0
「ん〜ふっふ〜♪ん〜ふっふ〜♪」
「ずいぶんとゴキゲンだなお前……」
今宵は聖夜。クリスマスイヴ。街は雪と騒ぎに包まれる。そこ。一日遅れとか言うな。
ここ桜田家も例に漏れず――漏れる少年が一人いるが――楽しげな空気に満たされていた。
のりは相変わらず楽しげにドールたちの相手をし、
そのドールたちは「くんくんクリスマススペシャル」に夢中である。
ただし、翠星石だけは「みんな子どもですぅ」と言って何故かジュンの部屋にいた。
「これだからヒキコモリのちび人間は困るですぅ。聖なる夜を祝うのは紳士淑女の嗜みですぅ〜♪」
「誰がヒキコモリで誰が淑女だって?
まったく……普段は
『そんな子どもみたいに騒ぎ立てて、まったく世話が焼けるですぅ』とか偉ぶってるクセに
クリスマスは別なんだな性悪人形。
あと、クリスマスツリーに短冊かけたってサンタは叶えてくれないぞ。七夕に彦星と織姫に頼め。
そんなボケ今時ベタだ」
憮然とした口調で言われて翠星石は手を止める。
ジュンの部屋に飾られた小型のクリスマスツリーには何やら色々書かれた紙片が吊るされていた。
「あ〜らちび人間はサンタクロースにお願いするのにメッセージカードを使うのがおかしいと言うですか?
ああ、世の清らかな子どもたちの夢を踏みにじるなんて、信じられないくらいの外道媒介ですぅ」
「ぐぬっ……」
言われてみれば幼稚園や小学校には「サンタさんにお願いのお手紙を書きましょ〜」とか言うところがあった。
サンタクロースを信じる子どもの話を引き出されて「サンタなんているか」などとは言えないのがジュンである。つんでれつんでれ。
「というわけでぇ、翠星石を抱っこするです」
「は?」
脈絡皆無な要求にしばし唖然。
思考能力が戻ってきてからまず考えた事は、『こいつ本当にあの性悪人形か?』。
契約を交わして以来、時折強がりながらも自分に甘えるようになった翠星石だが、今回はその強がりが見られない。
偉そうな態度は相変わらずだが、なんというか恥じらいがない。むしろ喜色すら感じる。
ということはこの要求は甘えではなく何かの企みなのだろうか?だがこんな時に抱っこして何になる。
それこそ甘えとしか説明がつかない。
次に考えたのが要求の理由。『というわけで』とはどういうわけでだ。
「そんなの決まってるですぅ。ちび人間には絶対服従しか許されないんですぅ♪」
上機嫌にかざすは短冊……もといメッセージカード。
書かれた言葉は『だっこするです』。
――待て。そりゃサンタクロースの正体は大人であって、僕ももう子どもじゃない(自称)。
けどプレゼントもらうかあげるかで言えばまだもらう側の歳だぞ。
「関係ないですぅ〜。ちび人間は翠星石のマスターですから翠星石に貢ぐのが当たり前です」
「おい……今にはじまったことじゃないけど、マスターって言う割には随分人使い荒いな…………」
「いーいーかーらー早く翠星石を抱っこするです〜〜〜〜〜〜〜!」
ベッドに乗ってジタバタ暴れる自称淑女さま。
抱っこするくらいで静かになるなら安いものかと溜息交じりに腰を上げ、翠星石を抱きかかえる。
……。
…………。
………………。
……………………?
(あれ?)
