技術と経済 平成16年2月 コンドラティエフ波動から見た
日本経済の現状と将来
小金芳弘

概 要

 コンドラティエフは、先進工業国の景気が1780年代から1920年代まで略50年周期で波を打っていることを図示したが、これを1930年代から90年代まで延長すると、日本の平成不況は、その谷と一致していることがわかる。平成不況とアメリカの30年代不況の経験から言えることは、この波を起こすのは技術経済パラダイムと言われるものの変化が起こす技術革命であって、これは一つの企業や産業の中だけで起こる技術的な変化ではなく、金融システムと生産システム全体に大きな影響を与え、社会の性格までを変えてしまうほどの大変動だということである。

 日本経済は、1990年代の長期波動の谷を脱して上昇過程に入りつつあるが、IT革命が引き起こした金融システムの大変動はペイオフが解禁されて正常化されるまでは終了したとは言えず、生産システムの変動に至っては、未だその緒についたばかりである。それは、産業革命、鉄道革命、電力革命、フォード革命と続いてきた大量生産・大量輸送のパラダイムの使命が終わり、欲求の違いや変化をより正確に伝えられる情報技術のパラダイムの時代に入ったことにより、自然環境の破壊を避けながらそれぞれの欲求に正しく応える生産システムに移行しなければならないからである。

 今の日本で最も強く求められているものが環境の保全・回復と並んで「心の癒し」であることから見て、このような生産システムの主役は、人々の生活から生まれる文化を育て普及するものになると思われる。インターネットは、それに必要な情報のネットワークとして不可欠なものではあるが、技術的な発展だけでそれが可能になるわけではない。設備と技術を運用して情報を流通させる人たちに正しくその任務を遂行させるようなルールを制定し、それを守らせるための体制を確立することが、これからの課題である。
目 次

1 長期波動の実態と理論
(1)ジェヴォンズからコンドラティエフまで
(2)30年代不況から平成不況まで
(3)貨幣数量説と技術革命説

2 バブルと不況と技術革命
(1) バブルと長期不況
(2)技術革命と金融システム
(3)新しいパラダイムと長期波動

3 破壊から創造へ
(1)主役は生活文化
(2) 情報社会への道

1.長期波動の実態と理論

(1)ジェヴォンズからコンドラティエフまで


 1884年、ジェヴォンズは、イギリスの卸売物価が1790年から1818年まで上昇した後1849年まで下降していることを発見した。1913年、ファン・ヘルデレンは、その波が1850年から1873年まで上昇した後1896年まで下降していることを発見すると共に、先進資本主義国では好景気と不景気の長期的な波があり、卸売物価の波はそれを表していると主張した。

 1925年、コンドラティエフは、英米仏の卸売物価指数には1780年代から1920年代にわたる長期的な波があることを図示し、それが好不況の波を表していると論じた(第1図)。

第1図 コンドラティエフの卸売物価指数の変動

小金芳弘『経済発展論』(東海大学出版会)より 

(2)30年代不況から平成不況まで

 コンドラティエフ波動が示唆した通り1930年代には世界的な大不況が起こったが、戦後になってからは世界的な好況が続き、景気変動は政策によって除去できるとするケインズ理論が優勢になったことによって、長期波動説は否定された。

 1970年代に入り、石油危機と超インフレのために高成長ができなくなると、この説は再び脚光を浴びたが、80年代に入ってそれが終息しIT(情報技術)の発展による好景気が始まると、ニューエコノミーには長期不況はあり得ないと考えられるようになった。

 しかし1990年代に入ると、日本ではバブル景気が崩壊して長期不況となり、やがて欧米主要国の景気も低迷して、出口の見えない状況が続いている(第2図)。

第2図 19世紀から21世紀までの波


(3)貨幣数量説と技術革命説

 景気が長期的な波を打つことの原因についてファン・ヘルデレンは、大きな金鉱が発見されると通貨供給が増えるために好況が続き、その影響が薄れると不況になるという説を唱えた。しかし管理通貨制度の下では、中央銀行は金の生産や流入とは独立に通貨供給を操作するので、この説は現実的ではない。

