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■Scarlet Palace(紅の宮殿) 1-1
+++???+++
気付くと俺はそこに居た。
そこは凍っていた。誰も居ない、何も無い、ただ、雪が降っているだけの寂しい場所だ。
深々と降り続ける白銀の雪。その雪は、止まる事なくひたすら振り続けている。
静寂が包むその街に降り立つ一つの影。その影の正体は紳士服を着た、ウサギだった。
「こんにちわ、坊ちゃん」
そのウサギはそう言うと軽く会釈をし、こちらへゆっくりと近づいてくる。
「何か私に御用かな?」
ウサギはこちらをジロジロと見ながら一人で「フム」「これはこれは…」等、勝手に納得しては再びこちらをジロジロ見る。
そんな動作を2,3回繰り返した後、こう言った。
「面白いお方だ、貴方はこの世界の人間ではないな」
180度振り返るとウサギは、再び口を開いた。
「綺麗」は「汚い」
「治す」は「壊す」
「好き」は「嫌い」
「在る」は「無い」
一呼吸感覚を置き………。
「これが美しき因果律の在り方…貴方もまた…おっと…」
意味の分からない事を言い出し、急に口を止める。
「これを言ってしまってはお楽しみが減ってしまいますね」
何処からとも無く、漆黒色のステッキを取り出すウサギ。
そしてそのウサギは、取り出したステッキで怪しい魔法を唱え始める。
「世界の未来は無限です……今と言う現実から幾つもの未来が枝分かれしている……」
「何の為に、この世界に貴方が赴いたかは解りませんが、折角来て下さったのだ、最高の楽しみを送呈しましょう」
「最も美しく、最も汚い物語を……・」
カッ!と辺り一面が真っ白に光る。明るすぎて何も見えない
「これから貴方が見る世界は、幾つにも分かれた未来の内の一つ…」
「もし、見たくないなら目を逸らせば良い」
「もし、見たいのならばこのまま目を開き続けてればいい……」
「貴方にはそれが出来るのだから」
明るすぎる輝きはやがて少しずつ柔らかな、優しい光に成って行く。
「尤も……私には貴方が此処に来た理由が、”この未来”を見せて貰いたいから、と見えますがね…フフフ」
■Scarlet Palace 1-2
+++AM.7:30分 ジュンの部屋+++
暖かな日光と、雀の鳴き声が僕の目覚まし時計だ……。つい、この前までは。
だが、今は違う。毎朝、毎朝、毎朝、本当に嫌になる。
「ちびぃー人間!朝ですよ!朝!おーきーなーさーいー!」
そう言うと翠星石は、ジュンの寝ているベッドへ向かって豪快にダイビングをかます。
「グブヘェッ!」
向こうにそのつもりは無いだろうが、あのダイビングはいつもピンポイントでミゾオチにブチ当たる。
本当は狙いって居るのではないか?と思えるほど的確だ。
「ま〜ったく、ちび人間ときたらこうして毎日毎日翠星石に起こして貰わないと起きられないなんて、しゃーないやつですねぇ」
ベッドの中でうずくまるジュンを横目に、やれやれと言った形でため息を付いた。
「だ、だれも起こしてくれなんて頼んで無いだろ…ゲホッゲホッ……あー、吐くかと思った」
「うるさいです、7時間も寝れば人間十分に生きていけますです」
ちょこん、とジュンの傍に座る翠星石。
「夏休みも、もうスグ終わりなのです。時間を大切に使いやがれなのですぅ」
「い、言われなくたって分かってるっての!」
そう言うとジュンは時計に目をやる。時計はAM7:30を指していた。
「ってまだ7時30かよ!?」
「一々うっせーリアクションするですねー。今日は図書館に行くのじゃなかったのですか?」
