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ホーチミン(2007.10.15〜16)

12時前にサイゴン(ホーチミン)へ到着。
フンセンホテル(HUONG SEN)のチェックインが12時なので周辺を散歩し時間をつぶす。

町を歩く
動画

サイゴン国立百貨店 2007.10.15(月)
店内動画

昼食を国立百貨店最上階のレストランで食べる。日本語メニューがあった。

ホテルへ行ってチェックイン。
チェックイン後、私は一人でホテル周辺を20分間散歩した。その後、風邪を引いていたので昼寝をした。

一休みした後、4時から市内へ出る。


戦争証跡博物館へ行った。

ベトコンの戦車は、米軍戦車と較べると小さくミミッチイ。でもこれで、米国に勝ったのだ。


ホーチミンのベンタイマーケット
訪問時に殆どの店は閉まっていた。


タクシーからの帰りの道路
動画

ホテル前で拾ったタクシーで戦争証跡博物館、ベンタイマーケット、ビンタンマーケットと回った。
タクシー代が160,000ドン。地下鉄工事でちょっと渋滞した。

市内中心にあるビンタン市場の近くのファミレスのような店でステーキの夕食。ビンタン市場でお土産のモカコーヒーを買った。


ホーチミンでのツアー 2007.10.16(火)

泊まったフンセンホテル(HUONG SEN)はドンコイ通りにある。
ホテル裏の通りにあるツアー会社でツアーを頼んだ。ICC社という。
朝、ホテル裏にある筈の「TNKトラベル」という日本人が経営しているツアー会社に行こうとしたが、場所が分からなかった。
たどり着いたのがICCというツアー会社だった。(夕方に確認したらTNKトラベル社は、ドンコイ通りにある雑貨屋の中の3階にあった)

ツアーの領収書。4人で168ドルなので一人42ドルだ。食事無し。
今までの訪問地に較べ物価がグンと高くなっているのが分かる。
ICC社の受付女性はオリジナルツアーだから高いんだと言っていた。ここで、夜のお土産購入用に10ドルを1ドルへ両替した。

大統領府


サイゴン教会

日本人観光客ばかりだった。中に入れないし、大した建物ではない。
教会を見せるとしたら、関口台町の聖カテドラルのほうが、観光地として数段上級だ。

隣に、有名な中央郵便局がある。

中にある代書屋さん


サイゴン駅
ホーチミンの鉄道駅名はサイゴン駅だ。

サイゴン駅前
動画

サイゴン駅内
動画

案内所で入場券を買おうとしたら、勝手に入れと言う。

駅構内




動画



時刻表
ハノイから同じ内容が3回目だ。

拡大

運賃表

拡大


昼食
ガイドさんご推薦の店で、海鮮ベトナム料理を食べる。

34ドル/人のセットメニューで高い。


クチ(CUCHI)

ゴム園
クチへ行く途中に広大なゴム園があった。
ゴム園動画

ベトナム戦争の記録や記憶を売る商売で成功したのがクチだ。
クチの中に外人地区があって(道路標識から推測)、そこでベトナム戦争を売っている。
昨夜降った雨で、サイゴン街中とクチの一部は床下洪水だった。水深は深い所でバイク車輪の1/3。

入場後、立派なトンネルを潜る。
まず、案内されたのが、クチでのベトナム戦争記録を見せる部屋。若い女性ベトコンや空爆のDVDを見てからここに来る。
「ここにトンネルへの出入り口があります。皆さん分かりますか?」とガイドさんから問われる、が分からない。
しばらくすると我々のグループ担当の彼(ベトコン服の従業員)が「ここです」と言って穴を開けて入り、扉を持ち上げる。

そして、穴に入る。


戦車に乗る

米軍戦車の鉄板は厚かった。いかにも壊されたので乗り捨てて逃げた風だ。

機関銃を撃つ
弾は一発1.3ドル、10発一組で13ドル。
音が凄まじい。銃口はほぼ固定されているので、危険は無い。

これは、現代クチの新規ソリューションだ。


クチトンネルに入る

ベトナム クチのべトコントンネル。床が地下3メートル程度で、中は湿っている。断面は、かまぼこ型。

トンネル入口


内部で撮った動画

入口付近は階段状になっているので楽だが、横方向のトンネルになると、高さは一番高いところで1メートルも無く、幅は肩幅より少し広い程度。中は曲がりくねり、段差もある。

トンネル内には豆電球が所々にあるが、私のような老眼には、暗くてほとんど見えない。
困っていたら、私の後ろにいた案内員の兵士が懐中電灯を私の前方に当ててくれるようになった。
背中を曲げ、しゃがみながら、時々は頭と両肩をこすりながら進む。
5メートルも進むと、辛くなり引き返そうと思ったが、戻るため方向を変えられるような幅はトンネルにない。

