技術と経済

 
 哺乳類の一種にすぎなかったヒトが人類となり、巨大で複合的な集団の集合体である文明社会を形成するまでになったのは、自然界に存在するものを取ってきて利用することから始まって、それを育てたり変形させたり組み合わせたりすることによって、農耕、牧畜、建築、製造などの生産活動を盛んに行うようになったからである。

人間にそれができるのは、生産のための方法や手順を定型化し、同じことを繰り返し行うことを可能にする「技術」というものを持っているからである。つまり人間は、遺伝子の中に予め埋め込まれたプログラムに従って生きて行くだけでなく、それとは別に自分用のソフトを作り出すことによって、「人間らしい」生き方を手に入れたのである。

それ以後の人間は、生産のためだけでなく楽しみや争いその他の目的のためにも数々の技術を生み出して発展させてきたが、それが特に顕著になったのは、余ったものを互いに交換して必要を満たし合うという物々交換を、金銭を媒介にして多角的に行うようになってからである。そして、そのための場である市場が発達して市場経済とか資本主義経済とか言われるシステムになると、それを通じてより多くの金銭を得ようとする競争が激化し、それがまた新しい技術の開発と経済の拡大を刺激する連鎖反応を誘発した。

その結果今の日本では、誰でもコンビニやスーパーに行くことなしに生活することはできないという意味で、現代人にとって市場経済は野生生物にとっての自然にも等しい生活環境を形成している。ただ、自然には「南海の楽園」だけでなくツンドラや砂漠もあるように、この人工環境は金が沢山あれば天国だが、金がなければ地獄のように厳しいものになる一方で、大地震や大型台風にも匹敵する悪性インフレやその逆の大不況などに見舞われる危険があり、それが原因で戦争や内戦が起こることも珍しくなかった。

第二次世界大戦が終わり東西冷戦も終わった現在では、これらの不平等や災厄を是正したり予防したりする制度が整備されるのに伴って、以前のようにその存在そのものを否定する思想は消滅した。現在の問題は、市場経済の拡大と技術革新の加速化に伴って、人工環境が自然に与える影響が無視できないほど大きくなりつつあることである。

これは、大気、水、土地などがその地域の排出物によって汚染されるという段階では、国や地域ごとの規制や税制などの措置によって対応することが可能だったが、野生生物の減少、人間の生殖機能の減退、地球温暖化による気候の変化というような地球規模の問題になると、個別の行為との因果関係が特定できないので、有効な対策を見出して実行することは難しい。

そこでどうしても、技術経済的な発展が自然の営みに対して過剰な影響を与えないように、その全体的な方向を転換させることが必要になる。これは恐ろしく難しいように見えるが、先進産業社会のこれまでの発展が「神の手」などによって行われたわけではなく市場経済の中での技術革新の積み重ねによって起こったことを考えれば、人間にそれができないはずはない。当分の間は、可能な限りの対策を惜しみなく動員しつつ、それを可能にするような技術革命の種を育てて行くことが、21世紀の人類の課題となるであろう。

2007年2月 小金芳弘


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