「そ、そうだけど図書館が開くのは10時からだろ!あと2時間も在るじゃないか!」
「だーかーら、時間を無駄にするなって言ってるんですぅ。ちび人間は夏休みが終わったら学校に行くのでしょう?だったら残りの夏休み…1分1秒も無駄にしちゃダメですぅ」
「だからってこんなに早くに起こさなくても………」
「ぐーちーぐーちうるせーです!やる事がないなら朝のシャワーでも浴びて来たらどうですかってーんです!」
「……はいはい…分かりましたよ」
そう言うとジュンは言われたとおりシャワーを浴びに行くのか、着替えを持って下へ降りていった。
トントンとテンポ良く階段を下りていく。
「………」
ジュンは考えていた、彼女達の事を。そして、自分のことを。
「アイツは………強いよな」
ボソリ、とつぶやく。アイツとは勿論翠星石の事だ。
「やりたくも無いアリスゲームに無理矢理参加され、一度殺され、更には最愛の妹まで失ったって言うのに……」
ジュンは分かっていた。翠星石がどうして最近、無駄にハイテンションなのか。
「見せたくないんだろうな………きっと」
パジャマを脱ぎ捨て、風呂場へ入る。朝、シャワーを浴びるなんて良く考えたら今まで一度もした事が無い。
「そういえば……、朝シャワー浴びるなんて初めてだな」
初めての朝の風呂場はジュンにとって少々、神秘的な感じがした。
数秒後、風呂場から水の流れる音がし始めた。
+++A.M.7:39分 ジュンの部屋+++
ジュンが風呂場へ行った後スグに真紅が目を覚ました。
ガチャリ、と鞄の蓋が開き、真紅が顔を出す。
「…………」
無言のまま辺りを見回す真紅。
そこにはジュンの部屋を掃除している翠星石の姿だけが在った。
「あっ、真紅おはよーですぅ」
パタパタと手際よくベッドを綺麗にしたり、机の上を整理したり……まるでメイドの用だ。
「お、おはよう…翠星石」
翠星石はスグに分かった、真紅の挙動が少しおかしい。
掃除の手を止め、真紅の元へ近づく。
「どうしたんですか真紅?そんなに怯えて?」
その質問に一言。
「ジュ、ジュンは何処?」
とだけ真紅は答えた。
「ちび人間ですかぁ〜?今頃シャワーでも浴びてるんじゃねーですかねぇ」
「そ、そう、それなら良いわ」
起き上がり鞄から出て、服装を整える真紅。
「…なーに怯えてやがるんですか?真紅?」
「え、わ、私、そんな風に見える?」
辺りを恐る恐る見回し、びくびくしながら物音が立つ度に、そこへ視線をやる真紅。これじゃあ、おかしくないと見える方がオカシイ。
「すげー見えやがります。もう、何て言うか挙動がアヤシイです。怖い夢でも見た………」
そこで翠星石は思い出した、真紅の言葉を。”ジュンは何処?”と言う言葉を。
「もしかして……真紅、あのちび人間に夢の中で何かされたんですか?」
ビクンっ!とその瞬間真紅が跳ね上がる。どうやら図星のようだ。
「や、やっぱり何かされたんですね!?あのちび人間めぇ……とうとう真紅に毒牙を伸ばし始めやがりましたか!」
「ば、馬鹿ね!幾ら私や貴方と契約してるからと言ってもジュンは人間よ?夢の中に入ってくる能力なんて…あ、在るわけ無いじゃないの!」
やたらと必死に抵抗する真紅。
「と、とにかく何でも無いわ。気にしないで」
「し、真紅がそう言うなら翠星石はもう何も聞きませんけど……何かあったら力になりやがりますよ?」
心配そうに真紅の顔をのぞく翠星石。
「ありがとう、心配しないで翠星石。私なら平気よ」
部屋の扉を開け、したの階へ向かう真紅。
「何処に行くんですか?」
