0 意識が生まれ、混濁する。
混濁した意識はやがて輪郭を取り、
曖昧に揺らぐ輪郭は徐々に形を持ち始める。

―――からたちの花が咲いたよ  白い白い花が咲いたよ

そんな意識が美しい歌声を認識する。
歌声に導かれより形をはっきりさせてゆく意識はしかし、一定に達した途端、やはりその歌声により曖昧という安息へと戻りゆく。

ぶしっ

「うぼあっっっっっっっっっ!!!!!!????」

―――からたちのとげはいたいよ  青い青い針のとげだよ くすくす♪

眼球に激痛。
意識は覚醒への過程をすっ飛ばし、定着した肉体と共にじたばたごろごろ悶え出す。
どうやらダイレクトに突付かれたらしい。しかも愉しげな笑い声。なんて歌姫だ。セイレーンの類だろうか。

「あは、起きた?」
「起きた? じゃな……あれ?」

清楚さを醸し出す上機嫌な声に文句の一つでもぶつけてやろうと身を起こし―――桜田ジュンはきょとんとなる。
歌姫の後ろに広がる景色に見覚えはない。見覚えはないが、どこであるかくらいは知っている。
白い壁、白い天井、白いベッドに簡素な窓、ついでに花瓶。そして何よりこの独特の匂い―――病院だ。もっと言うなら病室だ。
そして目の前の歌姫にも見覚えがあった。

「ええと……柿崎、さん?」
「あ、覚えててくれたんだ」

柿崎めぐ。
心臓を患っていたが、とある一件で完治した少女である。
白い病室を背景に、淡い服に包み込まれた線の細い彼女の長い黒髪がさらりと零れる様というのは絵になっている。

「えーと……?」

それはさておき、何故自分がこんなところで寝ていたのかと、ジュンは記憶を手繰ってみた。



「ひぇくしっ!!」

遡り、時は朝。まだ春というには早い季節故、朝の気温は肌寒い。
そんな中、ジュンはリビングのソファーからのっそりと身体を起こした。

「ゔー…………」

節々が痛い。そして何よりやはり寒い。
毛布の中の温もりを逃さぬよう、背中を丸めて身を包む。
さて、何故また彼はリビングで寝ているのだろうか?
単純なことである。

――『空いている部屋がない』

ドールズの人間化により、彼女たちは当然ながら人形サイズの鞄には入らなくなった。
というわけで、人間が使う寝床で寝るしかないのである。
桜田家に住むドールズは4人―――彼女達のために部屋をあてがうことになったのだが、部屋が一つ足りなかった。
ならばどうすればいいか?
今まで通りジュンの部屋で寝ればいい。
……などという結論に思春期のジュンが納得するはずもなく、されど仮にも女の子に寒い思いはさせられず。

「ここ……僕の家だよな?」

陰鬱な顔で朝陽の昇る青空を見やる。
5人のママ先生に囲まれた目つきの悪い高校生の幻が『がんばれよー』と涙を流しながら手を振っていた。……挫けそうです、先輩。

「あ、あや?」

そんなところに第3ドールこと翠星石がやってきた。
右が赤、左が緑のオッドアイ。
自称『ローゼンメイデン一の才色兼備を誇る』だそうだが、ジュンに言わせればただの性悪人形である。もう人形ではないが。

「……チ、チビ人間にしてはちゃんと起きてるですね」
「おかげさまで満足に寝つけないからな」
「お、おほほほほほ〜、だったらチビ人間にはいい薬ですぅ」
「なんだとこらこの……」

「よぉするにぃ、ジュンを起こしてあげられなくてがっかりしてるんでしょこのコは……ふわ〜ぁ」
「うひゃっ!? な、なんですか!?」

まったく気配を感じさせずに現れ翠星石に後ろから覆いかぶさる銀の影。

「おはよぉ、ジュン」
「ん、ああおはよう水銀燈」

そのままさりげなく朝の挨拶を交わす二人に、翠星石からピシリという音がした。
その様子に寝ぼけ眼のまま――低血圧なのだろうか――ニタニタ笑い、第1ドール水銀燈は黒い翼でばさばさ舞って冷蔵庫へと移動する。

「な、なに勝手に漁ってるですか!」
「だって私もここに住んでるんだもの」
「部屋が足りないんだから自分のミーディアムの所へ帰れです!」

翠星石の言う通り、水銀燈はジュンと契約しているわけではない。
が、彼女の契約者である柿崎めぐは現在入院生活中である。
人形であった頃ならともかく、人間の身体になった今ではそんなところに寝泊り出来ようはずもない。
そんなわけで、彼女もまた桜田家の住人になったのである。

「あらぁ? さっきはジュンにはいい薬だとか言ってたじゃないの」
「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」

圧勝である。
クスクス笑いながら牛乳に口をつける水銀燈と、それを睨みつける翠星石。
互いに毒舌家なれど、翠星石が直情であるのに対して水銀燈は絡め取るタイプ。そうそう敵うはずもない。

「ジュ〜ン、おはよーなの〜」
「おはよう。さて……」

騒ぎの中リビングに入ってきて自分の頭上に乗っかりじゃれる雛苺を適当に撫で、そろそろ『あいつ』が来るなと考えるジュン。
そのタイミングを狙っていたかのように、再びリビングのドアが開く。

――さて。ここで思い出して欲しい。

人間化したドールズの身体についてだが、
まず翠星石は身長150cmほどである。付け加えるならその双子の妹である蒼星石も、双子だけあってほぼ同じ。
次に水銀燈。彼女はジュンよりも背が高め。
雛苺は先ほど『頭に乗る』と述べたことでわかると思うが、人間化したとは言え小さな子どもサイズである。

――さて。ここで考えてみて欲しい。

彼女たちを身長の高い順から並べると、『水銀燈>翠星石=蒼星石>雛苺』という式になる。
これはどういう理由によるものだろうか?
上記の式の順番に、彼女たちがつくられた順番を記してみよう。
水銀燈は第1ドール、翠星石は第3ドール、蒼星石は第4ドール、雛苺は第6ドール。

「……おはよう」

おわかりだろうか? そしてたった今リビングのドアを開けて入ってきたのは第5ドールである。

「……ぷっ」

ぴし。
噴出す水銀燈に、『あいつ』の端整な顔立ちがひび割れる。

「ぷ、ぷあはははははははは!!! おっ、おなっ、おなか、おなかいたっ、おなか……ぷっ、ぷふふ……
 ちょっと真紅あなた、や、やっぱりかわい、かわいすぎ……ぷっ、あっはははははははははははははははははは!!!」
「な〜〜〜ん〜〜〜で〜〜〜す〜〜〜ってぇええええええええええええ…………!!!!!」

雛苺よりは大きく、翠星石よりは小さい……即ち、幼女。
だがその姿に違和感がないのがまた哀れである。
元々の姿も小さかったので大差ないと言えば大差ないのだが、大きくなった翠星石や水銀燈はそれぞれ似合っているため、
それらを羨ましがりかつそれらと比べて幼女姿が似合う『あいつ』こと真紅はやはり哀れと言えるだろう。

「ぷ、ぷふ、ふっ……お、怒っちゃ駄目よ、血圧上がっちゃうから。乳酸菌取ってる? これ飲む? ぷぷ……」

幼女の背中に紅蓮大輪咲き誇る。
アリスゲームの第二舞台が幕を上げようとしていた。

「結局あいつらどうなってもいがみ合うんだな……」
「まあ真紅と水銀燈ですし」
「でも前よりずっと仲良しになったのー」

吹き荒れる轟音を背に、それぞれが感想を述べつつリビングを去る。
騒がしくも平和。いつも通りと言えばいつも通りである。




「ボランティアに協力しろぉ?」

壊滅状態に陥ったリビングも、人間化しても人形時の能力を秘めたままのローゼンメイデンたちにあっと言う間に修復され、
都合6人が食卓に集まり朝食を摂っていた。
そんな中、厨房長こと桜田のりが放った一言に、ジュンは露骨に嫌な顔をしてみせる。

