技術と経済 昭和58年6月 産業社会から情報社会へ 増田米二


1983年6月21日、(社)生活文化総合研究所は日興リサーチセンターとの共催による情報技術シンポジウムにおいて増田米二氏(情報社会研究所所長)に基調講演を依頼した。以下はその要旨である。

1 モノ離れ化、ロボット化、超高齢化社会の到来と情報技術

 モノが溢れるようになった現在、モノの生産と消費を中心とする経済体制は消費需要の不足という重大な危機に直面している。またOA 、FAの発展により、非常に僅かな労働人口だけに雇用の機会があることになり、高齢者と女性の就業意欲の高まりを考慮に入れると、これからの失業率は恐らく1割から1割5分に達すると見られる。更に、平均寿命の伸びによって標準世帯が二世代の老人を扶養しなければならない時代が到来し、今のままでは退職金も社会保障もパンクするだけでなく、この人たちが社会のために何らかの役割を果たしたいという欲求に応えられないという状況も予測される。

 現在は、この三つの現象がハッキリした形で現れているのに拘わらず、では将来はどうなるのか、またどうすれば良いのかというシナリオがない。このシンポジウムにおける増田氏は、以上のような問題意識にもとづき、人類社会の発展を狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に分け、、それぞれの中で社会全体を決定的に変えるような技術を社会的技術とした場合、情報社会の社会的技術はコンピュータを中心とする情報技術になるとして、未来社会の展望を行った。

2 生物と情報

 エネルギーは生命のない世界にも存在するが、情報は生命現象を伴って初めて意味のあるものになる。生物は自分のエネルギーを使って生きて行かなければならず、それを無駄遣いすることができないからだ。人間の手を道具とすると、それを動かすものは自分のエネルギーなので、どこに食べ物があるのか、どのようにして捕らえたら良いのかということを知らなければならない。これを知らせるものが情報であり、それがなく食物にばったり出くわすという偶然性に頼っていたら、たちまち飢え死にしてしまう。

 アメーバは最も単純な単細胞動物で情報器官も持っていないが、光、温度、酸、アルカリをそれぞれ微細なところまで識別するだけでなく、これを評価し、それにもとづいて適切な行動をとれる―バクテリアを捕らえて包んで食べる―ことができる。このように情報の本質は、「不確実性をなくして生物の最適行動の選択に役立つ」ところにある。

 また情報は、仲間との間でやりとりすることによって生物が集団的な行動をするのに役立つ。人間は、眼や耳や口のような情報器官をそのために使うだけでなく、より高度な情報をより広く利用するために言語、文字、印刷、通信、コンピュータのような情報技術を開発し、それによって社会を発展させてきた。

3 先端情報技術と機会開発

 コンピュータが印刷技術などと根本的に違う点は、人間がプログラムとデータを入力してやると、機械でありながら自分で情報もプログラムも作り出せることである。しかもコンピュータが作る情報は論理的システム的で、異なった情報を組み合わせて高度に複合的な情報にすることも、通信技術と一緒になって色々な場所から異なった情報を集め色々な場所に伝達することもできる。データバンクに多種多様な情報を蓄積しておけば、それと組み合わせた情報を作ることもできる。

このような先端情報技術の使い方には、3種類のものが考えられる。

 第一はオートメーションである。これは、人間に代わって情報を処理し伝達することであって、これまでやっていたことの能率を飛躍的に向上させるが、それ以上のことにはならない。

 第二は個々の場合に応じた問題解決を助けることである。たとえば、癌という病気についての情報は今でも豊富にあるが、自分や家族が癌にかかった時にどうすれば一番良いのかということは、現在では医者に相談するより外に方法がない。しかし、癌に関するデータバンクができて、実際にそのことで悩んでいる患者や家族のナマの情報が収められ整理されていて、それに学者などが協力して利用できるようになれば、国や医療機関ではなく実際に癌で悩んでいる患者や家族が自発的に作る情報によって、最も実情に即した問題解決法を発見することができる。

 第三は機会開発である。これからの社会では、収入を得るための労働時間が大幅に減り自由時間が増える。これを単なる暇つぶしや気晴らしではなくクリエーティブに使うことができれば、自分の人生を充実させるだけでなく社会の発展に役立てることが可能になる。特にこれは、収入を得るための管理された労働から解放された高齢者にとって重要だが、どこにそのような機会がありどうすればそれを生かせるかを知ることは、先端情報技術の助けがなければ不可能である。

4 INS―現在のインターネット―の使い方

 情報技術は、情報を「売る」ビジネスが利用するだけでは大きな社会的意義はない。現在でも既に消費サービスの情報は氾濫しており、銀行へ行く代わりにインターネットで用事をすませても、大して変わりはない。それよりは、市民たちが自主的に癌のデータバンクを作るとか、定年退職者の機会開発データバンクを作るとかして、自分たちに最も必要な情報を得るためにインターネットを利用するようになることが望ましい。国、企業、学者などだけでなく、一人一人の市民が協力して情報社会を作り出すのである。

 市民自身が情報を使うことによって最適な行動選択をして社会的な行動に移すということが、将来の情報社会のあるべき姿である。地球環境の危機についても、皆がそうならないように情報を使って行動しなければならない。そのために必要なものが、情報リテラシーと情報デモクラシーである。情報技術は、現在の工業社会を延長するために使うのではなく、このような情報社会の方向に向かって使うべきであり、日本にはそうすることのできる可能性がある。

【参考文献】
●「情報社会を考える―情報技術シンポジウム報告第1部」
日興リサーチセンター編、日刊工業新聞社、1983年10月
●「原典 情報社会―機会開発者の時代へ」
増田米二、TBSブリタニカ、1985年11月
●「リーディングス情報社会」
公文俊平編、NTT出版、2003年6月




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