 そこでコンドラティエフは、金鉱の発見とは別に、大きな発明・発見があると新しい産業が勃興して好景気となり、その影響がなくなってくると景気は悪くなるという説を出した。シュンペーターはこれにヒントを得て、技術革新が長期波動の原動力だと主張した。

 フリーマンは、技術経済パラダイムという概念を導入することによってそれを発展させた。技術経済パラダイムとは、経営者、技術者、設計者などが共通に持っている仕事のやり方のスタイルで、それを変えてしまうような革命的な技術が出現すると産業全体の生産性が爆発的に上昇して長期にわたる好景気となり、その効果が薄れると不景気の時代がくる、というわけである。

 表に示すように、このような技術革命は産業革命以後ほぼ50年おきに起こっており、その都度新しい長期波動が発生しているが、どの場合も、技術革命の最中は深刻な不況に見舞われている(表)。この説の弱みは、技術革命と長期不況がどのように関係しているのかを明らかにできないところにあった。

時代 19世紀の波 20世紀の波 21世紀の波
水力と蒸気力の時代 電力の時代 情報の時代
年代
1780 1810 1850 1870 1890 1910 1930 1970 1990
技術
革命
産業
革命
- 鉄道
革命
- 電力
革命
- フォード
革命
- IT
革命
-
関連
事象
アークライト水力紡績機発明(1768) ナポレオン退位・ウィーン会議(1848) イギリスで鉄道開通(1830)共産党宣言(1848) 普仏戦争(1870)明治維新(1868) イギリス・アメリカに発電所建設(1882) 第一次世界大戦(1914〜18) T型フォード工場建設(1915)第二次大戦(1939) 第一次石油危機(1973) パソコン+衛星(75)インターネット民営化(84) -

2.バブルと不況と技術革命

(1)バブルと長期不況

 技術革命と長期不況の関係はさておいて、通貨が豊富にあれば景気は好くなり、足りなければ悪くなることは、経験的にも理論的にも立証できる。篠原三代平氏は、戦前の西欧先進国の長期不況は常にバブル景気が終わった後に起こっていることに注目して、長期不況は過剰流動性が引き起こす大型バブルによる好況の反動だと考える。

 しかしバブルは、政府が生産力の増加を大きく上回って通貨供給を増加させるために物価が暴騰する悪性インフレとは異なり、個々の市中銀行が企業の要請に応えて行う貸出が急激に増加するのを中央銀行が容認するために通貨供給が急増する現象であって、戦争や内乱などの不安がなく、生産力も大きく伸びている時に起こりやすい。

 そのため一時的には非常な好況になるが、一度それが終わると借入を返済できない企業が続出し、この不良債権を抱えすぎた銀行が預金の引出し要求に応じられなくなって倒産すると、その借手だけでなく他の者の預金も一緒に消えてしまう。通貨とは要するに現金と預金の合計だから、この現象が広がれば通貨供給は激減する。

 1929年末にバブルが崩壊した後のアメリカでは、銀行の連鎖倒産のために4年間で通貨供給が4割も減少し、それに応じて国内総生産も4割減って失業率が25%に達する大不況になった。91年初めにバブルが崩壊した後の日本では、政府が銀行の倒産を防ぎ預金を保護しながら通貨供給を増やしたのでこのようなことは起こらなかったが、その後の不況に対して何回も大型の景気対策を行ったにも拘らず不良債権を整理できるほどの好況にはならず、97年になると経済は完全に失速して、ほとんどゼロ成長の状態になった。

 長期不況の原因が通貨供給の減少であるのなら、それが増え続けている日本が長期不況になるはずはないが、97年以後の日本では銀行貸出が一貫して減り続けている。通貨というものは銀行から市中に貸し出されてはじめて購買力となり、需要と従って生産を生み出すのだから、銀行貸出の減少は通貨供給の減少と同じものであり、従ってこれもバブル崩壊の後遺症だということになる。

