| アベノミクスの末期に当たって | 平成26年11月 | 小金芳弘 | |
| 本年10月末、アメリカの連銀は量的金融緩和政策(市場の需要を増大させるために中央銀行が公定歩合ゼロのまま銀行への貸し出しを増やして行くことによってそこに通貨をだぶつかせる政策)の終了を宣言して、来年からは金融を引き締めることを明らかにした。これを受けて日本は、今までの金融緩和政策を止めるどころか逆に、日銀が追加の金融緩和を行うことを決定した。 これによって連休明けの11月4日、東京金融市場では株高と円安ドル高が急速に進行し、日経平均株価は取引の開始直後から713円も上昇して、取引期間中にはリーマンショック前年の2007年10月以降約7年ぶりに17000円台の高値をつけた。これは、それによって大量の資金が流れ込んで株価を下支えするとの思惑に加えて、円安によって輸出関連銘柄が急伸したことや、前週末に年金積立金管理運用独立行政法人が国内株式の運用比率を大幅に高める決定をしたこと、主要企業の7〜9月期決算発表で今年度の業績予想が概ね良好だったことなどが原因と見られている。 この結果を見て菅官房長官は、「株価は低いより高い方が好い」と評価し、安倍首相は参院予算委員会で「株価が上がることで資産効果を呼び、それが消費に結びついて経済成長にプラスになって行く」と述べて、株高が国民生活向上に寄与するという考えを述べた。 彼らは、株高に牽引されたバブル景気の破裂が何回も大不況を招いた先進資本主義国の歴史を知らないことは仕方がないとしても、自民党政権下の1989年12月に東証株価指数が39000円にまで上昇したバブル景気が終わった後、銀行預金の金利がほとんどゼロになるまでの金融緩和政策と、それまでゼロだった政府の借金をGDPの2倍に達するまで膨らませるほどの赤字財政政策にも拘わらず10年もマイナス成長が続いた事実を、知っているはずなのにその恐ろしさは全く理解できないのである。 アメリカの金融政策担当者たちはそれを理解しているからこそ、何時このような異常な政策を止めるかを常に考えており、今がその時期だと判断したのであろう。その時期が正しかったかどうか、またそれによってアメリカ経済が健全な成長軌道に戻るかどうかは、もちろん疑問ではある。しかし少なくとも彼らは、高齢化で体力が落ち高血圧のために身体の不調を訴えている者を元気づけようとして脱法ドラッグを吸引させたりするような無茶はしないだろう。 日本でも、健全な経営者ならかつてのバブル時代のような無茶はしないだろうがその代わりに、政府の望むような賃上げ要求に応えたり正規雇用者の数を増やしたりはしないという用心深い経営を行うだろうから、株高の恩恵を受けない人たちの不満は高まって行き、その結果これ以上の消費税値上げなどはとんでもないという世論が高まって、恐らくそれは見送られることになるだろう。 そうなると、財政赤字は一向に減らないまま、実体経済の裏付けのない株高に支えられた経済が延々と続くことになるが、私が恐れるのは、そこでリーマンショックや石油危機やそれに匹敵するような外的な衝撃に日本が見舞われた時のことである。この時は恐らく、株価の暴落はもちろんとして国債の投げ売りと暴落、およびそれを抱えた銀行の倒産というギリシャ型の破局がくるであろう。 民主主義政治体制というものは、与党の政策の失敗が明らかになった時はそれに替わる政策を持つ野党が替わって政権をとり、その政策を実行することを建前としている。しかし今の日本の野党はバラバラな上に、このような難局を切り抜けるだけの能力があるようにはとても思えない。 かつての日本が敗戦という破局に襲われた時は、アメリカの占領軍が強権を振るってそれまでの権力者たちを根こそぎ追放する一方で、新しい時代に即しつつしかも日本の伝統と文化を生かすような制度の大変革を行ったのに対して、天皇をはじめ大部分の日本人はそれを受け入れた上に、軍部を除く官僚機構が健在であってその上部の人たちがいなくなったために、若い政策担当者たちがその能力を発揮して切り抜けることができた。 今の日本にはそのような条件はないが、その代わりに、当時はいなかったような世界に関する知識や情報を持つ若者が沢山おり、それを交換したり意見を戦わせたりすることを即時に可能にするような、インターネットという情報網もある。彼らがそれを使ってこの難局を乗り切ることができるかどうかは、アベノミクスが破綻した時にはじめて試されることになるだろうが、できるならばそうなる前に、そのための準備期間があることが望ましい。 「アベノミクスからの脱却」 小金芳弘「産業社会の過去と未来」(東海大学出版会、2013年1月) |