「朝ご飯よ、貴方も一緒にどう?」
「翠星石は……もう少しちび人間の部屋を綺麗にしてから行くです。この部屋埃っぽくてかなわねーです」
「そう……頑張ってね」
「はいですぅ」
そう言うと真紅は、扉を閉め下の階に下りて行った。
+++A,M:8:20分 ジュンの部屋+++
ガチャリ、と扉の部屋が開けられる。
部屋に入ってきたのはこの部屋の主ジュンだった。
部屋の中では真紅と翠星石が、朝の紅茶時間を楽しんでいる。
「な、何か綺麗になってないかこの部屋」
「翠星石が綺麗にしてやったですぅ。感謝しやがれですこのちび人間」
「あ、ありがとう。掃除苦手だから助かる」
「どういたしましてですぅ、今度ポッキーでもおごりやがれですぅ」
「はいはい……」
パジャマを綺麗にたたみベッドの上に置く。
真紅の方へ視線をやるジュン。いつもだったら「おはよう」の一言ぐらいは在る筈なのだが……。
真紅から挨拶が無かったのでジュンは自分から真紅に話しかけた。
「真紅起きてたのか、おはよう」
「……」
反応が無い。反応が無いどころか、挨拶した途端に、読んでいた本で真紅は自分の顔を隠した。
「……真紅?どうしたんだ?礼儀には五月蝿いお前が…」
心配になってジュンは、真紅に触れようとしたその時だった。
「お、お、おはよう。ジュン」
と言う言葉が返ってきた。
「お、おはよう。どうしたんだ?具合でも悪いのか?」
返事が返ってきたことに安心したのか、ジュンは真紅の傍を離れ、自分の机に向かいPCの電源を入れた。
「この子、朝から調子がおかしーんですよ。翠星石がおはようって挨拶したときもちょっと変だった……」
「な、何を言ってるの翠星石!私は変じゃないわ!いつも通りよ!」
翠星石が全てを言い終わる前に、真紅の怒鳴り声で彼女の言葉はかき消されてしまった。
急に大声を真紅が上げたため、ジュンも流石に驚いたのだろう。真紅の方をずっと見つめていた。
緊迫した空間が広がる。
「そ、そうだよな。大して変でも無いよな」
「そ、そうですねぇ、翠星石もそう思いますぅ」
2人ともこれ以上、真紅に質問するのはマズいと感じたのか、一応納得したと言う事で前の雰囲気に戻った。
ジュンも成長したのだ。前までのジュンだったら「人が心配してやってるのになんだその態度は!?」とか言ってたに違いない。
しかし、ジュンは見てしまった。真紅の顔を。だから敢えて変と分かっていても、真紅には触れないようにした。
普段は雪のように白く、美しい真紅の顔が耳の先まで真っ赤になっていたのだ。
(……何かあったのかな。本で顔を隠さないほどいけなくなるほどあの真紅が照れるなんて)
(……絶対に変ですぅ。後でジュンが居なくなったら真紅に聞いてみようですぅ。原因は絶対にジュンなのですぅ。翠星石のセンスがそう言っているのですぅ)
非常に何とも言えない雰囲気が漂う。
窓から入ってくる清々しい朝風だけが、その雰囲気を流してくれた。
+++A,M9:30分 ジュンの部屋+++
「それじゃ、行って来るよ」
ジュンはそう言うと、鞄を手に持ち部屋を後にする。
「行ってらっしゃい」
「行ってしっかり勉強してきやがるですよぉ」
後ろから声がした。階段をパタパタと下りて行く。
玄関で靴を履いていると、扉を開けて金糸雀が入ってきた。
「おはようなのかしらー!お邪魔するかしらー!」
「おはよう」
金糸雀の挨拶に、挨拶で答えるジュン。
最近、コイツが一番礼儀正しいドールなのでは無いかと思えてきた。
何時の間にか桜田家の常連に成っているが、まぁ雛苺の代わりだと思えば全然平気だ。
むしろ、僕にとっては嬉しい。静かにならずに済む。
