『中学唱歌』

東京音楽学校編纂(1901年3月)




『中学唱歌』表紙.


『中学唱歌』(1901年)は東京音楽学校が尋常中学生徒用に編集したものの第二弾で,『中等唱歌集』に次ぐものである.複音は無くなり単音唱歌に戻っている.

この唱歌集の作曲は公募された.特筆すべき事は明治の大作曲家,滝廉太郎の作品が3点選ばれていることでである.中でも『荒城の月』と『箱根八里』は今でも歌い継がれている時代を越えた名曲である.この二つは全く趣きの異なった曲であるというのも興味深い.また岡野貞一の曲も当選している.岡野は後に『春の小川』など尋常小学唱歌を多数作曲し,広く愛唱されることになる.滝や岡野の曲を採用したというのが,この唱歌集の最大の功績と言えるだろう.

滝廉太郎の作品が『中学唱歌』に含まれている事を知る人は多いだろうが,原本に接するのは難しいため、『中学唱歌』の全貌を知っている人は少ないだろう. その不便を補うため、以下に序文と歌詞・楽譜の全てを示す.作詞者・作曲者の名前は原則として記載されていないが,先人の研究で判明しているものは付記した.歌詞の漢字・仮名遣いは第34刷 (1925年10月) を参考にした.これは筆者がまだ初版と照合する機会が無いためである.楽譜は『東京芸術大学百年史 東京音楽学校篇、第一巻』(音楽之友社、1987年)の初版楽譜資料を借用した.ここではデータ・ベースを手に入れ易くする事を目的としているのでお赦し願いたい.

  例言


一 本編は中学校用に充つる目的を以て編纂せる唱歌集
  とす
一 本校曩に是種の唱歌集編纂の必要を認むるや広く世
  の文学家教育並に音楽家に委嘱して作歌作曲せしめ
  歳月を経て一百有余種を得たりしが尚その足らざる
  を補はむが為に更に同一の方法により洽く材料を内
  外に求め新に又一百有余種を集め得たり茲に於て選
  定委員を設け前後合せて得たるものの中現今中学校
  生徒の実状に参照して最も適切なるべきもの三十八
  種を精選せしめたるが則ち本編なり
一 本編に用ゐたる曲譜の多数は邦人の製作に係り其他
  は泰西作曲家の手に成れるものとす
一 本編は歌曲の程度題目の種類並に配列の順序等に関
  して教科書として未だ完全ならざる点なきを保せず
  と雖も之に依りて漸次歩武を進めなば庶幾くは音楽
  の効果を実現せしむることを得む

   明治三十四年三月
      東京音楽学校長    渡 辺 竜 聖

  目次

第一   雪中行軍
第二   富士山
第三   運動会
第四   明日は日曜
第五   朝起の鐘
第六   駒の蹄
第七   牛おふ童
第八   旅路の愉快
第九   雲雀
第十   我等は中学一年生
第十一  前途万里
第十二  占守島
第十三  太平洋
第十四  夏やすみ
第十五  来れ秋
第十六  寄宿舎の古釣瓶
第十七  四季の朝
第十八  告別
第十九  老将軍
第二十   武蔵野
第二十一 松下清水
第二十二 入船出船
第二十三 遠別離
第二十四 馬上の少年
第二十五 歳暮
第二十六 壷の碑
第二十七 我家
第二十八 祖先の霊
第二十九 初旅
第三十   箱根八里
第三十一 荒城月
第三十二 甲鉄艦
第三十三 小川の流
第三十四 帰雁
第三十五 豊太閤
第三十六 去年今夜
第三十七 楽しき教場
第三十八 今は学校後に見て




第一 雪中の行軍
一 靴先かろく 雪を蹴(け)て 進む吹雪の
  野中道 矢玉を犯す 下習(したな)らし
  あな面白や ここちよや
二 敵陣今は 近づきぬ 短兵急に
  攻め寄せて この雪の如(ごと) 踏み躪(にじ)れ
  あないさましや ここちよや



第二 富士山
一 直立一千二百丈
  足もとよりぞ 起りける
  夏猶寒き白雪は
  空の真中(みなか)に つもりけり
   仰げや高き 富士の山
   富士は御国の 鎮(しづめ)なり
二 富士の麓に 湧く雲は
  足柄山に かかるなり
  富士の裾野に 降る雨は
  箱根の峰に そそぐなり
   仰げや高き 富士の山
   富士は御国の 鎮なり
三 三保の松原 田子の浦
  古き名所(などころ) 歌多し
  道行く人の ここに来て
  富士仰がぬも なかりけり
   仰げや高き 富士の山
   富士は御国の 鎮なり



