| 【報 文】
RAC的危機管理
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| I . はじめに ローターアクト(RAC)プログラムは青少年交換事業やインターアクト(IAC)プログラムに続いて導入された、RCの新世代関連事業のなかでは比較的新しい取り組みである。しかし導入から30年が経過し、30歳を年限とする新世代プログラムにおいて年長者の役割を担うことにより、逆に先行プログラムであった高校生たちを牽引する役目を期待されている。 他方で世代間ギャップに代表されるように、高齢者を中心とするロータリアンからは、20代のアクターの動向が常に好意的に捉えられるとは限らない。年齢差という互いの理解を超える溝は、どの時代にもつきまとう。だからこそロータリアンは若者の考えに耳を傾け、理解しようと努め、さらに彼らの活動を支援しようとする。時としてそんなロータリアンの様子は、若者に迎合する好々爺然とし、偽善者面に磨きがかかる。 そんな中でも若者の言動を冷静に捉え、世代間ギャップという物差しではなく、常識の範疇でRACの活動を評価しようとするロータリアンが少なからず存在する。 浜松RC曽布川会長は、あえて持論を「臍曲がり」と称しながらRACの現状に苦言を呈し1)、新しいRAC像を提案した。友誌ガバナー座談会においては、しばしばRACが話題の俎上に上る。ロータリアンとしての自己批判もあれば、突き放したような発言も見られる2)。最近では、年度総決算ともいうべきRA年次大会の酷評が、ガバナー補佐の名においてガバナー月信に掲載された地区もある3)。 かつて、札幌北RACが言われ無き咎めにより提唱取り止めの危機に瀕したことがあった。提唱RCの自己都合によるものだった為、アクターたちが会員を増やし、活動内容を社会奉仕・国際奉仕にシフトを置き、潰される所以の無い状態を作り上げた。加えて周囲のロータリアンからの応援もあり、最悪の結末は避けられた。同時に、提唱RCの胸先三寸でいつでもRACを潰すことができる上、それをRACレベルで撤回させる術は規定上には無いことが浮き彫りになった。 そんな貴重な経験も、往時の苦しみや危機感を体験していない後輩たちには伝わらず、ロータリアンがいつ提唱取り止めに動くか、OBや関係者をはらはらさせる場面が続出している。 本編ではそうした緊張感の無い現役アクターに警鐘を鳴らす意味も込めて、RACにおける危機管理を考証する。 II . すぐそこにある危機 1. 日本人留学生の寸劇 2003年10月29日、中国・西安市の西北大学において文化祭が行われた際、日本人留学生らが品の無い寸劇を披露した。これに対し、中国人学生が激怒。反日デモを引き起こす騒ぎに発展した。 その後の展開は、中国人学生の抗議がエスカレートし、関係の無い日本人学生2名を殴打、軽症を負わせ、市内の日本料理店はデモ隊に囲まれ営業休止に至るなど混乱を来たした。事態は、当事者たる日本人留学生が反省文を提示し、留学生3名の除籍と日本人教師1名の解職という処分で収束を迎えた。 「燻っていた反日感情の表れ」などという稚拙なまとめ方をする識者もいた。相当卑猥だったとはいえ、その寸劇を観て興奮し、騒ぎ立て、反日デモを繰り広げ、関係の無い日本人にまで暴行をはたらく中国人とは、よほど繊細な国民なのだろう。一部の報道通り内容が「国辱モノ」であれば、その日本人留学生らを舞台から引き摺り下ろし、袋叩きにすれば済むもの。対国家の次元に持ち込むのも国民性なのか。福岡では一家4人が中国人留学生によって惨殺される事件があった。これに対し我が国民は、デモをすべきだったのか。ピッキングでマンションや事務所を荒らし、不法滞在と治安の悪化を加速させる蛇頭もいる。悪さし放題。だからといって日本人は中華料理店を襲ったりしない。 2. 2510地区の年大 国際交流という点では、RCは長けている。青少年交換やGSE、WCSなど海外のRC・団体との調整が必要な事業が安定的に継続できるのも、他者を慮る姿勢を貫いてこそ。