広島県 尾道の千光寺公園に行って来ました。

千光寺山頂展望台パノラマ〜尾道市街地
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尾道大橋方面望む(南東側)
手前の白い建物が
頂上の千光寺ロープウエイ乗り場でした。
★尾道水道★(南南東)
向いの島「向島」には造船所が見えます。
幅約400m長さ約10km
尾道水道(南)
山陽本線尾道駅前方向
フェリーの行き来が見えますか
【マウスで拡大】
尾道水道(南南西) 
手前「尾道市立美術館 」は、
2003年春へのオープンに向けて、
改装工事中でした。・・・残念
尾道(西側) 尾道(北側)
新幹線「新尾道駅」方面
展望台・頂上にあった像(後) 展望台・頂上にあった像
千光寺公園 大(?)観覧車
ミニ動物公園もあり猿山がありました。
千光寺は山の中腹にあり
朱塗りの本堂は赤堂と呼ばれ
除夜の鐘で有名な驚音楼と光る岩
夜にはライトアップされてとても神秘的です。
★ロープウエイ★
長江口から乗って頂上へ(片道280円)
下りは「文学のこみち」散策。
★レトロバス★
新尾道駅⇔尾道駅⇔浄土寺
1日乗車券大人500円子供250円乗り放題
海が見えた。海が見える。
五年振りに見る、
尾道の海はなつかしい。
汽車が尾道の海へさしかかると、
煤けた小さい町の屋根が
提灯のように拡がって来る。
赤い千光寺の塔が見える、
山は爽かな若葉だ。
緑色の海、向うにドックの赤い船が、
帆柱を空に突きさしている。
私は涙があふれていた。
林芙美子「放浪記」から
林芙美子(はやし ふみこ)
明治36(1903)-昭和26(1951)本名フミコ(47歳)
北九州門司より。大正5年親子3人行商の旅暮らしから12歳のとき尾道に移り住んで、現在の土堂小学校、現・東高等学校を卒業。その間因島出身の文学青年との間に深い恋愛感情を育てたのだがのち東京の大学(明大)に通う恋人を追って上京。しかし、結局二人の恋は実らず、東京で再び放浪生活を送ることになる。上京してからの苦しい放浪生活を日記風にまとめた「秋が来たんだ」(副題)昭和4年に小説『放浪記』が記録的ベストセラーになり、華々しく文壇に登場する。時代を代表する女流作家となってからも、しばしば尾道を訪れかっての恋人と生涯にわたって交流を続けた。1926年(23歳)、画学生と結婚。日中戦争や太平洋戦争時には従軍記者となる。昭和22年に「うず湖」を、翌23年には「晩菊」<女流文学者賞を受賞>を発表その後「浮雲」を刊行した翌月、「めし」を朝日新聞に連載中心臓麻痺で急逝する。墓所は功運寺(中野区上高田)林芙美子の放浪の人生を描いた、NHKの連続ドラマ「うず潮」には感動。・・・以上文学のこみちを学ぶ
尾道ラーメン行列 ここまで1時間待ち「朱華園」
向島から尾道・千光寺方向を望む  向島⇔尾道間のフェリーより
JR山陽線「尾道駅」前の
フエリー乗り場」お寺の形したフェリー。
JR新幹線「新尾道駅」 さようなら
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