いつもならここで「遅いですぅ!まったくほ〜んとにちび人間は使えないです」とか言われそうなものなのだが……
「ぇへへ♪」
なんだかみょ〜にご満悦だ。実に幸せそうな表情で体重をこちらに預けてくる。
「な、なんだよ? なんだかいつもと違うじゃないか」
「ジュン、今日はクリスマスです」
「へ? あ、ああ。そうだけど、それが何なんだ?」
「クリスマスにはプレゼント交換があるです」
「……そういえばそんなものもあったな」
「だから、翠星石からのクリスマスプレゼントです」
どこにしまっていたのか、小さな箱を取り出した。
「……いいのか? ていうか交換?」
「いいからとっとと開けやがれですぅ」
乱暴な言葉遣いだが笑顔は健在。翠星石を落とさないようそのままベッドに腰を下ろし、受け取った箱を開ける。
「……お前、バレンタインともごっちゃにしてるのな」
箱の中身はハート型のホワイトチョコ。
それだけで、じゃれついてくる翠星石に対しての戸惑いはあっさり消え去り、甘える姫君の髪を手櫛で梳いてやることにした。
「聖繋がりだから問題ないです」
「ま、それはそれでお前らしいか」
微笑み合う二人の姿はまるで仲睦ましい恋人同士のそれである。
「こんなところ真紅に見られたらちび人間はきっといびられるですぅ」
「どうせあいつらテレビに夢中だよ」
こうして聖夜は更けてゆく。
ところで、そんな虫歯になりそうな空気に満たされたジュンの部屋の外では――
「ああ、翠星石……あんなに甘えて…………」
「……お酒を飲ませると随分と素直になるのねあの娘…………」
妹離れしつつある姉の姿に目の幅涙を流す蒼星石や
ジュンの好感度について少なからず焦燥を覚える真紅が覗いていたりする。
「くんくんクリスマススペシャル」は実はとっくに終わっていた。
ちなみに雛苺はイチゴたっぷりのクリスマスケーキに夢中である。
なお、部屋の中ではさらなる展開になりつつあったが、それは二体のドールにより未然に防がれた。
(゚∀゚)<性夜なのはイケナイと思います!
「ん〜ふっふ〜♪ん〜ふっふ〜♪」
「今日もまたゴキゲンだなお前……」
今宵は除日。大晦日。街は団欒と鐘の音に包まれる。そこ、今度は一日早いとか言うな(むしろ二日に近いんだぞ)。
ここ桜田家も例に漏れず――やはり若干一名例に漏れるが――ほんわかとした空気に満たされていた。
のりは相変わらず楽しげにドールたちの相手をし、
そのドールたちは「大晦日だよくんくんスペシャル」に夢中である。
ただし、翠星石だけは「みんな子どもですぅ」と言ってまたジュンの部屋にいた。
「ちなみに除日というのは『その年を除く(終える)日』という意味だ」
「なんでチビ人間がそんなこと知ってるですか?」
「なんだ、やっぱり知らなかったのか」
「 (ムッ) コホン。ここで翠星石のトリビア講座ですぅ。
大晦日のことは「大晦(おおつごもり)」とも呼びますですが、
この「晦(つごもり)」とは「月隠(つきごもり)」が訛ったものです。
この国の陰暦と呼ばれる暦では、月末になると月が見えなくなってしまうからです。
ちなみに、「一日(ついたち)は月が見え始める「月立(つきたち)」から来てるです」
「ホントにトリビア(どうでもいい知識)だな」
「ムキィ―――!!生意気です生意気ですチビ人間生意気ですぅ〜〜〜〜〜!!」
ギャーギャー喚く翠星石を背に、内心敗北感に見舞われるジュンであった。
実は除日の意味はたった今ネット辞書で調べたのをそのまま読んだだけであり、対して翠星石の知識は自前だ。
もっとも、それでも悪態で虚勢を張り、なおかつ嘘は言わないのがジュンである。
もし翠星石が
『どーせチビ人間は知らなかったですね?』とでも訊いてくれば悔しながらも正直に認めていただろう。つんでれつんでれ。
「で、今日はなんでご機嫌なんだ。また酒でも飲んだか?」
これまたからかい半分に言う。
クリスマスイヴにて飲酒した翠星石は、酔いが覚めて元に戻った後に自分のしたことを大いに恥じ、
「二度と飲まんです! ていうか飲ませるなですっ!!」
顔を真っ赤にしてそう喚いた。
なんでも、クリスマスパーティの際に戸棚の奥にあった酒瓶を高級果汁と勘違いして一人勝手に飲んだらしい。
要するに自業自得だ。勝手に飲ませたことにされるのりも大変である。
