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『フリージア』東直己(ハルキ文庫)
ヤクザ稼業から足を洗い、独り山奥で暮らす榊原健三の許に、かつての暴力団仲間が現れた。その男が見せた写真には、かつての健三の恋人、多恵子の姿が写っていた。
(多恵子の幸せな生活が脅かされようとしている・・・)
そう直感した健三は再び闘いに身を投じていく。札幌に進出を企む関西系暴力団との抗争に巻き込まれた多恵子を、健三は護りぬく事が出来るのか・・・。
東さんの作品は、ススキノの便利屋<俺>シリーズ、私立探偵・畝原シリーズなどがあり(他に、短編集やエッセイもあり)、どれもみな面白いのですが、今回はこの榊原健三シリーズを紹介します。
榊原健三は、かつて関西系暴力団の札幌進出を阻止し、壊滅させた凄腕の始末屋。けれども彼は殺しが大好きなガイキチではありません。彼にとって殺しは、自分が生き抜く為の唯一の手段なのです。元恋人の存在を知る者を次々と始末していくのも、彼女を護るために唯一、自分が出来ることであり、且つ自分にしか護れないと確信しての事なんですね。
読み進むうちに、血の匂いまで感じられるほど凄惨な場面もありますが、健三さんの寡黙でストイックな雰囲気が堪りません。
「残光」(角川春樹事務所)という続編もありますので、是非御一読を。こちらは、ススキノの便利屋<俺>シリーズの主要キャストオール出演で、東直己ファンには嬉しい作品です。
『グレイヴディッガー』高野和明(講談社)
悪党、八神俊彦は骨髄移植の入院費を工面するため、友人のマンションを訪れる。そこで彼は友人の変死体を発見。しかも玄関のドアを開けて室内に入ってきた男達に追われることになる。
同じ頃、中世の異端審問官の拷問に酷似した手口による連続殺人事件が発生。犯人は<蘇った死者>グレイヴディッガーなのか?盗難された第三種永久死体との関連は?
謎の集団、警察、そしてグレイヴディッガーから追われる身となった八神俊彦は、白血病患者を救うため、無事に病院に辿り着くことが出来るのか・・・!?
『13階段』で第47回江戸川乱歩賞を受賞した高野和明氏。映画化もされましたが、映画館の入館料も本を買うのも金額的には大差ないし、ここはやはり映画よりも原作の方をオススメします。
で、今回は『グレイヴディッガー』です。
逃げる!逃げる!逃げる! 映画『逃亡者』のようなノンストップ・アクションスリラーです。
ちなみにグレイヴディッガーとは「墓堀人」の意味。イングランドの伝説で、中世の魔女狩りで殺された者が墓の中から蘇り、自分を殺した異端審問官に復讐したと噂されました。
八神俊彦は今までの悪行にケリをつけ、生れ変わる切っ掛けになればと考え、純粋にボランティア精神で骨髄移植のドナーに登録。彼にとって初めての善行です。けれどそのために、傷害致死(正当防衛だけど)、道交法違反、拉致監禁、器物損壊、盗難、身分詐称・・・とまあ、あらゆる悪事に手を染める辺りは、さすが悪党の面目躍如といったところでしょうか(笑)。
政治家の野望、警察と公安との確執、カルト、骨髄移植等、様々な要素が複雑に絡み合う緊張感の中で、追われる身でありながら、俊彦さんのユーモラスな会話が笑いを誘ってくれます。
いくつかの謎を残したまま終わりますが、そこは読者の想像力にお任せ、というところでしょうか。
現在、新作『K.N.の悲劇』読破中。
『四日間の奇蹟』浅倉卓弥(宝島社)
8年前、留学先のオーストリアで起った発砲事件。日本人の少女を救った際、左手の薬指と共にピアニストとしての将来を失った青年、如月敬輔。同事件で両親を失った先天的知的障害の少女−楠本千織−を引き取り帰国した彼は、彼女の類い稀なピアノの才能に気付く。
演奏会のために、ある山奥の診療所に千織を連れて訪れた敬輔は、そこで働く岩村真利子と出会う。彼女は彼の高校時代の後輩だった。
演奏会を無事終えた日の午後、それは起った。突然の落雷。爆発するヘリコプター。千織を庇った真利子は瀕死の重症を負うが、千織は軽い火傷で済んだ。やがて昏睡状態から目覚めた千織はしかし、敬輔の知る千織ではなかった・・・。
第1回『このミステリーがすごい!』大賞受賞。だからといって、「そんなにすごいミステリーなのか!?」と期待すると、肩透かしを食らうかも知れません。確かに診療所で起った4日間の出来事はミステリアスではありますが、この作品は今でいう「癒し系」のファンタジーというところでしょうか。涙を誘う感動作品です
この4日間の出来事を合理的、あるいは医学的に説明することは不可能、かつ無意味です。結論から言っちゃうと、ズバリ!千織ちゃんは「イタコ」だったのです!!なんちゃって(笑)。
千織ちゃんのピアノの才能は、果たして潜在的なものだったのでしょうか? 診療所での出来事を考えると、私はどうも違うんじゃないかと思うんです。8年前の事件こそが(最初の)奇蹟の始まりだったのです。千織ちゃんは敬輔の失った指の代わりになってくれましたが、それは彼の心に新たな葛藤を生むという、皮肉な結果になってしまいました。彼の心を救うには、真利子の存在が不可欠だったのです。また、真利子も敬輔や千織ちゃんのおかげで、心の安らぎを得ることが出来たのでしょう。
似たようなアイデアの有名な先行作品があるとの指摘がありますが、何という作品なのかな? 私は「サヴァン症候群」という言葉を目にした時、首藤瓜男氏の『脳男』が頭に浮かびましたけど。それはまあともかく、次回作がちょっぴり楽しみではあります
P.S.