第三 運動会
一 勇む 意志(こころ)の 種々(いろいろ)を
  風に 表す 旗章(はたじるし)
  並列(ならび)が 岡に 屯集(たむろ)して
  各々(たがひ)の 技倆(たぶり) 競争(たくら)べむ
二 赤は 旭日に 比成(たぐひな)し
  青は 若葉と 映出(にほふ)なり
  靡かす 旗に 気も勇み
  白黒 分かつ 時を待つ
三 待ちに まち得し 運動会
  いでや 今日こそ 誰(た)が名誉(ほまれ)
  一二 三の よび声に
  五色(ごしき)の 旗は わかれたり



第四 明日は日曜
一 明日は日曜 楽しき日
        勇む心に うちみれば
  常には暗き 此(この)ランプ
        今宵ばかりは 光るなり
二 明日は日曜 楽しき日
        一週間の うさはらし
  山に遊ばば 兎かり
        川に遊ばば ボート漕ぎ
三 明日は日曜 楽しき日
        野べの遊びは オーそれよ
  ベースボールに 玉投げに
        目暗(めくら)探しに 旗取に
四 明日は日曜 楽しき日
        勇む心に うちみれば
  今宵の空は 雲晴れて
        あすはたしかに 日和よし



第五 朝起の鐘(俗語体)
一 起ろ鳴る鐘入(い)らぬか耳に
      鐘を待たずに鳥さへ起きる
  鳥は何する只餌(え)をあさる
      人は何する智徳を研(みが)く
  早く起れば其の日の徳よ
      早く起れば一生の徳よ
二 起ろ鳴る鐘聴いたら直ぐに
      日々の習慣正しくすれば
  寝るも起るも心のままと
      腹に決めたら動くな男
  早く起れば其日の徳よ
      早く起れば一生の徳よ
三 起ろ鳴る鐘待たずに起ろ
      人に牽(ひか)るる牛馬(うしうま)たるな
  鐘の響で 起るは恥よ
      意地がなければ人ではないぞ
  早く起れば其日の徳よ
      早く起れば一生の徳よ



第六 駒の蹄 (小山作之助作曲)
一 行け行け男児(だんじ) 日本男児
    学(まなび)のおくかは いづこかかぎり
  奮発勉励 必得成功
    駒の蹄の むかふがままに
二 行け行け男児 日本男児
    義勇のすみかは いづこかきはみ
  東西南北 報国尽忠
    駒の蹄の いたるがままに
三 行け行け男児 日本男児
    墳墓の土地を いづこといはむ
  六大洲中 縦横無尽
    駒の蹄の とどまるところ

[注] 二番第二行「義勇のすみかは・・・」は,第34刷(1925年10月)
では「義勇のほまれを いづこにあげむ」となっている。
[2010.11.04 追記] 早くも第3刷(1911.11.05)で「義勇のほまれを 
いづこにあげむ」となっている。作詞者は早い段階でこれを確定稿とし
たと思われる。情報をお寄せいただいた岩辻賢一郎氏に感謝する。


小山作之助(1863−1927. 6)


第七 牛おふ童 (安藤幸作曲)
一 夕日山にかくれたり
    野べの花よいざさらば
  なれし小道けふもまた
    牛と共にいそがまし
二 星は空にみえそめぬ
    いそげ牛よわが友よ
  森のこかげ暮れはてて
    松のあらし身にぞしむ


安藤(旧姓 幸田)幸(1878. 12 - 1963. 4)


第八 旅路の愉快
一 露もつ草葉を 草鞋に踏めば
    顔ふく風は 汗をぞ拭ふ
      たびぢの愉快は 野辺ゆく曙
二 追手に帆かけて 海原ゆけば
    わがため波は 歌をぞうたふ
      疲れぬ旅にも 船路(ふなぢ)の楽しさ



第九 雲雀
一 霞立つや 空の景色 おもしろ
    あがる雲雀 あがるさまは
      ヒラ ヒラ ヒラ ヒラ
二 紫菫(すみれ)摘むや 野辺の景色 おもしろ
    あがる雲雀 こゑはおちて
      チヨ チヨ チヨ チヨ



