生活文化特別セミナー講義4月より


文化と政治 平成15年4月 日中の歴史観の比較 朱建栄




 日本と中国の歴史観



            
東洋学園大学教授
                         朱 建栄氏

 
1.日本と中国の考え方の特徴


 日中関係は歴史問題を除けばうまく行っており、大きな問題点はない。両国の歴史をどう見るかによって異なる。中国人の歴史観は連続的で日本人のそれは段階的である。

 中国の歴史は四千年以上で、メソポタミア、エジプト、インドより長く、中国以外の文明が過去の出来事となったのに対し、中国文明は今も生きている。日本も欧米に比べ長い歴史があるが、中国と比較すれば短い。日本は欧米から文明を取り入れ、また他国文化に対し長いアンテナを張って意欲的に吸収してきた。昔は交流の相手は中国であったが、近代になって欧米に切り替えた。その時から日本は欧米の見方で歴史を見るようになった。

2.絶対的見方の中国と相対的見方の日本

 中国人は大陸で戦うため、早く敵・味方を判別する習慣が根付いた。これは善と悪についても同じで、時間が経っても善は善、悪は悪と考えを変えない。儒教思想の影響もあり是非の区別も変えることはない。

 これに対して日本人の歴史観は相対的で、善悪は時間がたつのにつれて変化する。司馬遼太郎の小説『飛ぶがごとく』を読むと悪人は一人も出てこない。これが日本文化の性格で、悪とされることについても、善と解釈してしまうことがある。しかし、数年前の新聞に、福島県の会津若松市を鹿児島県知事が120年ぶりに訪れ握手をした記事が載っていたように、日本人の場合にも死んでも忘れられない中国人と同じような心情もあり得る。

3.歴史把握の相違

 中国は全体像から見るのに対し、日本は細かな事実を積み上げて見る。南京大虐殺が報道されたとき、中国人は国際政治の事実として評価した。日本人は全体の流れよりも細かなデータの正確さを重んじた。南京で民間人に対して無差別殺戮があったことは事実であろう。しかし日本の一部の人は、99%は本当でも1%の間違いによって全体が間違いだと主張する。

 1937年の廬溝橋で中国軍の一兵士が空に向かって発砲したのを日本軍に向かって撃ったとして紛争が始まったと言われているが、日本の中国侵略は満州事変から始まっているので、中国はこの時に初めて日本と本格的に戦う気になったのであり、何月何日に誰が何をしたかは大した問題ではない。小事件を積み上げて論ずる日本との違いは、教科書問題にも表れている。

4.中国人が日中戦争の歴史にこだわる理由

 第一は、中国が有史以来最大の被害を日本から受けたことである。

 第二は、もっとも記憶に新しい戦争だったということである。中国は、それ以前は敵はロシアと考えていた。日清戦争以後の中国の指導者は、蒋介石を始め多くの人々が日本に留学し日本に学んだ。

 第三は、時間の経過により忘れられていく戦争の傷跡も治りかけているところに塩をかけるような報道が続くことである。特に責任者の言動の影響は大きい。中国人は、日本人の大臣は国を代表すると思っており、その発言にはショックを受ける。

 第四は、戦争中に子供だった指導者たちが日本に対して悪い記憶を抱き、戦後の日本人が苦労したことを知らないで、大国となった日本と80年代以降につき合うようになったことである。新しい体制は今後日中関係に変化を与えよう。新指導者たちは日中戦争を知らない世代である。

5.靖国神社問題

 靖国神社参拝の問題は今までとは異なったものになるであろう。これは日本人自身が判断すべきことである。ただ一つ、中国が譲れないことは、合祀されているA級戦犯の問題である。中国人は、日本人の全部が悪いのではなく一部の戦犯が悪いので、一般の日本人は戦争の被害者だと見ている。それで賠償を放棄したのだ。この観点に立てば、日本の最高責任者が、わざわざ国民の注視の中でA級戦犯に頭を下げに行くことは、今でも彼らを崇拝していると思うことになる。

6.歴史をどう乗り越えていくか

(1)相互理解
 外交は妥協の産物ともいわれる。極論を除き誤った物差しで歴史を見ないこと、あるところまできたら妥協点を見出すこと、日本人は満州に日本軍が駐留していたから戦争になったことを考え、中国人は50年も前のことはとやかく言わないということが大事である。

(2)客観的な研究成果の尊重
 歴史における事実関係は専門の学者の研究成果に任せ、その結論を尊重する。南京での市民の死者が50万人だ、いや30万人だと双方が主張しても益するところは無い。

(3)日中両国の重要問題の理解
 歴史問題だけが大問題ではない。日中の貿易額は今や1,000億ドルに達しており、これは、日本と米国、米国とカナダ、米国とメキシコ、フランスとドイツの貿易額と同じ大きさである。両国は運命共同体化しており日中は離れられない関係にあることを理解すべきである。

(4)似ているが違う生活文化を持つ両国
 日本人と中国人は顔が似ており、文字も漢字を使用していて、生活習慣も似たところが多いので、無意識の内に相手も同じだと思ってしまうが、実際には文化の違いが大きいことを理解すべきである。


朱建栄(しゅけんえい、Zhu Jianrong)
東洋学園大学教授
1957(昭和32)年中国上海にて出生
略歴
1981(昭和56)年中国華東師範大学外国語学部日本文学科卒業、1984(昭和59)年上海国際問題研究所付属大学院修士号(国際政治)取得、同年同研究所研究員、1986(昭和61)年来日、総合研究開発機構(NIRA)客員研究員、京都大学東南アジア研究センター客員助教授、1992(平成4)年東洋女子短期大学助教授、1994(平成6)年東洋学園大学助教授、1996(平成8)年同大学教授
主要著書 
「毛沢東の朝鮮戦争」(1991年、岩波書店、第8回大平正芳記念賞、第4回毎日新聞社アジア・太平洋賞特別賞)、「毛沢東の中国」(1994年、中公新書)、「中国2020年への道」(1998年、NHKブックス)、「毛沢東のベトナム戦争」(2001年、東京大学出版会)、「中国 第三の革命」(2002年、中公新書)

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