地図礼賛 「大航海時代」


(図をクリックすると大きくなる.)



15世紀から16世紀の新世界発見と日本の発見の様子を地図でたどる.

江戸期以後の北海道周辺の解明の様子は 「北方地図」 を参照されたい.

まず日本最古の絵図から.

奈良・正倉院に,東大寺の寺領絵図が保存されている.

図1a.東大寺開田地図-寺領絵図

図1b.東大寺開田地図-寺領絵図

図1c.東大寺開田地図-越前国足羽君糞置村

時代が下って平安時代,平等院の絵図.

図2.平等院絵図

現存最古の日本全体の地図から.


図3.行基図
最古の日本全図(江戸時代模写).
原品は1305(嘉元3)年作,京都仁和寺蔵.
左側,西日本は欠けている.まだ北海道は表示されていない.


図4.日本図屏風 (重要文化財).
16 世紀末制作
福井市浄得寺蔵
三好唯義 編『日本古地図コレクション』より
安土桃山時代の屏風.行基図の一種類.富士山,琵琶湖が描かれ, 主要街道は赤線
で示されている.


図5.世界図屏風 (重要文化財).
16 世紀末制作
福井市浄得寺蔵
三好唯義編『世界古地図コレクション』より
前の日本図屏風と同じ安土桃山時代の屏風.まだアラスカ付近や日本の北方がはっき りしない.
オーストラリア大陸(にしき島?)の形もあいまいである.ちなみにオーストラリア が発見されるの
は,江戸時代に入った 1606 年のことである.


ここで,世界に目を向けてみよう.

1270年末-1295年,マルコ・ポーロ (Marco Polo, c1254-1324) は『東方見聞録』(c1299)で西洋に
初めて日本の事を報告した.
中国(当時は「元王朝」)の東に「チパング」という島があり,黄金に満ちている.また鎌倉
時代の模糊来襲:文永の役 (1274),弘安の役 (1281) についても述べている.
この写本は,東洋の道なる国への夢をかきたてた.しかし,その後足利義満の対明貿易を除き,
200年以上,日本は未知の国であり続けた.

15世紀に入ると「大航海時代」が始まる.まず,口火を切ったコロンブスの航海を見てみよう.


図6a. クリストファー・コロンブス (ラテン名:Christophorus Columbus, c1451-1506).
Ridolfo Ghirlandaio 画
コロンブスはイタリア・ジェノヴァ出身.

図6b. コロンブスが利用した地図
Pietro Paolo Toscanelli 作
当然,西方にはアジアが描かれている.

図6c. コロンブスは 1493 年, 1498 年, 1502 年から 03 年の3回航海した.

図6d. コロンブスを支援したアラゴン王のフェルナンド2世とカスティーリャ女王のイザベル1世.
グラナダ王立チャペル
グラナダのアラブ・ナスル朝を「レコンキスタ」により倒し,1492年1月の グラナダ入場を描いたレリーフ

コロンブスの後,フィレンツェ出身アメリゴ・ヴェスプッチが活躍する.

図7a. アメリゴ・ヴェスプッチ (Amerigo Vespucci, 1551-1512 ).
Domnico Ghirlandaio 画
フィレンツェの Ognissanti 教会.

図7b. コロンブスに続いて,ポルトガル王マヌエル I 世はアメリゴ・ ヴェスプッチを新発見の地に派遣し勢力的な探検をした.


図7c. Martin Waldseemüller, "UniversalisCosmographia" より.
1507年
コロンブスに続く勢力的な探検で,新発見の大陸は彼の名前にちなんで「アメリカ」と呼ばれるようになる.

日本がヨーロッパの地図に載った!


図7d. Hans Holbein, the Younger (?) "Typus Cosmographicus Universalis".
1555 年
スイスBasel
W.P. Cumming, R.A. Skelton and D.B. Quinn, "The Discovery of North America" (London: Elek Books, 1971)より
やや遅れるがこの頃の世界地図.
まだ北アメリカの形がやせている.その西に日本 (Zipangri)が描かれている.
種子島に漂流した (1543) ポルトガル人の報告が早くも取り入れられている.

一方,ポルトガルは東に向かい,ヴァスコ・ダ・ガマがインドに達する航路を発見した.

図8a. ヴァスコ・ダ・ガマ (Vasco da Gama, c1460-1524)
同時代の画家不詳

図8b. 1498年,南アフリカ希望峰を周りカリカットに着く.


マジェランの世界一周

図9a. フェルディナンド・マジェラン (Ferdinand Magellan, c1480-1521)
マドリッド博物館 蔵
ポルトガル人.

図9b. マジェランの用いたヴィクトリア号.
オルテリウスの地図の挿画

図9c. マジェランの航路.
1519年リスボンを出発.1520年南アメリカ大陸南端で太平洋に抜ける海峡
(後にマジェラン海峡と呼ばれる)を発見.1521年フィリピンを発見したが
原住民に殺された.残った船員が世界一周を完成した.