もっとも、それ以来――と言っても一週間しか経っていないが――偉そうな態度で甘えられる頻度が増えたジュンも別の意味で大変なのだが。
「ふーんだ。ローゼンメイデン第3ドール翠星石。同じミスは二度しないです。
今夜はばっちしラベルも確認。まぁ名前だけ借りた紛い物に決まってるですけど、
ネクタルの名を騙るだけあってなかなかに飲み心地がいいです」
「は? ネクタル?」
そんなものは桜田家にはない。ジュンが通販で買ったものにもそんな酒は含まれていない。
嫌な予感がして振り向く。
ベッドに鎮座まします我らがメイデン翠星石。その手にあるは一升瓶。
ラベルには『麦神純米酒・脚濫洞(ぎゃらんどぅ) お神酒にどうぞ』と、
麦か米かどっちなんだと突っ込もうとしたら銘にクロスカウンターを食らうようなことが書いてあった。
というかそんなモンお神酒に勧めるな。神様がギャランドゥに目覚めたらどうする。
「ってそれお神酒じゃないか!」
「誰ですミキって」
「酒ださけ! 神の酒!!」
「何バカなこと言ってるです。酒なんて名ばかりで、ネクタルは薬です」
「ド阿呆っ! ネクタルだって立派に酒だろバカはそっちだこのバカ人形!!」
【ネクタル】
・ギリシャ神話にて不老不死の妙薬とされる、神々が飲む酒。神酒。
「まぁ〜ったく、やっぱりチビ人間はチビ人間ですぅ。
ネクタルというのはですねぇ、古代ギリシャの神々だけが食べられる木の実でですねぇ、
一説にはあのアダムとイヴがヘビにそそのかされて食べた木の実も
リンゴなんかじゃなくて実はネクタルだと言われているのですよ〜?」
さっきは薬とか言ってなかったか? ていうか果実はアンブロシアの方じゃないのか?
まあ果実だとか果汁だとか説はあるし、
挙句の果てにはどっかの牛の角からも垂れ流されていたらしいのでもう何なのかさっぱりではある。
だが何にせよ翠星石が飲んでるのが酒であるのは間違いない。
「ちなみにその牛というのはかの有名なギリシャ神話の最高神ゼウスにお乳を与えたと言われる
雌山羊アマルテイアでありましてぇ、その角は『豊穣の角』と……」
「なにが悲しくてうんちくオンパレードな大晦日を過ごさないといけないんだ!
いいからそれよこせっ!!」
すっかり出来上がっている翠星石から一升瓶を奪い取ろうと襲い掛かる。
しかしのらりくらりと酔拳じみた動きで紙一重にかわされる。
「にゃーはーはーはーはー♪
チビ人間になんか捕まらないですぅ〜♪」
「この、待てっ!!」
実はジュンにはかなり分が悪かった。
ジュンは気付いていないが、翠星石の動きは本気で酔拳じみており、ギリギリのタイミングで襲い来る手を避けている。
よって、大振りに腕を振り回すジュンでは動きが見え見えなため回避にさほど注意は要らず、無駄に体力を消耗するだけである。
しかし――
「おほほほほ〜♪
翠星石をつかまえてごらんですぅ〜♪」
酔いのせいもあって頬が赤らんでいるためか、翠星石だけで見れば『追いかけっこをしている恋人』に見える。
「この性悪人形おっ!!」
が、もう片方がコレなのでそんなムードは微塵もない。
そうして狭い中での追いかけっこの末、唐突に翠星石は反撃に出た。手に持つ如雨露を振りかざす。
「スィドリームっ!」
「いっ!?」
部屋の中だろうとおかまいなしに生える樹々。
その成長スピードは半端なく、ジュンのどてっ腹にぶつかりそのまま壁に叩きつけた。
「げぶぉっ!!」
……かなり効いた。
というか勝手に力を使って提供主にぶつけるのは詐欺だろう。
しかしそんなことは知ったこっちゃないかのようにじゃじゃ馬娘がのしかかる。
「ん〜ふっふ〜♪
ねえジュン。知ってるですか?」
「なに、をだ……」
上機嫌の翠星石は頬を赤らめた満面の笑みを浮かべたまま息絶え絶えのジュンに顔を寄せ――
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!????!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
息が完全に絶えた。
今何が起きた?
わからない。いやわかってる。けどわからない。どっちだよ。僕の知ったことか。
じゃあほっぺたのその感触は何だ。知るか。じゃあほっぺたが熱いのは何故。知るか。
脈が乱れてますよ。ほっとけ。もう動けるのに何故跳ね除けないんですか。ほっとけってば!