20メートル程進んだ所で、3メートル程の直線道の前方に、私より先に出発した4〜5人の欧米英語系観光客グループの一人が疲れて、豆電球の前で、足を投げ出して座り込んでいた。
背中を伸ばせる姿勢はこの格好しかないのだ。
すれ違える幅はなく、こちらは辛い姿勢と閉塞感で冷や汗が出ており一刻も早く外に出たいと思っていた状況だ。立ち止まるのはご免なので、「GO!GO!」と怒鳴ったら、慌てて立ち上がって曲角に消えた。
しかし、彼らは遅い。2つ目くらいの曲がり角で彼らがまた見えた。
再度「GO、GO」と大声で叫んだら、曲がったトンネルの先で彼らの案内員が「NOT  STOP!!.GO!!」と連呼した。
私も私の案内員も怒鳴った。すぐ彼らの声が遠くなった。

暫らく進んだら、トンネル横から外光らしき白色光が見えた。後ろの案内員が「EXIT」と教えてくれた。
何分もしゃがんだ姿勢で苦しかったのでうれしかった。そこは横に土を削った階段が作られて、階段の上方はハシゴだった。外へ出た。

トンネルを出たところ

約4、50メートルの体験だったと思う。出たときは、大きく息を切らせ、汗をビッショリかいていた。
出てからも、息切れと汗がなかなか収まらなかった。

私の前の欧米英語系観光客グループ中の数人の熱心で元気な人たちは、もっと先までトンネル内を進んで行った。
彼らがどのくらい先まで行ったかは分からない。炭鉱夫が付けるような頭にバンドで留める電灯を準備して潜った人々だ。

今、考えるとクチトンネルの壁は硬かった。頭や肩を壁に擦りつけたが髪や服に泥は付かなかった。
中は湿っていたと思ったけど多分観光用のコンクリ製トンネルだったのだろう。観光産業に崩落リスクは許せまい。
トンネルの横に掘られた出口は土壁にハシゴが置いてあるだけだったけど、これも観光用だろう。崩れ易い地上近くはコンクリだ。

B52の爆撃後という穴も、雨などで崩れるので、多くの場所で正しい大きさの穴の作成が行われ、姿が良くなると観光ルートに組み入れられるのであろう。

この時はベトナム戦争の歴史蹟を見ていたつもりだったが、実際はテーマパークだったんだと、帰国後気づいた。

クチのトンネルを巡る戦闘では、ベトコン側12000人、米軍200人の死者を出したという。
死者数の話を聞いた時に、ノーマン・メイラ―の小説「裸者と死者」で舞台となった島でガリガリに痩せた日本兵が数千人死んで、米兵は数十人だったと書いてあったこと。その中に日本兵の死者から金歯を記念品に抜く場面や本多勝一の朝日新聞に載ったドキュメンタリー「戦場の村」にも耳を切ってネックレスにしている米辺が出てくることを思い出した。

クチはサイゴンから45キロのところにある。


ツアー車に財布を忘れる 2007.10.16

ツアーが終わり、ホテルで車を降りた。空港出発まで4時間ある。風呂も入りたいし4人で1部屋を30ドルで借りることにした。部屋で、財布を車に忘れたのに気づいた。一ドル札が12枚、全部で42ドル入っていた。成田で4万円をドルに両替した残りの全てだ。お土産が幾ら買えるかを知りたくて、降りる30分前に数えたのだ。
ホテル裏のツアー会社のICCに行って、車を呼び戻そうとした。
ところが、
でもここだよなあと思う店に入った。上階にインターネットカフェがあったのだ。ICC社がある筈の一階はカウンター式の飲み屋になっていた。ICC社はここか?と聞いた。従業員は分からないという。
領収書を示した。今度は責任者らしき女性が、午前中はここがICC社だという。朝はガラスのカウンタだったが、今は木のカウンターになっている。後を覗いたらガラスになっていた。ガラスに板を載せて、バーのカウンターにしているのだ。
責任者の女性はICC社の連絡先は知らないという。領収書にも連絡先が無い。

