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ニュージーランドの旅行

10月下旬から4週間ニュージーランドへ行ってきました。

1週目は南の島にHISの観光に入りました。2週目からは友だちの紹介で私も会ったことのあるミュルエルさんのお家へホームスティさせていただきました。

彼女はギスボンという人口3500人くらいの小さな市で最初に女性の市会議員でもありました。中学の教師をしながらの、議員さんだったそうです。

NZ(ニュージーランド)の生活体験と60才の手習いとして英語を教えてほしいとおねがいしました。

写真を参考に読んで頂けるとうれしいです。また、ここに載せきれなかった花と旅行写真もリンクしました。こちらも覗いてください。

 NZの花 

旅行の写真 ...

モナベイル

クライストチャーチは半日観光でした。エイボン川のほとりにたてられ大富豪のお庭です。今は公共の公園のなっています。かってイギリスの植民地だったので、この庭もイギリス風美しい広い庭でした。

ここで2連泊しました。

大聖堂とカンタベリーアートセンター

大聖堂はクライストチャーチの中心的な場所で、私たちはここを目印にに歩き回りました。市内は無料バスも常に運行していました。2日目は自由行動で市内をいろいろ回りました。昼食や夕食に立ち寄ると結構日本人のスタッフがいて日本語で話しかけてきます。

定期観光バスでクライストチャーチからマウントクックへ。

途中「善き羊飼いの教会」と有名なテカポ湖に立ち寄りました。マウントクックがよく見えるレストランへ立ち寄りましたが、あいにくの天候でガッカリしました。でも、後は何とはお天気も良くなりました。右が「善き羊飼いの教会」の中から写しました。外も湖はテカポ湖です。

氷河の解け出た水と雨水のからこんなに美しい水の色が出るのでしょうか? トルコブルーとか言う人もいるようですが、ほんとにきれいな水と雪をかぶった高い山。ウットリするような景色にため息の連続でした。3連泊のホテル、あるクーンズタウンへ向かいました。
私たちは安上がりの旅行を申し込んでいて、たいてい食事は付いていませんでした。夕食は、ガイドさんのお薦めのお店にいったり「今日はチャイニーズレストランにしよう」「今日は粗食で」。とか言いながら、結構おいしい物にもありつけました。中でもおいしかったのは「子羊の肉」でした。
ミルフォードサウンド

いよいよ南島観光のクライマックス、「ミルフォードサウンド」 ユネスコの世界遺産にもなっている所です。船で2時間程度のクルーズでした。氷河の解け出た水と海水が混じり合っているフィヨルドの湖です。だからオットセイも気持ちよさそうに岩場に横たわっていました。

雨の日の後はいく筋も滝が流れて、船が近づくと水しぶきがかかり、これも何億年も前の氷河期の水が解けてるかも?と思うと神秘的でした。3連泊したホテルも美しい湖の近くで散歩をしても美しい所でした。

旅行写真の南一杯写真があります。覗いてください。

南島から北島のオークランドへ国内線で飛びました。オークランドではHISの半日ツアー賀付いていました。南の美しさがあまり印象深かったためか、記憶が薄いです。HISのガイドさんが国内線の乗り継ぎをきちんと説明してくれました。我々は離団(ツアーを離れます)署名をして翌日ギスボンへ向かいました。
ギスボーン行きの国内線

小さい飛行機で左右1シートの20人乗りくらいの小型機でした。写真を撮っても良いですか?と言うとマスクを外して振り向いてくれました。朝早くガスの多いときは遅れることあると聞いてびっくりしました。大阪への帰りの便は朝が早かったのです。飛行機の窓からギスボンの町が雲の合間から見えてロマンチックでした。

彼女とは1999年以来の再会です。友だちのホストで私はセーターを編んでもらった事がありました。左の写真は彼女に家のすぐ近くです。11月1日に着いたのですが、(日本の5月初め)朝は寒くて時々このようにストーブで薪焚きました。でも、1週間もすると、朝はセーター、昼はTシャツ午後は半袖シャツ。と気温差は激しいのに驚きました。
家の中よりもお庭がすてきで、彼女も庭の世話にはかなりの労力とお金を掛けているようでした。また、菜園も有り、ジャガイモ、にんじんネギ、レモン(鈴なり)菜っ葉パセリ、タマネギなど作っていました。
時々お昼に食べた彼女の作ったキッシュです。卵とチーズ野菜たっぷりのおいしいキッシュでした。よこのスープは私の作ったコンソメスープです。と言っても彼女が骨付き羊肉を野菜と一緒に40分位も煮て作ったスープに私がネギの千切りとトマトの角切りを入れた物でしたが、スープがとびきりおいしかった。また、リクエストして作ってもらいました。このスープは私が作った茶碗蒸しにも鰹だしの代わりに使いました。勿論抜群の味でした。
ロトルア

