今月の神父様のお話 4
2014年7月~

藉身(せきしん)されし救世主
(2017年 12月のお話)
福アウグスティンの説教
言は肉體と成りて、われらの中に居りたり。
恩寵(おんちょう)と真実とに満てられたり。
われら彼の光栄を見たり。
父の独生子(どくせいし)のごとき光栄なり。
(新約聖書 イオアン(ヨハネ)福音書1・14)
ハリストス生まる!
主イイススは母から生まれる前、父と共にいました。
神は救主を生む童貞女(どうていじょ、処女)を選び、主の生まれる日を選びました。
迷信を信じる人は特定の日を重んじます。作物を植える日を選ぶ人がいます。
新しい建物を起工する日を、結婚する日を特別の日とする人もいます。
こうして何か良いこと、繁栄するよう心秘かに考えます。
しかしだれも自分の誕生日を選ぶことはできません。
ところが主は、そのどちら(神の母と誕生日)をも選ぶことができました。
愚かな人たちは人間の運命を星占いによって決めますが、ハリストス(キリスト)は
そうすることで自らの誕生日を選んだのではありません。
ハリストスは生まれる日によって自分は幸福になりませんでしたが、
救主が生まれようと願った日は、祝福されるものとなりました。
事実、ハリストスの誕生日は、ハリストスの神秘の光を啓示します。
聖使徒はこの現実を表信しています(ロマ13・12~13) 。
「夜はふけ、日は近づいた。だから闇の行いを脱ぎ捨て、光の武具を身につけよう。
日の中を歩むように、品位をもって歩もうではないか」
ハリストスの誕生日は「日」です。わたしたちも日となるよう願いましょう。
信仰無しに生きる時、わたしたちは夜の中に生きています。
不信仰は夜のように全世界を覆っていましたが、
信仰が育つにつれて不信仰がすこしずつ減っていきました。
すなわち、救主イイスス・ハリストスの誕生日によって
日は長くなり夜が短くなります。
皆さん、この日を厳かに守りましょう。
信仰のない人はその日を太陽にこじつけて守りますが、
そうではなく太陽を創造した主のゆえに守りましょう。
言葉である方が藉身(せきしん、受肉)されました。
わたしたちは太陽の下に生まれました。
たしかに太陽の下に生まれた肉體です。
けれども主の権威は全宇宙に及び、太陽はその一部に過ぎません。
今日、藉身された神は、太陽の上に立ちすべてを支配しています。
ところがある人たちは、知的に盲目のため真の義の日である太陽が見えず、
太陽を神として礼拝してしまうことがあるのです。
崇め 讃めよ!

聖金口 イオアン ヨハネ (11月26日記憶)
(2017年 11月のお話)
疲れた者、重荷を負う者は、
だれでもわたしのもとに来なさい。
休ませてあげよう。
わたしは柔和で謙遜な者だから、
わたしの軛(くびき)を負い、
わたしに学びなさい。
そうすれば、あなたがたは安らぎが得られる。
わたしの軛は負いやすく、
わたしの荷は軽いからである。
(新約聖書「マトフェイ(マタイ)福音書」11章参照)
黄金の口をもつ説教者、4世紀、シリアのアンティオアの教会から、請われてローマ帝国の首都
コンスタンティノープル(コンスタンティノポリス)大主教となった、われらの親愛なる聖人。
聖金口イオアン・クリュソストモス。
かれは、いまも わたしたちと歩みつづける「同労者」、同心の信仰者です。
冒頭に引いた聖書の言葉は、救い主イイススの福音です。
聖イオアンはこの言葉を、自ら実践した聖人でした。
聖人の説教には、数千人ときには1万人を超える聴衆が参じたといいます。
でも信仰者を魅了しひつけた最大の徳は、かれの実直、誠実な人柄でした。
かれは庶民、ふつうの熱心な信仰者の同伴者、友であり続けました。
これを如実にあらわすのが「聖金口イオアンの聖体礼儀」です。聖人の名を冠された聖体礼儀には
聖人の息吹、声、温かみが満ちています。
いまここにいるような、切々とした聖なる像(イメージ、イコン)が、目の前に立ち上がってくるかのような
聖体礼儀(リトゥルギア、ユーカリスト)。
祝文を読むたびに、聖なる感動と感激がわたしたちのうちに満ちてきます。
人を愛する主宰や、わが霊(たましい)の恩主や、
われらに、この日においても、
なんじが天上の不死の機密を領けさせたまいしを、なんじに感謝す、
われらの途(みち)を直くし、
われら衆人を なんじを畏るるの畏れに堅固にし、
われらの生命を護り、われらの歩みを固めたまえ。
光栄なる生神女、永貞童女マリヤおよび
なんじが諸聖人の祈りと願いとによりてなり。
あまりにも神の前に正直に生きた聖イオアン。
その信仰、心は、いまもわたしたちに託されています。
わたしたちは神が精錬される金の心、いやしと救い、
安らぎ、温和、復活の生命、神との一体を希求しつつ信仰生活をつづけましょう。
(パウェル及川信神父)

橄欖 オリーブ の降福(聖洗礼儀)
(2017年 10月のお話)
主宰、主、わが神、ノイ(ノア)の舟におる者に、
和睦の徴(しるし)、洪水より救わるる號(しるし)たる、
橄欖(かんらん)の小枝(さえだ)をふくむ鳩を遣わし、
これをもって恩寵の奥秘(おうひ)を前兆し、
なんじの聖機密を行うがために橄欖の果をあたえ、
これによりて法律の下にある者にも聖神を充て
恩寵の下にある者をも全備する主や・・・・
(「聖事経」参照)
聖洗礼儀(洗礼式)において、聖なる膏(油)が全身に塗布されます。
日本正教会では進行上、身体の一部にしか塗布しませんが、本来は全身に塗り込みます。
祈祷文は、これを傅(つ)けると宣言します。香油には聖なる力が満ちています。
聖神(せいしん)の挙動(はたらき)と庇蔭(おおい)
不朽の傅(つけ)
義の武器
霊體の更新(あらたまり)
およその悪魔の挙動の遠隔(とおざかり)
およその悪の解離(はなれ)
香油すなわち喜びの油は、光照者を神の領域へ導きます。
霊と體とをいやすがため
教えを聴くがため
なんじの手 われを造り われを設けり
なんじが誡めの路(みち)を履むがためなり
香油は外から塗られ、そして食されることで内側から人を満たします。
新鮮なオリーブ油がお店で安価に手に入れることができるようになり、
正教徒としてうれしいかぎりです。(写真:大阪正教会 境内のオリーブ)
イイススがヨルダン川で前駆授洗者イオアン(ヨハネ)から洗礼を受けたとき
鳩のような形の、光の恵みが降福されたといいます。
それは鳩が両翼をすぼめて急降下するような姿なのでしょうか。
香油による恩寵、恵みは、急転直下、いま わたしたちに注がれています。
(パウェル及川信神父)

葡萄の降福(8月18日の祝文)
(2017年 9月のお話)
主や、この新しき葡萄の実、なんじが気候の順和(やわらぎ)、
雨露の点滴(したたり)、天時の清静(おだやか)なるをもって、
この成熟に至らしめしを喜びし者に祝福して、
われらにこの葡萄の産する所を飲むをもって楽しみを得せしめて、
またこれをなんじに奉るをもって諸罪の潔めを得せしめたまえ。
なんじのハリストスの至聖なる體血によりてなり、
なんじは彼と至聖至善にして生命を施す
なんじの神(しん)とともに崇め讃めらる、
今も何時も世々に、アミン。
(「聖事経」参照)
聖事経には葡萄を生産することのない土地にあっては、林檎(りんご)あるいは
ほかの果実を祝福するようにとの指示があります。
晩夏、初秋のこの季節、葡萄をはじめ梨、いちじく、りんご、メロン、すいかなどの果実、
夏から秋の野菜でもある、きゅうり、なす、ごうやなど色とりどりの果菜が八百屋さんの
店頭をにぎやかに彩ります。(写真:大阪正教会 境内の葡萄)
ちょうど救主の顕栄(変容)祭に合わせて、これらの果実・果菜を聖水で祝福します。
猛暑に打ちしおれているわたしたちの、のどを潤し、いやす収穫を神に感謝しましょう。
とくに葡萄の実は、聖体機密(リトゥルギヤ)の尊血(聖血)となる赤葡萄酒の原料です。
この尊血(聖血)を拝領(領聖)する喜びにまさるものはありません。
その昔、ノアの箱船はアルメニアのアララット山に漂着。
そこは豊穣なる葡萄の産地。
義人ノアは葡萄の生産者として神への献げものを祭壇に安置します。
もしかしたら、パンと葡萄酒を、いちばん最初に、神に献げ、そして領食した聖なる者は、
ノアであったのかも知れません。
ノアの事蹟が、数千年の時をへて、救主イイススの最後(機密)の晩餐に結びついているとしたら
この壮大なロマンが、神の救いの道であることがわかります。
ひと粒の葡萄から始まる救いの歩み。
ろうそくの灯火に揺れる、ルビー色の神秘的な光沢と胸を満たす香り。
葡萄酒を前にすると、ノアの感謝と讃美の祈り、かれの風貌が立ちのぼるようです。
(パウェル及川信神父)

山の住人(奇蹟 山を動かす信仰)
(2017年 8月のお話)
なんじらにもし芥種(からしだね)のごとき信あらば
この山に、ここよりかしこへ移れと言うも、移らん。
またなんじらに一もあたわざることなからん。
このたぐいに至りては、
祈祷と斎(ものいみ)によらざれば出でざるなり。
(新約聖書 マトフェイ(マタイ)福音書17:20-21)
イイススは断言します。信仰があればこの山に移れと言うと奇蹟が起こり、山が移る、移動する。
では山に住人はいないのでしょうか。この山に住んでいる人はいないのでしょうか?
人ばかりでなく動物、熊のような大きな動物から、キツネ、タヌキ、ネズミ、もぐら、小さな虫、微生物も。
川が流れていれば、川に棲む魚や昆虫、鳥は? 山の植物は? 季節に応じて渡ってくる、動物や鳥は?
山を移すと言えば、非常に簡単なことのように聞こえますが、ちがうと思います。
山を移す、それら動植物、生きとし生けるものを全て含めて移す、と言うことだと思うのです。
このような実現不可能に挑戦した人はいたのでしょうか。
できもしないようなことを平気で言う神を信じる人はいるのでしょうか。
そういう神の思いに応える、神の信頼に応える、神の希望に応える人はいるのでしょうか。
そして移されることに協力する人、動物、植物がいるのでしょうか。そういう信仰心があったのでしょうか。
人の歴史上、ひとりいました。彼に協力した家族、彼の心に共鳴した動物と植物がいました。
そうです、ノアです。箱船を造り、大洪水から人も、動物・植物も救い出した、いいえ動植物がこぞって
理解し協力した人間、ノアがいます。
かれらは「世界」を移します。
生命をゆだね、生命を移します。
ノアの願いをかなえようと、夢の実現に動植物が協力するとき、エデンの園、神の国が現れ始めます。
ノアが、ノアを信じる家族が見る世界は愛情あふれる「未来」です。
希望を信じ、希望を愛する。
奇蹟は信じようと決心する時に始まるのです。 (パウェル及川信神父)

ふたりの聖使徒(聖ペトルと聖パウェル)
(2017年 7月のお話)
彼(ペトル・ペテロ)は誰かの足に接吻するように
頭を大地につけた。
長い沈黙が続いた。
やがてむせび泣きにとぎれがちな老人の言葉が
静寂を破って響いた。
「クオ・ヴァディス・ドミネ・・・・」
ナザリウスにはその答えが聞こえなかったが
ペテロの耳には悲しみをおびた
甘美な声がこう言うのが聞こえた。
「お前が私の民を見捨てるなら、
私はローマへ行って、
もう一度十字架にかかろう」
(シェンキェヴィッチ\吉上昭三訳「クオ・ヴァディス」旺文社文庫参照)
いまから四十数年前、小学校高学年か中学生だったとき、児童向けの「クオ・ヴァディス」を読み、感動しました。
学校の図書館か釧路の市立図書館で読んだのだと思います。
その後、記憶が確かなら岩波文庫?版も読んだと思うのですが、いまいち翻訳文になじめずにいたところ、
冒頭に引いた文庫の本を入手、改めて読み返し、感動を新たにしました。
こどもの頃、自分の聖名の聖人がどういう人であったのか、正直まったく知りませんでした。
ふたりの偉大な聖使徒の歩みも描写した小説を読むことができて、幸運だったと思います。
上記に掲載した聖像の 左:聖使徒ペトル(ペテロ・ペトロ) 右:聖使徒パウェル(パウロ)。
ペトルは中肉中背、少しやせ形の体型で、髪の毛は白髪まじり、いわゆるロマンスグレイだったと言います。
一方のパウェルは、天幕(テント)作りの職人でもあったせいか、筋肉質で少し猫背ぎみ、おでこにはコブのような
隆起があり、美男子とは言いがたい風貌でした。
ペトルは、弁舌さわやかな雄弁家ではなく、質朴寡言(しつぼくかげん)、でも一語ひと言には深みがあり、
聴く人を落ち着かせ、引きこむ魅力のある信仰者であったと言います。
パウェルはふつう、雄弁家で話術の巧みな説教者として有名ですが、本人は人前に立つと緊張して
うまくしゃべれないので、それで手紙を書いて伝えているのだとも語っています。
ペトルの左側に画かれた十字架は、逆になっています。
ペトルがイイススと同じ体勢・体の向きで十字架に架けられることを遠慮し、その敬虔さゆえ逆十字に
処されたのだと言われています。
別の伝承では、イイススと同じ形の十字架さえも遠慮して、「X型十字架」に架けられたとも伝えられています。
一方の聖使徒パウェルの右側には「X」字型の十字架が画かれています。
パウェル自身は救主イイススと同様、十字架に架けられることを望んだのですが、
パウェルがローマ市民権を持っていたため、斬首刑に処された、と言われています。
X十字は、斬首に処される前に、刑場でムチで打たれるときに、パウェルの体を縛りつけたものだともいいます。
Xはもちろん、「ハリストス(キリスト)」の頭文字。
ペトルもパウェルも「今も何時も世々に」ハリストスと共に生きているのです。
「クオ・ヴァディス」はパウェルの処刑の場面をこう語ります。
彼の胸は喜びにみちあふれた。
パウロは人びとに愛を教えたことを思い出した。
いかに貧しい人びとに財産をほどこそうと、いかにあらゆる言葉、あらゆる神秘、あらゆる知識に通暁しようと、
愛なくしてはその人は取るに足りぬ人間なのだ。
愛は鷹揚で辛抱強く、愛は悪の原因とはならず、名誉を求めず、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、
すべてに耐える、と説いてきたことを思い出した。
私は戦いをりっぱに戦いぬき、走るべき行程を走りつくし、信仰を守りとおした。
今や、義の冠が私を待っているばかりである。
7月12日、いっしょに ふたりの聖人と共にお祈りしましょう。 (パウェル及川信神父)