『K.N.の悲劇』読み終わりました。なんと、『四日間の奇蹟』と似たようなネタのホラー小説でした(おいおい・・・)。もっとも、こっちの方は「奇蹟」で済ませるわけにはいかず、あくまでも医学的、かつ論理的に究明しようとしている点が違いますが。心温まるホラー小説か・・・う〜ん。
『今日を忘れた明日の僕へ』黒田研二(原書房)
事故で記憶を蓄積出来ないからだとなった僕は、失われゆく記憶を留めるため、欠かさず日記をつけてきた、と妻は言う。驚いたことに、事故から半年の間、僕の親友が失踪したのだとも・・・。
僕の事故と同じ日に死んだ妻の友人、親友の失踪直前に自殺した女子高生。フラッシュバックする親友の血まみれの死体や、身体中をロープで縛られた少女の姿。
(僕が殺したのか・・・!?)
医学的には「記憶の多層性」という点で掘り下げが足りないとは思いますが、この小説が問いかけているのは「情報なるもののいかがわしさ」でしょう。健常者ですら膨大な情報に翻弄され、間違った情報を鵜呑みにして自己を確立しようと必死にもがいているではありませんか。そして信じていたものが間違いだと気付いても、なかなかそれを認めようとはしません。「自分が間違っていた」と認めるのが恐いからです。
朝、目覚めると、周囲の雰囲気がどこか違う。カレンダーは8月20日・・・? 昨日は3月31日の筈なのに・・・。主人公、一ノ瀬勇作の1日は、自分が前向性健忘だと認識することから始まります。過去の日記を読み返し、メモとテープレコーダー(あまり有効に使われていないけど)を持ち歩き、その日の出来事をワープロで(注:ここが重要!)打ち込みます。一度眠ると、翌朝には昨日の事はすっかり忘れてしまう・・・それが彼の日常です。本人にしてみれば、あたかも未来にタイムスリップしたかの様な感覚かも知れません。
こうなると、一体誰の言うことが正しいのか、誰を信じたらいいのか分からなくなります。実際、勇作さんの前に現れた女性は、彼の日記から推測して「あなたが自分の親友を殺したのよ!」と言い放つし、妻も、(勇作さんが殺した後の)遺体の始末をしたことを認めています。結局、勇作さんは3月31日の夜の出来事を全て思い出し、真相が明らかになるのですが、なんとも切ない幕切れであります。
前向性健忘をネタにした作品では、映画『メメント』が有名です。この映画では、主演のガイ・ピアースは10分程度しか記憶を保持出来ず、ポラロイドカメラとメモを持ち歩き、重要な事実は自分の体にタトゥを彫って残します。観客の記憶も試されるという実に斬新なこの映画、ぜひトライしてみて下さい。
教訓:日記は手書きで! それでも不安ならインターネットを利用するのだ(ID、パスワードはお忘れなく)。
『脳男』首藤瓜於(講談社)
愛宕市で起った連続爆破事件の犯人、緑川紀尚のアジトを突き止め、突入した茶屋警部。そこでは、緑川ともう一人の男が格闘していた。緑川を取り逃がした茶屋は、鈴木一郎と名乗るその男を事件の共犯として逮捕するが、弁護士の要求により精神鑑定へ回される。彼の精神鑑定を担当することになった愛和会愛宕医療センター精神科の鷲谷真梨子は、鑑定を進めていくうちに、彼の中に妙な違和感を抱く。知能も心理テストの結果も問題ない。しかし・・・。
(鈴木一郎には感情がないのではないか?)