「あらー?何処に行くのかしらー?」
「図書館だよ、勉強しに」
「図書館って、あの本が山程ある建築物の事かしらー?」
「そうだよ」
靴を履き、扉に手をかけるジュン。
「人間は色々大変なのかしらー。みっちゃんも毎日仕事で大変だって言ってたかしらー」
「そうそう、人間は色々大変なんだよ。色々と。じゃーな」
「ばいばいなのかしらー」
トテトテと階段を上がって行く金糸雀。
扉を閉め、外に出ると数歩歩いてジュンは大きな伸びをする。
「……お前達ほどじゃ、ないけどな」
ぼそっ、と呟くと、図書館へ向けてジュンは歩き始めた。
■Scarlet Palace 1-3
+++AM9:35分 ジュンの部屋+++
そこは静まり返っていた。朝だとは思えないほどに。
真紅は本を読み、翠星石は紅茶をすすりながら菓子を口に運ぶ。
長い、一分一秒が非常に長く感じられた。
チクタクチクタク、と時計だけが動いている。
もう10分位経っただろうか。
「あ、あの真紅……」
「ね、ねぇ、翠星石…」
2人の台詞が同時に重なった。
「な、なんですか真紅?」
「そ、翠星石こそ一体、どうしたのかしら?」
……沈黙が再び戻ってきた。
「…………」
「…………」
さっきより更に重く、淀んだ空間が出来てしまった。
「し、真紅が何も言わないなら翠星石が質問するです!」
「………何かしら」
「一体、何があったんですか…真紅。今日の真紅は真紅じゃないです……」
「………」
真紅は答えなかった。ただひたすら、本に目を通しているだけで。
「わ、私は真紅の事が本当に心配なんですよぅ。真紅の身に何かあったら、もう……」
翠星石はポロポロと涙を流しながら真紅に言った。
この目は、興味本心で聞いているのではなく、本当に心の底から真紅の事を心配しているのだ。
「もう……、姉妹を失いたく無いのです……真紅まで居なくなったら…もう翠星石は……」
***
「あ、あちゃー……何だか非常に入り辛い雰囲気なのかしらー……」
壁に耳有り障子に目有り、とはまさしくこの事だろう。
桜田家に遊びに来た金糸雀は、部屋に入ろうとした所で彼女達の話を聞いてしまったのだ。
「と、とにかくここは薔薇乙女一の頭脳派として、もう少し様子を見るべきなのかしら……」
足音を立てないように、金糸雀はゆっくりと扉に近づいた。
***
「……ごめんなさい、翠星石」
「えっ…………」
真紅はそう言うと、持っていた本を床に置く。
「貴方をそこまで心配させてしまって……、挙句の果てに、涙まで流させてしまって…」
「真紅……」
真紅はそう言うと、ふぅ、とため息を一度付き、翠星石に言う。
「別に……、そこまで心配するような事じゃないの……アリスゲームだって関係ないわ」
「じゃ、じゃあ、一体どうしたって言うんですか?」
「ちょ、ちょっとね……貴方の言った通り、夢の中でジュンと色々在ったのよ」
「ジュ、ジュンと何が在ったんですか?」
真紅の顔がまさしく名前の通り、真っ赤に染まる。
「夢の中で……ね…私は、ジュンと躯(カラダ)を重ねていたの……それも、人形ではなく、人間の、女の子の躯として…」
真紅の顔が真っ赤になっていく中、翠星石の目はキョトンとしていた。
翠星石が驚く気配は全く無い。
「そ、それは夢の中でジュンとヤったって事ですか……?」
「ヤ、ヤったなんて汚い言葉、薔薇乙女の1人である貴方が使う物ではないわよ!」
「ご、ごめんなさいですぅ」
「と、とにかくそれだけ。夢の中だから別に大した問題じゃないわ。朝ジュンの顔が見れなかったのも夢のせいよ」
「そ、そうですか……」
