カフカの『変身』
変身願望とは
自分とは違う何か別のものになってみたい、という「変身願望」は誰もが一度は抱いたことがある感情ではないだろうか。「有名人○○になりたい」「鳥になりたい」というような明らかな外見的変身願望のほかにも、「痩せたい」「綺麗になりたい」という「準」変身願望、さらには「もっと社交的な性格になりたい」などといった内面的変身願望、その他色々な変身願望があると思う。
このように、変身したいと思う対象はさまざまであり、そう思うにいたる理由もまたさまざまであるが、その根底には、「現実」あるいは「現在の自分」に対する不満と、それらからの脱出願望があると言えるだろう。自分の外見や性格、生活環境や収入、はたまた人間関係、恋愛・・・数え上げればキリがないが、人は誰でも自分の「いま」に何らかの不満や不足を感じている。そんな納得のいかない「いま」から抜け出して、望み通りのものを手に入れられたら、と思うのはごく自然な感情のなりゆきである。このような、「自分の生とは異なる生を生きたい」という観念は、おそらく人間にしかないものだろう。
『変身』における変身
本講義において私が担当したカフカの『変身』の発表では、自分の担当箇所の関係もあって、主に家族の変化について述べたのだが、講義を受けてきた中で、家族よりもグレーゴル自身の変身に焦点を当てたいと思った。家族の「変身」もまたこの小説においては重要なポイントであり、軽視してはいけない要素であるが、やはりこの小説のメインであるグレーゴルの変身抜きには変身について語れないであろう。
カフカの『変身』に登場する主人公、グレーゴル・ザムザも暗に変身願望を抱いていた人間の一人だった。彼の変身は、一言で言い表すなら「存在の危機感からの脱却としての変身」と表現できるのではないだろうか。
外交販売員であるグレーゴル・ザムザは、ある朝「なにか気がかりな夢」から目覚めると、自分がベッドの中で一匹の巨大な虫に変身していることを発見する。これを知った家族はグレーゴルを彼の部屋に閉じ込めてしまう。しかし、虫化してもなお人間の意識を有しているグレーゴルは、そのような状況にあれこれと思いを巡らせ、自分なりに家族を守ろうと努力する。一方彼の家族はグレーゴルを忌み嫌い、ついには父親にリンゴを投げつけられて致命傷を負い、衰弱して死んでしまうのである。
この作品を読んでまず疑問に思うのは、「なぜグレーゴルは虫になったのか?」そして、「なぜグレーゴルは自分が虫化したことに対してこれほどに冷静なのか?」という点である。
現実の生活に不満はあるものの、取り立てて何かきっかけがあったわけでもなく、唐突に虫に変身するという状況に置かれていると言うのに、グレーゴルはいたって冷静である。心配することと言えば仕事の事ばかり、「遅刻の言い訳をどうしよう」などと考えている始末で、自分自身が虫化した自体には何の疑問も抱いていない。
何と言っても象徴的なのは、「ある朝〜、自分が寝床の中で一匹の巨大な虫に変わっているのを発見した。」という冒頭部分の「発見した」という言葉だ。自分自身の身体の変化に対して「発見した」などと言うのは常識的に考えにくい。「朝起きると、首を寝違えていることに気付いた」などとは言っても「寝違えていることを発見した」とは言わない。まるで自分の身体の出来事ではないかのような口ぶりである。グレーゴルは、虫化した自分を、あくまで客体として「発見」するのだ。
家族の事を常に第一に考え、それゆえ本来は望まない仕事を続けてきたグレーゴルには、一家の働き手としてのアイデンティティーしか許されていなかった。そのため、そのアイデンティティーが消失した瞬間、社会的な存在を抹殺され、家族からも見放されたのだという見方ができる。グレーゴルは、やや異常とも思えるほど家族のことを気にかけている。働き手として役に立たない父親、病気がちな母親、年齢的にまだ頼りない妹を抱え、自分こそが家族を背負って立たなければならないという思いが彼をそれほどまでに思いつめさせていった。虫に変身した朝、これほどに仕事の事を気にしているのは、遅刻が理由で仕事を首にされたら家族を養っていけなくなる、という理由があるからだし、虫として新たな生活を送るようになってからも、家族の生活を経済的状況から心配し続けている。
それなのにグレーゴルは自分が虫になった理由やこの先どうなるのかといったことに関してはまったく気にしていない。家族のことを思うのであればまず第一に自分が人間に戻って仕事に就くことを考えるはずであるし、また虫となった今では、家族の中でのお荷物は完全にグレーゴル自身となってしまっているのだから、本当に家族を思うのならザムザ家を出ていくのが一番である。しかしそのような考えは彼の頭には一度も浮かばない。
そうしているうちに、無気力だった父親は仕事を始め、威厳を取り戻す。頼りなかった妹は兄の世話や新しい仕事などで責任感を持ち始める。ここに到ってグレーゴルのアイデンティティーは完全に消失するのである。
思うに、グレーゴルは最初からこうなることを潜在的に望んでいたのではないだろうか。一家を背負うため、懸命に働いているにも関わらず、次第に家族からは感謝されなくなっていったこと、そして自分自身、つらく苦しい職場に通うことが苦痛になっていたこと。こういった状況がグレーゴルを次第に追いつめていった。