四十日(天を仰ぎて祈る)
(2017年 6月のお話)
イイススは苦難を受けた後、
ご自分が生きていることを
数多くの証拠をもって使徒たちに示し、
四十日にわたって彼らに現れ、
神の国について話された。
そして彼らと食事をしていたとき、こう命じられた。
エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、
父に約束されたものを待ちなさい。
イオアン(ヨハネ)は水で洗礼(バプテスマ)を授けたが、
あなたがたはまもなく、
聖神(せいしん)によって洗礼を受けるからである。
(新約聖書「聖使徒行実(使徒言行録)」1章参照)
四十日 正教会では意味深長な聖なる数、聖なる言葉です。
復活大祭(聖大パスハ)から数えて四十日に「救主の昇天祭」が祝われます。(聖像:エウゲニア大川和子姉)
永眠者記憶の祈り、パニヒダは、四十日に執り行われます。
いちばん四十日が連呼されるのは、ノア(ノイ)の箱船の話でしょう(旧約聖書「創世記」6~9章)
この日、大いなる深淵の源がことごとく裂け、天の窓が開かれ、雨が四十日四十夜降り注いだ。
洪水は四十日間 地上を覆った。
四十日たって、ノアは自分の造った箱船の窓を開き、烏(カラス)を放した。
ノアはつづけて鳩(ハト)を放ち、ようやく地上に満ちあふれた水が引きはじめ、陸が現れたことを知ります。
四十日は絶望をあらわす一方、希望の聖歌としての意味合いをもっています。
これをさらに如実にあらわすのが「イオナ(ヨナ)書」です。
預言者イオナ(ヨナ)は神の命ぜらるるまま、怖ろしい預言を言い放ちます。
あと四十日すれば、ニネベの都は滅びる。
これを聴いた国王はじめ全ての臣民、家畜に至るまで、
「粗布(あらぬの)をまとって灰の上に座し、断食しました」。
これを見た神は、災いを下すことをやめ、異教の民を救われたのです。
異教の民ではなく、神を信じる「神の民」へと聖変化した姿を見て、神は救いの恩寵を賜りました。
四十日は救いの福音、復活を告げ知らせ体験させる「神の時間」でもあります。
わたしたちは、四十日過ごすたびに神の国へ近づきましょう。
四十日 天を仰ぎて祈る 復生の日です。 (パウェル及川信神父)

闇から光へ(生き直す 現在゠いま)
(2017年 5月のお話)
主は およそ これを呼ぶ者、
およそ真実をもって これを呼ぶ者に近し。
彼を畏るる者の望みを行い、
かれらの呼ぶ声を聴き、かれらを救う。
主は およそ彼を愛する者を守り、
およその不虔者(ふけんしゃ)を滅ぼさん。
(旧約聖書「144聖詠」詩編145参照)
光は暗(くらやみ)に照り、
暗はこれを蔽(おお)わざりき。
真(まこと)の光あり。
およそ世に来たる人を照らす者なり。
(新約聖書「イオアン(ヨハネ)福音書」1章参照)
ハリストス 復活!
大斎(おおものいみ)第5主日「エジプトの克肖女マリア」を記念する主日。
2~3世紀頃、伝説の聖人、美貌の女性、一説では娼婦だったという、
おそらくお金持ち相手専門の高級コールガールだっだのかもしれません。
このマリアは、ある時 聖堂に入ろうとして、聖堂の正門前に立ちすくみ、中に入れなくなってしまった、
と言います。
聖堂正門前に飾られていた生神女マリアの聖像を目にしたせいだ、と伝えられています。
聖堂に入ろうとした足が、生神女(しょうしんじょ)神の母である聖母マリアの顔を見て止まってしまいます。
自らの美貌と自分の生活を保障してくれる、お金持ちのパトロンがくっついていることが自慢になっているマリア。
そうしたお金と豪華な生活に執着しているマリアは、清楚な生神女の姿を目にして、
自分の荒れた生活を知り怖くなってしまい、
町の生活を棄て、エジプトの砂漠・荒野へと旅立った、と言われています。
ふつうはそう解釈されています。
神から離れた生活が地獄へと行き着くことがわかり、怖くなってしまった。生き方を変えねばならない。
こう述べてみると、一見いわゆる自分探しの旅のようにも見えます。
ではエジプトの聖マリアの人生の方向転換は、では自分探しの旅立ったのでしょうか?
わたしはそう思いません。
正教徒、オーソドックス・クリスチャン、ハリスティアニン、巡礼者の一人旅はじつは、
日本人が普通にしている自分探しの旅とは大いに異なるからです。
自分を見つめる、あるいは聖堂の壁に掲げられていた生神女の聖像は自分の失敗や欠点、
人生の汚点を糾弾する厳しい視線だったのでしょうか。
人生の負け組、落ちこぼれ、敗残者を見分ける裁判官のような目であったのでしょうか。
おまえはダメなやつだと決めつける、人を十字架刑に架けるような目であったのでしょうか。
一瞬マリアには、確かにそう見えました。
でも次の瞬間、生神女の目は慈愛の眼差し、慈しむ優しい目に変わっていました。
「あなたは生まれ変わることができる、生き直すことができる、あなたにはできる」
エジプトの聖マリアの生きる先、いいえ、マリアの生きるとき、いつも生神女が共にいます。
おそらくマリアには、最初、エジプトの砂漠や荒野は、不毛の大地、荒れ地に過ぎなかったでしょう。
それは自分の人生そのものに感じられたでしょう。
でもちがったのです。
砂漠・荒野は不毛の大地ではなく、新たに生まれ変わる可能性に満ちた、生神女の庇護のある場所、
神のエネルギーに満ちあふれた創造の大地です。
聖神の充満する特別な土地です。
神の選ばれる聖なる土地、まさに復活する、いまなくてはならない生命を醸成する地力に満ちた土地。
そこは初めての人アダムとエバ(イブ)を産んだ母なる土地。。
一見「無」であり、何もない未開発の地は、神の力のみなぎる人を生き返らせ、生まれ変わらせる希望の大地です。
生神女は励ましました。
エジプトの聖マリアの人生の目標、生きる目標は生神女です。
マリアは生神女に
「あなたは生まれ変わることができる、あなたにはできる」
と言われ続けて生きる幸せな人だったのです。
マリアのように生きることは、わたしたちひとり一人にもできます。
ほんとうの優しさは人を励まし生まれ変わらせます。
暗闇から光が、あなたに、そしてわたしにも届いています。
実に 復活! (パウェル及川信神父)

天国への階段(階梯 梯子 はしご)
(2017年 4月のお話)
ある場所に来たとき、日が沈んだので、
そこで一夜を過ごすことにした。
イアコフ(ヤコブ)はその場所にあった石を
一つ取って枕にして、その場所に横たわった。
するとは彼は夢を見た。
先端が天にまで達する階段が地に向かって伸びており、
しかも神の御使いがそれを上ったり下ったりしていた。
「ここは何と恐れ多い場所だろう、
これはまさしく神の家、天の門だ」
(旧約聖書「創世記」28章参照)
ハリストス 復活!
イイススは、ナファナイル(ナタナエル)と出会ったとき、彼を評価します。
イオアン(ヨハネ)はこの不思議な出会いを福音書1章にこう記録します。
「見よ、まことのイスラエル人だ、この人には偽りがない」
天に、神のもとへ向かって、真っ直ぐ伸びゆく信仰、ナファナイルの実直な、地より天に
信仰の梯子を架けようとする生き方をイイススは愛します。
そしてさらにこう言います。
「はっきり言っておく。天が開け、
神の天使が人の子の上に昇り降りするのを、あなたがたは見ることになる」
真のイスラエル人、真実の信仰者は、神を信じ、同心の仲間を信じ、とことん一直線に
天国の梯子を駆け登ろうと努力するでしょう。
でもそれは、天が開けたとき、イイススという人の子が神と人との仲立ち「仲保者」として
顕れる天啓(てんけい)のときにこそ、実現するのです。
こういう言い方もできるでしょう。
ナファナイルのような「真の信仰者」は時の来るのを待つことができる、あるいは
「神の天使が人の子の上に昇り降りする」信仰生活を醸成(じょうせい)しつつ、
神の時が到来するのを、根気よく待つことができる。
信仰者は、いいえ人は急ぎ、あわてるものです。
天国への梯子を意識したら、ともかく懸命に登らねばならない、登ることのみ考えてしまい、
先ばかり見てしまう、それもとんでもない未来まで得ようとし、無理してしまうものなのです。
しかしイイススは言います「真の信仰者は、その時、その場所を」待つと。
信仰者の努力には、静かな忍耐も必要です。
真の信仰者は、遠大な目標を見ようとするでしょう。
ただし生きるときには、足もと、踏みしめる一歩一歩を確認せねば、躓(つまづ)きます。
すなわち天の神を見て生きる人は、つねに地の堅きを求め、警醒して生活しようではありませんか。
先を急ぐばかりが信仰者の生き方ではありません。
イアコフが路傍の石を枕に束の間の休息をとったように、わたしたちも疲れたら、はしご段のひとつに
腰かけ、休憩しましょう。柔軟なこころが信仰者を育てます。
階段は上るだけのものではありません。(写真:京都聖堂、鐘楼への階段)
その一段に、腰を落として休んでみたら、自分の歩んできた後ろの方向、過去を振り返ることができ、
休みおわって立ち上がり、ふたたび天の方角を志したときには、自らの意図していない
休む前とはちがう光景が広がっているかもしれません。
神はわたしたちに癒しを恵み、「繁き草場に憩わせて」くださいます。
神への階段は、信仰者の途中休憩をゆるす、休みやすい幅広のはしご段でもあるのです。
実に 復活! (パウェル及川信神父)

自印聖像(人の手にて画かれざるイコン)
(2017年 3月のお話)
民衆と嘆き悲しむ婦人たちが
大きな群れを成して、イイススに従った。
イイススは婦人たちの方を振り向いて言われた。
「エルサレムの娘たち、
わたしのために泣くな」
(新約聖書「ルカ福音書」23章参照)
自印聖像、人の手にて画かれざるイコン。
いくつかの伝説、伝承があります。
アブガル王の懇請により、王の病を癒すため、自らの顔をぬぐった布(ハンカチーフ)を
送ったところ、その布にイイススの顔が写っており、それを見て王の病気がたちどころに癒された、
と言う伝説があります。
イイススの全身像が写された布もありました。一般には聖骸布といわれています。
聖使徒・福音者・神学者イオアン(ヨハネ)は記録します(福音書19章)。
(兵士らは)下着も取ってみたが、それには縫い目が無く、上から下まで一枚織りであった。
そこで「これは裂かないで、だれのもになるかくじ引きで決めよう」と話し合った。
こうした伝承の中で心を打たれるのは、克肖女聖ヴェロニカです。
ゴルゴファ(ゴルゴダ されこうべの地)十字架への道行きで、疲労困憊して倒れた主イイススに
思わず駆け寄り、イイススを抱き起こし、手にしていたハンカチーフで血の汗を優しくぬぐったと
いいます。
女性が家に帰ると、その布にはイイススの顔が写っていました。
ハンカチーフではなく頭をおおうベールであるという説もあります。
ヴェロニカの名はベールに由来し、名の知れぬ女性の思いやりの心を後世の人が顕彰したというのです。
女性信徒が聖堂で祈るとき頭にベールやショール、スカーフ、大きなハンカチーフをかぶる伝統は、
もちろん正教会古来の伝統でもあるのでしょうが、聖ヴェロニカの心を継承する意味もあるような気がします。
女性のもつ優しさ、まろやかな柔らかさ、深い祈りの心が、聖ヴェロニカの姿を通していまも息づいています。
聖ヴェロニカに微笑みかけたイイススは、耐えがたい痛みに堪えさせる親愛の情をもって寄り添い、
その深い眸(ひとみ)に思いをこめて、「泣くな」と語りかけました。
イイススが 泣くな と言うとき、「娘よ」という語りかけも耳にのこります。
しなやかで若い柔軟な信仰が、いろいろな苦難や悲しみを耐えさせてくれると思います。
自印聖像は信仰者に、わたしたちに、泣きくずれて絶望してしまわないこと、痛みや悲しみがあっても
生きる、生きぬくよう、心と体に十字の刻印をもたらします。
娘よ、泣くな。
いままさに、復活の日を目ざすとき。
娘よ、あなたの笑顔、微笑みが、わたしたちに希望と勇気を恵むことでしょう。 (パウェル及川信神父)

人を見下す時(善きサマリア人のたとえ)
(2017年 2月のお話)
(旅をしていたあるサマリア人は)
翌日になると、デナリオン銀貨二枚を取り出し、
宿屋の主人に渡して言った。
「この人を介抱してください。
費用がもっとかかったら、
帰りがけに払いますから」
さてあなたはこの三人の中で、
だれが追いはぎに襲われた人の隣人になったと思うか。
律法の専門家は言った。
「その人を助けた人です」
そこでイイススは言われた。
「行って、あなたも同じようにしなさい」
(新約聖書「ルカ福音書」10章参照)
人を見下す、と言う言葉があります。
見下げる、その人をバカにして、自分たちよりも「低く見る」。
子供が大人になるために成長していくとき、育っていくにしたがって、物事が見えるようになり、
親や先生(教師)、周囲の大人が「愚か」に見えることがあります。
就職して慣れていく過程においても、職場の先輩や上司・同僚が、自分よりも
劣っていると錯覚することがあります。
あるいは、人種・言語・生い立ち・職業・学歴、ときには男女の性別においても、
さしたる根拠や理由もなく、相手の人を見下し、自分よりも低く見るときがあります。
人を見下して自分よりも劣っていると長く見続けるなかで、その人の生きる目標、目的、
理想像などの水準までが、劣化し落ちていくことがあるようです。
人を見下しつづけていると、どうしても視野狭窄(しやきょうさく)、視界が狭くなり、
初めに持っていた夢や理想すら毀損(きそん)してしまうのでしょう。
危険信号です。
洗礼を受けた受洗者が陥る落とし穴もこれであり、周囲の信仰者が劣った者に見えてしまい、
自分の信仰だけが優れている、間違っていないと確信するあまり、
教会から遠ざかって行くこともままあります。
受洗したという満足感でおわってしまい、神の民として「光照者」へと成長することを
やめてしまうのです。
司祭(神父)にしても、大きな落とし穴があります。
独善という罠(わな)がそこかしこにあります。
真の意味で自分を愛せない人は、神様とも結びつかず、人と人との絆も結ぶことが
できないような気がします。自分を、自分という人間を、自らの信仰と生活を大切に護り、
愛そうと努力している人のほうが周囲に、他人に優しくなれることでしょう。
善きサマリア人は、ごく自然に困っている人を助けました。
物事の本質を見極め、どこに真実が、真理と正義がどうすれば全うできるのか、
信仰者は、切磋琢磨して自らを磨き、謙虚に謙遜に生活いたしましょう。(パウェル及川信神父)

恵みを分かち合う(聖セラフィム)
(2017年 1月のお話)
はじめの頃聖セラフィム師父は、日曜日、修道院から
パンをもらい小屋に帰っていましたが、やがてパンを持ち帰らず、
小屋の周囲で作る野菜や野草のみを食べるようになりました。
持ち帰ったパンにしても、小屋にやってくる熊、狼、うさぎ、
きつね、たぬき、小鳥、へび等に、分け与えていました。
そうした光景を多くの同僚の修道士が目撃しています。
セラフィム師父が熊に食べ物を分けている絵は有名になり、
1903年の列聖後から革命の1917年まで聖人を記念して、
サーロフの森の熊は狩猟禁止にされていました。
(「ロシア正教会と聖セラフィム」サンパウロ)
ハリストス 生まる!
京都聖堂では1月15日(日)、主の洗礼祭(神現祭)大聖水式が執り行われます。
その日はさらに喜びの増し加わる主日で、サーロフの奇蹟者 克肖なる聖神父
聖セラフィムの記念日でもあります(1月15日/2日)。
くわしくは「ロシア正教会と聖セラフィム」サンパウロ をぜひお読みいただきましょう。
聖セラフィムは、人にばかりでなく、動物にも優しい信仰者でした。
神に創造された命を分かつ者として、ごく自然に動物と接していたのでしょう。
猛獣と言われる動物を恐れない、命知らずの猛者(もさ)はこの世に多々いるでしょう。
でも動物のほうが恐れない、親近感を抱き、食べ物を分けてもらえる、真に心優しき人、
まるで天地創造時の楽園のアダムのような「始原の人間」はどこにいるのでしょうか。
恐怖を知らず、というか、やってくる動物が聖人に魅了され、親しい友とまじわるかのように
肩を並べ、食べ物を分かち合いました。
それは不思議な光景だったことでしょう。
聖人のもとを訪れる多くの同僚の修道士が見ていたからです。
愛とは安心感、平穏、平和なのではないでしょうか。
15日、いっしょに聖セラフィムと共に祈りませんか?
崇め讃めよ! (パウェル及川信神父)