「そうなの。実はね、近所の幼稚園でお芝居することになったんだけど……」
「どこかで聞いたような話ね。それで?」

自分の紅茶をヤクルトティーに変えようとさっきから執拗に機会を窺っている水銀燈を牽制しつつ、真紅が先を促す。
が、端から関わりたくないジュンはそれを一瞥に伏した。

「知るか。そんなこと僕には関係ないだろ」
「そんなこと言わないでお願いよぉ〜……」

涙目になって訴えてくる姉。
生まれてから今まで付き合っているジュンだが、この女は人を使うのが上手いのか下手なのか判別出来ない。何しろ天然だから。
しかし。
さっき真紅が言ったように、こんな話は以前もあった(第一期10話参照)。

「わかったよ……やればいいんだろ、やれば」

結局のところ女の涙は強力なのである。
とは言えどうせまた人形劇のナレーションの練習に付き合えばいいだけだろう。
前回のような要求が来ても前もって心の準備をしておけばそこだけ冷静に断固拒否すればいいだけの話だ。

「本当!? 良かったぁ……何しろ今日のお昼過ぎからだったのよぅ」

…………。今日?
それまで他人事のように話を聞いていた少女たちも含め、のり以外の全員が呆気に取られた表情を見せる。

「ちょっと待つですのり。今から練習して間に合うですか?」
「ああ、大丈夫よ翠星石ちゃん。セリフは一切いらないの。
 ナレーションに従って動けばいいだけだから、おおまかな流れだけ覚えておいてくれればなんとかなるわよ」

なんだか話が噛み合っていない。
まさか、これは、もしかして…………。
雛苺以外の全員がそれの意味するところを察し、正に『あいた口が塞がらない』状態に陥った。
ちなみに、一番最初に我に返った水銀燈により、真紅のモーニングティーはヤクルトティーにされたことを書き加えておく。




で。
もはや言うまでもないことだが、今回ののりの要求は練習の手伝いではなく本番への参加である。
そして今、第二次桜田家リビングアリスゲームが勃発していた。
何故か? 簡単なことである。
以下掲載するのは今回の演劇での役なのだが、構成はこのようになっている。

・主人公
・お姫様
・騎士
・吸血鬼
・吸血鬼の下僕
・妖精
・村人

さて、勘のいい人なら既にお察しかも知れない。

「お姫様とゆーのは花を愛でるおしとやかなタイプ、つまり翠星石こそ映えるです! 高飛車なお前らじゃ務まらんです!」
「聞き捨てならないわね。この間の白雪姫だってこの私が白雪姫を演じたのだから今度も私がやるべきなのだわ」
「なぁに言ってるのおばかさぁん。あなたみたいなロリっ子プリンセスなんて大きなお友達向けでしかないわぁ」

それぞれが姫の座を争っているのである。
第一次のような物理的な狂嵐は見えずとも、彼女たちを取り巻くオーラはそれぞれのシンボルカラーが混ざり合い、どろどろしていた。
止めに入りたかったが流石にあの三人を敵に回すことの恐ろしさは考えるまでもなく、やはり溜息をつくしかない。

「……で、なんで柏葉までここにいるんだ?」

そんな朝からでろでろしたリビングに、何故か柏葉巴の姿があったりする。

「いえ、その……半分は私の責任だから……」

ちなみに、本来役を演じるはずのうち一人が実はカツアゲ常習犯であり、しかし昨日、獲物に返り討ちにされ出演不可能になったと言う。
なお、そのカツアゲ犯は棒状のもので滅多打ちにされた痕が確認されている。


to be continued...




ところでその頃、とあるビルの4階のローン会社事務所にて。

「あの剣道女、暗い顔して意外と大胆だったな。案外利用価値があるかも知れん」
「せっかく時給のいい仕事だったのに……いーかげんそのカツアゲ高利貸し行為やめましょうよ……」
「うっせーぞパシリ」

大真面目な顔で巴を評価する触覚男、溜息混じりに肩を落とす眼鏡少女、
そして竹刀の強打によりうっかり千切れた右手首をぶらぶら弄ぶ全身包帯男の姿があったそうな。




あとがき。
こんばんは。アントラクト絶版のいきさつにびっくりするほど納得いかない双剣です。
同人やることが確定したのにこっち書いてることバレたら頃されるかもな。ネタネェンダヨ。オリジナル・・・シカモショウセツッテドウジンデヨンデモラエルノカ?
さて、ちょっくら質問がある。
……めぐの年齢っていくつだ…………? あとスリーサイズ大体どのくらいだろう?
…………こんな質問する時点でこの先の展開バレバレだな orz

姫という名のアリスの座をかけ、ローゼンメイデンたちの戦いは続いていた。
続くということはつまり時間の消費。そして開演は本日お昼過ぎ。
ぶっちゃけるとこんなことしてるヒマはない。ボランティアでも時は金。

「そういうことだからお前ら、ジャンケンなり何なりでさっさと決めろ」

乗り気でなかった割には真面目に取り組んでいるところあたり、ジュンの人の好さが窺える。
一方、いつまでも睨みあうことは当人たちに取っても本意ではない。
そんなわけで、勝負の行方は運と心理読みが物を言うことと相成った。

「言っておくけれど、後出しなんて幼稚な手は禁止よ」
「最初はグーとか言っといてパーを出すのもなしですよ。出し遅れたら無条件で負け……というのはどうです?」

真紅と翠星石の言葉に水銀燈はふむ、と口元に手を当てて壁にかかった時計を見る。

「それでいいわ。公平を期すために、あの時計の秒針が0秒の位置に来たと同時に出すのはどう?」

その提案に二人は頷き賛成の意を示す。
残る時間は約30秒。無音の緊張が場に張り詰めた。

「それにしてもあなたたち、案外大胆ねぇ」
「……なんのことかしら」
「……なにがですか」

ジャンケンとはルールこそ単純なれど、故にこそ絶対的優位というものがない。
そのないはずの優位に立つ方法があるなら、それは心理戦に置いて相手を制することに他ならない。
よって。この水銀燈の言葉に惑わされまい、しかし精神的余裕をなくすまいと、あえて二人は応じるという選択をとった。

「あらあらおばかさぁん。ほんとに何も考えてなかったのぉ? 子ども向けのお芝居と言ったら定番でしょ?」

露骨な挑発。
二人は言葉を返さずに、時計の秒針へと視線を向ける。
残り15秒。やや長い。そして今の物言いからして……こちらの意識を会話に引き込み、『出し遅れ』に陥れようとしている!

(ふっ……挑発の行為自体は相変わらず上手いけど、内容が甘すぎるのだわ)
(そう易々と引っかかってたまるかです)

相手の心理攻撃に屈する事なく気丈でいる―――。
そうしていれば相手の策略に落とされる事はない。こちらから反撃したいところではあったが、残る時間では難しい。
せめて舌打ちする水銀燈でも見てやろうと、紅と翠は薄く笑みを――

「こういうの、主人公とお姫様のキスシーンがあって然りって知らないのぉ?」

――浮かべ切らない中途半端は表情のまま時を止めた。
きす。接吻。口付け。
それぞれの脳内でお姫様衣装に身を包んだ自分の姿が展開された。
そして雰囲気の出るメロディをバックにジュン――二人の脳内では必然の如く主人公がジュンになっていた――と見つめあい、
ジュンがこちらの頬を優しく手で覆って微笑みを向け、こちらは高鳴る胸を押さえもせずその手を覆い返す。
朱に染まった頬には自然と幸福に満たされた微笑みが。ジュンを見つめ潤む瞳はやがて躊躇いなく閉じられる。
ジュンは空いた方の手をこちらの背にまわし、引き寄せ、そして―――

