| 文化と政治 | 平成17年11月11日 | 靖国神社論−靖国神社再生への道 | 小金芳弘 | |
| はじめに 靖国問題の現状
2003(平成15)年4月19日、生活文化総合研究所の主催による第1回「生活文化特別セミナー」において、朱建栄東洋学園大学教授は「日中の歴史観の比較」と題する講演を行い、中国人と日本人の歴史観の違いを日中関係の歴史にもとづいて詳細に分析すると共に、何故、中国が日本の首相の靖国神社参拝にこれほど反対するのかを詳述した(文化と政治」<日中の歴史観の比較>参照)。 平成17年4月、小泉首相が靖国参拝を今後も続けると表明したことは中国全土に反日デモの嵐を巻き起こし、それが一段落したと見えた10月17日、首相が靖国参拝を強行すると、中国政府は強く抗議したが前回のような民衆の爆発は抑制しているように見える。 ただこれは、中国政府が首相の参拝を容認する方向に動き始めたことの表われではなく、前回のような事態が国際的な批判を浴びたことを考慮して、今後の日本の動向を注視しようとする方針に切り替えたと見るべきである。韓国の事情は中国とはやや異なるが、首相の参拝に反対している点では同じである。 一方、この問題に関する日本の世論は、国のために命を捧げた人たちの霊に対して政府の代表である首相が礼を尽くすのは当然だとして参拝を支持するものと、そのことが中韓両国との関係を悪化させるマイナスを考慮して避けるべきだとして反対するものとの、真っ二つに分裂している。 |
| 2 時代の変化と人間の気持ち あの戦争の最中の日本では、戦死者たちは国のために命を投げ出して戦った勇士だった。だからこそ彼らの霊は、靖国神社に「英霊」として祭られたのである。それを、国が戦争に負けたからといって、国がやっていたのは実は侵略戦争であって、彼らはそれに駆り出されて死んだだけだなどと言う気になれないのは、それまで英霊に仕えてきた者としては当然であろう。 その頃の日本では、学校の教師たちは教科書に墨を塗って昨日までと全く逆のことを教えていたが、それはそうしなければ生きて行けなかったからであって、靖国神社はそうではなかった。戦死者を追悼し遺族を慰めるのに、彼らは国のために名誉の戦死をしたと言っても、誰にも文句を言われなかったからである。 ただ、そうこうしている間に世の中は大きく変わった。多くの日本人は経済の発展と生活の向上に満足して、あの戦争は侵略戦争だったと言われても傷つくことはなく、戦死した人たちに対して特別の敬意を払うこともなくなった。国のために命を捧げたことが評価されないのなら、彼らの霊の尊厳を維持するには、彼らは正しいことをやるために命を捧げたのだと主張するしか方法はない。 それから更に月日が流れると、当時のことを知る者は段々少なくなって行き、戦争自体を知らない者たちが増えてきた。こうなると、あの戦争で多数の戦死者が出たということさえ世間から忘れられて行く。日本の将来を考えれば、日本が今日あるのはあの戦争の戦死者のお陰だということを彼らに教えなくてはならないが、それを強調するためには尚更、彼らは無駄に死んだのではなく、「正しい戦争」のために死んだのでなくてはならない。このようにして、一般日本人があの戦争のことを忘れて行けば行くほど、神社があの戦争を正当化しようとする気持ちは強まるのである。 これに対して中国では、戦争を体験している者が少なくなるのは日本と同じだが、違うところは、今の日本に関する知識が増すのにつれて、その技術や経済や文化に憧れる者が増えてくることである。これでは、かつて日本軍に酷い目に遭わされたり、そのことを繰り返し教え込まれたりした人たちは面白くなく、自分たちがかつてどんなに大きな犠牲を払わされたかを、今の中国人に伝えたいという思いが強まる。 そこへ、日本にはあの戦争の元凶であるA級戦犯を祭っている神社があり、首相が彼らを神として拝んでいるという知らせが入れば、これは日本が今でも如何に酷い国であり、その軍隊に攻め込まれた自分たちが如何に酷い目に遭わされたかを示す絶好の証拠だということになる。この考え方は、そのような国との友好関係を深めようとしている政府に対する反感にも繋がりかねない。 |