わたしは扉をたたく(嘉き訪れ)
(2016年 12月のお話)
熱心に努めよ、悔い改めよ。
見よ、わたしは戸口に立って、たたいている。
だれかわたしの声を聴いて戸を開ける者があれば、
わたしはその中にはいってその者と共に食事をし、
彼もまたわたしと共に食事をするであろう。
(新約聖書「イオアン(ヨハネ)黙示録」3章参照)
ハリストス 生まる!
おそらく「自分が神様を選んでいる」という感覚の人が多いでしょう。
ひとが「○○の神様」と言うとき、そういう人は、引く手あまたの神々の中から、
そのときの自分の願いにもっともふさわしい神を選出しているという感覚なのでしょう。
ですから、恋愛の神、野球の神、サッカーの神、そのほかありとあらゆる名称の、
自分にとっていちばんその場その時に、利益を誘導してくれる神を創出する現象が起きてきます。
それではわたしたちにとって、オーソドックスチャーチ(正教会)の信仰における神は
どういう存在なのでしょうか。
わたしたちの知らない先からわたしたちと共におられ、すべてを満たし、すべてを超越し、なおかつ
わたしたちを限りなく愛し包んでおられる神、命そのものの神がここにいます。
「わたしがあなたを愛していることを彼らに知らせよう。・・・全世界に来ようとしている試練の時に
わたしもあなたを守ろう。わたしは、すぐに来る」
救い主がわたしたちを選ばれ、わたしたちと聖なる食卓を囲みます。
パンとぶどう酒の祈り、この聖体と聖血を共に分かち合うとき、その喜びはどれほど大きいもの
でしょうか。わたしたちは神と一体となる喜びの時を迎え、感動に震えます。
精一杯の讃美の声をもって、心を尽くし、共に祈る喜びを、感動をこめて聖体礼儀の場に立ちます。
扉をたたいてくださるイイススのぬくもりを、わたしたちは感じましょう。
そのうれしさ、復活の生命を賜る高揚感につつまれましょう。
何という感動、言葉に尽くせないあふれんばかりの歓喜があります。
いまこそ信の扉をあけるとき、「神はわれらと共にす」
崇め讃めよ! (パウェル及川信神父)

マルファ(マルタ)とマリア(どちらの徳も必要)
(2016年 11月のお話)
一行が歩いて行くうち、イイススはある村にお入りになった。
するとマルファという女が、イイススを家に迎え入れた。
彼女にはマリアという姉妹がいた。
マリアは主の足もとに座って、その話に聞き入っていた。
マルファはいろいろなもてなしのため
せわしなく立ち働いていたが、
そばに近寄って言った。
「主よ、わたしの姉妹はわたしだけにもてなしをさせていますが、
なんともお思いになりませんか。
手伝ってくれるようおっしゃってください」
主はお答えになった。
「マルファ、マルファ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。
しかし、必要なことはただ一つだけである。
マリアは良い方を選んだ。
それを取り上げてはならない」
(新約聖書「ルカ福音書」10章参照)
生神女、「神を生んだ女性(ギリシャ語のテオトコス)」の祭日の福音で読まれる福音です。
イイススは、マルファの懇願に、すげなく答えているようで、一瞬ひやっとします。
ではその真意は?
イイススの一行は、かなりの人数だったのでしょう。
イスラエルの各地を旅し、いろいろな人に語りかけ、町や村で宿をとる生活をしていたイイススの一団。
こういう光景が日常であったのかも知れません。
のどが渇いた人にお水を提供し、腰の痛い人にイス、足のよごれた人には桶の水とタオルを準備します。
そうした喧噪がひと通りすんだあとの、一場面が、マルファの言動につながったのでしょう。
おまけにイイススの話を聴こうとして、さらに近所の人が輪をなしていたのかもしれません。
マルファは、マリアに、なぜか直接、「自分を手伝ってよ」と声をかけていないのは、イイススを囲む聴衆に
遠慮して大きな声では言いにくかったのかも知れません。
あるいは、自分ばかり働かせて、イイススの話を聴くだけのマリアの姿に、すこし嫉妬していたのかも知れません。
それらすべてを承知のうえで、イイススの返答があります。
でもイイススはここにきていっしょに座り、話の輪に加わりなさいとは言っていません。
じっと座って話を聴くのが苦手な人がいます。
一方で、沈黙や孤独が苦にならない人もいます。
信仰の歩み、あり方も、ひとそれぞれと言っていいでしょう。
イイススはその人の長所を見極め、マルファの頭の回転の良さ、賢察を見越してこう語ったのでしょう。
マルファにもマリアの美点がわかっていたからです。
世話上手なマルファも、じつはさりげなくほめられているのです。
ただあまりにたくさんの人がいらっしゃり、その中心が大好きな恩主であり、できうるかぎりのおもてなしで
満足してしていただきたいという過大な欲求が、マルファの良さを消していただけなのです。
マルファは神の言葉を聴き、実践できる女性でした。
マルファにはその真意が、イイススの思いやりが理解できるとイイススは確信していたのでしょう。
(パウェル及川信神父)

祈りと読書そして食卓(秋の沈黙に)
(2016年 10月のお話)
口を滑らすことのない人は幸いだ。
罪を悔やむ思いに苦しめられることはない。
良心にやましいことのない人、
希望を失うことのない人は、幸いだ。
知恵に深く思いを寄せる人、
叡智をもって理を究める人は、幸いだ。
心の中で知恵の道を思いめぐらし、
知恵の秘密を深く考える人は、幸いだ。
(旧約聖書続編「シラ書」14章参照)
沈黙は金、雄弁は銀。
その沈黙は怒りや憎しみに震えながら内心に溜める激情ではなく、神の愛に満ちた祈りの沈黙です。
雄弁も恨み辛みを吐き出し、人の心をあたかもゴミ箱のように荒らしてしまう毒舌ではなく、神の言葉に満ち、
人を 信仰者を 生かす至言を語るものではないでしょうか。
沈黙には、神の言葉を聴き入れる奥深さがあり、雄弁には神の真理を解き明かす明察があります。
しかしそれでも神を受け容れる「沈黙」静寂が、人に聴く姿勢をもたらします。
ときに雄弁は利己的な固執となり、人を拒絶し排除しようとする危険性があるからでしょう。
正教神学院の学生だったとき、ある人から「絶えず祈りなさい」(聖公会 聖ヨハネ修士会)をいただきました。
愛読書です。
いまでも時おり手にしては読み返し、あっこんな場面が描写されているのか、と発見があります。
昼食の時間になったので、食卓につきました。
ほかに四人の婦人が一緒に食事をしましたが、最初の品を食べ終わると、
ひとりの婦人が立って聖画におじぎをし、それからわたしたちにおじぎをして、次の品を持ってきてすわりました。
それは食べ終わると、ほかの婦人が立って同じことをし、三番目の品を持ってきました。
そこでわたしは夫人に、その婦人たちは親類ですかと尋ねますと、夫人はこう答えました。
「みんなわたしの姉妹のようなものです。これはわたしたちの料理番、これは馭者の奥さん、これは鍵の管理人、
これは女中で、みんな結婚しています。この家には未婚の婦人はひとりもおりません」
信心深い人たちに会い、その話を聴いて、わたしはますます驚いて神に感謝しました。
わたしの心のうちに祈りが勢いよくわき上がってきたので、それをおさえたくないと感じました。
食事が終わると、皆しばらく食休みをすると思い、その間庭に出てもよいかと尋ねました。
食卓で祈り、祈りつつ食をもって交わる。
考えてみますと、5つのパンと2ひきの魚の奇蹟、最後の晩餐(機密の晩餐)、聖体機密にしても、わたしたち
正教徒の祈りは、食事に密着しています。
修道院では、食事どきに、聖人の言葉(フィロカリア)や聖人伝などを朗読し、それらを拝聴しながら静かに食事を
つづけます。
エマオ(エムマウス)の旅人も夕食時、パンとぶどう酒の食卓を共にしたときに、復活の主イイススと出会いました。
無名の巡礼者は、ある家庭でお茶とビスケット、お菓子をふるまわれながら、聖なる著作の朗読を耳にします。
わたしは夫人が読むのを聴きながら、わたしの心に祈りがわいて来るのを感じました。
祈りはわたしのうちに燃え上がるようになり、喜びにつつまれましたが、突然に光がわたしの目の前に現れ、
わたしの敬愛する老修士の姿が見えるように感じました。
巡礼者は心が照らされたような歓喜に満ち、聖なる言葉を体内に聴きいれたのです。
祈りと読書、そして食卓、心も体も聖なる栄養が必要です。
信仰とは、精神力のみの観想だけの世界ではなく、体の充実が大切です。
体力の余裕から生まれる精神、こころの豊かさも重要です。
天高く馬肥ゆる秋、といいますが、信仰者も豊かに「聖神の充満」をめざしましょう。
(パウェル及川信神父)

福 音(嘉音 生神女の涙)
(2016年 9月のお話)
わたしたちはみな、おのおの生まれてこの世の
客となるとき、まず涙を流しながら生きはじめる。
まだ何も知らなくても、生まれるとすぐ
泣くことだけは知っている。
人は自然の摂理によって
死すべき人間の生命を気づかって涙を流す。
この未熟な霊(たましい)は
自ら生まれたこの世の労苦と嵐とを
誕生後すぐに、泣き声と嘆きの涙で証明する。
(北アフリカ 聖キプリアン 3世紀)
人が最初に流す涙は、母から生まれ出て、産声をあげるときのものでしょう。
母親の海の揺りかごのような羊水から旅だって、窮屈な産道をくぐりぬけ、空気に満ちた外界に飛び出ます。
母親にも産みの苦しみと歓喜があるように、赤ちゃんにも生まれる苦しみと歓喜とがあるのでしょう。
聖キプリアンの「忍耐」についての叙述は、人の誕生についての言及ではないのかも知れませんが、
読んでいて、生神女の福音を連想してしまいました。
たとえばエバ(イブ)は全人間最初の母、聖なる女性でしたが、忍耐においてはマリアの域に辿り着けませんでした。
生神女、神の母は、一人の人間として、すべての恩寵・恵みと生命の源泉である神の子を奥密に抱き、
生まれるまでの10か月共に暮らしました。その喜びはいかなる歓喜であったことでしょうか。
そしてあまりにも聡明なマリアは、抱神者聖シメオンが語るよりも前に、その現実を知っていたことでしょう。
「あなた自身も剣で心を刺し貫かれます─多くの人の心にある思いがあらわにされるためです」(ルカ2・35)
想像したくない事実を預言されたマリアは、体の奥での子の成長を体感しつつ、
もうすでに涙を流していたのではないでしょうか。
マリアの神と共に生きる喜びは、救い主イイススの未来を見つめています。
人を救うために自らを犠牲とする生き方を、生まれる前から預言され、そう生きるべく努力を重ねられたマリア、
そしてわれらの救世主イイススの歓喜と苦しみ、涙は、わたしたちの想像を超えるものがあります。
イイススに寄り添って生き、受難・十字架・復活・昇天のあと、弟子たちと共に暮らしたマリアは
長い人生の中で、わたしたち 人に寄り添いつづけて生きました。
おそらくはイイススの公生涯の倍以上の年月をこの地上にあって、わたしたち 人と共に生活した生神女。
喜びと共に、涙と共に。
マリアと幼子イイススが、未来の姿を予測していたように、わたしたちも自らの未来を予想することができるでしょう。
マリアと同じ心をもって生きる、わたしたちはこの生き方を選択することができます。
神の讃美をつづけたために官憲に捕らえられ、幽閉された聖キプリアンは、まさに生神女の心で語りかけます。
「聖にして親愛なる兄弟よ、あなたたちの光栄をみるわたしたちは、あなたたちの所へ行き、
抱擁しないではいられないような気持ちになります。しかしわたしも御名への信仰告白によって追放され、
追放された土地に幽閉され、ここから出ることができません。
けれどもわたしのできる手段をもってあなたたちのもとを訪れましょう。
肉体的には行くことがかないませんが、愛の心をもってまいりましょう。
すなわち手紙を書いて、そのなかにわたしの心を織り込みましょう。
わたしはこの心をもってあなたたちの徳と栄光とを喜んでいます。
肉体的な受難によってではなく、愛と徳の絆であなたたちと結ばれていると感じているからです」
マリアの涙がわたしたちの生きる勇気と希望の源泉となっていることがわかるようです。
人のこの世でのさいごの涙は、神との出会い、救いでありますように祈ります。
涙をもって、マリアと共に祈ることができますように。 (パウェル及川信神父)

祈りの日々(聖セラフィムと共に)
(2016年 8月のお話)
臨終が近づいたとき、聖なる師父は、
千日千夜にわたる登塔の苦行(修行)について、
謙遜のうちにこう語られました。
「古(いにしえ)の登塔者シメオンは、
四七年間も登塔の苦行をなさいました。
そうした苦行者らに比べると、わたしの苦行など、
とても比較できるものではありません。
こころのうちに深い痛悔の想いを抱きつづけるならば、
苦行の年数には関係なく、
神はその人を万事において
助けてくださるでしょう」
(「ロシア正教会と聖セラフィム」サンパウロ)
2003年の夏、わたしはロシアへ渡り、サーロフの聖セラフィム列聖100年記念祭に臨んでいました。
いま思うと夢のような時間です。
それはさいごのロシア皇帝ニコライⅡ世とその家族も参祷した百年前を再現するかのような祈りと式典
でした。ヘリコプターで会場を訪れたのはロシア大統領プーチン。
でも国を挙げての華やかな祝典の奥を流れているのは、聖セラフィムの祈りの心だと思いました。
いわゆる暴力、テロ行為、それは肉体的なものばかりでなく、言葉や態度による有形無形の暴力が
横行するさまを目のあたりにしていますが、その対極にあるのが聖セラフィムの「祈りの生活」です。
「ロシア正教会と聖セラフィム」は聖セラフィムの沈黙の日々をこう記録しています。
1807年、親しい友、イサイヤ師の永眠後、聖セラフィムは、沈黙の苦行に入られました。
日曜日に聖堂へ行かず、道で人と出会うことを避け、たとえ会われても、その人が通り過ぎるまで、
地面に体を伏せたまま沈黙を守りました。
毎日曜日ごと、サーロフ修道院から、修道士が食物を、彼のこもっている庵へと運んできました。
冬期には、師父の庵の扉は固く閉ざされ、修道士は食物を持ったまま戸の前に立ち、
「天主経(てんしゅけい)(主の祈り)」を唱えました。
すると師父は、祈りの最後に「アミン(アーメン)」と唱えてから扉を開け、胸の前に手を十字に組み、
頭(こうべ)を垂れたまま食物を受け取り、床の上にそれらを置きました。
そしてパンをひときれ、その食物の横に置いて、また次の主日にも、運んでくださるようにと、
無言のうちに感謝の意を表わしました。
来訪した修道士も師父の心のうちを了解して、家路についたものでした。
のちに師父は、沈黙の修行についてこう語りました。
「真に人間を飾るものに、沈黙の苦行以上の力ある業(わざ)はありません」。
「ミラノの聖アンブロシウスは、次のように述べています。
『沈黙ほど、多くの人を救うものはない。今日に到るまで、
多弁によって救われた人のあることをわたしは聞いたことがない』。
沈黙の苦行は、真実、人間を飾るものです。
ほかの多くの聖師父が、
『沈黙は人に来世の糧をあたえる機密(秘跡)』、『この世の聖なる武器』である
と述べているように、沈黙は人を神に近づける道です。
地上の人を、天使に近づける方法で、苦行以上のものはありません。
だからあなたも家に帰って独り坐り、沈黙を守って、深く自分を省み、主に近づくように務めなさい。
そうすればきっと主は、人であるあなたを天に昇らせて、天使の一人となすことでしょう」
他者の無理解に怒り、はげしく憎悪してはなりません。ときには沈黙をもって耐えねばなりません。
沈黙は待つことを教えてくれます。静かな愛に勝るものはないことも体感させてくれるでしょう。
十字架上のイイススが、聖詠(詩編)を唱えて祈り、あらゆる苦悩を体験し、なおかつ人を愛されたように
屹立し、向かい風にも、背中からあおる逆風にも耐えて、信望愛を守らねばなりません。
聖セラフィムの祈りの心が、わたしたちを暖かく包み、守り育ててくれることでしょう。
(パウェル及川信神父)