ぼんっ

そんなベタで濃いイメージに、真っ赤になった二人の頭から勢いよく蒸気が噴き出す。
だがしかし! もしこの聖少女領域を他の女に奪われたら!?
――そんな思考にかけること約10秒。
微動だにしない二体の氷像の顔色だけが赤くなったり青くなったりする様を水銀燈だけが余裕の笑みで鑑賞し……
そして、刻限来たる。

「あは、勝っちゃった勝っちゃったぁ〜♪」

声にはっとするが今や遅し。
場に出た腕はただ一本。その手が作る形はチョキ。

「ジュ〜ン〜〜♪ 私が勝ったわよぉ〜♪」

姉は強し。
黒い天使が掲げるピースに、敗残兵はくずおれた。  _| ̄|○ill lliorz





「……ふう」

とりあえず一息つく。
ジュンが話している間、めぐは面白そうにくすくす笑っていた。どうやら楽しんでもらえたらしい。

「ふふ、意外ね。水銀燈って真紅と仲悪そうだったけど、そうでもないのね」
「今でも思い切り仲悪いんですけど……」

確かに昔と比べれば随分マシかも知れないが、家の中でケンカする都度、修復のために力を吸われる身としては笑い事じゃない。

「それに、水銀燈にもそんな楽しそうにする時があるのね。私の前だといつもツンツンしてるのに……ちょっと妬けるかな」
「え、あ、いや……」

今までの回想はところどころ掻い摘んでいるので(ジャンケン中の会話はジュンにも聞こえていないので伝えようがない)
自分と水銀燈の関係については悟られていないだろうと思っていたが、女の勘というのはその程度易々と見抜いてしまうのだろうか?
ギクリとジュンが身体を強張らせるが……

「あは、冗談よ冗談。思った通り真面目なんだね、君」

鈴のように笑うとはこのことか。
ころころころころ愉快に笑うめぐにしばし呆気にとられ、からかわれたと気付き羞恥に顔が赤くなる。

「ふふ、本当に素直ね」
「あのー……」
「あはは、それで? その後どうなったの?」
「え? えーと……」

上手く流されたなと思いつつ、ジュンは続きを思い出そうとする……が、

「……どうなったんだっけ」

話を途中で区切ってしまったせいか、再び記憶に霞がかかってしまった。
もしかしてあの後に真紅たちがキレて大暴れでもしたんだろうか? それに巻き込まれてここに運び込まれた?

「ええと……」

いや、多分違う。はっきりとは思い出せないが、あの後の記憶は確かにある。
やはり途中で話を止めてしまったのが不味かったのだろうか。

「思い出せないの?」
「えっと……すいません」

今まで楽しげに自分の話を聞いてくれていためぐに対して申し訳ない気持ちになってしまう。

「ふぅん……それじゃあ別の話をしてくれる?」
「別の話?」
「うん、別の話。
 あなたは何度も経験してるみたいだけど、力を吸われるのってどんな感じ?」
「…………」

そういえば、と思い出す。
この柿崎めぐという少女は死を望み、水銀燈と出会うことでミーディアムとして生命力を丸ごと奪って欲しいと思っていたらしい。
ジュンにしてみれば力を奪われることは心地いいものではないが、そんなめぐに対して正直に言うのも気が引けるし、
とは言え心地いいなどと言ってまた死への渇望が蘇ってしまうのは不味い。
返答に窮して視線を逸らし、どうしたものかと思案する。

「あ、心配しないでね。死ぬ時は水銀燈に連れて行って欲しいって思ってるけど、もう死に急ごうとは思ってないから」
「えっ?」

耳元でした声に顔を上げる。すぐ目の前にめぐの顔があった。
わずかに開いた窓から吹き込む風がしっとりとした黒髪を揺らし、それより深い黒瞳がじっとジュンの瞳を見つめていた。

「わからないなら教えてあげる」

歌うような囁きと共に、めぐの吐息が顔にかかる。触覚が知覚し得ないはずの甘さを感じ取り、それが頬を撫ぜる感触にぞくりとする。
しかしぞくりとした理由はそれだけではない。めぐの顔に浮かぶ笑みは甘ったるい妖艶なものではなく、至って普通の静かな笑顔。
これだけ近づいても先ほどまでと変わらぬ佇まい。何かしらの感情が欠落しているのではないかと思わせるその在り様に、
ジュンは我知らず気圧されて……身体ごと押し倒された。

「思い出せないのなら…………思い出させてあげる」


to be continued...

どういうことなのかわからない。
自分を組み伏せ圧し掛かるめぐに、ジュンは言い様のない恐怖を覚えた。
そもそも何故にこうなった?
ドールに力を吸われることがどんなものかを問いかけられたと思ったら、『わからないなら教えてあげる』。
わからない。まったくもって矛盾している。わかっているなら何故訊いた?

「私はね、『君にとって』力を吸われるのがどんなものかを聞きたいの」

たった今考えていたことに対する言葉をつきつけられて息が止まる。
この少女には心を読む術でもあるのかという普段なら一笑に付す疑念すら氷のような真実味を帯びていた。

「わかる? 私はあくまで『聞き』たいの。
 君の口から聞きたいの。
 でも君はどう言えばいいのかわからない。なら、私が教えてあげる。
 それを君なりのものにした言葉を私に聞かせて?」

真実味を帯びるのはめぐが放つ異様な雰囲気だけが理由ではない。
彼女は他に、こう言った。
『思い出せないなら思い出させてあげる』
どういうことだ? あの芝居の時にめぐはいなかった。
なのに何故当たり前のようにそんなことを言えるのか?
こちらの心を見透かすことが出来るのではないか?
実際、めぐの黒瞳に浮かんでいるのは悪戯でも害意でも増してや妖艶なものですらない。
だというのにこの状況にどこか適している――そんな人外の空気に息が詰まる。

「それに、こうしてると思い出すんじゃない?」

酸欠になった脳がかろうじてめぐの言葉を反芻する。
その途端、記憶の混濁が拓かれた。





問題となっていた姫の座の所有者も決まり、桜田家の住人は件の幼稚園へと足を運ぶ。
他の配役は決まっていなかったが、もう時間もないし、何より監督役の人にキャスティングしてもらった方が無難だからだ。
そうして着いた幼稚園の一室には……

「やあ桜田君、来てくれたんだね」

満面の笑顔で迎える白崎と

「……おはよう」

何を考えているのかいまひとつわからない槐、

「えーと……お、おはようみんな」

そして何故か蒼星石の姿があった。
だがこの程度なら少々驚きこそすれ、混乱するには至らなかったのだ。
問題は、一同が席についてしばらくしてから部屋に入ってきた新たな影……

がら。とてとてとて…………

人数分の湯飲みをトレイに乗せた薔薇水晶が危なっかしい足取りでトテトテ可愛らしく歩いてくる。
一部を除き、一同、その姿に唖然。
何故ここにいるという思いもあったが、それに加え、もしかしたら前より縮んだんじゃないかという身体だったからである。しかも園児服。

「……粗茶ですが」
「え、あ、ああ……ありがと」

戸惑いながらジュンは湯飲みを一つ取る。
ローゼンメイデン全員が人間化したのなら当然薔薇水晶もなっているはずで、それに関してはまあいいのだ。
本当は薔薇水晶はローゼンメイデンシリーズではないが、ジュンはそれを知らないのでそう納得している。
だが何故ここにいるのだろうか?
実は槐か白崎がミーディアムだったのか? それとも槐の正体はローゼンだったのか?

