信造の言動にみられる性格〜國木田獨歩『運命論者』

  信造はまさに運命としか言いようのない人生に翻弄され、苦悩している。 しかし、果たして本当に運命のみが彼の人生を左右していたのだろうか。信造が抱える苦悩には、信造自身の性格がその原因を作り出していると思われる部分もあるのではないか。
 以下、信造の言動から、その性格を考察してみたいと思う。

 「僕は小児の時分から学問が嫌いで、ただ物陰にひとり引込んで、何を考がえるともなく茫然していることが何より好でした。」(p173l9)
 「童児の胸にも春の静な夕を感ずる」(p173l16)
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 「小児の時、早く不自然な境に置れて、我知らずの孤独な生活を送った故」(p174l9)
 →この「不自然な境」というのは、「叱ったこともなく、さりとて甘やかす程に可愛がりもせず、言わば寄らず触らずにしていた」(p174l6)母のことを指していると思われるが、これを「不自然」とまで言い切るのには抵抗を感じる。

 「父は僕のことを苦にしました。けれどもその心配はただ普通の親がその子の上を憂るのとは異っていたのです。・・・『せっかく男に生まれたのなら男らしくなれ、女のような男は育て甲斐がない』・・・その言葉の中にも僕の怪しい運命の穂先が見えていたのです」(p174l11)
 →それほど不自然さがあるとは思えない言葉だが、信造が過剰に反応しているように感じられる。

 「『お前は誰かに何か聞は為なかったか』僕には何のことか全然解らないから、驚いて父の顔を仰ぎましたが、不思議にも我知らず涙含みました。」(p175l3)
 →常に父や母の言動に敏感な信造は、いつもとは違う父の様子に過敏に反応している。

 この事件のあと、「父が僕のことを余り言わなくなった」(p176l5)ものの、信造は、父の問いの裏には自分の身の上に関することがあると確信するようになる。
 「何故父の問うたことが僕の身の上のことと自分で信ずるに至ったでしょう・・・不自然なる境に置れたる少年は何時しかその暗き不自然の底に蔭んでいる黒点を認めることが出来たのだろう」(p175l12)
 →自分自身が心に闇を抱えていたことを自分で認めており、その原因を家族の対応の不 不自さからくるものと捉えている。

 十五歳になった頃、父の東京転任が決まり、信造は一人中学校の寄宿舎に残る。
 「僕のこの世に於ける真の生活は唯だあの学校時代だけであった」(p177l12)
 →信造は、この時期のことを「悪運の手より逃れ」(p177l14)たと語っている。信造にとって、家族は「悪運」を感じさせる存在なのである。

 十八歳の秋には突然父に東京に呼び寄せられ、今後の身の振り方について提案を受けるが、 「これ実に・・・他人の親切です。」(p178l13)と言い切っている。
 「僕を外に置くこと三年・・・この三年の月日は彼をして自然に返らした」(p178l15)
 →信造の理論で言えば、父は、「不自然」の種であった自分自身がいない生活を送ることで、信造に対して、家族ではなく、あくまで他人として親切をはたらくようになったというのである。
 「其処で僕は最早進んで僕の希望を述るどころではありません。」(p179l1)
 →「息子」であれば、「父」に対して自分自身の希望を言うかもしれないが、「居候の書生」という立場では「主人の先生」の「好意」にはただ従うだけだと信造は考えている。

 この後父の希望通りに法律学校に通い始めた信造はいよいよ意を決して自分の出生の秘密を父に問いただす。ここでようやく養子であるという事実が明かされ、その後は却って穏やかな関係となった。
 「一日も早く独立の生活を営み得るようになり、自分は大塚の家から別れ、義弟の秀輔に家督を譲りたいものと深く心に決するところがあったのです。」(p181l15)
 →父母への恩は厚いが、それはあくまで感謝の気持ちであり、自分を家族の一員とは考えていない。

 弁護士試験に合格した後は、父の手配で弁護士事務所に勤めることになる。そして二十五の春には横浜事務所を任され、そこで雑貨商の娘・里子と恋に落ち、結婚にいたる。 里子の母・梅は、かつて自分に恋心を抱いていた男が、自分を恨みながら死んだことで信造にその怨霊がついていると信じており、不動明王を拝むのはそのためだと娘夫婦に説明する。
 しかし信造は、山口で実の父の墓参りをした際、自分の産みの母・お信が、本当は父を捨てて別の男と駆け落ちしていたことを知る。
 「そのお信が高橋梅であるという・・・証拠は持ていません。けれども老僧がお信のことを語る中に早くも僕は今の養母が即ちそれであることを確信したのです。」(p188l10)
 →多くの疑惑があるとは言え、こう断言できる程の証拠があるとは思えない。信造の確信は結果的に的中していたが、そこには彼の生まれ持った勘が働いている。運命論を信じる彼らしい推理であると言える。

 梅に真実を問い詰めた信造は更に苦しい状況に陥る。
 「運命は僕の自殺すら許さないのです。貴様、運命の鬼が最も巧みに使う道具の一つは『惑』ですよ。『惑』は悲を苦に変ます。苦悩を更に自乗させます・・・苦悩から脱れるには矢張、自滅という遅鈍な方法しか策がないのです」(p172l9)
 →母を愛さねばならないのに恨んでしまうこと、里子は実の妹でありながら愛する妻であること、事実を里子に知らせられないこと。様々な惑いが信造にのしかかっている。

 これらから、信造は生来おとなしく物思いにふけりやすい性格で、些細な出来事にも過敏に反応し、やや思いこみの激しい面があると言える。
 実際に信造は特殊な出生事情を持ち、実の親子のように自然な家庭環境ではなかったと考えられる面もあるが、そこに感じる違和感を、自分の出生に関する疑惑にまで発展させてしまう点に、信造の「運命論者」としての素地を窺わせる。
 自分が大塚の実子ではないことや、お信が梅であるということを、ほとんど直感だけで確信している点には、「勘が鋭い」というよりも、自らそのような事実を望んでいたのではないかという印象すら受ける。
 様々な「不自然」の原因をすべて自分自身に関係づけ、言わば「運命」を自分で作り出し、演じている。 このような信造の性格が小説を展開する役割を担ってもいる。


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参考文献 :
國木田獨歩『牛肉と馬鈴薯・酒中日記』 新潮文庫、1970年


(約2500字)



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