分別のあるオトナと留学生を一緒に論じるのも無理があるが、先述の中国のようなトラブルは、RCではめったに起こり得ない。 しかしRCといっても、青少年交換くらいの若さになると不安視されるところもある。一般に日本が受け入れる交換学生は甘やかされる場合が多い4)。実際に青少年交換委員会主催の行事で受入学生に何か出し物をするよう要請すると、先述の中国での寸劇と紙一重の疑いがあるような、日本人を揶揄するコントを繰り広げたこともあり、関係者を冷や冷やさせた。これを指摘しようにも「彼らも日本へ来て辛いだろうから、これくらいはしゃぐのも良いだろう」「若者は元気があっていいねぇ」など的外れな講評にかき消されてしまう。外国人への寛容さと、高校生だから大目にという若者への迎合により不問に付されるのだが、逆にそれが許されるものと勘違いしたのが中国の寸劇につながった可能性もある。 そんな勘違い甚だしいアクターによってSMショー紛いの余興が、それも年次大会で繰り広げられた地区がある。この経緯は先述の2510地区ガバナー月信に詳しい。 数年前から当該地区のアクターの資質が下がってきたのは明らかで、地区行事が9ヶ月間開かれなかったり、地区代表が1年間まったく姿を見せなかったりという状態が続いていた。一時期、そうした姿勢を改めるよう一部の地区委員が促したことにより歯止めがかかったかに見えたが、だらしなさが根本から改善されたわけではなかった。同地区委員からは「RCが何でも見逃してくれると見縊ってはいけない。いざとなれば強権を発動してRACのひとつくらいいつでも潰せるという余裕が提唱側にはある。自分達が楽しめる活動は勿論だが、おっさん連中を納得させる主旨も用意する必要がある。その対策は、潰す姿勢が見えてからでは遅い」との助言があった5)。元々そうした助言をうざいと感じていたアクターたちの進言により同委員が委嘱辞退に追い込まれ、以後、好き放題な活動に走るようになった。 月信で述べられているSMショー紛いの余興は、実はこれ以前にも行われている。この際も不愉快に感じたロータリアンが若干いたらしいが、行事自体が内々のもので表沙汰にならずに済んだ。今回の事態は年次大会という大きな行事であり、普段RACに接する機会の少ないロータリアンも多数参加していたことが主な要因といえる。つまりRACという概念及びこれに期待するRC側の想像と、実態がかけ離れていたことで衝撃が大きかったものと推測される。公表されたのが年度最終号とはいえガバナー月信で、この媒体の信用性もさることながら、この年度は地区内全会員必読制をとっていた為、地区内の全てのロータリアンがこの事実を知ることとなった。 |
3. 危機意識の欠如 この月信を読んだロータリアンらもまた衝撃を覚えた。新世代には無防備に性善説を唱えるロータリアンにとって、この事実は許容限界を超えている。しかしその矛先は、地区RA委員会ではなく、RACOBのロータリアンに向けられた。RACを美化しプロパガンダに努め、RAC提唱へ持ち込もうとしていたところは特に被害が大きく、9月の新世代月間や3月の世界RA週間でクラブ内に実績を積み重ね、意識を喚起してきたRCでは「これで当分はRACネタを持ち出せない」と沈痛な様子を見せた。 その一方で当事者たるRACの動きはまったく見られなかった。この事態から半年近く経つものの反論の素振もない。個別のアクターからの聴取では「言いたいひとに言わせておけばいい」「否定しようとは思わない」との意見が大勢を占めた。 今週末に迫ったRACの北海道交流会は札幌で開催される。これにあたり、ホストの札幌北RACは市内のRC例会を宣伝に回っているらしい。札幌東RCにも来たが、それ以前のアクターに対する歓迎のムードがまったくないことに彼は気付いただろうか。前の週の卓話がIACで、大半の会員から絶賛されたのと比べ、RACのインフォメーション中に私語が目立ったのを見て、そのギャップの大きさに同RC新世代委員会は驚いたものだった。 