いい加減認めてもよろしいのでは? 何をだよ!? まったく、わかるはずでしょう? 以前、水銀燈にも同じことをされ
(あれとこれを一緒にするな……っていつの間に出てきたお前―――――ッッ!!!?)
何故か脳裏にラプラスの魔がいた。脳裏のクセに妙にくっきりと認識出来るのがまた気持ち悪い。
(ようやく認めましたね坊ちゃん。それにしても、これはまた異なことを。
『すべて』の定義が『観測者にとってのすべて』である限り、それが属する世界は正にすべてを内包します。
同じ世界から分有せし属性を持つ以上、貴方の『世界』に通ずる道は『在って無い』。トリビァル(つまらない)!)
(ま た う ん ち く か !!
いやもううんちくでも何でもないだろそれ! 何しに来たんだお前!?)
(『綺麗は汚い』『汚いは綺麗』と申します)
なんだか前にも聞いた様なことを言われた。
(『完全』は『不完全』、『不変』は『変化』、『求める』は『与える』。そして――『ツン』は『デレ』)
(いやちょっと待て)
(言い換えますと、『相容れぬ』は『相容れる』。それが貴方の探しもの)
(ぐっ――……余計なお世話だ)
体感時間にして約一分。道化ウサギは潔く去った。
そのおかげか落ち着きを取り戻せたが、間違っても感謝なぞしてやらない。
一方、電波の受信スイッチを押してくれやがった泥酔淑女は心なしか潤んだ瞳でジュンを見つめていた。
再び電波を受信しそうになる心音を全力で抑えつける。
「ぇへへ……イギリスではですねぇ、年がかわった後、誰にキスしてもいいですよ♪」
言われてふと時計を見る。確かに年と日付が変わっていた。
余談だがアメリカの方でも年が明けるとキスとハグの嵐だそうな。
「そうか……それは、知らなかったな。……というか年明け早々またうんちくか」
「そもそもうんちくのきっかけはジュンですよ」
「……うるさい。それより先に言う事あるだろ」
「?」
「あけましておめでとう、だろ。それと、その…………」
「……今年もよろしくな」
「今年もよろしくされてやるです♪」
ところで、そんな虫歯になって歯茎まで侵食されそうな空気に満たされたジュンの部屋の外では――
「ああ〜〜翠星石ぃぃぃぃぃぃ〜〜〜…………」
「のりっ! のりいいいいいっ!! 年越し蕎麦なんてどうでもいいのだわ!!! 大至急私に似合う着物を見繕って頂戴!!!!」
さらなる妹離れを遂げつつある姉の姿に目の幅涙を流しながら掴んだドアを粉砕しつつある蒼星石や
ジュンの好感度について多大な危惧を覚える真紅が覗いていたりした。
「大晦日だよくんくんスペシャル」はやはり既に終わっている。大晦日と言っても子ども向けの番組なため早めに終わるのだ。
ちなみに雛苺は鏡餅のみかんをイチゴに置き換えるのに夢中である。
なお、部屋の中ではさらなる展開になりつつあったが、それは二体のドールにより猛然と防がれた。
ガショウインネン
(゚∀゚)<我性淫念なのはイケナイと思います!
ちなみにその後、翠星石は地平線を埋め尽くすほどのギャランドゥな男たちに跪かれる初夢を見て大いにうなされたそうな。
「は、這い蹲らなくていいです!
あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ!! 靴を舐めるなですうううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっ!!!!!」
「……どんな夢見てるんだろうホントに…………」
……正夢にならないことを切に願う。
ラプラスの魔あたりが悪戯にそんな世界に放り込むかも知れないのであながち冗談では済まないのが恐ろしい。
でも姉の寝顔は悪夢にうなされたものでも――考えようによってはレアものだし――見ていたいので起こさないオッドアイ妹。
ところで、着物姿にシルクハットというのはある意味なかなか斬新な萌えなのではないだろうか?