(2)技術革命と金融システム

 平成不況の原因が戦前の西欧先進国の長期不況と同じくバブル崩壊が引き起こした通貨供給の減少だとすると、これらの不況はすべて技術革命と同じ時期に起こっていることから見て、技術革命はバブルと無関係ではあり得ない。事実、1980年代から平成不況までの日本では、技術革命とバブルの発生・崩壊は同時進行の状態にあった。

 石油危機後の日本は、エネルギー消費を節約するための情報活用の手段としてコンピューターをはじめとする情報通信機器製製造の技術開発に力を入れ、ワープロ、ビデオ、半導体などのハイテク製品の生産性を急速に向上させた。この頃アメリカでは、人工衛星を経由してパソコンが繋がったために新しい情報ネットワークの形成が可能になり、1984年にインターネットが民営化されると、これは爆発的に広がり始めた。

 それが必要とするハードウェアーはほとんど日本のハイテク製品と同じだったため、そのアメリカへの輸出も急増して、日米経済摩擦は危機的な水準にまで悪化した。この問題に対処するために、日本政府は内需拡大を目的とする思い切った金融緩和政策を採ったので、情報通信機器製造業への投融資は加速度的に増加した。

 このような事情はなくても、技術革命の先頭に立つ先端産業への投融資が急増する
のは、その成長性や将来の利潤から見て当然のことである。紡績工場が初めてできた時の繊維工業、鉄道が開通した時の鉄道業や車両製造業、初めて発電所が建設された時の電力業と電気製品製造業、T型フォード工場ができた後の自動車製造業などがそれだが、これらへの銀行貸出の増加はある時期になると頭打ちになり、次いで減少を始める。それは、その生産性の上昇と生産コストの低下が余りにも急速だからである。

 今日で言えば双発自家用機に相当した自動車は、T型フォード工場が建設されると間もなく白人労働者なら誰でも買える値段になったし、1980年代初めに日本で売り出された時のワープロの値段は600万円だったが、90年代初めには10万円台になった。これらの製品では質の向上を考慮すれば生産性は10年間で何百倍にもなるので、売上げが増えれば増えるほど通貨は余ってきて、外部から借りる必要はなくなる。

 日本の先端産業がこの段階に到達した時、それまで供給が急増していた通貨は行き場を失って溢れ出し、先端産業のように爆発的な成長力を持たない「普通」の企業への貸出を急増させた。これらはそれを使って土地、株、美術品などを買いあさり、その価格を暴騰させることによって膨大な利益を得たが、そのことによる好況はやがて深刻な不況に変わって行った。それは、借金で資産を買って利益を得た者は、金融機関が資金の回収を始めるとそれを売る以外に返す方法がないので、そうする者が増えると資産価格が暴落し、それによる損失が急増したからである。

 こうなると、銀行がそれまでに急増させた貸付金の非常に多くが返済不能の不良債権となり、担保にとった土地や株を処分すればその価格は益々下がる。1930年代のアメリカでは、これを放置したために前述のような銀行の連鎖倒産と通貨供給の激減が起こったが、90年代の日本政府は大量の「公的資金」を投入して銀行倒産を防いだ。しかし、多くの銀行が抱える不良債権の処理をしないまま金融緩和と財政赤字増大による景気回復に期待し続けたので、
不良債権を抱えたままの銀行への通貨供給の増加は実質的に倒産している企業を延命させるだけで、銀行貸出全体が減少することによる不況が続き、景気回復に役立つはずの財政支出増加や減税は、財政赤字を膨らませるだけで何の役にも立たなかった。

(3)新しいパラダイムと長期波動

 フリーマンの定義によれば、これまでの技術革命における先端産業は、綿製品生産、輸送サービス、エネルギーの生産・輸送、および耐久消費財生産について、それぞれ全く新しい技術経済パラダイムを生み出した。IT革命においては、それは情報の加工、管理、移送のサービスに関するものである。先端産業の生産物や生産方法は、次の段階では、他の生産分野で利用されて生産性の向上や質の改善に寄与するようになる。