「…………本日は……よろしく、お願いします」

しかし。
ふわりと微笑んでペコリと頭を下げる薔薇水晶に驚いた直後どうでもよくなった。
いや、確かにその仕草はすごく可憐で魅力的だったのだ……が、それはあまり関係ない。
あの状態で頭を下げると言う事はつまり、

「あ……」

トレイに乗ったお茶……ジュンが手に取ったものを除いた10個の湯飲みの中身を前方へこぼすと言う事である。

「あ゙ーーーーーーーーーーーーーーぢゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっ!!!!!!!!!!」

そんなこんなで大騒ぎ。
幸い大した火傷にも至らず皆ほっと安堵の溜息をつき、

「めそめそめそ…………」
「薔薇水晶、いいんだ。気にしなくていいんだ!」
「そうだよ薔薇水晶。どじっ娘は大事な萌え要素なんだしさ」

自分の失敗にひどく落ち込みベソをかく薔薇水晶とそれをやや狼狽しながら慰める槐、
何かおかしな慰め方をしている白崎を見て、『こいつらに害はない』と判断していた。
なお、薔薇水晶が泣き止んだ後、槐のキャスティングにより配役は以下に決定した。

・主人公―――ジュン
・お姫様―――水銀燈
・騎士―――巴
・吸血鬼―――翠星石
・吸血鬼の下僕―――蒼星石
・妖精―――真紅、雛苺、薔薇水晶
・村人―――のり

当然というか、翠星石はこのキャスティングに不満だった。何しろ邪悪っぽい役どころなのだから。
しかしだからこそ満場一致で翠星石が吸血鬼役に決まっていたりもする。

「まあいーです。決まったからには見事演じきって見せるですよーだ」
「元気出せよ。お前ならきっと上手く演じられるから」
「……それ誉めてるですか?」

ぶーたれる翠星石の頭を苦笑しながらぽんぽん撫でてやるジュン。
だがそれを見た白崎の目がキラリと光った。

「あれ、ご不満かなお嬢さん?
 このお話ダブルヒロインで、片方がお姫様、もう片方が吸血鬼だよ?」

―――ぴし。

なにか紅いのから石化の効果音が鳴ったような気がしたが、白崎はそちらを向かず爬虫類めいた笑みを浮かべていた。
それを無視して水銀燈が事情を知っているであろう蒼星石にこっそり問いかける。

「で、なんであの末っ子までここにいるのよ?」
「……昨日の今日でここに入園したんだってさ」

で、幼稚園側へのポイント稼ぎに芝居を披露することになったらしい。
意外とマメな親ばか・槐であった。



さて、そんなわけで開演である。
脚本は槐によるものだったらしいのだが、情景描写がいちいち細かすぎるのでナレーション役の白崎に9割方カットされた。
しかし童話というものは大抵の園児にとってはヒマなもので、開演前は皆思い思いに喋くって先生に叱られていた。
が、槐か白崎はそこを見越していたのか、騎士(巴)と吸血鬼の下僕(蒼星石)のバトルシーンを冒頭に持ってきて
その激しく流麗な剣舞によって園児たちの気を惹くことに成功。
他の戦闘シーンには妖精役の真紅、雛苺、薔薇水晶も参戦し、それぞれの能力や人工精霊による光や衝撃波の演出が用いられ、
落ち着いて見ていた先生も含め、観客がその激しさに惹き込まれるのにさして時間は必要なかった。
つかみさえ成功してしまえば戦闘シーン以外の場面さえ園児たちには興味津々になり、
ご静聴の中、この芝居は早くも大成功だと誰もが思った。……その時までは。



翠星石はヒロインの片割れではあったが、吸血鬼という役の都合上、劇中の立場的には敵役であった。
それでいてヒロインというのは、要はちょっとした悲恋である。
しかしいつもふざけて悲劇のヒロインを演じている彼女にとってはこの役どころは案外やりやすく、
そうして考えてみれば正ヒロインの方がこっ恥ずかしくて演技にならなかっただろうと思ってすらいる。
内心、水銀燈の言っていた『主人公とお姫様のキスシーン』には心休まらなかったが、
このお芝居にそういうシーンがあると決まったわけではない、と自分に言い聞かせ、役に集中していた。
実際、今のところそういうシーンはなかった。
が。
あくまでそれは、つい先ほどまでの話である。

「『人間の少年に恋をしてしまった吸血鬼のお姫様はそっと少年に寄り添い――』」

白崎の朗読に従ってこれまで役を演じていた翠星石は何の疑いもなく言われたとおりにジュンの側へと歩み寄り、

「『――その顔に口を寄せ、自らの愛を言葉ではなく行動で伝えたのです』」

ジュンともどもビシリ、と硬直した。
恋? 愛? 口寄せ? イタコ? んなわきゃーない。
よもや。よもやよもや。
自分以外の少女がすることを危惧していた翠星石本人こそが、『ソレ』を『言葉ではなく行動』で示す立場にあったのか!?
考えてみれば当然だ。何しろ吸血鬼もこの芝居ではヒロインなのだから。
だが今更そんな結論にたどり着いたところでもう遅い。
一人の警官がパトロールしてたら通り魔にアンチマテリアルライフルぶっ放されるくらいの不意打ちに思考回路は原子分解。

やれと? 目の前のミーディアムに愛を伝える行為をやれと?
待って欲しいです。心の準備が出来てないです。
でも時の流れは待ってはくれない。そもそもその理のせいでジャンケンに負けたのだ。なんと皮肉な因果律。
小刻みに震える全身が余すことなく真っ赤に茹で上がっているのがわかる。
ということはそんな赤くなった顔をジュンにも当然見られているわけで、そう思うだけで体内温度はマグマを生成する。
どうせマグマというのなら、いっそカルデラ湖でも出来ないだろうか。冷却装置が必要だ。
見ればジュンの方も顔が真っ赤になっており、自分とどっちが赤いのだろうと無駄な疑問が沸き起こる。
しかしジュンの方も顔が赤いということはジュンも自分と同じことを考えているわけであって
ということは嫌がってはいないんだという結論に達すると嬉しかったり恥ずかしかったりやっぱり嬉しかったりで
嫌がっていないということはしてしまってもいいわけで、じゃあなんでこんなに躊躇っているのだろうとか思ったり。
だったらやっちゃって問題はないわけでそうと決まればジュンに愛を伝えればいいのであって
落ち着いて考えてみたらこれはあくまでお芝居なのだから自分は役に沿った行動をすることが最優先事項ということは
『主人公に恋する吸血鬼』として愛を伝えなければならないわけで愛を伝える行為と言えば当然あれで
でもそんな単純なことに躊躇っていたのはやっぱりおかしいと頭を働かせ、じゃあそれは間違っているんだと当然の結論を出す。
それは困る。時の流れは待ってくれないのだ。
考えていたことが違うというのなら正しい答えを早急に導き出さねばこのお芝居は失敗してしまう。
ていうかさっきから文字ばかりじゃないか。いい加減何かセリフがないと別次元にいらっしゃる観客にまで迷惑だ。

「『――しかし。そこには吸血鬼である自分が本当にそんなことをしていいのかという迷いがあり、彼女は踏み止まってしまいました』」

時間稼ぎとしてはナイスだが、先告の問題に対しては焼け石だ白崎。
ええいままよ。やはり舞台の上での問題は、舞台に立つ者が切り開かねばならないのだ。
きっ! と決意を胸に秘め、決然と赤面した面持ちとなったオッドアイの吸血鬼はミーディアムの肩にしがみつき……


―――かぷ。


「……へ?」

吸血鬼とは世の理に反する者。そして彼女は理に逆らい、自分以外のすべての者の時を止めた。
微かに呪縛から逃れた少年は間の抜けた声だけを搾り出し、

ちうううううううううううううううううううううう――――――――――――

身体の中身を搾り出され始めた。


to be continued...