| 3 悪循環の源泉 日本との関係を深めることを望んでいる中国政府にとって、このような考えが広まることが好ましくないのは言うまでもないが、A級戦犯を祭っているのはあの戦争を賛美しているからだと思い込んでいる人たちを説得することも、それを祭るのを止めさせろと日本政府に要求することもできないので、せめて首相の靖国参拝だけは止めてくれと頼むしかない。しかし、こんなことで日本に頭を下げるわけには行かないので、表向きは「強硬に抗議する」ということになるのである。 一方日本政府も、首相の参拝によって日中関係が悪化するのを避けたいことは同じだが、外国の圧力に負けて戦死者の霊に礼を尽くすのを止めるとは何事かと言われては困るので、これまでは主に、首相の参拝は止めるが代わりに他の閣僚が参拝する、という方法を採ることでお茶を濁してきた。 しかしそのようなことでは、小泉首相のように、14人のA級戦犯が祭られているだけで何故200万人を超す戦死者の霊に参拝できないのかとか、他の閣僚は良くても何故首相は駄目なのかというような、子供でも分かる単純な論理には敵わない。従ってこれからも、同じような人が首相になる度に同じ問題が起こることは明らかである。 そうなれば、首相の参拝による中国人の怒りが爆発して日本全体に向けられ、それによって日本人の対中感情が悪化し、両国政府が互いに相手を非難すると言う悪循環が始まってしまう。この悪循環の根を絶つためには、靖国神社自身が戦争中までのあり方を改めて、戦争の犠牲者を追悼し世界の平和を祈るのに相応しい場に変わると共に、そのことを中国や韓国をはじめ広く世界に認めてもらわなければならない。 これは恐ろしく困難な仕事であって時間もかかるが、この目標が達成されるまでは政府首脳の靖国参拝を中止すると日本政府が決定すれば、中国人も日本人も納得するであろう。しかもこれは、靖国神社に祭られている英霊を放置して別に戦争犠牲者の慰霊施設を創る場合と比べれば、実行は可能であって費用はまるでかからなことは明らかである。 そのために先ず必要なことは、あの戦争が侵略戦争ではなかったと主張している前述のホームページの文章とそれに類する主張を止めることである。これは、靖国神社が国のために戦って死んだ者を祭るための場だった時の名残りであって、戦争の犠牲者を追悼して平和を祈るための場になったとしたら、その必要はなくなる。国の戦争のために命を捧げるにはそれが侵略戦争であってはならないが、戦死者が戦争の犠牲者であることについては、それがどんな戦争かということは関係がないからである。 |
| 4 神社の性格と祭られている者の性格 あの文章を消したからといって、靖国神社があの戦争は正しかったと信じることを止める必要は無い。必要なことは、これが日本の戦争を正当化しA級戦犯を神格化するための施設などではなく、人々が戦争の犠牲者を追悼して平和を祈るための場だということを、外国人にも分かるようにすることである。しかしそれを文章にするだけでは、この神社の過去の性格を知っている者にそのことを納得させることは難しい。そこで、神社の性格は誰を祭っているかによって決まり、それは外から容易に識別できるという事実にもとづいて、ここに祭られている者の性格を分類して見せる必要がある。 靖国神社はこれまでに何度もその性格を変えてきており、それは、その都度新しく祭られるようになった者の性格によって識別できる。 この神社の前身である東京招魂社は、1868年に徳川幕府を倒して政権を取った明治政府が、その翌年、その正統性を示すために創立した。そのためここには、倒幕のために戦って死んだ尊王の志士と前年の戊辰戦争で旧幕府軍と戦った官軍の戦死者が祭られた。1877(明治10)年の西南戦争の2年後には、天皇に忠義を尽くした者を顕彰するために、「賊軍」と戦って死んだ兵士を祭る別格官幣社「靖国神社」となった。