第十 我等は中学一年生  (小山作之助作曲)
一 学(まなび)の海にこぎいでて 我等は中学一年生
    うれし うれし 何となく
  ゆく手は何処 いづこかゆくて
    水天一碧 彼岸はとほし
  いでやためさむ 腕の力
  日本男児の気性にて なに至られぬ事かある
    風は いかにつよくとも
    波は いかにあらくとも
二 学の山をわけそめて 我等は中学一年生
    たのし たのし 何となく
  ゆくては何処 いづこかゆくて
    嶮山万畳 白雲ふかし
  いでやためさむ 脚の力
  日本男児の気性にて なに登られぬ事かある
    峰はいかに たかくとも
    谷はいかに ふかくとも



第十一 前途万里
一 前途万里の 雲を隔てて
   望みをいだく 男児の門出
    千山万壑(ばんがく) いざ踏破り
     やがて本望 達して見せむ
二 凝(こつ)ては貫く 巌(いわほ)の面(おもて)
   鉄より堅(かた)き 男児の決心
    高嶺の花を 手折らぬまでは
     いかでたゆまむ 万里の旅路

[注] 芸大説では滝廉太郎作曲とあるが誤りと思われる。
    二番第三行「手折らぬまでは」は第34刷(1925年10月)
では「手折らぬほどは」となった。



第十二 占守島 (安藤幸作曲)
一 長鯨(ちゃうげい)息(い)吹く北の海 五百重(いほへ)の浪を蹴破りて
   日本男児の勇名を 岩と固(かた)むる占守島(しむしゅたう)
二 嵐はさわげますらをの 胸の誠はなごめてむ
   氷はとじよもののふの 心の大刀(たち)は砕きてむ
三 鰐の怒れるわだの原 北の関門(とざし)を守りつつ
  わが日の本の英名を 海と広むる占守島



第十三 太平洋 (永井幸次郎作曲)
一 北は真北の限りまで 南は南尽くるまで
    西半球(せいはんきう)を堺して 太平洋は ひろがれり
二 波たひらかにはても無く 空につらなる深緑(ふかみどり)
    鏡の如き海の上(へ)に 桜花咲く大八嶋


永井幸次(1874. 2 - 1961. 4)


第十四 夏やすみ
一 夏のやすみ今ぞ あそべ鎌倉に
    なみは磯によせて 君が唱歌
      きくを待たむ いざゆけ汽車にて
二 汽車の進みはやく 海はみえそめぬ
    いでや波のよする 岩を友と
      むつびなれて 鍛(きた)はん此身を



第十五 来れ秋
一 来れ秋よ 軒端(のきば)の鈴に
    すずしき風をさそひつれて
二 夏もなごり 露おく野辺に
    さきたる百合の花はちりて



第十六 寄宿舎の古釣瓶 (小池友七作詞,小山作之助作曲)
一 縄こそ朽ちたれ この古つるべ
    桶こそいためれ この古つるべ
  学期試験の準備につとめし
    幾千(いくち)の学生が脳充血を
  冷して癒(いや)さむ氷となりぬ
    彼等が事業(わざ)を助けん為に
  雨の日雪の日つるべのなはの
    休まる時なく汲まれしつるべ
      屋根もる月こそ昔を知らめ
二 箍(たが)こそはねたれ この古つるべ
    苔こそむしたれ この古つるべ
  運動会の競技にきほひし
    幾その[人偏に夾]児(チャンピオン)が背中の汗を
  洗ひて落さん浴湯(あみゆ)となりぬ
    彼等が元気を回(かへ)さん為に
  夏の日冬の日轆轤(ろくろ)の音の
    絶えにしひまなく汲まれしつるべ
      軒ふく風こそ昔を知らめ



第十七 四季の朝
一 あさげは ひとひの イザ イザ イザ
    たのしきはじめよ イザ イザ イザ
  霞につつめるさくらが岡のへはやもゆかむ
      イザ イザ イザ
二 あさげは ひとひの イザ イザ イザ
    たのしき はじめよ イザ イザ イザ
  蓮(はちす)のつぼみの ひらかんみぎはにはやもゆかむ
      イザ イザ イザ
三 あさげは ひとひの イザ イザ イザ
    たのしき はじめよ イザ イザ イザ
  さぎりに色ます紅葉のやまもとはやもゆかむ
      イザ イザ イザ
四 朝気(あさげ)は ひとひの イザ イザ イザ
    たのしき はじめよ イザ イザ イザ
  初霜おきたるかや野のなかみちはやもゆかむ
      イザ イザ イザ



