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バスに乗り込みトロイ遺跡へ向う。「トロイの木馬」のトロイである。遺跡へ向う途中ナルキッソス(水面に映った己の姿に恋焦がれた美少年)の伝説の地を通り抜ける。低木の畑がなだらかな丘の斜面に連なる辺り。本当に彼は誰よりも、神々よりも美しかったようである。
B.C.1200年頃ギリシャとの間に起ったトロイア戦争の舞台として、Homerosの叙事詩『Ilias』『Odusseia』で知られていたが、伝説から現存の地へ引き上げたのがドイツのシュリーマン。1871年から90年にかけて彼は私財を投資して発掘を開始、そして財宝を発見する。その際遺跡を破壊し、又、財宝の殆どはW.W.2の混乱でベルリンからロシアへ移送されたとの説が濃厚である。考古学者として「実証した」功績はあるものの、その発掘方法は批判されても仕方が無いであろう。
遺跡は全部で 46層、大別して9層からなる。古い市を囲むように新しい市を建設していった。9層のバームクーヘンを想像して頂きたい。その層一つづつが市で、そのほぼ真中の穴の部分がシュリーマンの発掘遺溝跡で第2市。(下写真参照)第1市はB.C.3000〜2600、現存するのは住居跡と壁面一部。第2市はB.C.2600〜2300、第3.4.5市はB.C.2300〜1900(ここまで青銅器時代初期)第6市はB.C.1900〜1300(青銅器時代中期から後期)、第 7a市B.C.1300〜1200と第 7b市B.C.1200〜900は青銅器時代後期。第8市B.C.900〜350はギリシア人の植民以後、続く第9市B.C.350〜400、ヘレニズム期からローマ時代まで存続した。保存及び修復状態は良くない。
遺跡というより遺痕という感じだ。
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