文化と政治



 技術の大部分は元々、生存と生殖をより安全かつ容易にするためのものだった。しかし人間は、それが獣や魚を取るためのものぐらいしかなかった時代にも、このために直接必要でもなければ特に役に立つわけでもない歌を歌ったり踊ったりし、飲食や狩猟のための道具にも色々な飾りを付ける習慣を持っていた。このような活動とその産物が、現代社会における多種多様な文化の源泉なのである。

 文化に対する欲求の特徴は、金や名誉や権力に対するものとは違い、一人でできることでも他人と一緒にやることによって喜びが増すだけでなく、他人の優れたものに接することが大きな喜びとなることである。うまい料理を作る者は、それを自分で食べるだけでなく他人にも食べてもらうことによって満足を得る。かつての王侯貴族は、優れた画家や音楽家に対して最高の待遇と名誉を与えた。現代の先進社会の大衆は、好みのタレントやブランド品に大金を払うことを惜しまない。

 元々人間は「餌場」を縄張りとする動物だから、一緒に歌ったり踊ったりするという楽しみがなかったら、その集団が合体して複合的な大集団を作るようにはならなかったであろう。そして一度そうなると、何故皆でこんなことをやるのかという当然の疑問に対して、これは「神」という人間の力をはるかに超える力を持つものに捧げるのだという説明がなされた。歌や踊りや美しいものを捧げれば神は喜び、その代償として人間の食と安全を保障してくれるというわけである。

 次に、では神とはどんなものなのかという疑問に答えるために、その姿や形を表わす絵や偶像が作られ、神の様々な行動を物語る「神話」が生まれ、神に対する尊敬の印として数々の儀式が行われるようになった。人間が生きることはしばしば大きな苦痛を伴うが、これらの活動とその産物はそれを癒し、生きる楽しみを与える元になったのである。

 その結果集団が大きくなると、その中の秩序を維持すると共に外敵との戦いを組織することも難しくなるので、各人が指導者に従順であると共に集団の定める掟をよく守ることが必要になる。そのため、指導者の先祖が一番偉い神だったとする神話が作られると共に、その言葉に従うことが「善」であり逆らうことは「悪」だとする区別が生まれた。現代の民主主義国における政治の土台となっている世界観と価値観はこれらとは大きく異なるが、それが原始社会の文化に源を発していることは、人類の歴史を見れば分かる。

 以上のように、文化の本質はどの時代でも地域でも同じだが、それが現代に至るまでの過程がまちまちだったために、実際の表われようはかなり大きく異なっている。それに経済的な利害の違いが加わると、互いに相手を「悪」だと攻撃することが感情的な対立を生み、戦争、抑圧、摩擦などをもたらす原因になる。しかしだからと言って、文化の違いをなくそうとする試みは、無駄なだけでなく危険である。個々の人間が異なる遺伝子を持つように、ある程度の連続性と統一性を持つ人間集団にはそれぞれ固有の文化がある。その違いをなくして同質的なものだけの集まりにしてしまえば、将来それとは異質な集団の潜在能力を生かすことができなくなるからだ。
 
2007年2月 小金芳弘
日中の歴史観の比較・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 朱建栄
イスラームと文化摩擦・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 倉沢宰
イラク戦争とその波紋・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 片倉邦雄
靖国神社論−靖国神社再生への道‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 小金 芳弘
空間としての日本文化・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ オギュスタン・ベルク
平和時代の武士道を考える−「葉隠れドット・コム」より・・・・小金芳弘
現代日本女性と明治の女子留学生‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥生田澄江
 
 以上の内、朱建栄、倉沢宰、片倉邦雄の三氏のものは、生活文化総合研究所が2003年4〜10月に行った生活文化特別セミナーで行った講演の要旨で、その詳細は「講演集・21世紀日本の課題」(2005年3月、(社)生活文化総合研究所)に収録されています。以下のタイトルをクリックすれば、それがそのままpdf文書として出てくるので、画面内にある保存をクリックすれば保存できますし、出版物と同じ形で印刷もできます。これは同研究所の了解の下に転載したものです。

日中の歴史観の比較
イスラームと文化摩擦
イラク戦争とその波紋

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