この後,日本にも変化の波が押し寄せる.
地図の話題から少し離れるが,日本とヨーロッパの出会いが始まるので,少しその様子を見てみよう.

1543 年9月(天文12年8月,ポルトガル人2名を乗せた中国船が種子島に漂着した.この時藩主
種子島恵時・時尭親子は鉄砲を手にいれた. 戦国時代,各藩は競って新式の武器,鉄砲 (当時
「種子島」と呼ばれた) を製造・使用するようになる.

相次いで1549年から1551年にかけて,キリスト教の布教を願って,フランシスコ・
ザヴィエルが来日する.

図10. フランシスコ・ザヴィエル(Francisco Xavier, 1506-1552)
神戸博物館 蔵
フランチェスコ会に比べ新興のイエズス会は 東アジアを布教の目的地に選んだ.
イエズス会のザヴィエルは来日2年で中国(広東河近くの)上川島に移るが, 上陸後2週間で客死してしまう.亡骸は Goa に運ばれた.1622年列聖された.

その流れの中で,1582 (天正10)年から1590 (天正18)年にかけて「天正の4少年遣欧使節」が実現する.

図11. 天正の遣欧使節の4少年.
中央はその世話をしたメスキータ神父
(Padre Diego de Mesquita (Societet IESV).
天正の遣欧使節については,若桑みどり『クアトロ・ラガッツィ 天正少年使節と世界帝国』
(集英社,[2003], 2004)が詳しい.


再び地図の方に目を向けよう.

図12a. オルテリウス(Abraham Ortelius)
の地図帳『世界の輪』
1570年
W.P. Cumming, R.A. Skelton and D.B. Quinn, "The Discovery of North America" (London: Paul Elek Productions, 1971) p.149より
ヨーロッパ人が発見した日本.
マルコ・ポーロ (c1254-1324) の『東方見聞録』(1299年頃) で日本の存在は知られていたが,世界地図に日本がWaldmülerの地図 (1555) に次いで記載された.

図12b.東インド諸島図
1570年
三好唯義編『図説 世界古地図コレクション』(河出書房新社,1999)より
上記の地図の部分拡大図.
日本は九州と周辺の小島からなっているように見える.

図12c. Abraham Ortelius (1527-1598)
アントウェルペンの地図帳製作者.
地図帳『世界の輪』 は1570年初版,
改訂を繰り返しながら1612年まで各国
語で 40 数版が出版された.



図13. Orbis Terrarum Typus.
Petro Plancio
1594年
日本の形が大分良くなった.


図14.テイセラ (Luiz Teixeira) の日本地図
1595年製作/1598年フランスで出版
神戸市立博物館
西洋で日本単独の図はオルテリウス
の地図帳『世界の輪』に初めて採用された.
安土桃山時代の行基図を元にしている.


その後の政治状況を見てみよう.

1600(慶長5)年,英人ウィリアム・アダムズ (William Adams,後の三浦按針)および ヤン・ヨーステン
が,オランダ商船リーフデ号で九州臼杵湾に佐志生(さしう)漂着した.アダムズは日本に住み着き,三浦
按針と称し,家康の政治顧問となる.
ちなみにヨーステンは日比谷付近に住み,現在の「八重洲」の地名の元になった.

1613 (慶長18) 年から 1620(元和6)年にかけて,仙台藩主伊達正宗の命を受け,支倉六右衛門
常長らが慶長の遣欧使節としてローマを訪問する.洗礼も受ける.しかし,彼らが帰国した時は,時代
は変わり切支丹禁制の世となり,報われることはなかった.

先に,オーストラリアの形がおかしいと述べた.

オーストラリア大陸が発見されたのは, 1606 年のことで,オランダ人 Willem Janszoon が Cape
York 半島の先端,Carpentaria 湾に注ぐ Pennefather 川付近に初上陸した.

ニュージーランドが発見されるのは,遅れて 1642 年,Abel Tusman による.

江戸時代に入ってからの,日本図の発展については
「北方地図」 を参照されたい.

(2011年12月)


[参考]

*) 三好唯義編『日本古地図コレクション』(河出書房新社,2004)
*) 若桑みどり『クアトロ・ラガッツィ 天正少年使節と世界帝国』(集英社,[2003], 2004)
*) 高橋由貴彦『ローマへの遠い旅』(講談社,1981)
*) Felipe Fernández-Armesto, "Columbus" (London: Weidenfeldand Nicolson, 1974)
*) W.P. Cumming, R.A. Skelton and D.B. Quinn, "The Discovery of North America" (London: Elek Books, 1971)
*) J.H. Parry, "The Discovery of South America" (London: Paul Elek Ltd., 1979)

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