――はじめは、それだけのつもりだったのだ。


ちうううううううううううう…………………………………………


一同が唖然とする中、翠星石はただ必死に、錯乱した頭が導き出した選択に従いジュンに噛みつき血を吸っていた。
しがみついていたジュンの身体がびくんびくんと跳ねていたがそんなことを気にする余裕もなく、
息が続く限り必死にジュンの中身を吸い上げる。


――本当に、それだけのつもりだったのだ。


色々と大間違いな行動ではあったのものの、これが芝居であるという前提はしっかり意識の中に残っており、
吸い終わったらすぐさま離れて白崎の次のナレーションを待つつもりだったのである。
(芝居なんだから吸うにしても真似だけで良かったということには気付いていなかった)
だがしかし、吸血行為が終わりに近づくに連れて意識は中途半端に理性を取り戻してゆき、
その理性が『この行為は愛情表現である』ということを今更ながら翠星石に認識させてしまった。


――それが、狂った予定を狂わせた。


認識した途端、理由や羞恥というものをすっ飛ばし、この行為が終わりを迎えることを酷く惜しいと思ってしまった。
もっとこうしていたい。ずっと離れたくない。……ジュンが、欲しい。
もやもやとした意識が純粋に欲求だけを示し、翠星石を興奮させる。
いつの間にか鎮まっていた先ほどの熱さとは異質の熱量が全身をかけめぐり、その熱がジュンを逃がすまいと腕に篭る力を補強する。


――過剰な純情は、時として狂気になる故に。


しかしやがて呼吸が限界に達し、翠星石は突き立てた八重歯をジュンから離す。
だが既に、翠星石のスイッチは入ってしまっていた。
だから、止まらなかった。




「ん……ちゅ、んく……っは、ん……」
「あ……ひぁっ!?」

わずかな時間のうちに翠星石の息は荒くなり、その吐息が出来たばかりの傷跡に次から次へと注がれる。
生暖かい吐息が翠星石の唾液とジュンの血液が入り混じった液体にかかることで、ジュンは首筋にぞわぞわとした寒気を感じ身をよじる。
霞がかった瞳でしばし虚空を眺めた翠星石は、呼吸が整わぬうちに再びジュンの首筋に顔を埋める。

「ちゅ……ん……れろ、ぺろ……っは……ふ、ぅぅん……」
「あ、は……うっ……」

今度は歯は立てず、傷口に口を吸いつけて、そのままそこから血液を吸い上げる。
一度吸引した後は溢れ零れた血液を一滴残らず舌で舐め取り、また陶然と血の匂いのする息を吐く。

(これが……ジュンの……)

だがそんな己が呼気すら昂りを助長するのか、翠星石は血の匂いに酔っていた。
崩滅した思考回路はしかし、若干ながら歪に機能を残していた。
そこから導き出されたことはまず、『コレはジュンの身体の隅々まで行き渡っていたものである』ということ。
それを自分が吸出し、飲み込んでいると思っただけで、口の端から血を垂らす翠星石は薄い至福の笑みを浮かべていた。

(あは、おいしいですぅ…………)

霞んだままの瞳に明確な喜悦が入り混じる。
実際、血液独特の蟲惑的な風味は極上の美味と麻薬にも似た興奮を翠星石にもたらしていた。それがジュンの血であるのならなおさらに。
そう、ジュンの血であるからこそだ。
翠星石はある意味で、完全に『主人公に恋する吸血鬼』になりきっていた。
吸血行為に邪悪さはなく、愛する者の中身が自分の中に入ってくることで、堅い繋がりが生まれたような錯覚に陥っている。

「あむ……」

だから、再び口をあけた。
今度はがっつくように搾り取るのではなく、ただ求めるためだけに、愛する人の血を吸うために。
そっと歯を先ほど空けた傷口にあて、しがみつく腕の力も和らげ、愛しさ溢れる抱擁のまま、ジュンを求めて血を吸った。





噛まれた時までならば、抗おうと思えば抗えた。
しかし吸われるほどに抵抗力は脱力し、状況を理解する間もなく奪われる。
結果、機は既に失われ、痛みと恐怖は半分以上が快感と化していた。
血を流す傷口にかかる熱い吐息に意識は崩れ、直後そこを覆った唇のやわらかさに崩れた意識は滅び去り、
這わされる舌の湿り気と弾力に、抵抗の意志はもはや亡い。

「ふ、くぁ……!」

傷口を通し、身体から血液と共に何か別のものも吸い出されるような幻覚を感じる。
吸い出されてゆくものの正体は理性と自尊心。
それらが奪われてゆく度に、ジュンの倫理が崩れ落ち、甘い痺れに忠実になる。
それらを失くしてゆく度に、ジュンの正気が薄れ去り、隷属の快楽に目覚めてゆく。

「いっ、あ、あぁぁ…………」

何も考えなくていい。この背徳に身を委ねていればいい。抗うことは許されない。
自分を隷属させる彼女にすべてまかせていればいい。
その代償は血の供物。
それを捧げることこそが今の自分の快楽なのだから、なんと都合のいい贄だろう。抗いを許さないのは自分自身に他ならない。
自分が今まで何をしていたかなど、とうに忘却の彼方へ吹き飛ばされている。
それほどまでにこの空間は唐突で、刺激的で、放心をそそった。

「……すい、せ…………」

増して。
自分は心のどこかで、この少女そのものを求めていたのではなかったか?
そうでなければすべて委ねた今さらに、彼女の名など呟くまい。『自分を隷属させる』だけが望みなら、相手は誰でもいいはずなのだから。
ただ愛しい。
どんなに歪んだ形であれ、否、歪んだ形であるがこそ、自分達はどんな形であっても想いを伝え合う事が出来るという証明ではないか。

(あ…………)

少女は貪るように供物を求めていたはずだが、いつしか優しくこちらを抱いていた。
だから、迷うことなく抱き返す。
ただ求め合うことが欲望の果て。
それは欲望でしかなく、つまりは混じりけのない純粋な感情。
そして自分は既に彼女の隷属の下にあり、しかし同時に愛しいと想う。
この隷属とは何なのか。今の彼女は吸血鬼。ならばとジュンは考える。

(……こいつが僕と同じ人間になったんだから、今度は僕がこいつと同じになるのかな)

それもいいかと考える。少なくとも前者に関して、彼女は喜んでいたのだから。




観客の静寂はまったく異質なものへと変わっていた。
吸血鬼が血を吸うことなど常識と言えば常識で、つまりは当たり前だと誰もが思う。
だがいくらまだ幼い園児でも、目の前で繰り広げられている情事に等しい行為を本能的に理解しているのだろうか。
何故かもわからずドキドキして、舞台上の展開を食い入るように見つめていた。

「き、『吸血鬼としての彼女は、血を吸うという形で少年に愛を伝えようとし、少年はそれにこたえたのです』」

一方、舞台袖に待機していた少女達はいくらか知識がある故に、興奮、羞恥、嫉妬など、
それぞれ違った感情を胸に吸血行為を見守っている。
なお、槐は『薔薇水晶の教育に悪い!』と判断して娘の目を手で覆っていたのだが、
薔薇水晶の小さな目は、その指の隙間からばっちりと今起きている情景を捉え、ぽっと頬を染めていた。

「い〜〜い〜〜か〜〜げ〜〜ん〜〜に〜〜…………」

そして、ここに嫉妬の権化が燃え上がる。
ホーリエ、メイメイ、ベリーベル、レンピカの4精霊を強引に操った紅蓮の幼女が驚く衆をきっぱり無視し、
照準を舞台の上に固定する。

「ちょ、真紅! それはまずいって!」
「し、真紅ー、まだ出番じゃないのー」
「あぁらあら」

蒼星石と雛苺がそれぞれ違う理由で真紅を止めにかかり、水銀燈は余裕の態度でその様を眺める。
水銀燈はわかっていたのだ。『止めてもムダ』と。

「しなさいっっっ!!!!」

予想通り制止など聞かず、精霊と共に弾丸の如く飛び出した真紅は左ストレートを繰り出して……

「えっ?」

ものすごくいいタイミングで貧血になって倒れたジュンと夢心地が臨界点を迎えて眠りについた翠星石の頭上を通過し―――

ドガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッッッッッッッ!!!!!!

向かい側にあった窓ガラスを突き破った挙句、のりの演技を覗きに来ていた山本くんを吹っ飛ばし、外にあったコンクリートの壁に上半身を突き刺した。
そして、ジュンは血を失いすぎたために病院に担ぎ込まれたのである。


to be continued...