嵐の船に(そばを過ぎ越す者を見て)
(2016年 7月のお話)
夕方になると、舟は湖の真ん中に出ていたが、イイススだけは陸におられた。
ところが、逆風のために弟子たちが漕ぎ悩んでいるのを見て、夜が明ける頃、
湖の上を歩いて弟子たちのところへ行き、そばを通り過ぎようとされた。
弟子たちはイイススが湖上を歩いているのを見て、幽霊だと思い、大声で叫んだ。
皆はイイススを見ておびえたのである。
しかしイイススはすぐ彼らと話し始めて
「安心しなさい、わたしだ。恐れることはない」と言われた。
イイススが舟に乗り込まれると、風は静まり、
弟子たちは心の中で非常に驚いた。
(「マルコ福音書」6章参照)
イイススは、湖上で烈しい波浪におそわれ、混乱している弟子を見「これなら安心」と思われたのか、
すぐそばを過ぎ越して先に対岸へ行こうとしました。
だいじょうぶかと様子を見に来た人、あるいは凶事にある人を救わんがために駆けつけた者を見て
わたしたちはどう反応するでしょうか。
自力脱出できる余力をまだそなえているので、その場をひとまず離れただけなのに、
ある人は「あいつは冷たいやつだ。わたしを助けようとしなかった」と言うのかもしれません。
これは逆恨みというものです。
ひとに騙されたり詐欺的行為に遭って不遇をかこつ者にとっては、せっかく駆けつけた救助者が
またもや自分を騙す詐欺師に見えてしまうかもしれません。
「昼間の幽霊」という言い方もありますが、混乱し苦難に置かれた者に、冷静な目で判断せよと言うのは
酷なのかもしれません。では怒鳴って、激情の中でイイススは喝破したのでしょうか。
そうではありません。
むしろ嵐の中、はげしい風の中、よく通る澄んだ静かな声で語りかけます。
「安心しなさい、わたしです」
さらにイイススは言います。
「恐れることはない」
そして暴風波浪の最中におかれ、はげしく揺れ動く舟のなかに、乗り込まれたのです。
一瞬にして助けを求める人に寄り添うことのできるイイスス。
混乱し迷走する人を見離したりしない救い主。
人を説得するには、大声で怒鳴って撃破、論破してはいけないと言います。
静かな声で、胸に染み入るように語りかける。
耳を澄まして懸命に聴かないと聞こえてこない、そういう神の言葉があります。
聴く人にのみ聞こえる神の声。
そこだけが聖なる静かな空間。静寂と沈黙は神の声を聴くための土壌。
そこに救い、復活の力がみなぎっています。 (パウェル及川信神父)

自らを低くする者とは?(走れ!神のもとへ)
(2016年 6月のお話)
そのとき弟子たちがイイススのところに来て
「いったいだれが、天の国でいちばん偉いのでしょうか」と言った。
そこでイイススは一人の子供を呼び寄せ、
彼らの中に立たせて言われた。
「はっきり言っておく。心を入れ替えて子供のようにならなければ、
決して天の国に入ることはできない。
自分を低くして、この子供のようになる人が
天の国でいちばん偉いのだ。
わたしの名のためにこのような子供を受け容れる者は
わたしを受け容れるのである」
(「マトフェイ(マタイ)福音書」18章参照)
このときイイススに呼び寄せられ、素直にイイススのもとへ走り寄った子供は
歳長じてのちに洗礼を受け、ハリスティアニン(クリスチャン)として生きたのではないか、そう推測します。
イイススが好きだから近づいた、イイススを信じるから近づいた。
その子供が損得勘定をし、利欲に走ってそばへ行ったということは考えにくいからです。
子供にも犬猫などの動物にも自然に好かれる人がいます。
紋切り型の美男美女だからではなく、本質的に魅力のある人だからです。
しばしばオーラがある、カリスマ性があるということで人気を集める人がいます。
正直言って、さっぱりわかりません。
そういわれても理解できず、なぜその人のことを周囲が騒ぎ立て人気があるのかが理解できないことが多いのです。
わかるのは、ときどきそういう人の中に「電子計算機のような目をしている」ような人がいることです。
「電卓みたいな目」あるいは「いつも計算している表情」
そういう人を見ると、あるいは直感すると、危ないと感じ、自然に身を引きます。
なぜか警戒信号、防衛警報が発令されてしまいます。
そうではない人もいます。
ひとのためになる仕事・立場などを簡単に投げ出さない人です。
中途半端な仕事をしない、途中放棄をしない人です。
もちろん人のやることですから、挫折も失敗もあります。
誹謗中傷されてしまう人、騙されてとんでもない状況に置かれてしまう人もいるでしょう。
でも口先だけの人や、約束を守らない人とは異なります。
いっしょに仕事をしたり、生活を共にするとわかります。
その人の意志を感じ、その人の苦衷・傷み、どれほど傷つきながら生きており仕事をしているのかがわかります。
わたしたちはそういう人の背中に「オーラ」を見るのではないでしょうか。
おそらく指導者となる人は、他人を自分の思いのままに支配する人ではありません。
謙虚さを保ちつづけ、自らを修め、人徳品格の高みにのぼりつづける不断の努力を欠かさない人です。
大向こうをうならせるような大言壮語よりも、渡る人が落ちない橋を築く人に魅力を感じます。
暴風波浪、旱天(かんてん)地震にも負けぬ強靱な橋を造るために一生をかける人。
そういう静かな信仰者にこそ、温かさを感じます。きっといっしょにいたい人です。
子供は親の背を見て育つとも言います。
イイススの背を見た子供は、振り返ったイイススの眼差し・言葉にすぐに反応して走り寄りました。
生涯かけてそういう人を目ざしたく思います。 (パウェル及川信神父)

赤卵への祝福(聖なる変容)
(2016年 5月のお話)
主宰、主、われらの神、万物の造化主、造成主や、
堅まれる乳と雞卵(けいらん)とに祝福して、
われらをなんじの慈しみに護りたまえ。
われらがこれを食らいて、なんじの豊かなる賜(たまもの)と
なんじの言い難き恵みとに満てられんがためなり。
けだし権柄および国と権能と光栄は
なんじ父と子と聖神に帰す、
今も何時も世々に、アミン。
(「聖事経」〈乾酪および雞卵に降福する祝文〉)
ハリストス 復活!
5月1日(日)深夜から明け方まで執り行われた復活大祭「聖大パスハ」祈祷は、今回は
東京復活大聖堂の司祭パウェル中西裕一師により荘厳に行われました。
90人の信徒が参集し、堂内は熱気に満たされました。
福音書は、日本語・英語・ロシア語・ギリシャ語・セルビア語・ルーマニア語で、
さらに聖金口イオアンの説教も日本語・英語・ロシア語で朗読されました。
聖堂の中はちいさな地球です。
そこには国境がなく、人種も言語の相違もなく、神の子がたくさんいます。
いま神の国が生まれ息づいています。
その多くは赤色でしたが色とりどりに染められた卵、手作りのクリーチなどのケーキ菓子、十字架クッキー、
パスハというチーズ菓子、そして「アルトス」という聖なるパンを、司祭が祝文を読み聖水で祝福しました。
祭りの祭り、祝いの祝いは、一見混沌としたようなにぎわいと一つのリズムのうちに進行します。
それはお祭りです。昇る太陽への讃歌、復活への讃揚です。
深夜から明け方へと脈動する、あたかもわざとジグザグに動くかのような祈りです。
この喜ばしき嘉信は、高く低く、律動する聖歌によっても高められました。
今年の聖歌隊はこれまた国際色豊かだったのです。
酪農品も鶏卵も、そして信徒も、聖なる変化・変容をつづけます。
生命の祭りがここにあります。
伝統体験とは、理屈ではなく、深夜から明け方への体験の中にあります。
それはどの時間帯に執り行っても同じなのではなく、その渦中にしか体験できないものです。
その熱気と渦中にある感動とを心身に宿したまま、さらに正午からの大祭晩課を祈ります。
今年は50人の信徒が参堂しました。
不思議なもので、明け方までの興奮と感動が晩課式の祈りにも受け継がれているようです。
パウェル中西神父様ありがとうございました。共に参祷できたことで、今年も感動いたしました。
乳からいろいろな飲食物へと変化し、ただの卵が復活を証する聖なるものへと変容します。
聖なる変化・変容をあらためて体験した復活大祭です。
実に 復活! (パウェル及川信神父)

恩主(ラボニ)
(2016年 4月のお話)
その翌日、またイオアン(ヨハネ)は二人の弟子と一緒にいた。
そして歩いておられるイイススを見つめて、
「見よ、神の仔羊」 と言った。
二人の弟子はそれを聞いて、イイススに従った。
イイススは振り返り、かれらが従ってくるのを見て、
「何を求めているのか」 と言われた。かれらが
「ラボニ(ラビ) どこに泊まっておられるのですか」
と言うと、イイススは、
「来なさい。そうすればわかる」 と言われた。
(イオアン〈ヨハネ〉福音1・35~39)
4月3日(日)十字架叩拝の主日、聖堂には色鮮やかな花が飾られ、その中央に金の大十字架。
「主宰や、われら爾の十字架に伏拝し、爾の聖なる復活を讃栄せん」
と聖歌を歌いながら、親しみをこめて接吻します。
生きている温かな恩主(ラボニ)に寄り添い、接しているかのような親密な接吻。
卒業の季節はもう過ぎ去ってしまいましたが、なぜか「仰げば尊し」の歌を思い出してしまいます。
文部省唱歌、作詞作曲者不詳のこの歌に懐かしさ、郷愁を感じます。
キリスト教(正教)とはまったく関係しないのでしょうが、それでも慕わしい歌なのです。
仰げば 尊し、わが師の恩。
教(おしえ)の庭にも、はや 幾年(いくとせ)。
思えば いと疾(と)し、この年月(としつき)。
今こそ 別れめ、いざさらば。
互(たがい)にむつみし、日ごろの恩。
別るる後(のち)にも、やよ 忘るな。
身を立て 名をあげ、やよ はげめよ。
今こそ 別れめ、いざさらば。
朝夕 馴(なれ)にし、まなびの窓。
螢の ともし火、積む白雪(しらゆき)。
忘るる 間(ま)ぞなき、ゆく年月。
今こそ 別れめ、いざさらば。
高校卒業の時、卒業生が自然発生的にこの歌を卒業式で歌いたいと直訴し、歌った記憶があります。
中学・高校時代の恩師に、一人また一人と悲しい別れを告げていますが、それでもこの歌を想うたびに
先生の思い出がよぎります。
正教信徒が「恩主」「ラボニ」と語るとき、その胸中の切実さはさらに募る想いがあるのではないでしょうか。
ことにイオアン福音20章で、マグダラのマリアが、葬られたイイススのお身体を探しあぐねて泣いてしまったとき、
復活の主がかたわらに現れて呼びかけます。
「マリア」
「ラボニ」
思わずすがりつこうとするマリアをとどめて、よみがえった主に出会ったことを他の弟子に伝えるように言います。
このときの「ラボニ」には、全身の重みが加わっています。
どんなに愛していたとしても、この地上で死は人と人とを断ち割ってしまう、そう感じてしまう現実があります。
真の愛は永遠なのだと信じてはいても、痛いものは痛く、辛いものは辛いのです。
「ラボニ」
だからなおさら「ラボニ」と呼びたいのです。
わたしたちの恩主はだれでしょうか、どこにいますでしょうか、待っていてくださるのでしょうか。
いまも何時も世々に、共にあゆんでくださるのでしょうか。
神はかたわらに立ち、あなたの聖名を呼んでいます。わたしたちは素直に答えましょう。
「ラボニ」 と。 (パウェル及川信神父)

氷の季節(春の風が吹いているのに)
(2016年 3月のお話)
おまえは雪の倉に入ったことがあるか。
霰(あられ)の倉を見たことがあるか。
光が放たれるのはどの方向か。
東風が地上に送られる道はどこか。
誰の腹から霰は出てくるのか。
天から降る霜は誰が産むのか。
水は凍って石のようになり、
深淵の面は固く閉ざされてしまう。
〈旧約聖書「ヨブ(イオフ)記」38章参照〉
春の嵐というと桜吹雪を思い浮かべる人もいるでしょうが、日本の南の方から初春の便りを聞くと
2月、3月春の嵐も過ぎゆきます。
うぐいすの初啼き、梅のほころびと同時に、北国では、猛吹雪や豪雪、いきなり氷点下の日々が続き、
山の木々は樹氷につつまれ、さらには北海道の東から北にかけて流氷が接岸します。
北の各地で雪祭りや氷祭りが開催され、氷雪にちなむイベントや行事が盛んに行われるのも2~3月です。
その一方では梅祭りや3月下旬には桜祭りが相次ぎ、ひな人形の季節は惑乱する春の嵐の季節でもあります。
先日天気予報を見ていましたら、三寒四温ではなく、一寒一温つまり日替わりで寒い日と暖かな日が入れ替わる
のが今の季節だと言っていました。
雪がたくさん降らないと、春の田植えや畑づくりなどの農作業が滞ると言います。
流氷が来ないと海が豊かにならない、流氷はいろいろな栄養分、プランクトンを恵む、冬の使者ならぬ春の使者だと
言うのです。
コンブやワカメなどの海草類ばかりでなく、魚やかれらを捕食するイルカ・シャチはじめ肉食の鯨類、
トビ・カラス・ワシ・タカ・かもめなどの鳥、貝やエビ・タコ・カニ、そしてわたしたち人間。
雪と氷の恩恵は測り知れません。
歳をとるにつれて知らないことの方が多いことに気づかされます。
キリスト教会に求められるものはたしかに「暖かさ・温かさ」なのでしょうが、一方で、雪や流氷のような秘められた
恩恵も必要だと思いませんか。
そういうとあなたは何という冷血漢かと非難されそうです。
たびたびキリスト教会は、とにかくなんでも許し、許容する、「こころの広い」ところだと言われます。
でもそれは、そういうことを要求する人たちのご都合主義に好き勝手に利用されてもいいと言うことではありません。
北海の氷原のような冷徹に見える人が、その内実こころ豊かで包容力豊かな人かも知れません。
ところがいつもニコニコ優しげに見える人が、狭量で利己本意、こころの貧しい人かも知れません。
怖ろしいことです。
男女ともに、若い人は理想の結婚・恋人相手に「優しい人」をあげますが、問題は「優しさの内容」ではないでしょうか。
雪や流氷を見るたびに、教会のあり方と自らの信仰を見つめなおすことになります。
晩冬の雪と氷、春の嵐があって、やがて復活大祭(聖大パスハ)が到来します。十字架の信仰は「新たに創造されること」
を目ざします。
何歳になっても、人生をどれだけ経ても、神の恵みを待ち、受けとめて成長してゆきたいものです。
(パウェル及川信神父)

