記述 1998.10.21

熱帯魚との出会いは、今からおよそ25年あまり前になります。祖父が金魚を飼っていた
関係で魚を飼うことには自然になじんでいたように思います。そのころ飼っていた魚種は
はっきり覚 えていませんが、長く飼い続けることはできなかったと思います。(ほとんど
魚を飼う知識はありませんでした)その後、熱帯魚も取り扱う量販店に勤める友人に
「ピラニア」の幼魚を3匹、無理やり買わされるはめになり、2年近く飼育しましたが、
大きくなるにつれ持て余すようになり、安月給でしたので餌代にも不自由する毎日が続き
はじめ、3匹が2匹となり、最後には1匹となってしまいました。そうです、共喰いをはじめ
たのです。結末は餓死することになったのですが・・・。
今、思えば残酷なことをしたものです。
それから、結婚するまでの10数年は魚のことは忘れていました。ある日、子供にせがまれ
祭りの夜店ですくった金魚がきっかけで水槽を置くことになり、近所から、グッピーをもら
ったりで、規模の違いこそはありますが、ズルズルと今日まで続くことになろうとは。
 ある日、とあるショップで不思議な色をしたディスカスを見つけました。それまでは高嶺
の花(1匹が数万円もする魚なんてとんでもない)と思っていましたが、店員さんから、
「在庫処分するので2匹で2万円ポッキリでどうですか?」と言われたときにはポケットに、
たまたまあったお札を差し出していました。(今、思えば価格相応の価値はなかったよう
な)その後、後悔しつつも「熱帯魚の飼い方」を読みながらせっせとお世話を続けました。
ところが・・・・・。ある冬の朝2匹のディスカスは煮えていました。 
そうです、バイメタル式のサーモが暴走を続けていたのです。
大枚叩いて買った魚なのに・・・・・。わずか2週間の命でした。
ショックでした。それからしばらくは、カラシン、テトラ、グッピーを飼育していましたが、
それでもあの不思議な色をした魚を忘れることができずに、それからというものはあちこ
ちのショップを巡ってはディスカスを探し求めるようになったのです。
それでも、徳島という地にはディスカスを取り扱うショップは少なく、ヘンコツな店主の多
いところでね、「あんたなんかには飼えないよ」って感じで見下した態度が嫌いでした。
初めて買ったディスカスは確か、レッドロイヤルブルーだったかな?
ディスカスを追い求めるうちに、ショップで売っている魚に限界を感じるようになってきまし
た。大きく育てるにしたがって自分の思う魚にならないとか、生まれてくる魚が親と違うと
か・・・。
今思えば、東南アジア産の固定化されていない雑種だったのですね。

それから3年後、白勢氏ディスカス(5cmサイズが1匹¥12000も!)を手に入れたのをきっかけに、ディスカス熱はとどまることなく、多々の失敗・試行錯誤を繰り返しながらも
(多くのディスカスを天国に葬ったなあ・・・。)
なんとか今では自分のペースで飼育できるまでになりました。
それからはディスカス一本!(歴12年)現在に至るです。(レイアウト水槽には小型美魚は
泳いでいますが)行き着くところはやはり伝統ある「ドイツディスカス」です。
現在、ドイツ産ターコイズディスカスのみ飼育しています。
水草水槽とのきっかけといえば、ベアタンクで飼うディスカスの味気なさをインテリア
として観賞できないものかと考えてからでした。
当時、ディスカスを水草水槽で飼うことなどタブー視されていましたからね。
そのことをディスカスを購入する際に相談すると「そんな飼い方はできん!」って
ヘンコツなショップのオヤジに馬鹿にされましたから・・・悔しくて。
だったら、やってやる!それからは水草のこと勉強しました。
結局のところ、私も変わり者だったのですかね?


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