ロータリアンの多くがこの事態に不快感を示していることを、アクターは知らない可能性もある。ガバナー月信がRACに配布されるという前提ではない為で、それなら地区RA委員会或いは提唱RCはアクターに読ませるべきである。もし、この月信掲載の投稿を知っていながら尚、反論しないのであれば、2通りの捉え方がある。一つはそれを事実として認め、反論の余地はなく、ただただ反省するしかない、との神妙な態度。これなら逆に今後の活動が期待できる。もう一つ、「だからどうしたの?」という馬耳東風な開き直りの姿勢。今のところは後者が正しいと思われる。 III . 釈明の必要性 ロータリアンでも、ガバナー月信でその振舞を糾弾された例がある。 2510地区ガバナー月信10月号に札幌セントラルRC会長名で、同RC所属会員の会員身分終結と、それに伴いガバナー名で地区WCS委員身分喪失の「お知らせ」が掲載された。同会員が携わった事業において73万円もの地区委員会費が使途不明になり、返済もされないとのことで、この穴埋めに関係者が53万円を集めた、という顛末に月信の1頁が割かれている。 これだけを読めば、全面的に非はこの元会員にあると思われる。除名ともなれば、申し開きの機会も失う。この一件はこれにて落着したようにみえた。 しかし、この元会員は強かであった。独自に釈明をしたためた文書を作成し、関係者に配布した。事態に至る経緯が元会員の視点で追っている。どちらが正しいというのはさておき、言われっ放しでは済まさないとの元会員の意気込みは伝わる。 RACは、「こんな意味のない団体は潰してしまえ」というRCの世論が高まるなかでもまだ潰されていない。充分反論の機会を持っているわけである。ガバナー月信掲載の投稿に対する反論だから、年度は変わっても反論スペースは提供されるだろう。地区RA委員会やRACの奮起にかかるのだが、それが一向に表れないところから察するに、反論するつもりが土台無いと思われる。 「言い返すだけ面倒臭い」という虚脱感か、「言ったってわからないでしょ」という冷笑主義か。どちらかといえば後者が蔓延しているように見受けられる。結局のところ、反論しなければ全面的に認めてしまったことになる、認めてしまってはRACの存在意義に関わる、という危機感を誰も持っていない。「わかるひとにわかってもらえばいい」という消極的な職人気質では、わからない大多数のロータリアンには誤解されたまま。そのロータリアンがRCに在籍する限り、そのRCでRACが提唱されることは不可能。 この不景気の折、若者のSMショーのために「奉仕活動」の資金をRACに回すRCのことをどのように思っているのか、を考えられないのなら、まさに潰されても仕方あるまい。その時こそ、反論の余地はない。 V. むすび 中国で寸劇を披露した留学生も、SMショーを披露したアクターも、風刺や親睦の意を込めたつもりだったとは思う。悪意ではなく。しかし、それも伝わらなければ意味がない。ましてや誤解されるくらいならやらなければよかった。帰国した留学生らはそう後悔しているそうだ。アクターが後悔しているとの話はついぞ聞かなかったが。双方共に広く関係者の耳に入ることとなった。欠けていたのは、それを観た観衆の怒り。そしてそれを伝播させる元気。 余談だが、私は中国で買春婦に絡まれるトラブルに遭遇し、辟易した。東京在住時には中国人グループに財布を盗られた。彼らはその後逮捕されたが、不愉快さだけが残り、お金もカードも戻らなかった。 誤解を持たれないよう書き添えると、いろんな仕打ちを受けながらも私は中国人が嫌いではない。ホームクラブには中国から来た同僚会員が在籍し、同年代ということで彼とは親しくさせてもらっている。
参 考 文 献
[ 2003.11.20 受稿 ]
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| Key Words : 危機管理,リスクマネジメント,SMショー,中国,留学生,なめてるだろおまえら | ||||||||||||||