灯 台(その灯りを消すな)
(2016年 2月のお話)
見よ、わたしの僕、わたしが支える者を。
わたしが選び、喜び迎える者を。
彼の上にわたしの聖神(霊)が置かれ、
彼は国々の裁きを導き出す。
彼は叫ばず、呼ばわらず、声を巷(ちまた)に響かせない。
傷ついた葦を折ることなく、
暗くなっていく灯心を消すことなく、
裁きを導き出して、確かなものとする。
暗くなることも、傷つき果てることもない。
〈旧約聖書「イサイヤ(イザヤ)書」42章参照〉
2月16日は日本の光照者 亜使徒 聖ニコライの永眠された記憶の日。
わたしたちはいまも、聖ニコライの光射する救いの道を歩みつづけています。
教会は、歴史の荒波、変転する社会の中にあって、時流に沿うように教導していくべきだという声が
あります。
人の思想、好み、生き方、職業、住む場所や暮らし方などがこうもはげしく変動していくのだから、
教会、信仰のあり方、教導の仕方もそれらに合わせて変化していくべきだというのです。
そういう意見が出てくるのは「むべなるかな」と思わぬわけではありません。
でも……
その一方で、教会、信仰者(ハリスティアニン)は、不動の存在として屹立(きつりつ)しているのが
ほんとうの姿ではないのか、と思うことが多くなりました。
その時、その場、まわりに合わせて、あっちへ向かってフラフラ、こっちに迎合してそよそよ流されて行って、
はたして神の国へ着実に歩んでいけるのでしょうか。
航路の難所であればあるほど、灯台の役割は重要でしょう。
灯台が、いかなる天候の日にも、疾風怒濤の暗闇の中、くっきりと鮮やかな光線を灯しているから、
船乗りは暗礁に乗り上げて座礁・難破せず、勇気をふりしぼって航海をつづけることができるのでしょう。
苦しいとき、せっぱ詰まったときに、では楽な方へ引っ越しましょう。
ある日突然、嵐の多く、海流の複雑な海の墓場のような岩礁から、奥に引っ込んだ穏やかな内海に
灯台が移転してしまったら、そこを乗り越えて進まねばならない船はどうすればいいのでしょうか。
「不屈」という言葉が好きです。
「明日という日がある」
キリスト教(正教 オーソドックス・チャーチ)の宣教の根底には、聖ニコライが邦訳した次の言葉があると思います。
「神はわれらと共にす、
異邦人や、これを知りて したがえよ。
神はわれらと共にすればなり」
異邦人とは、真の神を知らない人をさします。
いつ、いかなる時も、「神はわれらと共にすればなり」
あと少しで大斎(おおものいみ)。
この祈祷文を唱え、聖歌を歌うたびに、心の弦線が震えるようではありませんか。
灯台がいつも近く、遠くを照射し、未来への希望と勇気をあたえているように、
亜使徒聖ニコライの教導は、今も何時も世々に、わたしたちの歩む道を照らしています。
(パウェル及川信神父)

父ふたり(イイススの父)
(2016年 1月のお話)
子よ、おまえはいつもわたしと一緒にいる。
わたしのものは全部おまえのものだ。
だが、おまえのあの弟は死んでいたのに生き返った。
いなくなっていたのに見つかったのだ。
祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。
〈新約聖書「ルカ福音書」15章参照〉
ハリストス生まる 崇め讃めよ!
2015年、相次いで父ふたりが永眠しました。7月末にペートル淳師、10月にマルク次夫兄(妻の父)。
父のごとく慕っていたプロクル牛丸康夫師、ペートル有原次良主教様もすでにおられないので、ほんとうに
父という存在がいなくなり、日々、体の奥、胸の底にざんざんと瀧が流れこんでいるようです。
あまりにもいろいろなことのあった一年でした。
先日、ふと一枚の古い絵はがきに目がとまりました。
関東大震災前の旧東京復活大聖堂をモチーフにしたのか、どこかほかの大きな聖堂を背景に描いたのか、
定かではありませんが、パウェル牧島省三兄による絵「日曜日の拝禮」。
懐かしいイオアン牧島純師の父の絵が黄ばんだ絵はがきになって残っていました。
しばしこの古い絵を眺めながら、物思いにふけり、われらの救世主イイススには、二人の父のおられることを想起しました。
ひとりは父なる神、もうひとりは義人聖イオシフ(ヨセフ)。
イイススはたくさんの譬話(たとえ話)を語っていますが、もし父である義人イオシフがイイススの幼き日に、
あるいは少年イイススに、大工仕事のかたわら、とつとつと譬話をしていたのだとしたら、・・・その話をイイススが
伝道の日々の中で思い返しつつ人々に語っていたのだとしたら、・・・空想の翼が拡がりはしないでしょうか。
そのイイススはイオアン(ヨハネ)福音書の中で「父なる神」について親しみをこめて語りつづけます。
わたしはあなたがたを孤児(みなしご)にはしておかない。あなたがたのところに戻ってくる。
わたしが生きているので、あなたがたも生きることになる。
かの日には、わたしが父の内におり、わたしもあなたがたの内にいることが、あなたがたにわかる。
わたしの掟(おきて)を受け入れ、それを守る人は、わたしを愛する者である。
わたしを愛する人は、わたしの父に愛される。
わたしを愛する人は、わたしの言葉を守る。
わたしの父はその人を愛され、父とわたしとはその人のところへ行き、一緒に住む。(14章参照)
イイススはさらに言います。
父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい。
友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。
わたしはあなたがたを友と呼ぶ。
互いに愛し合いなさい。これがわたしの命令である。(15章参照)
イイススは「父」を心からの愛をもって表現します。わたしたちも「父」を心からの愛をもって表信しましょう。
どこか遠くにいる知らない存在ではなく、もっとも身近で親しみのある存在として父に親しみましょう。
教会の司祭(神父)を文字通り「お父さん」と親しみをこめて呼ぶのは、わたしたち一人一人がイイススの愛の掟を守ろうと
努力しているからです。
われらの父は、いままさに、わたしたちの「内」に、ただ中におられます。 (パウェル及川信神父)

冬咲く薔薇(ばら)
(2015年 12月のお話)
わたしはシャロンのばら、野のゆり。
おとめたちの中にいるわたしの恋人は
茨の中に咲きいでた ゆりの花。
〈旧約聖書「雅歌」2章参照〉
オーストリアの作曲家フランツ・シューベルト(1797~1828)は、ゲーテの詩に曲をつけました。あの有名な
「野ばら」です。ゲーテの詩は、若い男女の出会いと別れを謳ったものなのです。
日本語訳は、近藤朔風(こんどうさくふう)の歌詞がよく知られており、わたしも古い人間になってきたので
その歌詞を思わず口ずさんでしまいます。
童(わらべ)はみたり 野なかの薔薇(ばら) 清らに咲ける その色愛(め)でつ
飽かずながむ 紅(くれない)におう 野なかの薔薇
手折(たお)りて往(ゆ)かん 野なかの薔薇 手折らば手折れ 思出ぐさに
君を刺さん 紅におう 野なかの薔薇
童は折りぬ 野なかの薔薇 折られてあわれ 清らの色香(いろか)
永久(とわ)にあせぬ 紅におう 野なかの薔薇
わたしが公園で撮影した色とりどりの美しい色の薔薇は、古来よりいろいろな改良をへた園芸品種ですが、
聖書が描く多くの花は、野生のものが言及されています。
わたしの育った北海道釧路の海岸にもあったのでしょうか、よく覚えていないのですが、おそらくあったであろう、そして
その花を見ていたのであろう「ハマナス」も薔薇科の植物です。
ハマナスが正しい名前だと思っていましたら、この稿を書くにあたり、愛読書の一つである牧野富太郎植物記を
再度確認したところ、ハマナスは東北なまりの呼称で、「ハマナシ(浜梨子)」が正式名称だと書かれていました
(植物記5「木の花」あかね書房)。
ハマナシの実(擬果)はナシの実に似て甘酸っぱいそうで、それらを小鳥がついばみ、ほんとうの種になる実を地上に
落とすことで子孫をのこし、繁栄していくのだそうです。
牧野先生の本はいつ読んでもおもしろく、わたしは高校生のころに8冊の全巻を求め、読んでいるのですが、大きな花を
咲かせたいのならば、ヤマイバラを台木にして接ぎ木するとよい、また薔薇の花にはチョウの吸う蜜はなく、花粉を食べる昆虫、
ハナムグリ、ミツバチ、ツチスガリ、ミドリカマキリなどが集まってくると書かれています。
印象的だったのは、薔薇の種は「ちょっと冷凍した」ほうが発芽しやすいと書かれていることでした。
冬の寒さ、零度を体験しないと発芽しにくいといわれる植物はけっこうたくさんあります。
たとえばドングリの仲間も冬越ししないと芽が出にくいそうです。逆に砂漠では、いったん完全に乾燥して雨期にならないと発芽
しないものがあったり、山火事・野焼きを経験しないと発芽しない植物もあるそうです。
正教会は「洗礼」を重要視します。洗礼体験、しっかりした入信の体験なくして、信仰者は育ちにくいとも言えるでしょう。
「薔薇の種の冷凍」のような体験を、過酷で自分にはとても通過できない乗り越えられない障害とうけとるのか、
時間がかかっても、あるいは道の選択を何回も変えながらでも、かならずやたどり着ける目標とするのかは、
わたしたち一人ひとりの生き方にかかってくる、そう信じています。 (パウェル及川信神父)

聖堂成聖式(人吉生神女庇護聖堂)
(2015年 11月のお話)
神、世々に崇め讃めらるる、我らの主、イイスス・ハリストスの父よ。
爾は爾の子の肉の幕をもって喜びの声と彼の祝う者の住まいなる
天に録されたる首生の教会の門を我らに開き給いし者なり。
人を愛する主宰よ、自ら我ら罪なる当たらざる爾の僕婢らと
爾の至尊なる教会を象る この聖なる堂『人吉生神女庇護聖堂』に祝いをなす。
我ら自らの体すなわち讃美たる使徒パウェルをもって言われし、
爾の聖なる殿、および爾のハリストスの肢の再興を顧みて、
これを世の終わりまで揺るぎなく、
爾の衷に栄せらるるものとして堅めたまえ。
〈成聖祈祷 祝文〉
10月17日(土)晩祷 18日(日)生神女庇護祭聖体礼儀に先行し、三時課につづけて「聖堂成聖祈祷」が
執り行われました。九州はじめ各地から参集した信徒、とくに人吉・鹿児島・熊本・福岡の執事長が聖像や凱旋旗
などの聖器物を捧げ持ち、信徒有志がいろいろな聖具をたずさえ、十字行の隊列を組みました。
「主や、爾の民を救い、爾の業に福を降せ、我が国に幸いを与え、爾の十字架にて、爾の住まいを護りたまえ」
成聖の讃詞(トロパリ)をみんなで歌いながらの十字行。
ダニイル府主教座下は聖水を撒布し、司祭の一人が、棒につけた筆で香油を、聖堂の内周、外周の各所に塗って
いきます。(上記写真 人吉聖堂の南側)
聖堂に新たに息が吹き込まれていく瞬間。
聖神(せいしん)の充満。
聖体礼儀では、多くの信徒が痛悔、領聖(聖体拝領)しました。
聖堂は建物のみでは、ただの箱物・入物にすぎません。
奉神礼、とくに聖体機密、聖体礼儀が定期的に執り行われ、数多くの領聖者が継続して生まれているとき、
真の聖堂が育っていきます。
聖水と香油。
それはまさに洗礼式のようではありませんか。
聖使徒パウェルは「わたしたちはハリストス(キリスト)・イイススへの信仰によって義とされた」と語ります。
「生きているのはもはやわたしではない。ハリストスがわたしのうちに生きておられる」(ガラテヤ書2章)
聖堂は神の国を体現するもの、わたしたち祈る者は神の国の相続者、神の国の恵みを受け継ぐ者。
それでは神の国を受け継ぐ者は、どういう信仰者であるのでしょうか。
聖神の果実である愛を表信する者です。
「仁愛、喜悦、平安、恒忍(ごうにん)、仁慈、矜恤(きょうじゅつ)、信仰、温柔、節制」
これらの徳を身につけ、実践して生きる者が、聖堂で生きる者となっていきます。
わたしたちは聖神によって生き、聖神によってこうした善徳を実行しましょう。
新たなる受造物、神によって創造され、生きる者こそが、神の国の賜物、聖神の充満の中に生きます。
それゆえ成聖の祈祷文はこう続いているのです。
「我らがこの中にありて責むべくなく、讃美と詠頌を爾の光栄に奉り、知識とおよその感覚にて、
爾の独生の子、我らの主イイスス・ハリストスおよび爾の至聖なる神に爾を畏るる畏れをもって叩拝し、
爾の神たる仁慈にたゆる者と顕わし、我らおよび爾の衆人が爾の言い難き憐憫に献ぐるこの祈りが、
爾の仁慈にかなうものとなしたまえ。至聖なる我らの女宰、生神女、永貞童女マリヤの祈りによりてなり。
けだし我らの神よ、爾は聖にして聖なる者のうちにおる、
我ら光栄を爾父と子と聖神に献ず、今も何時も世々に。アミン。 (パウェル及川信神父)

司祭叙聖(神品機密)
(2015年 10月のお話)
常に弱き者を癒(いや)し、
足らざる者を補う
神の恩寵(おんちょう)は
敬虔なる輔祭○○を
司祭に立つ。
彼のために および
彼の上に至聖神(しせいしん)の恩寵の
降るがために祈らん。
〈神品機密 主教の祝文〉
10月11日(日)12日(月祝)、二日にわたり、1人ずつ司祭が京都生神女福音大聖堂で叙聖されました。
司祭は、その聖堂のひとつの宝座(複数の宝座をそなえる聖堂もあります)、午前中に執り行われる聖体礼儀中の
神品機密において、1人ずつ叙聖するという正教会の慣習があります。
平たく言うときわめてアナログ、手間ひまかけて、司祭(神父)を誕生させるわけです。
この祝福の祈祷は、至聖所(主教品をはじめとする聖職者)と聖所の会衆(参祷者と聖歌隊)が、呼応し合い、
輪唱して執り行われます。
大気をかけた司祭候補の輔祭は、大聖入のとき、二人の輔祭に伴われて高壇(アムオン)の下に立ち、
長輔祭「命ぜよ」、輔祭「主宰や命ぜよ」、長司祭「至聖なる主宰や、命ぜよ」と唱えるとき、前に進みます。それから
天門(王門)に立つ先輩司祭に導かれて至聖所へ入堂、主教の祝福を受けます。
まず至聖所の聖職者が、婚配(結婚)の讃歌「聖なる致命者や~」を歌うと、聖歌隊も呼応して同じ歌を歌います。
その聖歌のなか、司祭候補は宝座の四隅に厳かにひざまずき接吻します。
「ハリストス神や~」「イサイヤ祝えよ~」の歌の時も、二度おなじ敬虔な接吻をします。
さらに至聖所内で、主教が祝文を唱える中、長老格の司祭が連祷を唱え、同時進行で会衆は「キリエ・エレイソン」
(主憐れめよ)を静かに歌い続けます。
この厳粛かつ重層構造の祈りは、じつに感動的です。
「アクシオス」適任者とは、だれのことでしょうか。いつ始まり、どこまでつづきますか。
主教は祈りつづけます(祝文の一部抜粋)
「能力にて至大にし、智慧にて測り知れぬ神や、なんじの謀(はかりごと)は人の子らのものより神妙なり。
主よ、親ら司祭の品級に昇るを嘉せしこの者に、なんじが聖神(せいしん)の賜物を満て、彼が瑕(きず)なく
なんじの宝座の前に立ち、なんじが天国の福音を宣べ、なんじが真実の言(ことば)に奉事し、なんじに
属神(ぞくしん)の賜物と犠牲を捧げ、再生の浴盤をもって、なんじの民を新たにするに堪うる者となしたまえ」
新司祭は、聖体拝領(領聖)の前、聖変化のあとには、宝座上に羔(こひつじ 仔羊)の一部を捧げ持ち祈ります。
ハリストスの体を生きる司祭は、救世主の聖体聖血を生涯、分かち合っていくことを表信するわけです。
(上記写真参照 新司祭は中央奥、宝座中央には羔(こひつじ 仔羊)が安置されています)。
しばしばスポーツ選手に要求されることに「心技体」の充実があります。
聖職者もおなじように「心技体」の充実を求められますが、これは自らの精進努力のみで達成されるもの
ではありません。傲慢を避けるために、謙虚さが求められます。
「聖職者宣誓書」はこう念を押しています。
「これらはことごとく主神の恩寵と生神女ならびに諸聖人との祈祷によりてなれることを信ず」
(パウェル及川信神父)

