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これを読んでくださる方々へ
DVの中に肉体的な暴力と精神的な暴力があります。
とあります。 この実験は精神的な暴力の人の事だけについての話ではありません。 肉体的、精神的暴力のどちらの被害者にも当てはまる事なのです。 私自身の事を言えば毎日命の危険と隣り合わせの生活をしていました。 と言いますのは夫はいつも私の事を銃で脅していたからです。 日本と違い、家庭の中に銃があっても違法ではない上に、夫は銃のマニアでした。 夫が銃に執着する理由の中に人を信じる事が出来ないというのがあります。 それは夫が若い頃に暴漢に襲われて腹部を銃で撃たれたことがあるからです。 手術の後を見ると助かった事が本当に不思議なほど、大きな傷跡が あります。夫の家族や誰もが奇跡だと言っていました。 夫はその事件以来人を信じる事が出来なくなってしまっていて、 寝るときも外出する時も銃を離す事が出来ません。 でもそのことによって私自身が脅かされるようになるとは 思ってもいませんでした。 今こうして無事に生きている事が出来ているので、このようなことを 言おうとしていることが良いのか悪いのかは解りませんけど シェルターに保護された後の対応の仕方にも肉体的な被害者と精神的な被害者に 違った配慮が必要なように思いました。 日本の場合とアメリカの場合ではまた被害のあり方も少し違うかもしれません。 それに日本の場合はまだ肉体的に暴力を振るわれた人でないと保護も されないのかもしれません。 女性運動がはじまったばかりの頃の1970年代のアメリカでもそうだったようです。 80年代から加害者に対する対策が進み、裁判所からの命令で女性に 接近できなくなり、加害者に対する逮捕も積極的になって来ました。 アメリカでのDVに認識を一変させたのはフットボール選手の O.J.シンプソン事件です。彼がDVのバタラー(DV加害者の事)だった事は アメリカでは有名な話です。 1994年以降それまでの活動が実を結び大きな転換期となりました。 私の住んでいるカリフォルニアはO.J.シンプソンのその事件があったことで DVに積極的な州だと言えると思います。 (アメリカは州で法律が違います) カリフォルニアはそんな積極的な州で、DVは犯罪であると言う認識も強く それを知った人は通報を義務付けられていたりと 被害者救済にはとても積極的です。 それでもDVが減っている訳ではないようです。 被害者救済のためのシェルターはそのどちらの人も同じ場所で保 護されます。それぞれの人が絶対的な苦しみ悲しみの中にいるの は事実なのですけどもし可能であれば対応するスタッフのあり方 を変えなければいけないのではないかと感じたのです。というのも 状況の差のせいだとは思うのですけどシェルターで私は二次被害 を受けました。小さな心無い言葉で傷つく事があるからです。 私は今精神的な虐待を受けた人々の助けになればと心理学の勉強 をしています。いつ死んでもおかしくないような状況の中から今 生を受けているのですから・・・・・・ 2002年7月 Ruby |