「ん〜ふっふ〜♪ん〜ふっふ〜♪」
「…………」
今朝は元旦。お正月。街は穏やかな喧騒に包まれる。そこ、まだ陽が昇ってないとか言うな。
ここ桜田家も例に漏れず――約一名は半ば強制的に参加させられているが――ゆったりとした空気に満たされていた。
のりは普段より2割増でドールたちの相手を楽しみ、
そのドールたちはのりに着せてもらった着物姿で「お正月だよくんくんスペシャル」に夢中である。
今日は真紅の命令ということもあってジュンと翠星石も居間にいた。
「ほらほらジュン、仏頂面してないで翠星石の晴れ姿を鹿とその目に焼き付けるですぅ」
「鹿に焼き付けてどーする。そんなことしたらマスコミがまた秋葉オタの仕業とかアッタマ悪い報道するぞ」
「じゃそのメガネに焼き付けるです!」
「無茶言うな……ってやめんかーーーーーーーっ!!」
あらかじめ言っておくと、今回翠星石は酔っていない。いや、雰囲気には酔っているかも知れないが飲酒はしていない。
何にせよ今回も上機嫌である。くんくんスペシャルよりジュンにじゃれつく方が優先順位が高いようで、
振袖をはためかせながらジュンのメガネを奪おうと飛び掛り……
ずびしっ!! ガスッ!!!!
非常に見事なタイミングで二度の衝撃がジュンを襲った。
ここでジュンの様子を説明しよう。
メガネ:片方ひび割れ
首:開いた状態の庭師の鋏が食い込む一歩手前
「「……はい?」」
二人して硬直。
見ればつい一瞬前まで至近距離にいた翠星石が2,3メートルほど前方におり、ジュンの背中は壁に押し付けられている。
つー……と真横に視線を巡らせると、庭師の鋏の先端が壁に突き刺さっていた。背に壁がなかったら確実に逝っている。
思い出したかのようにひらひらと薔薇の花びらが刃の側面に落ちてきた。
「うるさいわよ貴方たち。今私たちはくんくんの勇姿を見ているの。邪魔しないで頂戴。ね?」
「翠星石、ジュン君。テレビを見る時は静かに、ね?」
「「……………………………………………………はい」」
何が起きたかはまあわかった。
しかし蒼星石はともかく真紅まで満面の笑顔で諭す事はないだろう。殺意というか滅意を感じる。
「えー? しんくー、今はくんくん出てないよー? 出てるのはペロリーナ男しゃ……」
こてん。
「あら雛苺、夜の時間にはまだ早いわよ」
「ゆうべははしゃいでいたからね。疲れたんだと思うよ」
何をしたのか問い詰めたかったがそれをしたら殺される。殺される。きっと間違いなく殺される。
他の誰にでもなく。他の何にでもなく。僕コイツらに―――殺される!!
――具体的にはホーリエとレンピカを全出力でぶつけられる――
半ば確信を伴った死感能力の発現を感じるジュンであった。
メガネを通してどっかの高校生の霊が憑依したような気がしたが、
それは本編にまったく関係ないのでわかる人だけわかってくれれば良い。
「もぉ……大丈夫ですかぁ? 今メガネ直してあげるですからじっとしてるですよ、ジュン」
「あ、ああ……すまないな」
繰り返すが、現在翠星石は酔っていない。
メガネを直すために顔を近づけることとなり――外せばいいだろというツッコミは野暮ってモンだぜベイベー――、
それは年明けの時のあの行為を思い出させる。
酔いが覚めた今でも上機嫌なあたり通常時のデレ度が上がってきているようだが、やはりまだシラフでは照れを隠せないようだ。
そのためお互い微妙に目を逸らし赤面。さらにそのせいで集中力が乱れメガネ直しに余計な時間がかかる。
「あの、ちょ、ジュ、ジュン……こっち向いてくれないと、その、直せないです……」
「い、いや、えっとだな……」
そのせいでさらにさらに赤面。さらにさらにさらに時間延長。すぱいらるすぱいらる。
悪循環? 本気でそう思う奴はお子様に嫌われる大人になると心得よ。
((死食ったーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!))
