佐 渡 の 芸 能
(1)相川音頭、(2)両津甚句、(3)佐渡おけさ、(4)全国おけさコンクール
〈佐渡おけさ〉
佐渡おけさの元唄はハンヤ唄で、北陸をとおって佐渡にわたり、今日の哀調あるおけさ節になったと伝わる。
また一方、新潟のおちぶれた旧家の猫が人に化けておけさという遊女になり、
旧家に恩を返したという伝説があり、その遊女の哀調溢れた唄が、このおけさ節であるとも伝えられている。
現在の踊りは十六足の振り付けは、佐渡の各地に伝わっていたハンヤ節を統一したものである。
〈両津甚句〉
両津甚句の起こりは明らかではないが、これにからまる一遍の哀話が伝わっている。
今より150年前ばかり前であろうか、近村に尾松という美しい娘がいた。
吉井の木崎のある旧家の次男坊に心ひそかに思いをよせていたが、いいよるすべもなく、
毎日両津橋の上にたたずみ対岸の木崎の森を眺めながら思いわずらっていた。
両津橋から木崎が見える 見える木崎の森恋いし
などと甚句に歌われていた。
両津甚句は主として数丁の鼓に会わせて歌っていたが、大正14年頃、両津の芸姑連中が三味線を加え、
同時に今の踊りの振付けもしたものである。
〈相川音頭〉
相川音頭は相川金山の隆盛によって江戸の文化が急激に入って来た寛文の末頃に始まり、
謡物は“心中”“口説”“恋物語”など軟体物が多く唄われていたが、
後ろに士族の町として尚武の気風が盛んになるにつれて相川の住民山田良範の作による、
“源平軍談”が大いに謡いはやされるようになった。
当時毎年7月15日旧暦のお盆には奉行所の広間において公式行事として、
その踊りを奉行の観覧に供した為、一名御前踊とも伝えられている。
@佐渡では鬼太鼓のことを「おんでこ」と呼んでいます。
これは佐渡特有の芸能と言われており、鬼舞いに太鼓が組み合わされたもので、
一般的には大きく分けて、相川系、国仲系、前浜系の3種類があり、それぞれが
佐渡各地の祭りには欠かせないものになっています。
相川系 鬼の動きはあまりなく、鬼のかわりに豆まきの翁が
踊ります。
国仲系 佐渡の芸能祭などで一番よく見られる鬼太鼓で、
動きが派手で見栄えのする踊りが特徴です。能舞の
影響を受けていると言われています。場所によっては
獅子が出てくるところもあります。
前浜系 相川系や国仲系の鬼太鼓にはない笛が入り、鬼も
二匹が対になり向かい合うようにして踊ります。顔の
半分から上を面(鼻切面)(はなぎりめん)で隠し、花口上
を述べる『そうろ』と呼ばれる盛り上げ役がでてきます。
この鬼太鼓は山伏神楽の一種だと言われています。
A鬼舞つぶろさし(新潟県重要民族無形文化財)
この舞は文禄の頃村山の住人「藤七」が京都の祇園祭で見た舞を村人に伝え祇園羽茂神社とも云われた草刈神社に奉納して来た神事芸能です。鬼舞は「役の行者」が鬼を従えて、大和の国、吉野山を開山した姿を形どり「つぶろさし」は開山を祝し、邪気を祓い霊験一途に体得せんが為岩戸神楽を奉納したものと云われる。現代は五穀豊穣と子孫繁栄を祈願する、極めて古典的な神事芸能として祭礼には一日中、門付けで町内を乱舞する神秘的な神事芸能であります。
B「文弥人形」 岡本文弥の文弥節の語りによって演じられる人形芝居で、
近松門左衛門の作品が生きていると言われています。