これは往々にして自殺という破壊行為にまで及ぶものである。自殺とは、「現にある自分」が「あるべき自分」と比較して価値のないものと思われた時、前者を破壊に追いやり、後者を証明する行為と考えられ、こうした行為は、作者であるカフカ自身のように、理想主義的な人間の考えの内にあるものである。しかしグレーゴルは、自身のアイデンティティーを失いかけながらも、自殺という選択肢ではなく虫への変身という選択肢を選んだ。もしグレーゴルがストレートに死を選んでいたとしたらどうなっていただろう。家族は彼の夭逝を心から悲しみ、彼は英雄となっていたにちがいない。しかし彼は変身を選んだ。しかも、家族ですら接触を避けたがるような巨大で醜い虫に変身したのだ。
グレーゴルはカフカ自身であると言えると思う。もう少し付け加えて言うなら、グレーゴルはカフカの代わりに変身したのではないだろうか。
カフカの生涯を振り返ってみる。
カフカは、1883年、プラハに、ユダヤ系の商人の長男として生まれた。現在のチェコの首都であるプラハは、当時はオーストリア=ハンガリー二重帝国内の一都市だった。この街に住む大多数の民族であったチェコ人は、チェコ語で生活していたが、帝国の支配者であるオーストリア人(ドイツ系)たちはこの街でもドイツ語で話し、ドイツ語で生活をしていた。そしてこの街に住む多くのユダヤ人たちは、よりよい生活を望むのであればドイツ語を話す側に付くことが自らに有利だと考えた。カフカの父ヘルマンも、商人として成功するために、ドイツ語で生活する事を選び、息子のフランツも、ドイツ語での教育を受けることになった。「チェコに生まれ育ちながらドイツ語を話し、しかしドイツ人でもチェコ人でもない異教徒」というカフカ自身はそんなドイツ語を一生涯「借り物」の言語だと感じ続けていた。
また、父親との葛藤もカフカに大きな影響を与えている。父へルマンは、頑健な身体と自身に満ちた社交家でとおっていたが、カフカは父と正反対で、控えめ、内気、神経質だったが、礼儀正しく、自己批評の激しい誠実で内省的な人間だった。またやせていて、自身の童顔をひどく気にしており、からだも弱かった。このような状況のせいで、カフカは幼少時から父によく叱られ、嘲笑されて育った。そのため父に対する不快恐怖と憎しみとを抱くようになり、この父との不和がカフカの人生観に大きな影響を及ぼしたとみられている。
23歳の時にプラハ大学法学部を卒業し、その後災害保険局という役所に勤めるかたわら、天職として執筆活動を続けたが、徹夜の創作と忙しい役所の仕事との両立は困難を極めた。しかし彼はどちらともおろそかにすることはなく、結果、生来の不安症や憂鬱症に加えて、慢性的睡眠不足からくる不眠や、頭痛、神経過敏など神経衰弱状態が続き、ついには結核を患って、1924年に亡くなった。
このような人生を送ってきたカフカと、グレーゴルとを結びつけるのは簡単である。カフカは、自分自身のどうにもならない板ばさみの生活をグレーゴルに重ね合わせ、自身では到底実現できない虫への変身を彼に託したのである。彼を自殺させてしまわなかったのは、父親との葛藤を描くためであると考えられる。家族の中で中心に立てば、つらい仕事の日々に耐えかねてしまう。しかし、虫になって仕事から解放されたと思うと、今度は父親の権威に屈することになってしまう。まるで、「しんどいからと言って仕事を怠けているような頼りないことじゃ、お前は一生一人前の人間にはなれないのだ」と父親から宣言されているようだ。グレーゴル、もといカフカは、どんなにつらくても仕事を放り出すわけにはいかなかった。「仕事すらまともにできないような男に何の価値があるのか」。グレーゴルの父親の見せる態度は、そのままカフカの父親と重なるのではないだろうか。
自殺というネガティブな行為をとらずに、虫に変身したというのは、いわばポジティブな変身の意味での超越とみてよいかも知れない。「なぜグレーゴルは自分の虫化に対して冷静でいられるのか?」という第二の疑問にも関連するが、グレーゴルがなぜ人間に戻る方法を考えなかったか、これに対する一番シンプルな答えは「そうする必要が彼にはなかったから」だろう。つまり、彼は人間に戻る理由が無かった。彼にとって、虫の姿が自分の本来の姿、あるいは一番自然な姿であったからだ。家族の行く末はもちろん彼にとって重要な関心事なのだが、もう一度人間に戻ってあの仕事一筋の生活に戻ることは望んでいない。絶望的で息の詰まるようなかつての日常から見事に脱出をとげたグレーゴルにとって、虫化はごく当然の成り行きだったのであったし、結局は彼が一番望んでいる状況だったのではないか。
しかし、そんな彼も、威厳を取り戻した父親に恐怖する。彼の変身願望は完全に満たされることなないのである。どんな風に頑張ってみても、虫に変身してみても、この苦しい日常から抜け出すことなどできない。それを知ったグレーゴルはとうとう死という最後の変身に向かう。結局、現実から逃げるには死を選ぶしかない。この絶望的な状況の中で、ひとりマイペースなままのグレーゴルはどこか滑稽で、それが私をさらにむなしくさせるのである。
(約2700字)
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