| EMを原動力とする第二の産業革命 |
平成26年2月 | 小金芳弘 | |
| 産業技術の得意とするところは、自然界から抽出した大量のエネルギーを投入することによって、標準化された同質的な財貨やサ−ビスを大量に生産することである。 これは、1710年にニューコメンが発明した蒸気機関を12年にイギリスの炭坑で使うことによって先ず石炭の生産コストを下げ、それによって生産コストの下がった鉄を使って作る水力紡績機を大量に生産できるようになったことが、それまで人力によって生産するしか方法がなかった綿糸の機械による大量生産を可能にしたことから生まれた。その産業革命が1770年代に起こった後、この技術は鉄道革命と電力革命を経て1915年にはT型フォード工場の開業による耐久消費財の大量生産体制の原型を作り、その後更に100年を経るにおよんで成長段階を終了したと考えられる。 もちろんこれは、その産物への需要がなくなるとか減少するとかいうことを意味するものではないが、この300年の間に人類が行った膨大な量のエネルギーの抽出と投入の結果は地球環境の汚染となって累積しており、これまでと同じ速度でエネルギーの自然界からの抽出と投入を続けることはほとんど自殺行為としか思えない。しかも地球上にはまだ生存に最低限必要な物資の調達さえも困難な人たちが数多く残っており、その最先端に位置している人たちの生活水準を落とさないままで貧しい人たちを救い出すには、300年前の蒸気機関の発明にも匹敵するほどの技術革命が必要だと思われる。 しかし現在の日本には、既に、それに匹敵するほどの技術が生まれて使用され、また多くの国々に使用されつつある。それがEM(Effective Microorganisms)という、1982年に琉球大学の比嘉照夫教授が開発した有用微生物群であって、比嘉氏はこれを農業、下水処理、汚染処理、環境対策などに利用することによって、放射能対策をはじめとしてすべての産業社会の問題を解決できると主張している。 問題は、何でも新しいものが出てきた時、既存の価値観や権威や既得権益を脅かされる人たちからの妨害や中傷であって、現にマスコミはEMには科学的根拠がないとして徹底的に無視しており、政府も東北地方の汚染処理には困り抜いているのに黙殺しようとしている。クーンの「科学革命の構造」を読んだことのある人なら、科学の定説が如何に簡単にひっくり返されるものなのかが判るはずなのに、その科学者と自称する人たちがEMを偽科学だとか詐欺まがいだとか言っているのは許せないが、多くの日本人は肚の中ではもっともだと思っていることでも「空気を読んで」黙ってしまう場合が多く、外国人に騒がれてはじめてその価値を認める性質があるので仕方がない。 比嘉氏は、ひたすら善意とボランティアの人たちの力によってこの障碍を克服しようとしており、私もその努力に敬意を払ってはいるが、日本が新興国として先進国の後を追っていた時代ならとにかく、世界のトップに立った現在、日本人の独創的な仕事を外国人から認められて初めて認めるようでは―日本はともかく―世界が困る。 しかし現実は現実であり、私はマスコミや政府が喜んで使う「学識経験者」にではなく、産業技術やそれに関係する科学に携わる実務家たちがEMにヒントを得て新しいパラダイムを探すことを期待したい。これまでの産業技術の多くは、物理学や化学などの非生物を研究する科学の助けを得てきており、生物科学の多くは農業、牧畜、医療などの生き物を扱う技術に使われていたが、それはその方法に限界があったからである。1953年にワトソンとクリックが遺伝子の構造を解明してからはそれがなくなった。 生物がどのようにして最小のエネルギーで自分の目的を達成しているのかについては、その遺伝子に書き込まれている情報を読み解かなければわからないので、それがこれからの生物科学の使命であろうが、EMがなぜあのように色々なことができるのかを解明することは、そのための重要な手掛かりになるだけでなく、その過程で人類の役に立つような洗練された技術―原子爆弾のような野蛮なものではなく―を生み出すという副産物をも期待できる。私はこれを特に東京大学生産技術研究所の人たちに期待したいが、それはこの研究所が、過去の権威や伝統や身分に関係なく自由に学びかつ遊んだ東京大学第二工学部の後身だからでもある。 参考 「小金芳弘のホームページ」 (http:/www.geocities.jp/ryuryuise/index.html/) 小金芳弘「アベノミクスからの脱却」 小金芳弘「産業社会の過去と未来」(2013年1月、東海大学出版会、電子版―真興社) 小金芳弘「小金芳弘・戦後日記」(2010年10月、東海大学出版会) 小金芳弘「経済発展論―産業革命から情報技術革命まで」(1994 年8月、東海大学出版会) 小金芳弘「第二工学部の思い出」 |