独自に鈴木一郎の生い立ちを調べていくうちに、真梨子は更に驚くべき事実を知ることになる。
一方、彼が鑑定入院している愛宕医療センターにも、緑川の魔の手が迫っていた・・・。
第46回江戸川乱歩賞受賞作品。
『脳男』という凄いタイトルから、ホラー小説を連想しがちですが、これはなかなか侮れないミステリーです。
「感情がない」とはどんな状態なのか、我々には多分想像も出来ないでしょう。それは喜怒哀楽を表情や言葉で表現出来ない(あるいは理解出来ない)とか、罪を犯しても良心の呵責がないといったレベルのものではありません。情動、つまり人間(動物でもいいけど)としての基本的な欲求、あるいは本能が欠落しているということです。となると、単に泣いたり笑ったりしないばかりか、目の前の食事にも手をつけようともしない、ましてや目の前にトラックが突っ込んできても避けようとはせず、ただ轢かれるのを待つのみです。
たとえ視覚や聴覚といった五感が正常でも、「自分が見ている」「自分が聴いている」という自覚がありません。感情(あるいは自我)がなければ、「必要」とか「興味」という文脈で情報を取捨選択する事がなく、目や耳からの情報はすべて脳にデータとして取り込まれます。鈴木一郎は、言ってみれば高性能のコンピュータみたいなものであり、まさに「脳だけの存在」なのです。
緑川による病院内で起こった爆破騒ぎや、鈴木一郎が少女を助ける場面などは、明らかに映画『エントラップメント』をヒントにしていますが、まあそれはそれでいいでしょう。大事なのは、感情を持たない男、鈴木一郎の行動規範とは一体何なのか、なぜ彼が爆弾魔のアジトにいたのか、彼がが如何にして自分の中で「自我」を構築していったか(あるいは、しつつあるのか)でしょう。
ラスト、真梨子の前に現れた鈴木一郎は明らかに不安と戸惑いを滲ませています。映像や音声などの“データ”だけの世界に生きてきた人間の悲哀。彼にとって「人間性」とは余計な荷物でしかないのかも知れません。
どうも最近、脳みその話ばっかりしてるなぁ・・・。
『てのひらの闇』藤原伊織(文春文庫)
飲料会社宣伝部課長・堀江雅之は、リストラにすんなりと応じて退職まであと半月の身である。ある日、会長・石崎から人命救助の場面を偶然写したというビデオテープを渡され、これを広告に使えないかと打診されるが、それがCG合成である事を見抜き、指摘する。その夜、会長は自殺した!! 堀江は20年前に石崎から受けた恩に報いるため、その死の謎を解明すべく動き出すが・・・。
『蚊トンボ白鬚の冒険』は、藤原氏の作品としては珍しく、『スパイダーマン』のようなスーパーナチュラルな物語であったが、さすがに読者を失望させる事はなかった。しかし、やはり現実的なストーリーの方が違和感なく登場人物に感情移入しやすいのではなかろうか。
「感謝する」
CG加工のビデオをなぜCMに使おうとしたのか? 石崎が堀江に最後に言い残したその言葉にはどんな意味があったのか? そしてなぜ石崎は自殺しなければならなかったのか? たったひとり(というわけでもないが)でその真相に迫っていく。
妻には愛想をつかされ離婚。泥酔して雨の路上で寝転んで風邪を引くといった、どうも情けないサラリーマンだが、それは彼のほんの一面に過ぎない。仕事はちゃんとこなすし、チンピラに絡まれても逆に相手をノシちゃうような喧嘩の達人でもある。
最終的にヤクザとの対決に発展していくのだが、それでも全く怯む事がない。家庭もなく、リストラで退職目前の堀江には守るべきものなど何もない。もうひとつは彼の出自と大いに関係している。結局、堀江にとって20年間のサラリーマン生活は「借り着の人生」に過ぎなかったのだ。
登場人物がユニークで魅力的だ。堀江の部下(というより相棒か)の大原(美人で有能、そしておせっかい)、バーを経営している姉弟(姉のナミちゃんはDUCATI900SSをぶっ飛ばし、弟のマイクは十代にして経済学に精通している)もいい味出してる。一番気に入ったのは塩田組組長の坂崎大吾。出番は少ないものの、昔気質の仁侠道を貫くその姿勢にほれぼれする。まあ仁義を重んじるという点では堀江も同様ではあるが。
藤原氏の作品としてはめずらしくさわやか(と感じるかどうかは読者次第だが)読後感であったが、別冊文藝春秋に連載されている続編(『てのひらの闇〜名残りの火〜』)では、堀江の親友の死から物語は始まる。
この『てのひらの闇』、ドラマ化されていたのは知らなかった。主演は舘ひろし。観なくてよかった・・・。
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