 ただ多くの場合、そこの伝統的なパラダイムでは技術革新が困難になっており、それに合わせて人々の態度も保守的になっているので、先端産業の影響で生産性が上昇し始めると、たちまち生産過剰になって倒産と失業が増える。次に、彼らを顧客にしていた産業ではその影響で生産が減り、そこでも倒産と失業が増える。

 生産性が向上したために生産が減って失業が増えるという矛盾を解消するためには、先端産業以外の産業が技術革新を可能にするようなパラダイムを新たに作り出し、それによって新しい需要を発掘しなければならない。1990年代の日本では、バブル崩壊後の不況は30年代のアメリカのように酷いものにはならなかった代わりに、古いパラダイムに固執して新しいものを作り出そうとしない生産者が大量に生き残った。

 現在までの不況は、そのことによる需要不足を反映して銀行貸出が減っているための通貨不足によるものだが、先端産業の浸透に伴うコストの低下と不況のために物価が下がり続けているので、それは需要を増やす方向に働く。97年以来の経済がゼロ成長状態にあることは両者が拮抗していることを示しているが、先端産業の浸透が続く限り古いパラダイムから脱却できない者の整理は続き、その結果次第に新しいパラダイムへの交替が起こって、景気は上向きになる。

 2003年に入ってからの経済指標は、短期的な在庫要因や輸出の増加によるというよりも、そのような長期的な変動の一環として景気が上昇しつつあることを示しているが、長期波動が本格的に谷から山へ移行するためには、先端産業のものと同じ基本的な性質を持つパラダイムが他の産業にも定着して、両者がシンクロナイズして生産性を挙げながら需要を掘り起こす必要がある。

 IT革命における先端産業のパラダイムの特質は、エネルギーではなく情報を重視することと、ピラミッド型の組織ではなくネットワーク型の組織を好むということであり、その結果、縦方向ではなく横方向の情報流通が重視される。従来の日本の組織は縦方向の情報流通を重視していたので、トップと現場の情報を仲介する中間管理職が重要だった。しかし、どんな複雑な情報も一挙に処理する技術があればトップと現場は直に繋がることができるので、わざわざ中二階を作る必要はなくなり、経済全体の生産性は著しく向上するが、問題はどんな求めに応じて生産性を上げるかということである。

3.破壊から創造へ

(1)主役は生活文化

 現代の日本で最も強く求められているものが「心の癒し」であることを考えれば、生産性を向上しなければならない分野の筆頭は、生活から生まれる文化を育成し普及することである。文化はもともと、人間が生活の直接の必要とは関係なく、絵を描いたり歌を唄ったり物語を聞いたりする活動であって、かつては王侯貴族のように生活に何の問題もない人たちが、その心を癒すために自ら行ったり優れた能力を持つ者にやらせてそれを味わったりすることによって洗練されてきた。

 現代の先進産業社会では、それを職業にする人たちの活動は隆盛を極めているが、そうでない人たちは、それを楽しむための金を手に入れるためにストレスを増大させ、それが原因で心身の健康を害することも珍しくない。この問題を解決するためには、文化的生産物を金で買うだけでなく、生活の中で自分で行う文化的活動を盛んにすると同時にそれを相互に交換して楽しむという、かつての王侯貴族と同じことをするしか方法はない。

 現代の日本には、そのための好条件がいくつもある。普通の生活を営むのに必要なものはいくらでもあるので、それを入手するために多くの時間を割く必要はないし、かつては農業生産のために占領されていた広大な土地や自然は放置されていて文化的活動のためにいくらでも利用できる。文化的生産物を相互に交換するためには、インターネットという強力な手段が急速に発展し続けている。そして最大の利点は、良質の文化的生産に適した伝統が豊富にあることである。

