技術と経済 平成19年4月 韓国米国FTAについて
李在雄



 2007年4月、韓国と米国のFTA(自由貿易地域)協定が妥結した。これは韓国と米国にとってのみならず、やがてはアジア経済ひいては世界経済に対しても大きな影響を及ぼすものと思われる。ここでは、その基本的な特徴と韓国の部門別経済およびマクロ経済に及ぼす中長期的な影響を述べると共に、日本の自由貿易地域に対する態度との比較を行うこととする。

 第1表は、KORUS(韓米FTA)と他の二つのFTAを比較したものである。この三つは経済規模と人口規模において略同じだが、域内貿易が全体貿易に占める比率を見ると、KORUSが最も小さく、EUが最も大きく、NAFTAはその中間に位置している。この違いは、参加国間の貿易量はその間の距離に反比例し経済の同質性に比例する、という仮説にもとづいて説明することが可能である。

 過去においては、国民経済の生産物が同質的である場合には貿易量が少なく、異質的であれば多くなると思われていたが、近年の先進工業国の間では逆の現象が認められる。これは、経済の発展に伴って生産と消費の多様化が進み、買い手が多様な選択肢を求めるようになるためである。従って、自国の生産者を保護するために同種生産物の輸入を制限することが望ましいとする考え方に代わって、自国の消費者のニーズに応えるためにそれを自由化したり関税引き下げを行うことが望ましいとする考え方をとるべきであろう。

 その意味で、域内経済における同質性が最も高いのはEUであり、NAFTAの場合のアメリカ・カナダとメキシコの同質性は、後者の経済の持つ発展途上的性格を考えると、KORUSの場合のアメリカと韓国のそれより低いと思われる。従って、KORUSの域内貿易量が少ないのは、両国間の距離が遠すぎるためだと言えよう。

 
第1表 FTAの性格比較
名称 KORUS EU NAFTA
1) 経済規模 14兆ドル 15兆ドル 15兆ドル
2) 対象地域 韓国+米国 EU27カ国 米国+メキシコ+カナダ
3) 人口 3.5億 4.9億 4.4億
4) 域内貿易規模比率 13% 60% 40%
5) 特徴 遠距離国家間 近距離同質的国家間 近距離国家間



 第2表は、KORUSの結果として両国の主要産業部門がどうなるかを示している。
 
第2表 主要部門別効果
1)自動車:現地販売価格2.5%引き下げ、米国は排気量3000CC以下(部品を含む)の関税を撤廃する。
2)食料品:米国は3年以内に関税を撤廃し、韓国は94品目の関税を早期に撤廃する。
3)通信機器:基幹通信事業者に対する外国人持分の限度は49%に維持する。
4)医薬品:新薬の最低価格を保障せず、複製薬市販を許可する時特許の侵害の有無を検討する。
5)農業:米は開放せず、牛肉は開放する。
6)サービス:法律サービスは3段階で開放し、会計サービスは2段階で開放する。
7)金融サービス:郵便、保険、国策銀行は開放しないが、Safe Guard(送金制限)の導入等は行う。

 第3表は、以上が韓国経済の中長期的発展におよぼす影響に関する韓国対外経済研究院の推計である。注:繊維、人的交流(2006年)、投資(2000〜2006年)等に関する数字は貿易協会の資料による。

第3表 FTAの韓国マクロ経済におよぼす中長期的(7〜10年)影響
1)実質国内総生産:+7.2%(326億ドル)
2)雇用     :+3.1%(51万人)
3)対米輸出   :+22.7%(82億ドル)
4)対米輸入   :+44.4%(82億ドル)
5)対米貿易収支 :−47億ドル(黒字減少)
6)国際環境   :プラス
7)対外直接投資 :+40億ドル

 第4表は、韓国と日本の自由貿易協定締結に関する現状を比較したものである。


第4表 韓国と日本のFTA関連状況
国名 締結済み 交渉中 考慮中
韓国 チリ、EFTA、シンガポール、米国 日本、インド、カナダ、
メキシコ、ASEAN
EAFTA、EU、タイ、南ア、
マレーシア、ニュージーランド
日本 マレーシア、メキシコ、フィリピン、
シンガポール、オーストラリア
ASEAN、ブルネイ、チリ、
インドネシア、韓国、タイ、ベトナム
EAFTA、インド、カナダ、
スイス、中国

 韓国と日本は、EUやNAFTAに劣らず至近距離に位置している上に、経済の同質性も急速に高まりつつある。従って、韓国にとって最も有利なFTAは日本との間のものであることは言うまでもないが、現在は地政学的な理由によって期待できない。また、多国間協定が二国間協定よりも有利なことも明らかだが、これも同じ理由で実現できない一方で、韓国の対外貿易依存度が輸出入額/GDP比率88.8%に示されるように非常に高い(日本のそれは約30%)ことから、止むを得ず米国との双務協定に踏み切ったというのが実情である。

(註)以上は、2007年4月19日、ソウルのロッテホテルにおいて韓国の金融・産業界の首脳約100人を前にして行われた講演の要旨である。筆者の李在雄氏は、1933年ソウルに生まれ、国立ソウル大学を卒業して韓国銀行に入り、為替局長、銀行監督局長等を歴任して理事となり、退職後は高麗経済研究所社長、高麗証券会社副社長等を勤め、現在は明知大学客員教授となっている。

コメント

 私が李在雄さんと初めて逢ったのは1959(昭和34)年、それぞれ経済企画庁と韓国銀行から派遣されてオランダ・ハーグのInstitute of Social Studies に留学した時だった。当時の日韓関係は今とは比較にならないほど疎遠でしかも冷たかったが、李さんは大変な親日家で、他の韓国人留学生とは違ってどんどん日本語を話すので、後に滋賀大学学長になった尾上久雄さんと3人で飲んでは日本語でしゃべりまくることが、我々にとって何よりのストレス緩和になっていた。

 その後、我々はそれぞれの持ち場にもどったので逢うことはなくなったが、私が役人をやめて日興リサーチセンターに入ってから間もなく、私が日本経済新聞に書いたものを見て彼が尋ねてきてくれ、高麗証券会社の東京支社創立のために日本に長期滞在した時を含め、何回も経済企画庁や生活文化総合研究所での研究会で話をしてもらった。今回、韓国とアメリカが自由貿易地域協定を結んだことは非常に大きな出来事であるにも拘わらず、日本の経済界での認識は大変希薄であるように思われるので、簡単な解説をここに載せて頂くようにお願いした次第である。

 私は、この問題について何の意見も持つわけではないが、日本人として自分の国が現在のようなFTAの世界的な広がりに乗り遅れつつある現状は憂慮している。それは、金儲けや経済成長の機会を逃がすというようなことではない。日本の政界に残存する時代錯誤的なナショナリズムが両国にとって最も有利なFTAの形成を妨げているだけでなく、今の日本の持つ技術経済的なまた文化的なポテンシャルの発揮を妨げているからである。

 日韓(そして日中も)のFTA交渉が進まないのには向こう側の事情があることは確かだが、日本側の障害を取り除くことは日本人にしかできないし、日本人がやらねばならないことであり、それができれば日本は、真の意味において世界の先端に立つことができる。そして煎じ詰めればこれは、人間は過ちをするものであり、そのような過ちをした先人を持つことは民族の汚点でも何でもなく、そのような人たちがあって初めて現在の自分たちがあるのだということを自覚しさえすれば、何でもなくできることなのである。

 
小金芳弘


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