブ数の逓減が目立つ。印象ではあるが。

 

(2000.11.13)

東京銀座RC
(東京中央RAC共同提唱)

 銀座東急ホテルはよく覚えている。かつての勤め先に近かったし。
 銀座RCの夜間例会に出席させてもらった記憶がある。それもこのホテル。銀座RCといえば、銀座まつりのパレードを明治屋から眺めるという贅沢を与えてくださったのも、このRCであった。
 交換学生時の豪州での恩人が来日したことを受けての上京。たまたま銀座RCの例会日ということでMUに立ち寄った。例会場で雑談していると、その方が中央RACの先輩ということが発覚。さらに同RCではわかるだけで3名のRACOBが在籍しており、みなさん中央RAC出身とのこと。
 残念なのは、そのOBロータリアンとRAC活動の中で出会えなかったこと。さらにこの日の卓話が、北海道の酪農家というのも奇妙な縁。北海道の話を銀座で聴くため北海道から出向いたような(^_^)

(2000.6.14)

札幌西北RC
(札幌山の手高校IAC提唱
※2001.6〜

 札幌市内には14RCあるが、木曜例会は当サイトのホームクラブである札幌東RCと、この札幌西北RCの2つだけ。同じ曜日の市内RCには、出席しても原則MUにはならない。西北の会場である三越札幌店から札幌東のロイヤルホテルまで、地下鉄で一駅。確かにこんなに近くならホームRCに出席しなさいということになる。
 そんな行くはずがない西北RCの例会に行ってきた。ホームクラブでお世話になっている地区新世代活動推進委員長からのお誘い。元RI理事の今井先生を神戸から招いての卓話なので、勉強になるよ、と。この日の夜は、やはり今井先生を囲んでの新世代研究会が、同地区委員会主催で開かれた。
 卓話もさることながら、西北RCの多くの会員と接することができたのも収穫。

 ところでこの西北RCは、札幌山の手高校IACを翌々年に提唱することになる。

(1999.9.2)

札幌RC
(札幌第一高校IAC提唱)

 北海道一の老舗RCでMU。札幌グランドホテルの例会場入口には、補聴器が並んでいる。「ご自由にどうぞ」。さすが老舗RC、所属会員の高齢化がここに窺える。
 札幌市内のロータリアンの大半が「敷居が高い」と評する老舗RC。「財界さっぽろ」の登場人物がリアルに動いているRC。でもここをクリアしなければ東京RCには行き着かない。
 たまたま粗餐会だったようで、食事はいたって軽く、卓話も会員増強について。当サイトのホームRCに会員数で抜かれるほど、切実なテーマとなっている模様。それは全国どこのRCでも同じ課題だが、老舗だけに抱える悩みは大きかろう。当サイトのような若僧を入れて増強にあてるわけにもいくまい。老舗だから。
 さてこの老舗RCは、札幌第一高校IACを提唱中。ここの生徒さんは聞き分けがよくて、よい子です。

(1999.8.25)

東京築地RC
(東京中央RAC共同提唱)

 東京中央RACに在籍したのは2年弱。このRACは3つのRCを提唱に持つ。ヒラ会員ではこの3RCの役回りがまったくつかめない。つかむ必要もなかったから、つかめずじまい。
 東京築地RCがその一つだということは知識として知っていた。しかし例会によく来られていたロータリアンがどのRCに所属されていたかに関心がなかったため、MUに訪れても知っているひとが見当たらない。他の2RCには、アクターとして家族会に参加したこともあったが、こちらには最後までご縁がなかった。
 あくまでも学会で上京したついで。ほんとにMUが必要だったから、という位置付けになってしまうのが申し訳ない。

(1999.8.2)