 日本は、文明の発達では中国やローマに大きく遅れたが、奈良平安時代には絢爛たる王朝文化を生み出し、江戸時代には世界に冠たる町人文化の花を咲かせた。しかもこれには、花鳥風月のような自然を友とし、戦いを職業とする武士が「刀」を殺人の手段としてではなく「菊」と同じく芸術作品として評価するというように、自然と人間を尊重する特質がある。

 明治以後の日本は、この文化遺産を国の威信を示すために利用した。戦後の日本は、職業人の文化的創造を商業的利益の源泉として利用する一方で、それ以外のものを「余暇」の消費として軽視した。文化的な価値を評価して普及するための情報については、国家および国家的な権威を背景とする新聞・テレビなどのマスコミが一方通行的に供給する情報が圧倒的に多いために、権力、権威、資本などが文化を自己のための手段とするのを防げなかった。日本が経済大国として世界から認められるようになり、インターネットが爆発的な普及を始めたことは、これらの条件を根本的に変える可能性がある。

 生活から生まれる文化を育成し普及する活動をどのような方法で行えば経済的に採算がとれるかは、それぞれが考えることである。ただ言えることは、これまでの産業社会で莫大な利益を挙げてきた産業は、自動車製造も映画もサッカーも、少し前までは採算に乗るはずはないと思われていたものばかりだったということである。

(2)情報社会への道

 産業社会は、19世紀には水力と蒸気力を、20世紀には電力を大量に投入して物的手段を大量に作り出す方法を開発したが、これがもはや限界に到達したことは明らかであり、21世紀は、エネルギーをどうすれば有効に使えるかについての情報を見出し利用し伝達することが経済発展の土台になる。そして、前述したような情報の水平的な流通を助けるネットワーク的組織の運営についても、生活から生まれる文化の創造と普及を助けて人々の心を癒すことについても、インターネットという新しいインフラが強力な武器になることは既に明らかである。しかし、このように大きな時代の変化は技術とハード・ソフトの物的設備だけで可能になるものではなく、それを使う人間の行動を規制するルールの制定と、それを実施するための強制力の整備が必要である。

 食料や衣料などの余剰生産力が増大して市場経済が発達した時には、その流通を仲介する商人の守るべき商法と通貨の流通を仲介する金融業者の守るべき各種の法規ができた。産業革命によって物的財貨の大量生産が可能になり富の集中が起こって失業や病気による弱者が増加した時には工場法や救貧法ができ、大量生産が耐久消費財にまで波及して家族制度による相互扶助が働かなくなった20世紀後半には、年金や健康保険などの社会保障制度が整備されるようになった。環境汚染の悪化につれて環境規制が強化されたのもその例であり、やがては環境税なども導入されるであろう。

 水平方向の情報流通の重要性が圧倒的に重要な社会の運営を円滑に行うためには、適切な情報の流通を保障すると同時に、不適切な情報が溢れてそれを妨害するのを防ぐことが不可欠である。現在はこれは、主としてインターネット上での情報流通を仲介するプロバイダーとかサーバーとか言われる業者の仕事になっているが、情報が適切か不適切かを判定する基準が不明確な上に、不適切な情報流通を行わないように強制するためのルールがなく、違反者にペナルティを課するのに必要な技術もひどく遅れている。

 現在のインターネットも、生活文化の創造と普及に役立つ以前に、出会い系サイト、ポルノ、ウィルスのばらまき、プライバシーの侵害に始まって犯罪のための銀行口座の売買にまで多用されており、この状態のままでは、長期波動の谷から山への本格的な移行は期待できない。有用な情報を発信することは発信者の責任だが、流通業者にその流通を保障させるのは立法府と行政府が責任を持つべき仕事であり、それを助ける技術を開発するのは、先端産業としての情報通信業が果たさなければならない重要な責務である。
◆参考
・小金芳弘『経済発展論―産業革命から情報技術革命まで』(東海大学出版会、1994年)68〜75頁、113〜114頁
・篠原三代平『長期不況の謎をさぐる』(勁草書房、1999年)



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