「つあっ……!?」

気がつけば、混乱しつつも事の顛末を思い出していたジュンの首筋に、めぐの八重歯が浅く食い込んでいた。
針に刺されたような刺激と共に意識は再び舞台の上での情事を思い出し、今度は興奮すらも忠実に再現する。
めぐはその細身からは考えられない力で素早く、しかし流れるような自然さでジュンの身体を起こし、そのまま後ろに回りこむ。

「思い出したみたいね……ふふ、それじゃ私にも味見させて頂戴ね?」
「ちょ、ちょっと待った! なんでそうなるんですか!?」
「くすくす……吸血かぁ……なんて背徳的……」
「……へ?」
「しかも清い身体に流れる血って格別らしいのよねー」
「あ、あんたそんなキャラだったのか!?」
「大丈夫大丈夫、痛いのははじめだけ……って、ああ君経験者だったっけ」
「に゙ゃーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!?」

あっけらかんと話を進めるめぐ。もはや雰囲気も何もあったもんじゃない。
フラッシュバックしたあれほどの興奮が信じられないほどあっさり吹き飛ばされ、今度は身の危険に対する恐怖に満たされる。
再び突き立てられためぐの八重歯に悲鳴をあげ、半分以上マジ泣きでここから逃れようと暴れるジュン。


むんず。


「はあうッ!?」

だがその抵抗も虚しいかな、再び得体の知れない怪力に拘束され、背後の恐怖に凍りつく。

「ふふふ……清らかな身体を蹂躙するのってぞくぞくする……」
「待って待って待って清らかってちょっ、僕は―――!!」
「くすくすくす……水銀燈と結ばれてることはもう知ってるわ」
「は?」
「けどね、その時の水銀燈ってあくまで人形よね?
 つまり……あなたは人間に対してはまだ清い体……くす」
「なんかすごくひどいこと言ってないかあんた!?」
「ふふ、ふふふふふふふ……清らかな体に流れる血ってどのくらい格別なのかしら」
「ちょ待ちょ待ちょ待ちょ待ちょ待〜〜〜〜〜っっっ!!!」
「大丈夫大丈夫、君が寝てる間に増血剤しっかり打っておいたから」

「そういう問題じゃないっていうかあんた勝手に何やってんだ!!! だっ大体もう思い出したんだからいいじゃないですかっ!!」
「だーめ。吸われるのがどんな感じか、まだわかってないんでしょ?」
「だっ、誰かたっけてええええええええ!!!」
「無理無理。もう消灯時間過ぎちゃったし看護婦さんたちにはちょっと細工しといたから助けは来ないよ?」
「イヤーーーっ! イヤーーーっっ!!」
「大人しくしないと小泉って呼ぶわよ」
「なんだそれ!?」
「恐れるな! 天の御使いは我らにある!
 闇への道は開かれる!!」
「ちょ、なにその無駄でいきなりな荘厳さ……」

かぷ。

「いだだだだだだだっっ!!?」
「いっふぁふぁっひま〜ふ(いっただっきま〜す)」

ちううううううううううううううう――――――――――――――――

「アギャーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

本編とは関係ないが、この後彼はあっちの世界で金髪の青年との再会を果たしたという。



数分後。
延々と噛み付かれ、吸引され続けたジュンはすっかり放心状態に陥ってしまっていた。

「ぷはっ……ふふ、ホントに結構美味しいのね」
「は、はぅ、はぅぁぅ……」

満足げに唇を離しためぐは陶然とした様子で呻いているジュンを後ろから抱き寄せ顔を覗き込んだ。
焦点の合わない瞳がかろうじてこちらの姿を捉えたことに得体の知れない興奮を軽く覚え、めぐはそっとジュンの眼鏡を外す。

「やっぱり……寝顔もそうだったけど、君、結構美形だね」
「ふ……ぁぅ、は……?」



こちらの言っていることはわかっていないようだが、自分に対して何か言われたということは認識したらしい。
実際、ジュンはまだ中学生ということを引いても中性的な顔立ちをしており、引き篭もっていたとは言え根がしっかりしているのでそれが整っている。
加えて、ドールズの戦いや葛藤に身を投じていくうちに心身ともに成長し、端整さに磨きがかかっていた。
そしてそんな顔立ちだからこそ、惚けてされるがままになっているのを見るだけでぞくぞくする。

「大丈夫だからね? 軽い興奮剤と催眠剤のせいでそうなってるだけだから」
「ぁ、ぅ…………」

母親が幼子をあやすように優しく抱きしめ、同様に優しく耳元でそう呟く。
正気ならば咎めるであろうその言葉にも、行為に孕まれた安堵感にジュンは大人しく頷いた。
確かにめぐが勝手に持ち出しジュンに投与したものは本来、後遺症を残さない程度の軽いものであったが、
吸血という形で血を奪われた事によりジュンの身体抵抗力は低下し、その影響を過剰に受けてしまっていた。

「可愛いよ……ジュン君……」
「い……ぁ……」

さらに、襲われる恐怖と血を吸われる快感による激しい興奮のため全身に回るのが早まったのである。
それにより『自分が血を吸った事でされるがままになっている』とも言えるわけであり、それこそがめぐの嗜虐心をそそらせるための狙いだった。
そうして生まれた興奮を身に宿したまま再びジュンの肩口から血を吸い上げる。
痛みと快感にぴくりとジュンの身体が跳ねるがもはやそれは力なく、ただ虚ろな興奮だけを瞳に宿してされるがままになっていた。

「この背徳感……君にも教えてあげるね……」

言って、めぐはそっと目を閉じジュンに口付ける。

「ん……ちゅっ、ちゃ……」
「ふゅ……!? んっ、ひぅっ……!」

たちまち口内に広まった自身の血の味と、その中でチロチロと動くめぐの舌が言いようのない痺れをジュンにもたらした。

「ちゅ……ん。これは、血の盟約……」
「う、ぁ……?」

やがてめぐは唇を離し、未だ焦点の定まらないジュンの瞳を凝視して呟き始める。

「あなたが私の天使と結ばれたのなら、私もあなたと結ばれてあげる……この盟約は、その証」



朦朧とした意識のジュンに、あたかも暗示をかけるかのようにめぐは囁き続ける。

「でも交わしたのはまだあなたの血だけ……私の血は今から捧げてあげる」

そう告げると同時にめぐはジュンの後ろへ戻る。
直後、ジュンの背後から衣擦れの音。ぱさりと音を立てて病室の床に何かが落ちた。
めぐはそのまま動きを止めずジュンにしなだれかかり、その胸に這いまわすように両手を服の中に差し入れる。

「ひっ……!」
「大丈夫、恐がらないで……」

敏感に反応するジュンに対して溢れる興奮。
そして同じく沸き出る母性本能に従いめぐはまさぐるのをいったん止め、優しく抱きしめる。
そして母性に溢れる中こんなことをしているという背徳にやはり興奮を抑えられず、ふたたび手の動きを再開する。

「あっ……ふぁ……」
「……そのままじっと……ね?」

充分に堪能しためぐはジュンの寝間着のボタンを一つ一つ外し、肩からはだけさせてゆく。

「うわぁ……肌も綺麗……ほんと、可愛い…………」

若干白みがかった――実は単に血の気が引いていたからなのだが――肌に月明かりが差し込みちょっとした神々しさを醸し出していた。
そしてそんな白の平原から流れる血の泉。
探れば探るほど興奮を呼ぶジュンの身体にどうしようもない独占欲を感じ、めぐは寝間着を脱がせながらさらに舌をも這わせた。

「ぁ、ん…………ひゃぅっ」
「あは……いい子いい子」

身体を震わせながらもすっかり抵抗の気配を失くしたジュンの頭を撫でてやる。
心なしかジュンの表情が穏やかになったのを見て、そろそろ頃合かとめぐは下半身に手を伸ばした。

「それじゃ、脱がすね……」


to be continued...