更に10年以上が経ち、日本が大規模な対外戦争を頻繁に戦うようになってから、対外戦争で国のために戦って死んだ兵士を祭るようになった。 靖国神社が戦死者を祭ることは、戦争の犠牲者を慰霊する場として何の問題もない。戦死者は、戦争がなければ死ぬことはなかった点で戦争の直接の犠牲者だからである。しかしこの性格を際立たせるためには、戦死した兵士以外の戦争による犠牲者も祭ることが望ましい。そしてこの点では既に、靖国神社はこの方向への変化を行っている。 それは、沖縄戦で犠牲となった「ひめゆり学徒隊」の女子学生や米潜水艦に撃沈された「対馬丸」に乗っていて犠牲になった沖縄の学童などを祭っているからである。またB級C級の戦犯として死んだ人たちも祭っているが、彼らも―何の罪に問われたかは別として―戦争中に行った仕事が原因で死ぬことになったのは事実であり、戦争さえなかったら死ぬことはなかった点で、戦争の犠牲者であることに違いはない。 A級戦犯は、戦争の計画や実行に係わったのだから戦争の責任者であって犠牲者ではないと言うこともできるが、たとえそれが侵略戦争であろうとも彼らが公務を遂行したために死ぬことになったのは事実であり、日本の政府はその死を公務死と認めているから、彼らを戦争の犠牲者としてもおかしくはないであろう。 以上を前提とすれば、今の靖国神社は戦死者以外にも戦争によって死んだ多くの一般人を祭っていることから、日本のすべての戦争を正当化するような主張さえしなければ、戦争の犠牲者を追悼し平和を祈るための場であると一般に認められることは可能だと思われる。しかしそれだけではこの神社がそのように変身したとは認められないと言う者があれば、これまでには祭っていなかった種類の戦争の犠牲者を祭るようにする方法がある。 |
| 5 世界の平和と日本武士の伝統 それは、この神社が日本だけではなく世界の平和を祈るための場であることを示すために、日本の戦争に限らず他の国の戦争の犠牲者としての戦死者までを祭るようになることである。ただ世界のすべての戦争ということになると範囲が広がりすぎるので、日本の戦争における「敵国」の戦死者を祭るという方法が考えられる。 日清戦争以後の日本は、中国、ロシア、ドイツ、アメリカ、イギリス、オーストラリアその他の国を敵として戦い、多くの兵士を殺してきた。そして、彼らの霊を慰めるということは日本武士の伝統からいって決して不自然なことではない。戦争の直接の犠牲者は戦って死んだ戦士自身なのであって、この点では「敵」も「味方」もないことを、日本の武士たちは知っていた。名のある武将はほとんど出家して自分の殺した敵兵の菩提を弔ったのはそのためであり、元寇の後の北条時宗は、鎌倉に円覚寺を建て、日本軍の死者と一緒に元軍の死者までも手厚く葬ったほどである。 この場合の問題は、相手国側が「敵」の神社に祭られることをどう思うかだが、これについては日本の伝統文化の特徴である「死ねば皆仏になる」ことを説いて説明すれば、外国人にも分かってもらえるはずである。祭る対象は、国を代表する1人を選んでも良いし、「無名戦士」のままでも差し支えない。 もう一つの問題は、靖国神社の前述のような沿革のために、日本人の戦死者でさえ「幕府方」や「賊軍」の者は祭っていないことであり、神社がこのように「敵か味方か」の区別にこだわる限り、敵国の戦死者は祭れない。しかし前述のような日本の伝統を考えると、今の靖国神社が天皇の政府に敵対した者を祭っていないことの方が、むしろ問題である。靖国神社に、吉田松陰や坂本竜馬だけでなく近藤勇や白虎隊員や西郷隆盛などが祭られているということになれば、恐らくその人気は大きく高まるであろう。 靖国神社に日本と戦って戦死した外国兵が祭られているということになれば、この神社は国際的な観光地としても人気が出るであろうし、戦争博物館としての遊就館の価値も、それが日本の戦争の勝利や正義を賛美するだけでは、外国人には嫌われ日本の若者には白けられるということになるが、日本の戦争の栄光と悲惨を客観的に表現するものにすれば、子供たちには興味と感動を与え、日本の歴史に立脚した道徳教育にも役立つであろう。 |