バベルの塔にあらず(京都聖堂 鐘楼の足場)
(2015年 9月のお話)
太初(はじめ)に言(ことば)あり、
言は神と共に在り、言はすなわち神なり。
この言は太初に神と共に在り。
萬物は彼に由りて造られたり。
彼の中に生命(いのち)あり、
生命は人の光なり。
光は暗(くらやみ)に照り、
暗はこれを蔽(おお)わざりき。
〈新約聖書「イオアン(ヨハネ)」福音書1章参照)〉
9月10日起工式(感謝祈祷と聖水による成聖)、11日早朝より、足場工事が始まりました。
京都生神女福音大聖堂(京都市指定有形文化財)の修復工事、14年ぶりの大がかりな工事の開始です。
仕事で出かけたあと帰ってみると、鐘楼に足場が組まれていました。
地上から見上げると非常な迫力、凄みのある光景です。
聖所中央のクーポル(独特の円形屋根)にも、やがて足場が組まれていきますが、110年以上昔に建築された
巨きな木造聖堂は、年月の経過につれて傷みがはげしく、今回はやむをえず、劣化した部材の交換が進む予定です。
聖堂は「生ける神の宮」、福音宣教・牧会の最前線。同時に信仰者の歴史の証人です。
台風・豪雨・洪水・地震などの自然災害ばかりでなく、地上の混乱、戦争や紛擾(ふんじょう)をくぐりぬけて生きる
希望の灯台、神の国へと信仰者を導く「光の道」が、聖堂です。
ここは「バベルの塔」(創世記11章)ではありません。
バベルの塔に参集した人々は、欲望と我欲、利己心と暴慢、他の人々や民族・国などの幸福を簒奪(さんだつ)して
成り立っている「虚飾の塔」の住民でした。
バベルの住民の言葉は、神から離れてしまった人の「悪魔(魔鬼)の言葉」。
そこにあったのはおそらく、信ではなく不信、和ではなく不和、望ではなく絶望、愛ではなく怨恨であったことでしょう。
けれども救世主イイススが来臨され、わたしたちと共に生活をなされるとき、変容がはじまりました。
「神の言葉」がわたしたちの中に脈動し始め、人々を新たな地平へと教導し始めたのです。
古都京都に、聖堂を建てた信仰者、日本の光照者 亜使徒 聖ニコライが成聖した聖堂で、唯一現存している聖堂。
その福音、神の言葉に養われて生きる人は、よみがえり、復活します。
復活を求める人が来堂するとき、その門戸を開けて待っているために、わたしたちは最善を尽くしましょう。
わたしたちは聖堂の門を開け、いまも何時も世々に、待っています。
神(しん)と新婦(はなよめ)とは言う、
「来たれ、渇く者は来たるべし、望む者は價(あたい)なくして生命の水を取るべし」」
これを証する者は言う、
「しかり我速やかに来たる、アミン。主イイススよ、来たれ」
願わくは、我らの主イイスス・ハリストスの恩寵は爾らとともに在らんことを、アミン」(黙示録22章参照)
(パウェル及川信神父)

生神女就寝祭(神母マリアの就寝)
(2015年 8月のお話)
イイススは、その母と愛弟子とが
そばに立っているのをごらんになって、
母に言われた。
「婦人よ、ごらんなさい。
これはあなたの子です」
それからこの弟子に言われた。
「ごらんなさい。これはあなたの母です」
そのとき以来、この弟子は
イイススの母を自分の家に引きとった。
〈新約聖書「イオアン(ヨハネ)」福音書19章参照)〉
ある古生物の研究者が、医療現場で使用されているMRIやCTスキャンを活用できないのかと
語っていたことを思い出しました。
古生物とは、化石で発掘されている、恐竜や生き物すべてをさします。
いく千年・億万年昔の古生物のねむっている地層を丸ごと、つまり古生物の周囲の土や石ころごとすべて丸ごと
回収し、MRIやCTスキャンにかけて診断したいというのです。
わたしたちの知っているのは、骨だけ、骨格だけになってしまっている「標本」です。
でも古生物は骨だけで生きていたはずがありません。
皮膚、羽毛、脳、内粘膜、内蔵、血管、ときには大腸菌や寄生虫まで、いろいろなもので成り立って生きていました。
もしかしたら、古生物のまわりの土塊(つちくれ)石ころのかけらのなかに、そうした生きていた頃の証(あかし)が
ねむっているのかもしれません。ところが今までは、骨だけが大事で、まわりの土や石はたんなる「ゴミ」でした。
でもそれはゴミではなく、たいへん貴重な情報かもしれないのです。
キリスト教の歴史のなかにも「聖書至上主義」があります。あるいは聖書原理主義と言ってもいいでしょう。
聖書の研究は素晴らしいことです。でもこれがいろいろな口伝承をふくむすべての情報を、後の人が創作した
とるに足りない情報だと決めつけて削除、排除し続けることにつながってしまったら、一番だいじな記憶の祈りを
無くしてしまうことになりかねません。
記憶は歴史です。文書資料のみが大事なのではなく、体験すなわち祈り、奉神礼をふくむ信仰生活が大事です。
聖書の書かれ編集された時代以降も、キリスト教会は成長しました。
その間、生神女(テオトコス)、神の子をお生みになられた聖なる母は、つねにわれらと共にあるのです。
正教会、オーソドックス・チャーチは、神の母、聖母マリア(マリヤ)をかぎりなく尊崇します。
わたしたちと神様とを仲立ちする、とりなしの母として「仲保者(ちゅうほしゃ)」として、感謝と讃美を献げます。
正教会の祈りの数多くに生神女の事蹟が祈られ、生神女の名を冠する聖堂が建てられ、生神女の顕現する奇蹟が
いまも体験され、わたしたちは生神女の庇護の中に生きています。
マリアは、清浄無垢の礎(いしずえ)、生命の泉、希望の灯台、救いの源泉、あらゆる弱れる者の導き、頼り無き者の杖、
絶望する者の勇気、人生の嵐に苦しむ者の風なき湊(みなと)、救贖(きゅうしょく)の扉・門、生きるための光です。
聖使徒をはじめ多くの信徒がマリアの埋葬式に立ち会った時より、今日に至るまで、わたしたちは祈りつづけています。
「至聖なる生神女よ、われらを救いたまえ」 (パウェル及川信神父)

西日本教区センター(成聖式)
(2015年 7月のお話)
木には望みがある。
たとい切られてもまた芽をだし、
その若枝は絶えることがない。
たといその根が地の中に老い、
その幹が土の中に枯れても、
なお水の潤いにあえば芽をふき、
若木のように枝を出す。
〈旧約聖書「ヨブ(イオフ)」14章参照)〉
「だれもが努力しているという。だけど努力が報いられるとは限らない。
でも成功をおさめるひとは、すべからく努力している」
わが子に語っている言葉です。
自分の想定している条件が完璧に整っているから、すべてのお膳立てができているから、
仕事をするのではありません。
「あたえられた条件で、最善を尽くす」
これしか考えていないし、実践していないというのが事実です。
寡欲であり、利権を求めず、人の幸福を共に求めるために全力を尽くす。
自分が成功し賞賛を受ける映像をほんの一瞬でも妄想したら、すべて失敗し失ってしまうようで怖いのです。
頭の先から足の裏まで腫物におおわれ、陶器のかけらでウミをかき出し、灰の中に坐った義人イオフ(ヨブ)。
愛する子供、全財産を消失し、妻にさえ「恨み言を言え」と言われてしまうイオフ。
でも彼は言いました。
「木には望みがある」
失敗したらどうしよう、周囲のみんなに大迷惑をかけたらどうしよう、取り返しがつかない。
いつも恐怖のなかに仕事をしていると言ったら大げさですか。
でもそうなのです。
その一方で、最善を尽くしてそれでも不祥事に出遭い大失敗をしてしまったら、全部自分の責任である。
でもきっとだいじょうぶ。「かならず成功する」「成し遂げられる」と、かたくなに信じて仕事をしていることも事実です。
「やれそう、やるべき、やりたい」 (江上剛『断固として進め 』徳間文庫)
わたしなりに解釈するとこうなります。
やれそう あたえられた条件下であらゆる知力・資金力・人的資源などを発掘・展開しつつ、希望をもつ
やるべき 条件が整うまで待つのではなく、人の和を原動力にできることの目標意識、創造的計画力をもつ
やりたい やりたい、実現したいという確固たる強い意志、信念・情熱・感動、使命感をもつ
もう一つ、自分を最大限「殺す」。
最善を尽くすためには、つまらない自己顕示欲はすべて葬り去り、神の手のみ見つめていたい。
「木には望みがある」のです。
西日本教区センター成聖は、望みのあることを実証する芽吹いたばかりの若木です。
2015年6月21日(日)京都 (パウェル及川信神父)

砂漠に川が流れる(神の水)
(2015年 6月のお話)
見よ わたしは新しい事をなす。
やがてそれは起こる、
あなたがたはそれを知らないのか、
わたしは荒野に道を設け、
さばくに川を流れさせる。
〈旧約聖書「イザヤ(イサイヤ)」43章参照)〉
出張が多いので、たいてい行き当たりばったりで手にした本がお伴になります。
「人は何度でも新しい環境へ自分を移動させるわけです。そしてその都度、自分のスタンスも移動させるのだと
思うのです。おそらくずっと同じ環境、同じ場所で同じことをし続けることはできないでしょう。確かに一見、同じことを
し続けるように見える人はいます。伝統を守り続けている人とかね、昔のままの味を守り抜く洋食屋さんとかね。でも昔と
同じものを守り抜くなんて、それこそ自分の中では日々新しい何かが芽生えていて、昨日よりももっと良いものを、
今までで一番美味しいものを、と努力して初めてできることじゃないかと思うわけです」
(「スタンスについて考える」、大泉洋『大泉エッセイ 僕が綴った16年』角川文庫)
思わずうなってしまいました。
ちゃらんぽらんだけど真剣、細心に見えて大胆、いい加減に見えて…、やっぱり適度にいい加減でおおらか。
大泉洋さんは好きな俳優さんのひとりですが、「やはり」とうなずいてしまいます。
どこか(大泉さん ごめんなさい)、どこかきっとわたしに似ている。でも似ているとしたら、やっぱり
大泉さんはかわいそうです。だって不幸にもわたしに似ているのでしょうから。
時たま娘に言われます。
「お父さんはちょっぴり損をしているね」と。
娘曰く、
「お父さんてけっこう肩から力が抜けて適当だよね、でも他の人からは気むずかしくて厳格に見えるから損をしているね」
ぎちぎち、びしびしの信仰もいいでしょうが、ややゆるゆるのとらえどころのない信仰生活も、わたし好きです。
好き嫌いで信仰を論じていいのかと言われてしまうとつらいのですが、神様も人も好きでなくて、信仰者ができるもので
しょうか。人が人を好きになったり信じて友情を守るのは、好きだからです。
厳格な方程式に導かれ、一点一画の過ちもなく、正しい答えを論証したから、信じ愛するのでもありません。
それは荒野に道を、砂漠に川が生まれることに似ています。
日々これ新たな発見、感動があって、信仰が深まり、友情が深まります。
「やむをえざるの心」
これがあって、信仰者は、架け橋のない場所に架橋をかけ、千尋の谷を渡り、万里の道を歩むのでしょう。
だれと?
友と。
神の水を探求し、ともに旅し、分かち合って飲む、友と。 (パウェル及川信神父)

海 峡(信仰者の旅路)
(2015年 5月のお話)
わたしは 弱さ、侮辱、窮乏、迫害、
そして行き詰まりの状態にあっても
ハリストス(キリスト)のために満足しています。
なぜなら、わたしは
弱いときにこそ強いからです。
〈新約聖書「Ⅱコリント」12章参照)〉
本州と九州の間には、海峡があります。
渡るたびに、いろいろな感慨にとらわれます。
たとえば大使徒、聖使徒パウェル(パウロ)。
パウェルは人生の海峡を行きつ戻りつした信仰者です。
初めは激情にかられたキリスト教の迫害者。次にダマスコ途上で神と出会い失明し希望を見失う喪失者。
さらに使徒アナニヤの按手により目覚めた覚醒者。そして洗礼を受けサウロからパウェルへと生まれ変わる光照者。
ひとりの彷徨(さまよ)える人生の放浪者が、出会いによって聖使徒へと変容します。
その不断の努力、人格向上の歩みがわたしたちの心身を打ち砕きます。
思えば聖使徒パウェルは、嫉妬心を克服する努力を怠らなかった人ではないでしょうか。
聖書を読むと深く理解できます。
嫉妬心の根源には劣等感があります。これを克服するには忍耐力と時間が必要です。
わたしはいまだに九州の神父です。京都の司祭ではありますが九州の司祭です。
東日本の局長は、岩手県一関正教会の小池神父様。
地方の小教会の神父が東西の局長というのは、おそらくここ数十年の日本正教会の歴史で初めてのことです。
あたえられた条件下で 誠心誠意、神様、信徒のため、教会のために、最善を尽くす。
わたしには一つの誡めがあります。
「比べない」努力を続けることです。
派手で、一見立派な仕事をしているように見える、都市部の恵まれた司祭・教会と自分を比べない努力を怠らない。
能力があるから都市部の大きな教会にいるのではない。能力がないから地方の小教会にいるのではない、と思うからです。
すべてはほんの巡り合わせ。はっきり言えば運の問題で、ささいなことです。
でもそう感じるまでに、名古屋時代を通じてわたしは20年以上かかりました。情けないけど事実です。
人吉の聖堂でごく自然に一人で祈ることができるまで、肩の力が抜けてほっとできるまで、神父になってから20年以上かかりました。
不器用だけど仕方ありません。
嫉妬心、劣等感を克服する努力を続ける。
嫉妬心・劣等感、差別感、うらやましがりから無理をしない。そういう悪い感情から無理をすれば、歪(ひずみ)が生まれます。
それは信徒のため、教会のため、神父として成長するために役立ちません。
秋霜烈日の訓戒を忘れない。
神父としてできることを誠心誠意一つ一つ実行する。失敗したら、明日の教会と自分のために猛反省する。
自分の利益を求めず、教会と信徒のために、謙虚に全力を尽くしたい。
これを生涯、実践しつづけた聖なる使徒がパウェルでした。
パウェルは克己心が、嫉妬心・劣等感を乗り越える努力をする中で育っていくと、その生き方を通して、背中で教えてくれます。
嫉妬心・劣等感を克服していく先に、本物の愛情、信頼、友情が生まれると信じます。
曇りなき心、聡明な霊(たましい)を養い育てる先に、真実の愛、信じる心がますます育つと信じます。
聖使徒パウェルは言います(Ⅱコリント12章参照)。
「神の力は弱さの中でこそ十分に発揮される」(神の力は弱いところに完全にあらわれる)
わたしにとって目標とする司祭像のひとつが聖使徒パウェルです。
「神の力は弱さの中でこそ十分に発揮される」
わたしはこの聖句を読むたびに勇気と希望をあたえられています。 (パウェル及川信神父)

