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楽しさ“ワンポイント・レッスン” |
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私が子供の頃(昭和40年代)は、殊更に環境教育とのお題目を唱えなくても、毎日が自然と対面しながら生きていたような気がする。近くの海には干潟が広がり、アサリ掘り、カニ採りそして魚釣りが日課であり、山に行ばヤマモモやアケビの実る場所と時期を知っていればオヤツにありつけると言う自然の恵みが豊かな時代であった。今考えてみると自然と共に生き、自然の恵みのお陰で今日の自分があるように思われる。 今,改めて標題の「子どもたちに対する〜」と問われると、現在、広島市植物公園や宮島水族館或いは小・中学校の総合学習の場所で自然や環境保全について子供たちと話す時思う事は、今の子供たちと言うよりその親の時代、つまり、昭和35年代以降に生まれた親たちの世代まで遡って環境教育をする必要性を痛感する。 その結果は、現在の若い大人や教師が今の子供たちと全く同様、生き物や自然に対して無関心であり無知である。そんな親たちから教育を受けている今の子供たちが自然保護や環境保全に対して無関心であるのは当然の結果であると思う。しかし、その反省のもと、ここに来て50年間の空白を取り戻すために安易に環境教育を唱えてみても、美しい干潟やのどかな里山の風景は戻っては来ない。 実のところ、私たちが思い立って急に始めた環境教育、或いは環境教育モドキは現在、社会をリタイアする年代の大人(自分も含め)が過去半世紀にわたって続けられた政治や経済の間違った施策により、破壊し尽くしてしまったかつての素晴らしい環境や景観を懐かしみ、ここに来て反省を込めてこれ以上環境を壊さないためにやっている罪滅ぼしのように思えてならない。 遅きに失したとは言え、この一つしかない私たちの住んでいる星、地球の滅亡まで環境を破壊し尽くさないために、私たち「世界の親たち」がこれからの地球の未来を担う子どもたちの為に出来る環境教育を真剣に考え、一刻も早くその対策を実施に移さなければならない時代に来ていると痛感する。 こんな訳で、私の手の届くところから、小さな『環境保全』の種をまき始めた次第です。子供たちと自然観察を通じて、生命のあり方を一緒に考えてみたいと思っています。
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干潟で皆さんが見かけるカニたちは、干潟の色々な場所に棲み分けをし、そして自分たちの体や環境にに合った場所に巣穴を作って生活しています。干潟の地下は表面からは想像も出来ないくらい沢山の巣穴が堀り巡らされ、酸素を含んだ海水が地下まで入り込んで多くの生物の生活の場となっています。
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