42ドルは諦めることにした。
最後に残念なことになった。トホホ。
お土産やホテル代(30ドルの割勘分の7.5ドル)、夕食代などの計37ドルを仲間に借りた。

教訓:ツアーはホテルで頼むと、リスクが少なく安心だ。


夕食のレストラン動画。ホイセンホテルの並びにある。ホテルシェラトンの前。雨が降っていたので近場にしたのだが、美味かった。
夕食のサイゴンビール


7日間のベトナム旅行雑感
@食事:何を食べても旨い。冷蔵庫が無い社会なので材料が新鮮なのだろう。食事に関しては不満のカケラもないし、大満足だ。
A安全:町は安全みたいだ。夜でも若い女性が一人歩きしている。物乞いもいない。物売りはシツコクない。そしてベトナム人は親切だ。ただし、お金が絡むと結構ガンバル人が多い。貧しい国なので、生活に必死なんだろう。
B物価:安い。このHPには、意識して出来るだけ価格を入れたが、正確でないかもしれない。外人価格は当然ある。日本人価格はもっと高くなる。16日にツアーガイドの案内で昼食を食べた日本人が多いレストランより、夕食を食べた店のほうが旨く、生演奏もあって高級そうだったが、夕食:18ドル(昼食:34ドル)であった。欧米系は中高年でもお金に渋いようだ。
ベトナムのガソリンは80円/リットル、バイクは10〜20万/台、携帯電話は20円/分という。ガソリンは産油国なのに高い。
(日本ではガソリン価格150円/リットル、内石油会社の収入87円/リットル、そのうち産油国の取り分は95ドルx110円/ドル÷159リットル=66円/リットル 2007.10)
C病気:一人が下痢をした。多分、最終日の朝、道端で天秤に材料を担いだおばさんから生オレンジジュースを5000ドンで買って飲んだのが原因だろう。飲んだのは二人だが一人は平気だった。オレンジから直接絞っていたが、氷は地べたに置いてある袋から取り出していた。サイゴンは洪水が多く、袋は使い回しだろうから、原因は袋から氷へ移った菌と思われる。日本の食中毒発生原因の半分は、調理場床の水が何らかの原因で食物に掛かったからとの統計がある。なお、レストランでグラス内の氷も食べたが大丈夫だった。外国旅行は正露丸を持っていくことと、下痢をしたときは、我慢せず早めにトイレへ行くようにするのが大切だ。
DJAL:東南アジア線(B767)のJALのエコノミー席は狭い。「往復ともベトナム航空利用」がこのツアーを申し込んだ理由の一つだが、往復とも共同運航のJALだった。JALの機体を見るとガッカリする。疑似餌で釣られた魚の気持ちだ。
E将来:ベトナムの学校はどこでも立派だ。
田舎でも学校だけは立派な建物だった3〜40年前の日本と同じである。江戸時代から国民の教育水準が高いため、次第に経済が大きくなり大国になったのに、ゆとり教育を10年以上続けた結果、見事に国が萎み「これからはゆとり教育を受けた人が親になる時期なんで早くても今後30年は起き上がれないね」と世界から哂われている日本から見ると、建国の心意気が見えてうらやましい。
ベトナムは年寄りが少ない、若い人が多い国だ。彼らが国を豊かにして行くのだ。
F投資:投資額の20%をベトナム株に投資する投資信託を帰国後に買った。次に行くときは、現金を持って行って、ベトナムの証券会社に口座を開こう。
G不満:小柄な人が多いベトナムだが、空港やレストランでの小便器はアサガオ型で取り付け位置が高い。私は176センチだが、縦に振れない。ベトナム人に困っている風はない。どうやら日本人は短足と座高の高さが世界トップレベルみたいだ。それにしても何とかならないか。
Hお土産:ビンタン市場のShop1501でお土産に買ったモカコーヒーはクリーミーな甘い匂いがして、あまり美味くない。日本で飲み残しのコーヒー豆(UCC)を2割混ぜたら美味くなった気がした。同時に買った友人も空港で買った豆のほうが旨かったと言った。コストパフォーマンスは不満だが空港で買った駄菓子のおこし(興米)5.5$はちょっと美味かった。おこしは和菓子と思っていたが、中華菓子だったのだ。ドンコイ通りTNKトラベルの左隣の店(du du)で買った水牛角の箸置(1ドル)は良い。同じ店の水牛の角が組まれている箸(1.5ドル)は、断面が長方形で使いにくい。
Iクチトンネル:エジプトで同じく背をかがめながら進むピラミッドの玄室見物をしたことがある。クチトンネルは、一番つらい玄室見物といわれる赤いピラミッドの数倍つらかった。どうせ観光なんだから、10メートルに一箇所はすれ違えたり、背が伸ばせる場所があったほうが良いと思った。

ベトナムは世界2位のコーヒー豆生産国だ。ベトナムの高原地帯の気候が生育に向いているのだ。


ビンタン市場のShop1501でコーヒー豆を買うと、漉し器が付いてくる。
外人旅行者向けでない店でコーヒーを頼むとこの容器に入れて出てくる。
日本に帰りこれを使って、コーヒーを入れた。しかし、漉すのに時間が掛かるので1度だけの利用で捨てられた。

おこし(興米)$5.5で高い。空港で購入。

クチで買った米焼酎。

まずいので一口で捨てた。

2007年10月で1000ドン:8円、1ドル:120円(ドンは円→ドル→ドンの円換算)


**** ベトナムツアー 終わり ****


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