新たな花(桜咲く)
(2015年 4月のお話)
春の季節には、主に雨を求めよ。
主は稲妻を放ち、かれらに豊かな雨を降らせ、
すべての人に野の草を与えられる。
〈旧約聖書「ゼカリヤ書」10章参照〉
ハリストス 復活!
3月下旬の九州巡回。
2月下旬の巡回時には、冷気の中、おそるおそる開くかのような梅の花が、陽だまりにほころんでいました。
ひと月後、人吉聖堂の境内を訪れると、桜は満開。
うぐいすが「ホーホケキョ」と恋の歌を歌い、雉子鳩(きじばと)が「ボーウォー」と低く高く鳴いていました。
まだ時がのどかに過ぎていった時代、わたしがそう感じていただけなのでしょうが、受験した大学などに合格すると、
電報が届きました。
「桜咲く」
不合格は、音信不通、つまり何の返信もない学校もあったのでしょうが、落ちてしまったひとの心中は「桜散る」。
桜には何の罪もないのでしょうが、眺めるひとの胸中によっては、あでやかな「首途(かどで)の花」、あるいは
「失意の涙花」であったりします。
木は年輪を重ね年老いていく中で、花を咲かせます。
わたしたちが九州へ赴任した23年余昔、人吉正教会境内には、3本の桜の木がありましたが、うち1本は13年ほど
前の秋の台風の季節、老木が朽ち倒れ、もう一本は昨年末、聖堂工事に際して撤去されました。
かわいそうに木の根もと、半分以上が朽ち果てて空洞化しており、切り倒さざるを得なかったのでした。
のこった1本の桜が、新たな花を咲かせました(上記 写真)。
木も、花を見る人も、年々歳を重ねていくのですが、花はいつも、「新たに」見えるから不思議です。
預言者ゼカリヤは、冒頭に引いた神の言葉の前段として語り伝えています(9章)。
希望を抱く捕らわれ人よ、砦に帰れ。
今日もまた、わたしは告げる。
わたしは二倍にしてあなたに報いる。
かれらの神なる主は、その日 彼らを救い、
その民を羊のように 養われる。
かれらは王冠の宝石のように
主の土地の上で高貴な光を放つ。
それはなんと美しいことか。
なんと輝かしいことか。
つねに明日という日が来ます。
うれしくときめいている時にも、失意に沈んでいる眠れぬ夜にも、明ける朝が訪れ、春が来ます。
「桜咲く」
信仰者は、希望を忘れず、勇気を神様から賜わり、幸いの花を咲かせましょう。
花も実もある信仰生活。花を咲かせるのはあなたです。
実に 復活! (パウェル及川信神父)

あの日の記憶(12年7月)
(2015年 3月のお話)
さあ、われわれは主のもとに帰ろう。
主はわれわれを引き裂かれたが、いやし
われわれを打たれたが、傷を包んでくださる。
二日の後、主はわれわれを生かし
三日目に 立ち上がらせてくださる。
われわれは御前に生きる。
〈旧約聖書「ホセア書」6章参照〉
月日の流れがはやく、4年目を迎えようとしています。
あの日わたしは宮崎県を巡回中で、ラジオのニュースを聞き愕然としました。
いろいろな情報が錯綜する中、とくに仙台市近郊の海辺沿い、空港近辺に、多数の遺体が漂着しているという
ニュースをきき、ラジオの電波のとぎれとぎれ寸断する宮崎の山中の道で、車をとめ、路傍で天を仰いだことは
忘れられません。
さらにアナウンサーが語っていました。九州沿岸にも津波の危険がある、海には近づかないでください、と。
それから1年4か月余、翌年の7月中旬、名古屋の松島神父様と共に東北各教会のお見舞いに行きました。
道案内には一関正教会の小池神父様、行く先々には、各地の教会の皆様が笑顔で迎えてくださいました。
沿道の風景、片側を見ると無事安全の家や畑・田んぼの広がるのどかな風景、反対側を見ると無原の荒れ地が
地平線・水平線へと続いており、その落差に言葉を失います。
それでも生きて生活している笑顔の裏、うしろに秘められている「記憶」がわたしたちの心と霊(たましい)に いまも
刺さります。道路わきに鎮座している大きな船(写真)、怖ろしい光景です。
でも明日という日が来ます。
あるとき、こういう話を聴きました。
家族を亡くした人のやや照れくさそうな述懐。
涙も枯れ果てて呆然と過ごし、物がのどを通らない、もう食事なんかできないと思っていたら、いつのまにか
日数をへるうちにおなかがへって食事をし、眠ってしまった。朝が来ていた、と。
わたしたちはあの日の前には戻れない、あの時間は取り戻すことができないと知っています。
でもよく言うように「失くした子の歳を数えてしまう」日々があります。
時間が解決? してくれると、これもよく言いますが、体と心の奥に刻まれた傷み・キズは、かさぶたの下にそのまま
残ります。
だからこそわたしたちは、過去をまるごと抱えたまま、生きたいと希望します。
過去のつらい記憶を覚えられるのであれば、明日という日、未来へ向けても、笑顔の記憶が創りだせるはずです。
笑顔だから、亡くなった人への追慕や記憶が消失するわけではありません。つらいからこそ、笑顔が大切だと感じます。
亡くした友人、親しき友が夢のうちに笑顔で登場することがあり、うれしくて目を覚ますことがあります。
でもなぜか涙があふれています。
そうして夢のあと、最善を尽くして生きようとの、思いと記憶を新たにします。
教会、信仰は、希望の灯台として光り導き、わたしたちは神の恵みを新たな記憶とするために、静かに歩み出します。
(パウェル及川信神父)

聖大ワシリイ(聖大バシレイオス 聖像左の聖人)
(2015年 2月のお話)
爾(なんじ)の声は全地に伝わり、全地は爾の言葉をうけたり。
爾はこれをもって神に適う教えを布き、萬物の性を明らかにし、人の風儀を修めたり。
王たる神品(しんぴん)、克肖(こくしょう)なる神父や、
ハリストス神に、われらの霊(たましい)の救われんことを祈りたまえ。
〈聖大ワシリイ「讃詞(トロパリ)〉
天の現出(あらわれ)、克肖なるワシリイや、爾は教会の動かざる基(もとい)と顕れて、
衆人に奪われざる資産を頒(わか)ち、爾の則(のり)をもって、これを印(しる)せり。
〈聖大ワシリイ「小讃詞(コンダク)〉
ザクヘイ、税吏とファリセイ、蕩子(放蕩息子)の主日、大斎(おおものいみ)準備週間がつづいています。
奉神礼・祈祷のスケジュール・予定を立て、順番に執り行っていくと、日時の過ぎるその速さにいつも驚きます。
つい先日、1月14日、主の割礼祭・サーロフの聖セラフィム祭を合同で祝いましたが、そのときの祭日聖体礼儀は
「聖大ワシリイの聖体礼儀」でした。「大」と尊称されるワシリイは4世紀の聖人です。
もちろん大斎中の主日聖体礼儀はじめ、受難週の聖大木曜日・聖大土曜日(大スボタ)等も聖大ワシリイの聖体礼儀です。
われらの主神 救世主 イイスス・ハリストスの割礼祭とカッパドキア・ケサリア(カイザイリア)の大主教 聖大ワシリイの
祭日は同じ1月14日です。(聖像:人吉生神女庇護聖堂、エウゲニア白石孝子作)
聖大ワシリイの聖体礼儀は、祈祷文・聖歌もかなり、聖金口イオアンの聖体礼儀とは異なります。
でも思うに、その一番の特徴は、無限の優しさではないかと感じます。
司祭が至聖所で唱える祝文の中には、この聖体礼儀に参祷している人に対してはもちろん、
参祷できないひとへの「転達(てんたつ)の祈り」代祷があふれ、聖大ワシリイの精神性、心根の優しさがにじみ出ています。
この祝文を体感するだけでも、ぞくぞくし、感動します。
聖なるワシリイは祈り、語りかけます。
かれらの夫婦を平和と同心とに護り
嬰児(えいじ)を養育し
少年を訓導し
老者(おいたるもの)を扶持(ふじ)し
心 狭(せば)みたる者を慰め
散じたる者をあつめ
迷わされし者を帰して
爾が聖 公 使徒の教会に合わせたまえ
聖大ワシリイは、「旅行者・やもめ・孤子(みなしご)・捕虜・病者」への救いと癒しを祈り、さらに続けて
「裁判・鉱山・流罪・苦役(くえき)および憂愁(うれい)と患難(かんなん)と危難(あやうき)」状態におかれて
いる人をも記憶していると熱く祈ります。
ワシリイは言います、神はあなたが母の胎内にいるときより、あなたを記憶している、と。
あなたは神によって生まれ、愛され、慈しみ守られている。
神があなたを見放したり、忘れたりすることはない。
主や、爾は助けなき者の倚助(たすけ)
望みなき者の冀望(のぞみ)
颶台(ぐふう)に遭う者の救者
航海する者の埠(みなと)
病(やまい)を患(うれう)る者の医師なり
大斎は、たんに食事制限・節食や長時間の祈りが目的ではありません。
神の優しさを体験し、その一分でも心身に刻み、獲得して生きる、ほんとうの優しい信仰者・人間になることが
大目標です。
いっしょに祈りましょう。聖堂で待っています。 (パウェル及川信神父)

神の仔羊(小羊 羔 こひつじ)
(2015年 1月のお話)
エッサイ(イエッセイ)の株からひとつの芽が萌えいで、
その根からひとつの若枝が育ち、その上に主の聖神(霊)がとどまる。
知恵と識別の霊(神 しん)、思慮と勇気の霊、主を知り、畏れ敬う霊。
狼(おおかみ)は小羊と共に宿り、豹(ひょう)は子山羊と共に伏す。
子牛は若獅子と共に育ち、小さい子供がそれらを導く。
〈旧約聖書「イサイヤ(イザヤ)書」11章参照〉
ハリストス 生まる!
2015年は未年(ひつじ年)。
正教会の伝統にはない干支(えと)にちなむ慣習ですが、羊はキリスト教、正教会において、きわめて重要な象徴です。
羊は大昔から、羊毛・肉などで人々の生活を支えてきました。また信仰上、大事な糧でもありました。
主イイススの降誕の時、羊飼いが飼葉槽に眠る神の子のもとに、お祝いに駆けつけました。
羊の群れは、羊飼いや牧羊犬の指示に従い、一つの群れとして活動します。
その一方、いわゆる「ノミの心臓」、ちょっとした出来事にパニックを起こしやすく、群れがちりぢりになってしまう
こともあります。
それゆえ老練な羊飼いは、羊の群れに、ボス的存在の山羊を入れて重鎮となし、群れがパニックに陥って
散ってしまうのを避けたりしました。
チームプレーのスポーツなどでは、「中核無きチームは機能しない」と言いますが、それはいろいろな組織や
会社、そして信仰者の共同体である教会でも同じです。
中核、すなわち神無くして教会は機能しません。
冒頭に引いた聖書の言葉は、神の国、神の救いを表現しています。
ところで数年前にベストセラーになった童話・絵本『あらしのよるに』、この本を読んだとき、
この聖書のか所を思い出しました。
原作者は聖書のこの言葉を知っているのでしょうか。
聖書は瞬間的・個人的友情ばかりではなく、もっと広範な永遠の友愛を謳います。
すでに神は、狼が小羊と共に宿ることを預言しています。
はたして「エデンの園」は失われてしまったのか。もはや楽園は存在しないのか。
こうした疑問にたいして正教会は、救い主と共にわたしたちは生活すること、神のもとに育まれた友情の中に生きるとき、
一時的だった「ノアの箱船」生活が、永久の営みとなって存続することを明言します。
十字架に釘されたイイスス、神の仔羊が復活されるとき、楽園は復活します。
仔羊は、救い主、神の子をあらわします。
逃散していた羊の群れは、群れのリーダーたる仔羊、イイススの凱旋旗・旗印の下に結集し、
新たな群れを形成します。
教会における神の仔羊は、神の国の中心であると共に、日用の糧もあらわします。
わたしたちは、聖体機密(聖体礼儀)にもちいる聖パンを羔(仔羊)といいます。
穏和な仔羊、無垢の存在としての仔羊は、わたしたちを救う犠牲の象徴です。
羊飼いである主なる神は、今も何時も世々に、群れである教会を庇護しています。
「主は羊飼いとして群れを養い、御腕をもって集め、
仔羊をふところに抱き、その母を導いて行かれる」(イサイヤ40章参照)
崇め 讃めよ! (パウェル及川信神父)

三匹の子ぶた(みんなで? 一人きりで?)
(2014年 12月のお話)
あなたがたは神に選ばれ、聖なる者とされ、愛されているのですから、
憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身につけなさい。
互いに忍び合い、責めるべきことがあっても、赦し合いなさい。
主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたも同じようにしなさい。
これらすべてに加えて、愛を身につけなさい。
愛はすべてを完成させる絆(きずな)です。
〈新約聖書「コロサイ書」3章参照〉
ハリストス 生まる!
聖堂工事(足場に囲まれた)写真をご覧のとおり、熊本県人吉市に建つ生神女庇護聖堂は、いま
増改築工事の真っ最中です。
10月に工事が始まり、12月14日(日)主の降誕祭聖体礼儀に引き続き、基礎成聖式が執り行われ、
信徒一同聖歌を合唱しながら、十字行、神父が聖水を撒布しました。
テレビ番組でもよく知られる「新築そっくりさん」方式の増改築工事で、これからの50年以上先を
見据えての、福音宣教の取り組みの一環です。
わたしたちは心に期すものがあります。
「夢はかたちに、信仰は歩みに、創造は力に」
たとえば「三匹の子ぶた」という童話(おとぎ話)があります。
親から独立した三匹の子ぶたが、それぞれ、わら、木、レンガ(石)で家を造ります。
そこへ悪いオオカミがやってきて、暴風のような息を吹きつけ、まずわらの家を破壊、つづいて
木の家を破壊、さいごにレンガの家に襲いかかります。
ところがレンガの家は頑丈・堅牢に建築されていたために、壊すことができず、疲れ果てたオオカミは
敗北し去っていったと言うお話です。
童話には多彩なバリエーションがあり、わらと木の家の子ぶたはオオカミに食べられ、レンガの家では
煙突から侵入した(あるいは屋根を破った)オオカミは煮えたぎった鍋(熱湯)飛び込み死んでしまう、あるいは
子ぶたに食べられてしまう、ほかにはやけどを負って山に逃げ帰るなど、多々あります。
さて子どもの頃からの疑問があります。
なぜ三匹の子ぶたは、仲良く、協力して丈夫な家を造り、同じ家で暮らさなかったのだろうか。
ほかの二匹は、なぜレンガで強固な家を造った子ぶたを、見習わなかったのだろうか。
木の家を造るにしても、(童話では木の枝で作った家というのもあります)、どうして
プロの専門の大工さんに依頼しなかったのだろうか。
悪いオオカミが近くの山に住んでいるのは知っていただろうに、なぜ危機意識を持たなかったのか、
危機管理ができなかったのだろうか。
信仰者は、前に向ける目と同時に、後ろにも目が開いている必要があります。
たんに盲信して信じればいいというのではありません。盲信は過信を生み、躓(つまづ)きの原因となるからです。
洞察力と観察力、理解力と実行力も大切なのです。
西欧のことわざ(格言)があります。
「一頭の羊に率いられた百頭の狼の群れは、一頭の狼に率いられた百頭の羊の群れに負ける(敗れる)」
(狼ではなく獅子(らいおん)だという説もあります)
これは指導者(リーダー)の重要性を指摘した言葉とされていますが、もうひとつ、目標の明確な実行力は、
みんなを一致団結させ、未来を創造させていく、と読み取ることもできるでしょう。
百家争鳴、船頭多くして船山に上る、よりも、共通の認識を形成しつつ、みんなで絆を強めて進む教会(共同体)、
そして主なる神(指導者)の牽引力・引率力をわたしたちは改めて信じましょう。
神はわたしたちを、救いの希望へと、かならず導いてくださいます。
臆せず、耐え抜いて、信じ祈りましょう。
神の事業は完成します。
崇め 讃めよ! (パウェル及川信神父)