「お、驚かないのね、翠星石」
「べ、別にそんなの驚く事じゃねーですよぅ。愛する者同士が体を重ねるのは、人間の世界では至って普通の事じゃないですかぁ」
翠星石は全く驚いていなかった。むしろ不思議がっていた。
”何故そんなことであそこまで恥ずかしがるのだろう”と。
それと同時に、真紅へ対する”彼女を失う恐怖”が消え去っていった。
「で、でもね翠星石?私達は”薔薇乙女”なのよ?その私が、人間の躯を持って、快楽に溺れる夢を見るなんて………」
そこで翠星石は理解した。真紅は、異常なまでに”薔薇乙女”を意識しすぎなのだ。
確かに私達は、”一点の曇りも持っていない無垢で、至高の少女”を目指すためにお父様に作られた。
でも私達はただアリスに成らなければいけないだけで、それ以外の事は特に拘束されていない。
たとえば、人を好きになる事も彼女達の自由だ。
「真紅は…・・・…ジュンの事が嫌いなんですか?」
「きゅ、急に何を言い出すの?翠星石」
「真紅は、ジュンの事が嫌いなんですか?好きなんですか?」
「わ、私は………」
真紅の口が止まる。
「確かに、私達は”穢れの無い至高の少女”になるために生まれてきた存在です。でも……」
「でも……?」
「他人を好きになっちゃいけないなんて…お父様には言われてないです…」
それを聞くと、真紅の顔は驚きを隠せない様子だった。
「翠星石……貴方、お父様の意思に逆らう気なの?」
「だ、だれもそんな事言ってねーじゃねーですか!」
「私には、そう言う風に聞こえるわ」
やはりそうだ。真紅はお父様の理想に拘り過ぎている。
「躯を重ねたり、キスをしたりするのは別に汚らわしい事じゃねーって事です!翠星石が言いたいのは!」
「翠星石……本気で言っているの?」
「本気も本気ですぅ!」
「そんな……信じられないわ」
「信じられねーのは翠星石も同じですぅ!」
「良い事、翠星石?”快楽”は彼の”7つの大罪”に属するほど酷く汚らわしい感覚なのよ?それを薔薇乙女である貴方が肯定するなんて……」
「じゃあ何で真紅はその夢を見たんですか!しかも相手はジュンですよ!」
「そ、それは…………」
「翠星石が答えてあげましょうか?真紅はジュンの事が好きで、ジュンにそうされたいと心の何処かで思っているからですよ!」
「!!」
翠星石が勝利したのは明らかな事だった。真紅はどう言い返せば良いのか分からずただあたふたしているだけだ。
真紅がジュンを好きな事は、前々から十分に分かっていた。白雪姫の練習をした時、洋服を選択中に行った真紅の行動。
「……わ、私は……」
翠星石は真紅の手を取ると言った。
「真紅は……、お父様の言いつけに拘り過ぎているのです………。例え、この世にどれだけ穢れの無い至高の少女が居たとしても、
その少女はいずれ、誰かに恋をするのです…」
「翠星石……」
「例えそう言う事が起きたとしたら、その少女が何をするのか翠星石には解りません。でも、キスをする事や躯を重ねるのは一種の愛情表現だと
どこかの本で見た事がありますぅ…。例え、”快楽”がどれだけ汚い存在であろうとも、考え方次第ではとても美しく見える存在になる…と翠星石は思うのですぅ…」
「………」
真紅は完全に黙り込んでしまった。
「と、とにかくもう少し自分に素直になったほうが良いですよぅ。訳も分からず、真紅が逃げてたらちび人間も心配するですよぅ」
「……よいのね、翠星石は」
「…ぇ?」
「強いのね、翠星石は」
「ど、どうしてですか?」
「最愛の妹を失って、もう泣きたい程に今でも辛いのでしょう…?なのにジュンの前ではああやって、ジュンの身の回りの手伝いをして涙を無理にでも