札幌西RC
(札幌西RAC提唱・解散

 86-87年度に豪州へ交換学生として派遣された。当時のスポンサーが札幌西RC。というよりも父が在籍していたRC。98年6月末、地区幹事(現代表幹事)の職を全うし、退会してしまった。私がRACを定年退会したのと同時。そのうち復帰するだろうから、いないうちに行っておこうと。いたら行きづらいでしょう。
 知っている方がいっぱい、という他RCと違い、こちらが幼少の頃から「知られていた」のは歩が悪い。
 札幌西RACがあれば、当然移籍したところ。タイミング悪く、帰札直前に休会となった。最後のアクターになったかもしれないが、立て直す余地もあったような気がする。同RACは、札幌市内ではYMCAの若手を多く抱え活発な活動を展開していた、という印象が子供心ながら、ある。雪まつりの雪像作り、クリスマス会など、覚えているだけでも非常に盛り上がっていた。その伝統がなくなるのはかえすがえすも、惜しい。

(1999.5.18)

札幌北RC
(札幌北RAC提唱)

 何はさておき、仁義を切りに来るべきRC。10ヶ月前まで提唱していただいていた「親」である。
 提唱(札幌北RC)ではなく、かといって交換学生時のスポンサー(札幌西RC)でもない「第三のRC」に入会したことで、事情のわかる方々からは訝しく思われもしたが、札幌東RCへ入った理由は単に「誘ってくれた」から。全国の提唱RCには「育てたアクターは、提唱RCへ入会するもの」と思っているところが多分にあろう。鮭が還って来るような。だからこそRAC卒業時、提唱RCから私への言葉が「将来は当RCに入られますことを…」となる。4年間のRAC在籍でアディショナル正会員資格が発生するという手続要覧の文言のとおり、環境さえ整えば30代でRCに入れないわけではない。では何故、提唱RCは誘ってくれなかったか、といえば「まだ早い」という先入観でしかない。JCを卒業して40代半ばでそろそろ誘おうか、というのは従来型の会員増強であろう。人間関係や例会日・会場に支障がなければ、先に誘われたRCに入るもの。
 とはいえ青田買いに気付いた会員が札幌東にいただけで、同時に誘われればやはり提唱RCを優先に考えるのも義理・人情。育ての親に不義理をしてしまった負い目でMUに臨んだが、迎えるかつての提唱RCは温かく、相変わらず賑やかで、恨み言はない。なければないで、「ほんとにこのRCは将来的にも自分を必要としていなかったのでは」と懐疑的になるもので(^_^)
 センチュリーロイヤルホテルではビジター紹介後、会長から「当RCが提唱しておりますRACからロータリアンになられた」とビジターとしては手厚い紹介を受けた。素直に、嬉しい。

(1999.4.19)

札幌幌南RC
(札幌幌南RAC提唱)

(札幌商業高校IAC提唱・
解散

提唱RC web site

 入会翌日に早速MU。翌週は出張でホームRC欠席の為、先付け補填。折角の初MUは、アクターとしてお世話になったRCにしたい。金曜例会は札幌幌南RC。市内では2RACだけが活動しており、その相方・札幌幌南RACの提唱RCである。
 札幌北RAC在籍中は、自分とこのRAC同様にかわいがっていただいた。札幌大学RACから札幌幌南RACに衣替えした直後、会員数が2名まで減った時は、提唱RCが総力を挙げて会員増強に乗り出し、あっという間に10倍にしてしまったことを思い出す。札幌北RACは同時期5名からのスタート。アクターの友人知人を連れて来てはジワジワと15名まで増やした。しかしようやく基盤ができ、これからというところで一段落ついてしまった為、反動で減少しつつある。勢いのあるうちに増やしてしまおうという幌南の考え方は、札北では取り入れてもらえなかった。以後、幌南RACは増え続け、札北は目前に迫る定年者の穴埋めにも苦慮することになる。
 ロータリアンになったことで、こうして他RACの提唱RC例会にも出席できる。ルネッサンスサッポロホテルの例会場は、知った顔がいっぱい。これまでアクターとして接していた方々と、生意気なようだがロータリアンとして同じ目線に並ぶわけだ。気恥ずかしい。先方にも、数ヶ月前までアクターとして愛でていた若僧が、いきなりロータリアンです、では違和感があろう。知らない人だらけのホームクラブに入った昨日の方が、緊張感はまだ薄い。

(1999.4.2)