| key word | ||
| silkroadの始点 | ||
| today's photo | ||
| Konya、カラタイ神学校のドーム。中央部は木、青い部分はモザイクタイル。剥れた部分もあるが其の美しさに心も吸い込まれる。 | ||
| today's hotel | ||
| DINLER Kayseli CAD.P.K51 Nevshir |
| 起こさないで、起きるまで。 | ||
あー。持参すればよかったか。うーーん。こんなに禁断症状があらわれるとは自分でも思っていなかった。カフェイン過摂取か?紅茶の方が含有量は多いはずだ。うーーん。しかししかししかし普通のcoffee飲みたい。最近ずっとトルコ行進曲(モーツアルトのではない)がぐるんぐるん頭で廻っている。cd shop行きたい。でも眠い。眠い。眠い。眠い。 11:30過ぎ漸く空腹で目覚める。立ち寄ったドライブインでM&M購入。此処まで来てamerica食文化に支配されている自分に呆れる。でもお口で溶けて手で溶けない、んだもの。それとピスタチオ入りチョコレート、これはNestle。 |
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| the origin of Turkish blue | ||
| コンヤはトルコがセルジュク・トルコだった頃首都であった。11C〜13Cにかけて繁栄した街であるが、十字軍によって二度占領された。(1097、1190年)。15Cにはオスマン・トルコに征服される。しかし、小アジア、つまりこのアナトリア地方では今もイスラム教の古都として存し続けている。 最初に行ったカラタイ神学校は1251年セルジュク・トルコのケイガウス2世の治世に政府高官カラタイが建設したが、現在はモザイクタイルの博物館となっている。青い世界。コーランの字句を書き込んだり、花や鳥(それも顔が人間の女、しかも日本、中国、韓国、モンゴル系の顔立ちの)を描いたタイルを中心に、皿、壺などが展示されている。素晴らしさの第一はドーム。見上げていると時を忘れる。魂を奪われるような。トルコブルーの原点は此処に存するのではないかと、思えるくらいに。(他を知らないから、かもしれませんが) モザイクはよく見るとブルーと緑の組み合せだった。これは青がトルコ、緑がイスラム教の象徴で、遠目には青緑一色に見えても、近付くと青は青、緑は緑。精緻に組み込まれた色は互いを侵食することなく、宥和することなく、己を主張しながら融和している。実に美しい。 |
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| dragon head。可愛らしいのは眼が大きいから?牙が無いから? |
| トルコ石色の大皿。うっとりする青色。冷たくない空の色。飽かず眺めて居た。 |
| メヴラーナ博物館の祭壇前のシャンデリア。写真の発色が今一つだが、現物はもっと抜けるような澄んだ青。 欲しくなりました。 |
| 廻る廻るよ。 | ||
| イスラム教神秘主義(スーフィズム)の一派メヴラーナ教団の総本山であるメヴラーナ博物館へ行く。「メヴラーナ」とは「我が師」という意味で、創始者ジェラルディン・ルーミーを指す。霊廟の他、モスク、僧院、修行場もある。緑色のタイルで覆われた円錐形の屋根を持つ霊廟は13世紀末に造られたが、外の部分はオスマン・トルコ時代にスレイマン大帝らの寄進によって建設された。金箔を貼り付けた棺にはターバンが載せられ、其の色は職業や身分を表す。宗教家なら緑、政治家なら白である。そしてそのターバンから垂れる紐の長さが社会的地位を象徴する。ターバンは大きければ大きい程、紐は長ければ長い程。他には能書家によるコーランの金箔の写本、マホメットの顎鬚を入れた小箱、等の展示がある。 メヴラーナの死後、1924年まではメヴラーナ教団センターとなっていたが、1925年アタテュルクの政教分離政策により修行場は閉鎖し、教団も解散させられた。しかし2年後、霊廟の宗教色を薄めて博物館と再開され、一般公開されるようになっている。 この教団は旋回舞踊で有名である。神と一体となる修行の一環なのだが、中央アジアのシャーマニズム儀礼に由来するのではないかと言われている。旋回運動は、絶対者との神秘的合一の境地に達する手段であり、左回り(時計と反対)の旋回は天体の運行にしたがっている。右の掌を上に向け左の掌を地面に向ける。これは神の慈悲を天から受け、左手の掌によってそれを大地に移し与えることなのだそうだ。純白の衣装、スカート姿で廻り続ける、トランス状態になり、それが踊り手から鑑賞している人々に伝播するものなのではないかと思う。くるくる廻ってると停められなくなるしね。因みにイスラムですから、踊るのは男性だけです。 |
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| 隊商宿跡 | ||
| 今夜の宿泊地カッパドキアまで3.5時間。此処からがsilkroadの始点、とガイドさんに言われ窓の外を見やる。駱駝や騾馬に荷物を積み隊を成して進む砂漠の商人達の宿が隊商宿、キャラバン・サライである。狭義のシルクロードは隊商が使用した交易ルートを言う。 隊商宿は、彼らの安全と休息を保証する為、城壁を持つ建物で、中庭が大きく開け、両サイドは厩舎のような仕切り。奥には隊商のリーダーの場所、もある。ただ石壁で間仕切っただけの単純な構造であるが、外部との壁面は強固。今回、遺跡とレプリカの両方を観る事が出来た。 |
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| 洗濯の夜は更けて。 | ||
| ホテル到着後20:00過ぎの夕食、バイキング形式はいつもメニューが似ていて少し飽きがきていた。ここで初めてアイランを試飲。塩味のヨーグルトドリンクで口当たりがよい。ツアーで一緒になった女性がとても気に入っていた。チャイは好きになれなかったが、エルマ・チャイ(appletea)は後口が良い。甘いが、すっきりしているので、昼食の時は頼んでいた。 食後BBC観ながら洗濯に勤しむ。昨日裾を捲ったものの濡らしてしまったジーンズも、靴下も、ハンカチも。枕銭用のコインが余り無い。しまった。日本円でも受け取って貰えるかな?と或る分だけ準備。トルコのtvはチャンネル数が異様に多い。皆tv漬けなのかしら。 |
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