抑えて……。それに比べて私は、ちょっと変な事が在っただけでもこうやってうろたえてしまう……」
「す、翠星石は真紅が思ってるほど……グスッ、つ、強くなんて…グスッ、無いのですよぅ」
ポロポロと涙を流しながら、翠星石は答えた。
そして、その翠星石を優しく抱きかかえる真紅。
「し、真紅…?」
「ありがとう、翠星石。貴方のおかげで、何かが吹っ切れた様な気がするわ。そして、ごめんなさい。つまらない事で貴方を悩ませてしまって」
「べ、別に謝る必要なんて…グスッ、ねーですよぅ……。姉として…グスッ…当然の事をしたまでなのですから……」
「翠星石……」
「し、真紅ぅ…」
2人で抱き合い、お互い静かに涙を流す。
家での主導権を握っているような2人だが、今は、彼女達の姿が非常に小さく見えた。
まるで、雛鳥の様に。
だけど、何処か、それは、美しく、そして、儚かった。
***
「み、見ちゃいけない物を見てしまったような気がするのかしらー……此処は、見つかる前に逃げるのかしらー…」
まだ、金糸雀は見ていた。そして、まるで泥棒の様にソロリ、ソロリと足音を立てず階段を下りて行き、桜田家を後にした。
「こ、これは非常に扱いが危ない情報なのかしらー。しばらくは……薔薇乙女一の頭脳派として様子を見るのかしら」
***
■Scarlet Palace 1-4
+++PM5:35分 街の本屋+++
「……何処も似たり寄ったりな参考書ばかりだな」
ジュンはそう言うと、手に持っていた教科書の参考書を元の場所に戻す。
彼は図書館での今日のノルマを終わらせ、家に帰る途中に本屋に寄っていた。
「……久しぶりに漫画でも何か買って行くかな?気分転換になるだろうし」
そうして漫画を売っている階へ足を運ぶ。
「相変わらず漫画も凄い量だなぁ」
適当に面白そうな漫画を探して、手に取る。
「って何だこれ」
ジュンが手にしたのは、普通の漫画では無くピンクな内容……いわゆるエロ本だった。
「何でこんな物がここにあるんだよ…」
と言いつつも、その本に目を通してしまう。
ジュンもまだまだ思春期なのだ。
「……」
いつの間にか、凄い集中して読み始めるジュン。
自分の下半身が少し熱くなるのを感じていた。
「………真紅達の体も、こんな風になっているかな」
漫画のキャラクターを自分と、薔薇乙女達に変えて妄想する、ジュン。
(…犯したい)
ドクン、と心臓が一回だけ高鳴った。
「……って何で僕はこんな事考えてるんだ!」
本を閉じ、元の場所に戻し、本屋を去る。
「何考えてるんだよ、僕は……。最低だ…」
家に帰りながらジュンはそう思った。
(でも……仕方ないよな…あいつらが家に来てから、全くオナニーしてないし…)
ジュンは、オナニーが嫌いだった。否、行為をする事は好きだがその後が嫌いだった。
インターネットなどで手に入れたエロ画像を見ながら自分の妄想で、自分のモノをしごく。
確かにキモチが良い事だ、だが、その後の虚無感がたまらなく彼は嫌いなのだ。
そして、彼は過去一度だけ、薔薇乙女をオカズにオナニーしてしまった事が在る。
勿論、相手は真紅だ。
思い出したら、また最悪の気分にみまわれた。アリスゲームを見た後だから尚更だ。
「はぁ…………、真紅」
たまらなく気持ちの悪い”何か”が自分の中で動き出してしまったような気がする。
何時から僕は彼女の事を好きになったんだ?
僕は本当に彼女の事が好きなのか?
僕はただ、あの美しく、穢れの無い体を、犯して、壊して、彼女の泣き顔を見たいだけじゃないのか?