「それじゃ、脱がすね……」

ジュンのズボンを脱がそうと、めぐは身を乗り出した。
背後から手を伸ばすという形になっていたが故に、衣服を脱ぎ去り露になった形の良い乳房が、めぐに服をはだけさせられたジュンの背中に押し潰される。

「あ……」

背中に押し付けられた質量とぬくもりに、朦朧とした意識のジュンがくすぐったげな声をあげた。
その声に抵抗の色はない。完全にこちらに身を委ねていることにめぐは満足し、少し予定を変更して脱がす前にズボンの中に手を突っ込んだ。

「ひゃぁっ!?」
「くす……いい子いい子」

はちきれんばかりに張り詰めたジュンの分身を、その白い掌で、さきほど頭にしたのと同様に優しく撫でる。

「あ……ぁぁぁ、は、あ……」

自身の頂から溢れる粘液をローション代わりに弄ばれ、既に意識のほとんどを放棄したジュンには悪寒と快感だけが与えられた。
一方めぐも、初めて触れる男性器――しかもそれを愛しげに撫でまわし、溢れ出す精液に手をまみれさせていることに次第に息遣いが荒くなる。
生理的嫌悪どころか性的興奮を覚えるのは、相手がジュンのようなタイプで、かつこちらの意のままに従わせているからなのだろう。

「あ、はぁ……可愛い……可愛いよジュン君……水銀燈をとったこと、っは、君なら許してあげる」
「ぃっ……ふあ? あ、あはぅっ……!?」

止め処なく溢れる液を掴み取る様に性器を握り、そのままそれを潤滑油にして頂から手を下らせる。
衣服の中でジュンの肉棒は根元から頂までがめぐの手により精液にまみれ、まみれてからもその手は止まらず昇り降りを繰り返す。

「ひあぅ、はっ、はあぁ……ぁ!」
「あは、ふふふ……気持ちいいんだね」

興奮しながらも主導権を握っていたことにより静かさを残していためぐの瞳に、とうとう妖しい光が灯りだす。
いつの間にか、めぐは身を乗り出したからではなく、積極的に体をジュンに密着させていた。
わずかに脱がされ露出していたジュンの腰部に己が秘部を擦り付け、ゆっくりとではあったが動かしている。
それから少しの間、めぐも言葉らしい言葉は出さず、動きは徐々に速度を増す。
暗い病室には二人の荒い呼吸と喘ぎ声だけが響いていた。





「はっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
「ぁ……ふぅ……ふふ。もう、我慢、できない?」

ジュンの息遣いに苦しげな色が混じるのにそう時間は要さず、その頃にはめぐの瞳も半分以上が霞んでいた。
それでも優位に立っているという悦楽が性欲にまみれた理性を引き出している。

「いいよ……私の血、捧げてあげる」

言って、めぐはジュンから身体を離す。
それまで身を包んでいたぬくもりの喪失に、ジュンに若干不安の表情が浮かぶがそれも微かな間。
目の前へと移動してきたことで初めて目にするめぐの肢体は今この瞬間だけ性欲を手放したかのように神々しく、
横から差し込む月光が、それに拍車をかけていた。
その手がゆっくりとジュンの頬を覆い、そのまま体重をかけられて、再びジュンはめぐに押し倒される。
ただし今度はまったく抵抗の気配はなく、しかし当然のことという意識もなく、ただぬくもりと解放を求め、自らそれを受け入れる。

「いい子だよジュン君……よく我慢したね?」

ここに来てようやくジュンのズボンをずらし、ビクビクと震えるソレを初めて目にしてなおめぐの胸には母性と興奮が溢れていた。
ソコを含め、服が半端にはだけたジュンの全身を愛しげに眺め、ベッドの脇にあった棚に手を伸ばす。
置いてあった針を摘み上げためぐはそれをそのまま自分の左胸に躊躇いなく刺し、引き抜いた後少し隣にもう一度刺す。
針に残った自分の血をぺろりと舐め上げためぐは、そのまま血の珠が膨らむ乳房にジュンの頭を抱き寄せた。

「ほら……飲んで。ね?」
「んっ……んぅ……」

されるがままに乳房の血を吸い、舐め取るジュンに、めぐはさらに母性と快感を引き立てられ、
一方母親が赤ん坊に乳を与えるような形での授血を蕩けた様で受け入れたジュンは、再びめぐに抱き寄せられる。

「ん……ちゅる……」
「ふ……んっ、んんっ……」

そして二度目の血の接吻。ただし今度はめぐの血を用いた口内交換。
舌を絡めて自分の血を吸い出しためぐは、満足げににっこりと微笑む。

「ぷは……ふふっ。盟約は完了せり……なんてね」
「……は、ふ…………」
「それじゃ……早速盟約に基づこっか?」

そうしてまた押し倒す。
色んな意味でムダだとわかっているので返事を待つようなことはしない。

「ん……」
「ふぅ……」

行為を始める前に再びジュンの肩口から血を吸いキスをして、二人分の血を混ぜ合わせた最後の血の接吻を堪能する。
舌を絡めるようなことはせず、互いに血を含んでいるということを除けばいたって普通の口付け。

「……じゃ、挿れるね…………」

唇を離しためぐがジュンのソレを優しく握り、秘部に導く。
互いに濡れそぼった性器は軽く音を立ててスムーズに結合し、めぐはそこでいったん動きを止める。

「じゃ……行く、よ…………んんっ!!」
「ひ……くあっ……!?」

だがそれも束の間。
その間に力を溜めためぐは一気に腰を落とし、噴き上がる悲鳴を歯を食いしばって噛み殺す―――が。

(あ、あれ?)

破瓜の痛みは確かにあった。
しかし、予想していたほどではなかった……というよりも、圧倒的にその痛みを快感が上回っている。

「……ひゃっ!?」

そして、その拍子抜けと同時に身体から力が抜けてしまい、落としきっていなかった腰がそのまま完全に落下する。

「――――っ!?」
「ふあっ!?」

急降下の直後の急停止、そして再び急降下―――一瞬の間での急な動きによる刺激に、二人揃って意識が飛ぶ。

「あ、ぁぁ、ぁ?」

飛んでいた意識をさらに飛ばされたジュンは正気に戻りかけたのかそれともさらに遠のいたのかわからない色を瞳に浮かべ、
それに跨ったまま虚空を眺めていためぐの瞳には――

「……あは」

――喜悦が灯った。

「あくっ、うっ、ふ、ふあぁっ……!?」
「ん、んあっ! すご、い……すごい、よ、ジュン君……はふぁっ!」

はじめにゆっくり腰を上げ、その後はそのゆっくりさなど微塵も感じられないほどのスピードで上下に暴れる。
途中何度もめぐの身体が痙攣するが、それでもお構いなしと言わんばかりに速度が衰えることはない。
むしろそれがギアを上げる条件であるかのように、さらにめぐは腰を振るテンポを上げていく。

「はぅっ、ふふ、ビクビク、言ってるよっ……私……気持ち……いいんだ、ね?」
「ひぁ、う…………くふぁっ!」

興奮に脈打つ分身が肉襞に絡みつかれ、しかもそれが激しい動きにより途方もない刺激を齎すことに、ジュンの最後の蓋が破壊された。

「く、うう……っ!」
「は、はんっ、あ……え、ぁ?」

歯を食いしばって快楽の奔流に耐えるのも限界に達したか、ジュンの両手がめぐの尻を掴み、そのまま引っ張るように自身も腰を振り出した。
その感触と流れに自身の興奮も限界に達すると確信し、めぐはその情欲の中においてなお清楚さを残す笑みをジュンに向ける。

「あはっ、いいよっ、このままっ、君を、奪って……あげ……あっ―――あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
「くぁ、ぁぁあああ――――――!!」

