タマとカラ〜古代日本の生死観

はじめに
 私が好きなある小説に、「死は、生の対極としてではなく、その一部として存在する。」(1)という一節がある。これを初めて読んだのはまだ私が中学生の時だったのだが、その時は、当然とも言えるが、いまひとつその言葉の意味を理解できなかった。それから何年もたった現在でも、何となく理解はできるものの、実感として私に迫ってはこなかった。なぜ、死が生の対極ではないのか。生の一部としての死とは(あるいは死の一部としての生とは)いったいどういうことなのか。
 中村先生の『日本の神と王権』を読んだ時、その言葉の意味を少し実感として理解できたような気がした。その小説での文脈とは異なるが、「タマ」と「カラ」という概念によって説明された生死観は私にとって新たな発見だった。

タマとカラ
 古代の日本人にとって、生や死とはどのようなものであったのか。日本人のもつ、始原の「いのち」に対する価値観には、「タマ(たましい)」と「カラ(からだ)」というキーワードが不可欠である。
 古代の日本人にとっては、タマ(たましい)がこの世からあの世へ行くことが「死」である。またタマを失ったカラ(からだ)が再び息を吹き返すとき、このことは「生き返る」と表現されるが、これはタマを失ったカラ、つまり「ナキガラ」が、再びタマを内部に取り入れるということである。つまり、タマはこの世とあの世とを行き来するという思想があることが分かる。
 カラは、タマが遊離してしまえば、途端にナキガラとなって意味をなさないものになってしまう。カラとタマのこのような関係は霊肉分離という思想によるものであるが、重病人に対して祈祷師が祈りをささげるのも、この霊肉分離の思想の上に成り立っているもので、カラを離れていこうとするタマを何とかカラにつなぎとめようとする行為なのである。
 このように、タマはカラに宿り、それによってカラはこの世に生きているという証を得る。しかしタマは永遠にそのカラに宿り続けるわけではなく、カラとは無関係に遊離していく。では遊離してしまったタマは一体どこへ行くのかというと、タマは新たなカラに宿ることになる。折口信夫は「(タマがカラに)宿った瞬間から、そのたましひの持つだけの威力を、宿られた人が持つ事になる。又、これが、その身体から遊離し去ると、それに伴う威力も落してしまふ事になる。」(2)と述べている。このように、たましい(タマ)は、もともと人間の身体(カラ)とは無関係に存在し、あるきっかけでそこに宿り、人間に力を与える。このたましい(外来魂)は、カラからカラへと、絶えず遊離していくものである。
 このようなタマとカラの関係を見ていくと、人間の生死はタマによって左右されるのであって、カラそのものには、さほど重要な役割がないように思われる。「身体はたましいの一時的な容れ物にすぎない」。このような考え方は生物学者のドーキンスが唱えた「利己的遺伝子論」と似ている。簡単に言えば「生物はすべて遺伝子が主体であり、生物個体は遺伝子の一時的な乗り物にすぎない」というものである。遺伝子にとって最大の関心事は自身の複製が後代に残っていくことであり、生物個体じたいの生死は問題ではないというのであるが、ニュアンスは多少違うものの、タマも根本的にはこの「利己的遺伝子」と同じような存在のしかたであると言える。タマがカラに宿り、また遊離していく、そのはたらきは、一見「生」と「死」という対極の現象のように、われわれの目には映る。しかし決して生と死とは対極なものではなく、連続的なものなのである。重要なのは、衰え朽ちていく個体(カラ)ではなく、カラを乗り換えて存在し続けるタマの方なのである。

「なる」から「ある」へ
 では、そもそもタマがカラに宿り、それによりカラがこの世で生あるものとして意味をもつとはどういうことなのだろうか。 折口によれば、「なる」と「ある」という概念がここに深く関わっている。
 「なる」とは、「かたちをそなえないで、ものの中に宿ること」、「ある」とは「かたちをそなえてあらわれること」を意味する。そして、タマがカラの中に宿ることが「なる」で、そこから外に出てくることが「ある」の本義なのだと言う。これはちょうど、受精したニワトリの卵から、時期を経て殻を破ってヒナが出てくるのと同じようなイメージである。この「なる」から「ある」の間には、殻の中にこもり、外界に出られるようなかたちを作りあげるというプロセス、すなわち「ものいみ」の期間が必要となる。(ここでいう「ものいみ」は、いわゆる陰陽道でいう「物忌」(方角の犯しによる災いを避けるためや、暦の凶日、悪夢や穢れに触れたときなどに、一定期間身を清めて家に籠る行為)のことではなく、神事において、ある一定の期間、飲食・言行などを慎み、沐浴をするなどして、心身のけがれを除くことである。)
 タマは、それ自身だけでは目に見えないし、カラは、タマなしでは意味をなさない。この二つが一つになるには、タマがカラに宿ったのち、密閉状態のカラの中で一定の期間を経て、生あるものとして、目に見えるかたちに変身する必要がある。
 「ものいみ」という「じっと変化を待つ時間」、これは「人為的な死の期間」である。まるで、越冬する植物のように、じっと静かに待ちながら内部で成長し、春を待っているのである。「冬」という、静止・謹慎の状態から、力のみなぎる「春」へと解き放たれる。外界との接触をたって、まるで死んだかのようにカラの中で禁欲の期間を過ごすタマは、満を持して新しい可視的な姿をとってこの世にあらわれ出るのである。
 このように考えていくと、カラは決してただの容れ物にすぎないとは言えないことが分かる。タマは、カラによって「ものいみ」の期間を経なければ、その力を実現させることができないのである。視点を変えれば、カラは、みずからの内側にタマを取り入れ、自身の禁欲と謹慎によりタマを密閉し、その果てに新しいかたちでみずから変身するということになる。
 タマはただカラに宿るだけでは「なる」の状態にすぎず、そこから「ある」へと変化していくには、「ものいみ」というプロセスが欠かせない。そして、その「ものいみ」は、他ならぬカラによってしか成しうることができないのである。
 この「死と復活」の行為はもちろん古代人による「ものいみ」の祭儀と密接に関わっている。冬を越す植物や動物たちと同様、人間もまた冬は飢えと寒さにより死に直面しなければならない厳しい期間であった。葉を落とし、芽となって、ただひたすら静かに禁欲的に春の訪れを待つ植物を、穴の中でただ眠り続ける動物を、人間はみずからの姿と重ね合わせた。これが神事の際の「ものいみ」という行為につながったのである。

おわりに

 このレポートを書くにあたって、「タマとカラ」というキーワードでインターネット検索をしてみたところ、検索にヒットしたのはほとんどが「アタマとカラダ」という言葉であった。そう言えば、頭には魂が宿っていると昔から言われているなと思った。「アタマ」という言葉も「タマ」から派生したものなのだと遅まきながら気付いた。
 タマなどというものは目には見えないものである。しかし、このようにしてそのメカニズムを考えてみると、何とも神秘的で力強い。古代の人々がこのようなタマとカラの関係を感じ取ったその驚きはどれほどのものであっただろうか。科学で解明されることこそが真実とされる現代ですら、これほどの感動を与えるのだから、その驚きは想像を超えるものであっただろう。


引用註・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(1)村上春樹『ノルウェイの森』講談社、1991
(2)折口信夫「原始信仰」『折口信夫全集 第二十巻』中央公論社、1996

参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
中村生雄『日本の神と王権』法蔵館、1994



(約3200字)



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