その”何か”はひたすら、”真紅、真紅、真紅”、と叫び続けていた。
何なのだろう、気持ち悪い。ため息を付きながらジュンはそう思った。
気付くと彼の足取りは速く、既に家の近くまで帰って来ていた。
■Scarlet Palace 1-5
+++PM5:50分 桜田家+++
「ただいま」
靴を脱ぎ家へ上がる。
「あらジュン君、お帰りなさい」
のりがリビングルームから顔を覗かせた。
「ただいま、真紅達は?」
「テレビを見てるわよ」
「そ、そう」
のりを避け、リビングルームをちらっと覗く。
真紅と、翠星石が2人でテレビを見ていた。
勿論、番組はくんくん探偵だ。
ジュンが帰ってきた事に気付いたのか、真紅達は後ろを振り返り
「あっ、ちび人間お帰りなのですぅ」
「おかえりなさい、ジュン」
と、放った。
「た、ただいま」
何故か、真紅の顔を見る事が出来なかった。
「どうしたの?ジュン?」
「い、いや、何でもない」
そう言って自分の部屋へ歩き始める。
「もうスグご飯だからね」
のりはそう言うと、キッチンへ戻っていった。
「どうしたんでしょうね?ちび人間。真紅に冷たくされたのがショックだったのでしょうか」
「そ、そんな。ジュンはあれ位でブルーに成る程弱い人間じゃないわ!」
「じょ、冗談ですよ〜。何もそんなにムキにならなくても……」
手をグーにして翠星石を睨む真紅。
「ご、ごめんなさい。ちょっとムキに成りすぎたわ」
そう言うと、まだくんくん探偵の途中だと言うのに真紅はリビングルームを出ようとする。
「何かするのですか?」
すかさず、翠星石が質問を入れる。
「一応、ジュンに謝っておこうと思って」
「そうですか」
階段を上がって行き、ジュンの部屋の前で止まる。
そして……。
コン、コン、とノック。いつもならノック等しないのだが、何故か今日はしたほうが良いと思いノックをする真紅。
「だ、誰だっ!?」
中のジュンは、酷く驚いた様な感じで返事をした。
「私よ、ジュン」
「し、真紅か……」
「入るけど、良い?」
”何故”そんな事を聞いたのだろう。真紅はそう思った。
この部屋は私の下僕のジュンの物だ。ならば下僕の部屋に入るのに態々許可など取る必要ない。
「ちょ、ちょっと今着替えてるから用が在るなら後で食事の時にしてくれないか?」
「別に、用って程の事でも無いから入られたくないならここで言うわ」
「え………?」
「今朝はごめんなさい」
「………」
返事が無かった。
「ジュン……怒っているの?」
扉越しの真紅の声は、何故か非常にか弱く聞こえた。
「い、いや、怒ってるワケ無いだろ」
「じゃあ許してくれるのね?」
「あ、当たり前だろ…ってか、あんな事で怒るほど器の小さい人間じゃ無いよ僕は…と言うか、真紅こそ本当に大丈夫なのか?」
「な、何が?」
「いや…今日の真紅は何か変だな、と思って…部屋に入ってくるときにノックはするし、わざわざそんな事で謝りに来るし…」
「私は平気よ、って言うかなあにそれ、まるで普段の私が酷いみたいな言い方じゃない」
「い、いや誰もそんな事…・・・と、とにかく何でも無いならそれで良いんだけど」
「心配させて御免なさいね」
「う、うん」
「じゃ、じゃあそれだけだから私は下の階に戻るわね」
「わ、わかった。すぐに僕も行くよ」
「早くした方が良いわよ、もうスグ夜ご飯が出来るらしいわ」
「う、うん」
ジュンが返事をすると、真紅が扉の前から立ち去って行く音がした。
+++PM5:51分 ジュンの部屋+++
「………、最悪だ。今この場に拳銃が有れば、自分の脳味噌を、間違いなく吹き飛ばしてるよ…」
ジュンは、今まで、感じた事が無い、最高の、嫌悪感に襲われた。
「何で今、真紅が来るんだよ……」