余計に好感度アップな二人に紅蒼劇画タッチ。字がおかしいがあながち間違いでもなかろう。
さて、今さらではあるがドールズ晴れ姿の説明をさせて頂こう。長いから興味ないなら飛ばすことをオススメする。
人間サイズの着物の名称が人形のそれにも適用されるのかは少々疑問ではあるが、とりあえず適用することを前提にさせて頂く。
まず雛苺。ピンク色の布地にカラフルな花模様が刺繍された、いわゆる子ども向けの着物である。
激しく動き回った際に裾を引っ掛けないようにとののりの計らいで、裾は幾分短めになっているが、
雛苺の無邪気な元気姿にはむしろその方がマッチしており、こぼれるような笑顔を浮かべる姿は見る者の心を和ませる。
今となっては絶滅危惧種となった純粋な心を持つ子ども(?)の一人である雛苺のお願いならば、
数多の身勝手な願いを押し付けられる初詣時の神様だって進んで叶えてやりたいと思うことだろう。
次に蒼星石。彼女が着ている着物は薄手であり、それもそのはず、これは夏用の種類である。
浴衣と言えなくもないが、元来のそれよりややスマートなタイプになっている。
帯には単帯と呼ばれるこれまた夏用の帯を使っており、色は着物が紺で帯が薄紫。
裾には淡い色の花模様が刺繍され、彼女の涼しげなイメージに似合っている。
ただしやはり着物であるため、加えて本人の佇まいが大人しげであることから、身軽な印象は少々薄れている。
だがその分、落ち着きというものが引き立てられており、活け花でもしていればさぞ雅な絵になるだろう。
……帽子を脱げばの話だが。
そして真紅なのだが……実は微妙な問題がある。
ジュンの気を引こうと急ごしらえの着物知識で試行錯誤した結果……いや、実は試行錯誤も何もないのだが、
「高貴」という理由だけで十二単なんぞを選んでいる。
いや、十二単が悪いわけでもないし、むしろ真紅には似合ってはいる。もしかすると最も彼女に合う着物かも知れない。
が、だ。殿方の気を引くために必要なのは目立つ事とは限らない。少なくとも、表面上の狙った目立ちは逆効果になりかねない。
無理に目立とうとするのではなく、素材に合った着こなしによって生まれる調和という美しさこそが自然に見る者を釘付けにするものだ。
そして今日の真紅の場合、素材と服は合っているのに本人が目立とうと意気込んでいるため、
それが余計なオーラを混ぜて味を濁らせてしまっている。
加えて、あくまで十二単は彼女に『似合う』ものであって、『周囲を見惚れさせる』と同義ではない。
よって、派手さで驚かせはしたものの、ジュンがそれ以上のリアクションをすることもなく、
時間が経てば経つほど不純のオーラが増強されるため、悪循環もいいところである。
ぶっちゃけ単なる目立ちたがり屋と化している。
さて、それではこの話のメインヒロインポジションにある翠星石だが……先ほど述べたように振袖である。
が、彼女は着付けからして例外的なものだった。
というのも、着付けの仕方を知らないくせに意地を張って無理矢理自分で着たのである。
のりに着させてもらった他の姉妹と比べれば当然まともに着れていようはずもない。
だがここに、未熟であったが故の偉大な副産物が生じることとなった。
まともに着れていない状態の維持……それ即ち着崩れのデフォ化である。
彼女なりに必死に着た甲斐あってか、歪ながらも脱げることのないバランスを保持している。
つまり、脚とか肩とかうなじとか鎖骨(ここ重要)とかが、常に絶妙な露出度で覗いているわけだ。
普段元気っ娘な彼女がそんな露出をしていたところでさしたる色気は見られないはずだが、それはあくまで普段の話である。
今着ているのは着物である。どこかしら派手な西洋ドレスと違い、東洋のドレスは素材そのものを活かす。
淑やかさ、慎ましさ、落ち着いた物腰などの、静かな美しさを思わせるその服装では、僅かな露出がどことなく自然かつ上品な色気を思わせる。
そして、本人はあまり意識していなかったが、翠星石の長く美しく艶やかな茶髪はそんな和服姿に見事に似合っている。
だがそれだけではまだ足りない。しかし翠星石は偶然にも最後のパーツを兼ね備えていた。
それは約一週間前から培われたもの。その名も『恥じらい』である。ツンデレに欠かせないアレである。
冒頭では能天気に上機嫌なだけに見えたが、ジュンとのバカ話が途絶えると、途端にソレが表層に出る。
照れは淑やかさを生み、時折もじもじと頬を赤らめ顔を伏せるその仕草ときたら!