一緒に行った友だちは、1週間でギスボーンを去るのでその前にロトルアへ二人で行くことにしました。バスとモーテルは彼女が予約してくれました。ロトルアは別府と姉妹都市でごらんの通り温泉町です。至る所に間欠泉が有りイオウの臭いが立ちこめています。

ワイオタプ.サーマルワンダーランド

日本人だったら毎日でも入るでしょうが、向こうの人はあまり入らないようでした。入っても、水着着用です。日本人では考えられないですが。ここの半日ツアーに申し込みました。ただ、ギスボーンから4時間バスに揺られて酔ってしまい、翌日ワイオタプ.サーマルワンダーランド(温泉集合地?)行きました。

右上の黒鳥はモーテルの近くのロトルア湖にいました。

ワイオタプ.サーマルワンダーランド

ツアーと言っても、2時間程度で6.7人乗りのワゴン車程度でした。我々日本人2人、上海の学生風の女の子が2人、カナダ人女1人。男の人(アメリカ系?)。時々車を止めて「○分にも戻ってきてください」しきでぼやぼやしてるとおいて行かれるかと心配でした。中は結構広かった。

家の中で

彼女はまた、私のセーターを編んでくれました。一日中家にいることは少なかったのですが、私がもたもた英語の勉強をしているそばで彼女はよくセーターを編んでいました。昔、小さかった頃を思い出す時でもありました。

右のモンゴリアンスタイルは彼女の家にスティ−したモンゴリアンからのプレゼントでした。このモンゴリアンのゲストも1が月ほど滞在して、彼女も3週間ほどモンゴリアンの家でステイ−したそうです。

彼女は猫を1匹飼っていました。名前はファントム。決して敷地以外から出ません。普段は家の中で猫もせいかつしますが、寝るときは外へ出します。キャットベットで寝ます。でも、寒い日は入れてやるそうです。
ギスボーン

ギスボーンは人口35000人くらいの小さい市ですが、日の出が世界で一番早い市として有名です。左の写真はミュルエルの娘さんの家に行ったときに写真です。

右の写真は朝早く起きて雲は貼り込めた中、かろうじて海から昇る日の出を見ることが出来ました。日の出のマークがこの市のシンボルマークにもなっています。

私たちがギスボーンを訪れてしばらくすると、アメリカから旅行者グループが来ました。このグループは1週間の滞在の後。NZの南の島へ出発しました。左のお寿司はこの時のウエルカムパーティ−のため、友だちが作った巻きずしです。右はそのパーティ−です。
市制50周年の記念式典

幸運な事に私が滞在していた時にギスボーン市制50周年の記念式典がありました。市役所訪問をした、アメリがグループにくっつていった私までバスデーケーキを頂きました。右はマオリのアートスクール見学へ行った時です。座っている女性が中心になって教えている教師です。彼女はマオリ誇りとアートセンスがすてきでした。マオリの文化を援助し経済に結びつけようとしているようで、羨ましく感じました。日本には衰退しかけているすごい地場産業がいっぱいあるのに、何とかならんのかしらと思いました。

左はサンライズブレックファーストで、シャンペンと朝食をアメリカのグループと共に参加しました。グループメンバーのお家だそうです。お庭も広かったです。
右の写真は小学校の訪問です。学級は20人から30人程度。広いスペースの教室でゆったり勉強していました。10時くらいには先生方や校長先生もみんなでクッキーやサンドイッチをつまんでいました。今日は特別ですか?と聞くといつもこうよと言ってました。日本じゃ考えられない!。帰りも4時半には帰ると言う。左の写真は日本に2回くらい来たことがある人で、日本語が少し話せました。彼女は私が帰る日、空港へ見送りに来てくれました。
ジャイアンツ

小人と巨人じゃないけれど・・。大きい男の人はミュルエルの孫で198cmもあります。私も小さいけれど・・・。右はミュルエルとその家族です。

10日くらいでセーターだ出来上がりました。二人でカンパイしました。でも、カンパイは毎日していました。今日も楽しかったよ。今日は忙しかったね!って感じで。
危機一髪間

朝早くの出発でした。心配したガスの発生もなく楽しかった思い出を持って帰る事が出来ました。帰りの飛行機は偶然、オークランド国際空港まで一緒できたミュルエルの友だちがいて、飛行機が遅れて、乗り換え時間がぎりぎりになってい、彼が交渉してくれて危機一髪間に合いました。

 

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