急激な脱力感に身を委ねる中、めぐはジュンとの結合部から滴る破瓜の鮮血に満足げに微笑んだ。




「まったく……何考えてるのよめぐ」
「べーつに?」

事が終わった後。
真夜中の病室には、ぐったりと横たわるジュン、
椅子に座っていつもと変わらぬ微笑を浮かべるめぐ、そして新たに入ってきた水銀燈が入り口の壁にもたれる姿があった。

「身体が治ったのはいいけど、でもそれじゃ今までみたいな甘美な誘惑がなくなっちゃうじゃない?
 それって私にとって生き甲斐を失くしたも同然なの。けどだからってまた死にたがってたらあなた怒るでしょ?」
「はぁ……? そんなので生き甲斐だなんてよく言ったものね」
「くす、そうね。
 でも人間は矛盾の塊よ? 無駄な拒絶で汚れるより、穢れを受け入れて自分らしく在ることの方が綺麗だと思うわけ」
「……………………」

呆れて言う言葉もない――されどそんな沈黙すらも癪だと態度で示し、夜の病院に静寂をもたらしていた銀天使は苛立った溜息を漏らす。

「だからね水銀燈。
 私から甘い果実を遠ざけたんだから、私を満たす何かを代わりに提供してもらおうと思ったの」
「……代わり?」
「そう、代わり。翠星石って清純そうな顔してたけどいい趣味してるのね。
 おかげで面白いヒントもらっちゃった」

例の鈴のような笑いを漏らし、めぐはちらりと横たわるジュンを見やりまた笑う。

「それは神に逆らうという大罪。くすくす」
「…………何言ってるのあなた。身体が治ったかわりに頭が完全にイカれちゃった?」

自分とは対照的に眉を顰めて不愉快げに吐き捨てる己が天使に、むしろめぐの方が天使のような微笑で返してこう告げた。

「そう? 私、言わば創造神を逆手に取ったのよ? これ以上の背徳ってある?」

めぐの身体を治したのは翠星石。そしてジュンはそのマスター。
人形に人間の肉体を与え、不治の病を神秘の力で治してのけた二人の契約は、めぐに言わせれば創造神の奇跡のようなものらしい。
そしてその片割れであるジュンに対しイニシアチブを握ることは正に神を恐れぬ行為である。
さらに言えば、吸血鬼は血を吸った相手を下僕に堕とす。
故に、ジュンの血を吸い、心身を蹂躙したことはめぐにとってこれ以上ない禁断の行為の成就に他ならなかった。

「何を言うかと思えばそんなこと? ほぉんと……つ・ま・ん・な・い・わね」
「そう? 残念。
 でも水銀燈、なんだかんだ言って私のお願い聞いてくれたよね?」

ぎくり、と水銀燈の動きが止まる。
すべてわかっているめぐはその微笑ましさと感謝を込めて、極上の微笑みを天使に向ける。

「ありがとう」

狼狽し、真っ赤になった水銀燈の顔がめぐに見えたかどうか。
バンッ! と激しい音を立てて病室の扉が閉ざされる。
―――なんだかんだで、水銀燈はこの笑顔に弱いのだ。




「あーあ、ちょっとからかいすぎたかなぁ……」

出ていってしまった水銀燈にはあとで謝ろうと思いつつ、めぐは夜空に輝く月を見る。
身も蓋もない話だが、めぐは単に水銀燈と一緒でいたいだけだったのだ。
だから水銀燈とジュンの輪に、自分の存在を擦り込ませたのである。
まあ、多少は背徳云々の愉悦もあったが、主な要因はあくまで水銀燈である。別にジュンがどうこうというわけでこんなことをしたのではない。

(けど悪くはないのよね。ジュン君って)

先ほどの行為を思い出してクスクス笑う。
根はしっかりしているようだし顔も悪くない。
何より水銀燈が認めた相手なのだから、点数は決して低くはない。

(むしろおかげで水銀燈と一緒に遊べる機会が出来たし。
 ジュン君を味方につけて二人がかりになればきっと水銀燈も遊んでくれるわよね。
 これから楽しませてもらえそうだな〜♪)

しかし、のんきに構えているめぐはまったく分かっていなかった。
勝手に勝った気分になっている自分の背にゆらりと起き上がる影の存在と、

「えっ……ひゃっ?」

自分を押し倒したその影が、つい昨日、翠星石と水銀燈により限界を超えた性欲を溜め込んでいたことと、

「え、えっ……ちょっ……」

そんな彼に興奮剤と睡眠剤を打ち込み意識を朦朧とさせた上で捌け口を与えてしまったことが何を意味していたのかを。



まったくめぐは何を考えているのか。
誰にも立ち入られないようにしてくれと頼み込まれ、仕方なしに従った結果がこれである。
別に水銀燈はめぐとジュンが交わろうと、めぐが幸せで、ジュンが自分を愛してくれれば構わない。

「…………なによ」

しかし、だ。
今回の件、人払いをしてくれとは言われたが、まさかめぐがあんなことまでするつもりだとは思わなかった。
どうにも水銀燈にはめぐの思考が理解できず、
しかもその理解できない思考から生まれた理屈でめぐが処女を散らすことがどうしても納得行かないのである。
加えて、ジュンもまためぐの玩具のような形で人間に対する童貞を喪失してしまった。

「なによ、なによ、なによ、なによなによなによなによなによなによぉっ!!」

あれほどめぐの病を案じた自分の苦労は何だったのか。
直接的には何もしていないとは言え、心配したのは本当なのだ。なのにああも簡単に身体を軽んじるような真似……
報われない。まったくもって報われない。なんだか目頭が熱くなってきた。

「ふえぇぇぇ〜〜ん……めぐのばかぁ……」

……さびしい。
最愛の二人が一度に遠のいた気がして、一人しくしく泣きながら、水銀燈は暗い廊下をトボトボと歩いていった。
しかしそんな去り行く天使の背後で、

「ひゃあうっ!」
「え……?」

紛れも無い、めぐの悲鳴が聞こえた。
考えるより先に来た道を取って返し、病室のドアを開けようとして――

「え、ちょっ待って……!」
 あ、はあっ、いや、す、水銀燈助け、はぁんっ!」

――それが悲鳴というか嬌声であることに気付き、ぴたり、と水銀燈は動きを止めた。
唖然と硬直している間にも病室からの悲鳴……もとい嬌声は続く。掻い摘んで記すと以下のような流れである。





「やっ、ダメ、そこは……はゥっ! か、噛んじゃダメェ……!」

「……はーっ……はーっ……あぁあ……そんな……こと、まで、んっ、ひくっ!?」

「…………んぁ、ひゃ……あっ、あぁ、あ…………ぁ……………」

「ああ……いい……そこ、気持ちいいよぉ…………」

「ねぇ……おねがぁい……もっとぉ……」



「……………………」

一体どれだけの時間が過ぎていたのだろうか。
硬直したままの姿勢で半分白くなっていた水銀燈は室内で繰り広げられるめぐの変貌に冗談抜きで茫然としていた。
やがて静かになった病院の廊下で僅かに意識を取り戻し、恐る恐る病室のドアを開ける。そしてそこには……

「め、めぐ!? ジュン!?」

自分が出ていった時と同じくベッドでぐったりしているジュンと、その隣でひくひくと全身を痙攣させているめぐの姿があった。

「ちょ、めぐ! しっかりしなさい! めぐ!?」
「あ、は、あ……」
「めぐ!? 大丈夫!? 何があったの!?」
「ひゃ……」
「『ひゃ』?」
「百億の・・・鏡のかけら・・・小さな・・・ともしび・・・とらわれた・・・天使の・・・うた声・・・ゼノ・・・ギアス・・・・・・」
「めぐ――――――っっ!!?」



そして翌日。
妙にスッキリした表情で病院を去るジュンと、その後姿をとろんとした眼差しで見送るめぐの姿があった。
なお、ジュンは薬のせいでゆうべのことを覚えておらず、
めぐは水銀燈に問い詰められても『ジュン君って……素敵よね』とうっとりした表情で返すばかりだったと言う。


The end by the maestro's a victory...