起工式(きこうしき・着工祝福)
(2014年 11月のお話)
主 言えり。
「およそわが言葉を聞きてこれを行う者は、
我これを磐(いわ)の上に
その家を建てたる智(さと)き人に譬(たと)えん。
雨降り、河溢れ、風吹きて
その家を打ちたれども、倒れざりき、
磐の上に基づけたればなり」
〈新約聖書「マトフェイ(マタイ)福音書」7章参照〉
14年10月22日(水)京都ハリストス正教会境内において、西日本教区センター着工を祝福する
「起工式」が執り行われました。
「日本の国の光照者 亜使徒聖ニコライに依頼する祈禱」(感謝祈禱)、成聖の讃詞(トロパリ)
「主や爾(なんじ)の民を救い、爾の業に福を降せ、わが国に幸いを与え、爾の十字架にて、
爾の住まいを守りたまえ」をみんなで歌いながら聖水をまきました。
そのあと、鍬入(くわいれ)、喜多隼紀一級建築士・創真建設:西山繁盛取締役・佐藤孝雄執事長
が、順番に、カマ・鋤(すき)・鍬(くわ)を土の山にふるいました。
祝辞 ダニイル府主教座下(代読:及川)。式辞 佐藤孝雄執事長。
さいごにみんなで「幾歳も!」を斉唱。
充実した豊かな教区センターの建設、工事に携わるすべての人の安全無事、教区各教会・信徒の
健康と幸福、宣教の進展と牧会の熟成を祈りました。
大阪正教会の水口神父様・松田輔祭様はじめ18人が参集して祈りました。
ありがとうございます。
ダニイル府主教座下の祝福の下、多くの皆様の温かな御尽力の結晶が、いま磨かれ始めています。
おおきな喜びと讃美を献げましょう。
上記に引いた福音の言葉は、砂(沙)の上に家を建てた人に言及します。
「雨降り、河溢れ、風吹きてその家を衝(つ)きたれば、倒れたり、かつその倒れは大いなりき」
磐の上に家を基づけず、砂の上に家を建てる人をイイススは「愚か者」だと断言します。
道から外れそうな人に対して、信仰は自由だから・・・と言って、見放したりはしません。
「砂上の楼閣」という言葉があります。
努力にも正しい努力と悪しき努力のあることを忘れてはいけません。
ほんとうの愛情、ほんとうに心配しているのであれば、親身になった言動は、ときに厳しく、ときに熱く、
ときに優しいものではないでしょうか。
神の姿勢、イイススの言動は、砂上の楼閣を造営してはいけないと宣言しています。
わたしたちの教区センター建設は、わたしたちの信仰の増進と壮健、すべてにおける善き進歩を
恵みます。
信仰とは神と共に歩む人間の歴史です。
わたしたちはたんなる歴史の証人ではなく、新たなる信仰の歴史を築く存在です。
これは砂上の楼閣ではなく、地に足のついた、信仰者の歩み、真の健脚のうえに造成されます。
西日本教区センターは、いま参集している信徒と、これから求め集うであろう後進の人々の救いの家、
救贖(きゅうしょく)の船です。
夢はかたちに、信仰は歩みに、創造は力になります。
いままさに起こっている事実は奇蹟であり、希望の光です。
わたしたちは日々に、増し加えて祈りつづけましょう。
「亜使徒日本の大主教聖ニコライや、われらのために神に祈りたまえ。
われら熱切に、爾(なんじ)速やかなる扶助者(ふじょしゃ)、
およびわれらの代求者(だいきゅうしゃ)に走りつけばなり」 (パウェル及川信神父)

秋季 墓地祈禱(ぼちきとう)
(2014年 10月のお話)
シャルマナサルの存命中、
わたしは同族の者たちに慈善の業(わざ)を行った。
飢えた人々に食べ物を与え、
裸の人々には着物を着せ、
また同族のだれかの死体が
ニネベの町の城外に放置されているのを見れば、埋葬した。
(中略)
事実、センナケリブは、怒りにまかせて多くの
イスラエル人を殺害したのであるが、わたしは、
その死体をこっそり運んでは埋葬していたので、
センナケリブが死体を捜しても見つからなかった。
〈旧約聖書続編「トビト書」1章参照〉
毎年春と秋、京都市の若王子市営霊園の京都ハリストス正教会墓地において、墓地祈禱を
執り行っています。春は、3月下旬の春分の日の頃(予定が合わず なかなか実施できませんが)、
そして復活大祭のあとに必ず、秋は9月の残暑を避けて、10月最初の土曜日に執り行います。
(写真は若王子霊園 正教会の墓碑)
正教会(オーソドックス・チャーチ)は基本的に土葬なので、お葬式を埋葬式といいます。
わたしたちは、なぜ埋葬し、お墓参りをするのでしょうか。
どうして正教会は、これほどまでに御遺体を大切にするのでしょうか。
わたしたちは、不器用というか、頭(知識)で判断せず、渾身(こんしん)から慈しみます。
正教信徒は、神様が恵み賜ったものは、創造されたものはすべて大事に大切にしますので、
永眠されたからといって霊(たましい)と身体(體・からだ)をばらばらに分解できません。
それは渾然一体とした「霊体(れいたい)」です。
そうとしか説明できないと言った方がよいでしょう。
埋葬そしてお墓参りは、救世主イイススの愛した若き聖使徒・神学者・福音者イオアン(ヨハネ)、
義人ニコディム(ニコデモ)、生神女マリア、マグダラのマリアをはじめとする携香女らが
最愛のイイススを十字架から降ろして接吻し抱きしめ、亡きがらを洗い清め、香油をぬり、
新しい布にくるんで、みんなで埋葬した事蹟(聖書の光景)が、つねに基本になります。
わたしの大好きな聖人、サーロフの聖セラフィムは、敬愛する先輩修道者らが葬られたお墓を
通りかかるたび、愛をこめて祈り、ときには涙しながら祈りました。
祈り、すなわち愛することは、その人が生きている、亡くなられた、その差異、壁を越えます。
神の時は、すべてを超越しています。いわゆる今世と来世を超えます。
祈りとは、神の時を生きることです。
祈りは、瞬間を永遠に、滅びを再生に、絶望を希望に、暗闇を輝く光に、
躓いた者に手を差し伸べて立ち上がり生き直らせ、失望を救いに、不足を満たし、
あきらめず、くじけず、悲しみの涙を喜びの涙へと変え、不屈と勇気、
死をもって死を滅ぼし、生きるすばらしさ、復活と永遠の生命をもたらします。
嘆きの静けさは、いまや神の恵み・恩寵、生を充満した張りのある静寂になります。
人は残念ながら、死の縄(なわめ)を遁れることはできません。
しかし人は、神と共に、神の中に、まさにハリスティアニン・キリスト者として、生を全うすることが
できます。
神はすべてを「善(よし)」として創造されました。
神の「像と肖」にかたどって、真の人を創造されました。
神はわたしたち人間を、神の子を献げるほどに愛してくださいました。
この愛を知ったとき、わたしたちの五体はふるえ、罪の赦しを懇願し、涙をもって祈ります。
この真実と真理の前に、わたしたちはひざまずきます。首(こうべ)を垂れます。
埋葬式、お墓参りは、神の愛を満たしてくださる、聖なる時(機会)なのです。
(パウェル及川信神父)

自然の恵みを讃美(さんび)
(2014年 9月のお話)
荒れ野よ、荒れ地よ、喜び踊れ、
砂漠よ、喜び、花を咲かせよ、
野ばらの花を一面に咲かせよ。
花を咲かせ、
大いに喜んで、声をあげよ。
砂漠はレバノンの栄光を与えられ、
カルメルとシャロンの輝きに飾られる。
人々は主の栄光とわれらの神の輝きを見る。
〈旧約聖書「イザヤ書」35章参照〉
7月29日、30日、琵琶湖のほとり、近江八幡キャンプ場において、西日本主教教区主催行事
「夏の集い」が開催されました。
冒頭の写真はその開会祈祷です。
ゲオルギイ松島師が、湖岸に立ち、子どもたちは聖像をかかげました。
真夏の太陽がぎらぎら照らす岸辺で祈り、さいごには湖に膝までつかった神父は、祈祷文を唱え、
湖の水を十字架をもって成聖しました。
琵琶湖を聖にする成聖式です。琵琶湖がガリラヤ湖に似ていると言ったらおかしいでしょうか。
聖水は散布され、みんなで聖歌を歌いながら、キャンプ場のテントまで行進(十字行)をしました。
「主よ、爾(なんじ)の民を救い、爾の業(ぎょう)に福を降し、
わが国に幸いを与え、爾の十字架にて爾の住まいを守りたまえ」
子どもにも大人にも、忘れられない記憶になるとよい、と思いました。
というのは、わたしが思い出す記憶のアルバムの多くが、北海道 釧路をはじめ、北の大地の草原や湿原、
川や海、風や霧、雪や凍てつく寒さ、風のうなり、大気の乾燥、山と丘などだからです。
歳をとったのだと感じます。
九州が大好きなのは、どこか北海道を思い出す景色があるからなのでしょう。
九州に帰ると、ほっとします。
話を戻しますが、夏の集いのテーマは、「自然の中にある、たくさんの神様の恵みを発見しよう、
讃美しよう」です。
わたしたちは祈りました。
「天より主を讃めあげよ、至と髙きに彼を讃めあげよ」
子どもに問いかけます。
「自然の何を讃めあげようか?」
子どもがちらっと考えてから答えます。
「空を」 「虫を」 「セミを」 「岩を」 「天の星を」 「水を」
昔、神の民イスラエルは、聖櫃(アーク)をかつぎ、天幕で移動し、旅をしながら祈りました。
すっかり晴れ渡った青空、天を焦がすほど乾燥しきった大地、かと思うと濁流を生ずる豪雨、
伸ばした指先の見えないほどの濃霧、満天の星や月を突き動かすほどすさまじい強風。
人には犯しがたい神の領域があります。
ヨブ(イオフ)記38~39章で神が語る自然描写は真実です。
この自然の恵み、恩寵の中に人が生きていることを忘れてはなりません。
子どもは琵琶湖を見ると、いいえ水を見ると、はいって泳ぎたくて仕方ありません。
まるで天にいます神様のふところに飛び込むかのように。
祈りの後、水遊びをする子どもを見ながら、讃美の祈りの奥深さを感じました。
(パウェル及川信神父)

司祭 昇叙(しょうじょ)
(2014年 8月のお話)
議論に勝つ最善の方法は、
この世にただ一つしかない
という結論に達した。
その方法とは
議論を避けることである。
〈デール・カーネギー『人を動かす』〉
昇叙とは、主教・司祭・輔祭などの聖職者にあたえられる、特別な祝福です。
上記写真は、7月13日(日)全国公会、東京復活大聖堂における
北海道・釧路のステファン内田師への胸かけ金十字架授与の光景です。
(左からダニイル府主教座下、セラフィム大主教座下、内田師)
内田師には、聖なる盾を象るナベトロニク、カミラフカ(円筒形の帽子)も授与されました。
一般に、司祭は、長司祭(飾り十字架、パリツァ)、首司祭(宝冠)へ、
輔祭は、長輔祭、首輔祭へ、修道輔祭は、典院(イグーメン)、掌院(アルヒマンドリート)へ、
主教は、大主教、府主教へ昇叙していくことが知られています。
先年、仙台の主教セラフィム座下が大主教へ、ダニイル府主教座下から昇叙されたことは
記憶に新しいことです。、
これは、年功、職責、功績などに応じて、昇位します。
一般社会の出世の証明的な役職ではなく、聖職者の年齢相応の責任を負うものです
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という言葉がまさにぴったりです。
歳長じ、いわゆる肩書きが重くなればなるほど、聖職者は謙虚・謙遜が要求されることでしょう。
軽挙妄動をせず、多言虚言を避け、実質のある言動をこころがけ、空疎な対応を慎む努力をします。
著名な心理学者アルバート・メラビアンは、「メラビアンの法則」という興味深い検証を紹介します。
もっとも大きいのが「第一印象」、視覚、つまり目から入ってくる視覚情報です。
表情・態度・雰囲気・たたずまい・服装などで、これらがその人の印象の55%を占めてしまいます。
つぎが聴覚情報、耳から入ってくる印象、38%。
声(音声)・話し方・アクセント・イントネーション・言葉づかい(言葉の選択)などです。
この2つで、93%。見た目と態度で、人は判断するというのです。
逆に言うと、人をだます詐欺師は、この2つの要素を熟知していると言うことです。
さらにこの2つの要素に、人の話を「聴く」、それも十分に、ていねいに聴くという要素を加えると、
わたしたちが相手に求めるものが、ほぼ満たされることでしょう。
祈りは「聴く」ことに始まります。
聴くことを知らぬ祈りは、一方通行の、往きっぱなしの片道切符、帰りの便のない特急列車のようなものでは
ないでしょうか。一見、熱心に深く祈っているように見えますが、神様の声を聴く耳を持っていません。
ということは、人の話にも耳を傾けず、真実から遠ざかっていくことでしょう。
怖ろしいことです。
独善という落とし穴が待っているからです。
聖職者ならば、ますます気をつけねばならない訓戒です。
聖職者の仕事は議論に勝利することではありません。奇蹟を信じ、祈り続けることです。
来るべき神の時を待ち、聖なる仕事の実現を成し遂げる努力を続けることです。
あきらめません。不屈のこころを抱きましょう。
たとえば、かけ違えたボタンを直す、つらくても待つ、沈黙と静寂も大切ではないでしょうか。
昇叙、それはすばらしい贈り物、祝福です。その場に立ち会える喜びを味わい、感動し、
昔の自分といまの自分を思います。
そして胸の十字架にふれるたびに、わが身にふさわしいかどうか、毎日深甚なる感に打たれます。
「神よ、われを憐れみ、われを浄めたまえ」 (パウェル及川信神父)

お茶(一服の清涼飲料)
(2014年 7月のお話)
お客様、よろしければ、どうか、
僕(しもべ)のもとを通り過ぎないで下さい。
水を少々持って来させますから、足を洗って、
木陰でどうぞ ひと休み なさってください。
何か召しあがるものを調えますので、
疲れをいやしてから、お出かけください。
せっかく僕の所の近くを
お通りになったのですから。
〈創世記18章参照〉
世界各地には巡礼街道があります。
教会や修道院によっては、巡礼者、旅人が休んだり、泊まることのできる、
休憩所や宿坊(宿泊施設)を備えているところもあるそうです。
20歳の頃、寝袋背負って旅し、ギリシャ各地の修道院・教会を訪ねました。
若い勢いでやったことで、いまはもうできません。
聖山アトスに7日間滞在した懐かしい思い出があります。
訪れた巡礼者に先ず供されるのは、コップの一杯の水、小さなカップに入ったウゾ、
小皿にのっている砂糖菓子でした。
ウゾとはギリシャ固有の独特の香りを放つお酒で、日本でもすこし大きな酒販店では
陳列棚に見ることができるようになりました。
ウゾを水に入れると、あーら不思議、白い水に変化します。
昔の日本なら、お客人には、何はさておいても「お茶」と足すすぎの水だったでしょう。
アウラアム(アブラハム)は、3人の旅人(天使)を最大限の心づかいをもって、もてなします。
お茶あるいは飲み水は、旅行者、訪問客にとって、いちばんの喜びでしょう。
日本のコンビニやスーパーで、何と大量、多種類の水が並べられ、販売されていることでしょうか。
壮観といっていい眺めです。(写真は九州のお茶畑)
地球を水の惑星といいますが、人間や動植物も「水の生き物」なのでしょう。
九州でのお茶は、各地の地名を冠しています。京都でも有名な宇治茶はじめ枚挙に暇がありません。
教会ではどんな人にも、生まれたときから守護天使が付き添っていると言います。
神様もわたしたちと共に歩みを続けています。
「神様、お茶を一杯いかがですか」
と、呼びとめるのは、いわゆる不遜でしょうか。ちょっと無理かもしれません。
では神様が、わたしたちを呼んでいるとしたら、どうでしょうか。
正教会では、聖体機密(聖体礼儀)で、主教や司祭(神父)は、成聖された聖パン(仔羊・羔、こひつじ)、
聖血(甘い赤ぶどう酒)の入っている聖爵をかかげて、大声で呼びかけます。
「信と愛とをもって近づき来たれ」
ちょっとお寄りなさいな、というには、あまりにも重厚な調べですが、ぜひぜひ神様のもとを訪れましょう。
神様のもてなしは、わたしたちをいやし生かす、一服の清涼飲料に間違いありませんから。
そしてその清涼飲料には、奇蹟をもたらす恵みが満ちているのです。 (パウェル及川信神父)