ジュンは、自分の精液が掛かった真紅の寝顔の写真を処理しながら呟いた。
完全に油断していた。まさか、くんくんを捨ててまで、僕に謝りに来るなんて。
考える事すら出来なかった。
「…絶対にバレた」
しかし、部屋に真紅が入って来なかったのは、本当に、不幸中の超幸いだろう。
これはもう、神の気まぐれに感謝する他無い。
「……、何で真紅は態々ノックなんてしたんだ?」
おかしい、やはり今朝から真紅は絶対にオカシイ。
あの高飛車な真紅が、部屋に入るのにノックをして了承を得るなんて有り得ない。それも、僕の部屋に。
「でも……、真紅の心配ばかりしてちゃダメだよな…自分の心配もしないと」
自分の心配とは、”学校へ行くための勉強”と”理性を保ち続ける事”だ。
だが、後者についてジュンは、非常に恐れていた。
「何で……もう2度とやるまいと、自分の腕を傷つけてまで誓ったのに……」
そう言うとジュンは、自分の右手の洋服を捲くる。
彼の二の腕には、10センチ程の縫われた様に見える、傷があった。
彼は、過去、真紅を妄想で犯して、自分のオナニーのオカズにしてしまった事を非常に嫌悪し、2度とすまいと、刃物でで自分の腕を斬り付けたのだ。
ざっくりと、血が止まらなくなるほど、深い傷を。
のりや真紅、翠星石は何故こんな傷を負ったのか非常に心配していたが、ガラスで切った、と態々窓ガラスを割ってまで言い訳を作った。
「何で……、やっちゃったんだろう」
逢えるかどうかも解らない、”お父様”に逢う為に、他人を喰らうアリスゲーム。
そして、その事に付いて本気で、必死に、純粋に、解決策を求める薔薇乙女達。
そんな純粋な、彼女達を汚すなんて、妄想でもやってはいけない事だと、僕は頭の中で考えていた。
でも、1度ばかりか、2度も、やってしまった。
怖い、自分が怖い。自分が壊れて行っている感じがする。
段々、自分を抑えられなくなって行く感覚。
何故急に?昨日までは何とも無かったのに。
「まさか……、たかがエロ本で?」
考えられない。否、そんなくだらないもので自分の戒めが解かれたなんて考えたくも無い。
「くそっ!」
バゴオッ!と、窓ガラスを力一杯殴りつけた。勿論、結果を考えるのは難しい事では無い。
ガシャァン!と、窓ガラスはブチ割れ、破片が飛び散り、自分のコブシは破片で至る所がパックリと切れた。
「あ、やっちまった……」
やばい、と思い後片付けを即座に始める。
「どどどどどど、どうしたー!?泥棒かー!?」
バタン!と案の定、ドアを叩き開けてのりと真紅が部屋へ入ってきた。
「うわ!」
のりの声に驚くジュン。
「どどど、どうしたのジュン君?窓ガラスが割れて……」
「いや…、こっ、これは……」
急いで言い訳を考えるジュン。
隕石が落ちてきた?
泥棒が侵入した?
ハトが突入してきた?
下らない言い訳を考えていると真紅が一言、言った。
「のり、今は窓ガラスより手当てが先よ」
「え、手当て?」
真紅の人差し指は、ジュンのコブシを指していた。
そのコブシからは、滝の様に血が流れ落ちていた。
「ジュ、ジュン君……まさか、また…?」
1度ならず2度までもこう酷い傷を見せられると、姉としては”弟は自分を傷つけて楽しんでいるのか?”等と考えてしまう。
「だ、大丈夫だよこれぐらい」
「大丈夫なわけないでしょ!早く下に!」
と言って、のりはジュンを強引に下まで引っ張って行く。
「痛い痛い痛い痛い!傷口に姉ちゃんの爪が刺さってる刺さってる!」
今ののりには、そんな事耳に入らない。
「痛てぇぇぇぇぇぇぇぇぇー!」
月まで届くのではないか、と言うほどの大声が、桜田家にこだました。
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