一言で言おう。
『可愛い』のだ。
『すごく』とか『とても』とかそんな飾りが無粋に感じるほどに。
各々の長所を活かした真紅たちとは反対に、何から何まで普段と違う、けれど可愛らしいその有様は、ジュンをとぎまぎさせていた。
「なんで翠星石だけそんななげーんだよ」とお思いの読者もいるだろう。
だがしかし、察しのいい読者諸君はわかるはずだ。
真紅、雛苺、蒼星石……彼女たちは素材と着物による映えはあれど、同時に、きちんと着こなしているが故に特筆すべき部分が限られてしまう。
言うなれば「得点高いこた高いけどありきたり」というわけだ。
よって、本人たちの個性以外は一般に知られる着物の美点しか残っていないため、ぶっちゃけ何も書けん。着物姿は着物姿だ。
ああそこ。「どうせ翠星石びいきだろ」だなんて野暮なこと言うなよ。真面目に考えてももう書くことなかったんだよ。
「な、直ったですよ」
「あ、ああ……すまないな」
「……………………」
「……………………」
メガネの修復が終わったものの、どちらも先に動くのはどことなく憚られるようである。
実に初々しい光景だが、生憎とそれを微笑ましく眺めるであろう住人は今の桜田家にはのりしかいなかった。
「「終わったのなら離れたらどう?」」
「「ひぅっっ!?」」
紅蒼、目的はやや違えどそのための手段はほぼ同じ。
しかしその手段が若干ながらジュンたちの好感度を上げていることに気付いていない。
そして今回に限っては、若干どころではない結果を招いた。
ビリッ!!
咄嗟に飛びのいた翠星石が椅子の背に袖を引っ掛けそのまま破ってしまったのである。
「あぅ〜〜〜〜〜……………………」
「お、おい、大丈夫か?」
「み、見るなですぅ!この大ボケスケベ之助ぇ〜っ!!」
「いたっ、いたた! 如雨露で殴るな!
って、ああコラ泣くなってば。わかったわかった、さっきのお返しっちゃ何だけど、今度は僕がそれ直してやるよ」
言って、翠星石を抱きかかえて自室へ向かうジュン。涙目になりつつもどこか嬉しそうな翠星石。
「ちょっ、待ちなさへぶっ!!」
十二単。
単(ひとえ)の上に袿(うちき)を重ね、さらにその上に唐衣(からぎぬ)と裳(も)をつける服装。要するにやたら重ね着な和服。
激しい運動には向いておらず、絡まると当然転ぶ。
「真紅、その格好じゃ無理だ。僕が行ってくるから焦らないで」
蒼星石が軽装の浴衣を翻して颯爽と出て行く。
「だ、だいじょうぶなの真紅?」
「…………ねえ雛苺」
「うぃ?」
「今度、ドレスを交換してみないかしら……」
「……うにゅ? え? あれ? しっ、しんくー、泣いてるのー!?」
今回、自分の持ち味を活かして唯一成功しなかったのは一番張り切った真紅であった。
ところで、そんなすちゃらかなやり取りが行われた居間とは別の部屋では……
「う〜ん、真紅ちゃんはああ言ったけど、やっぱりもっと可愛らしいのの方がジュン君も喜ぶわよね。
お人さん形用の振袖は翠星石ちゃんが着ちゃってるし、紅い振袖も布地もウチにはないし……
あ、急いで布地を買ってきてジュン君に縫ってもらえば……
あぁ〜、お正月じゃお店開いてないしジュン君が縫ったんじゃジュン君を驚かせられないわよねぇ……」
自分のお披露目のことはまったく考えていないのりの姿があった。まあ本人が楽しいのならばそれで良いのだろう。
ちなみに家の外では巴が新年の挨拶に来たところであり、この後のりと雛苺の着せ替え人形にされる運命を辿るがそれはまた別の話。
なお、ジュンの部屋の中ではさらなる展開になりつつあったが、それはオッドアイ妹により冷然と防がれた。
('A`)<時間なくてそうそう簡単にAAなんて描けねーよ・・・
戻 to be continued...