第十八 告別 (滝田和夫 作詩,Silcher 作曲)
一 家をおこす 今朝の門出 身をば立(たつ)る 今朝の門出
    我が身を慎み学びに学ばむ
      いざさらば 父母
二 をしき名残(なごり) しばし忍び 恙なくて 待たせたまへ
    我が身の誉(ほまれ)は吾家(わがへ)の誉か
      いざさらば 父母

[注] 原曲は Friedlich Silcher (1789 - 1860) 作詞・作曲 (1827) の
ドイツ・シュワーベン地方の民謡「愛の喜び」"Das Lieben bringt groß Freund"
または "Mein Eigen soll sie sein".
ご教示いただいた桜井雅人氏[2009年9月私信]に感謝する.
Henriette Leidesdorf, "Kinderlust" Vol II (Leibzig: Verlag für erziehenden
Unterricht, 1863) p. 125: "Das libeb bringt groß Freud". [長谷川由美子:
私信 2011. 05. 15]
山田源一郎編『女学唱歌』第一集(共益商社,1900)第二十七
「旅の暮」 に採用されている.

原歌詞は
Das Lieben bringt groß 'Freund'
http://ingeb.org/Lieder/DasLiebe.html
左上のボタンをクリックするとmidiメロディー
b18DasLieben.mid が聞ける.


Friedlich Silcher (1789 - 1860)


第十九 老将軍 (深沢登代吉作曲)
一 出でては御国の 城となり
    入りては御門(みかど)の 柱となる
  和(なご)めば幼童(うなゐ)も 馴れ睦み
    怒れば鬼神も 怖ぢ怖(おのの)く
二 戊辰の軍(いくさ) 西南の役
    日清戦争 また台湾
  君が功績(いさをし) いくばくぞ
    君が力(ちから)し いくほどぞ



第二十 武蔵野
一 見渡す限りはるばると 空も一つの草の原
   野末(のずゑ)の露にまがふ星 尾花のそでにかかる雲
二 草より出でて又草に 入りし昔や問ひてまし
   人口百万咲き匂ふ 花の都の月影に

[注] 芸大説では滝廉太郎作曲とあるが誤りと思われる。



第二十一 松下清水 (ドイツ民謡)
  夏は余所(よそ)なる深山(みやま)の奥苔は滑か谷の岨路(そばぢ)
    岩のはざま 激(たぎ)り落ちて走る清水
  山松影の巌(いはほ)にふれて
    声ある珠と千々にぞ摧(くだ)く

[注] 『明治唱歌』第五集 (1890) 第二十六「少年の春」と同曲.
[長谷川由美子: 私信 2011. 05. 15]



第二十二 入船出船 (田村虎蔵作曲)
一 錨のつなの 絶えまなく
    小艀短艇(はしけボート)は ゆきかへり
  波止場にひびく こあげ歌
    日に日ににぎはふ 港口(みなとぐち)
  アア聞きて知れ 国のとみ
    いりふねでふねの 楫(かぢ)の音
二 檣(はしら)はせとに 林如(な)し
    水夫(かこ)に舵手(かんどり) はせちがひ
  桟橋場(あげば)はひとの なみよせて
    ひにひにさかゆる みなとぐち
  アア見ても知れ 国の富


田村虎蔵(1873. 5 - 1943. 11)


第二十三 遠別離 (杉浦チカ作曲)
一 程遠からぬ旅だにも 袂分(わか)つはうきものを
    千重(ちへ)の波路を隔つべき 今日の別をいかにせん
二 我も益荒男いたづらに 袖はぬらさじさはいへど
    いざ勇ましく行けや君 行きて勉めよ国のため

[注] 自分が作曲したと杉浦 (旧姓高木) チカ (1876-1910) が述べ
ている (小長久子『滝 廉太郎』、吉川弘文館、2003年8月、p. 143)。



第二十四 馬上の少年 (F. Kücken 作曲)
一 栗毛の馬に鞭をあげて 乗つれ来(きた)る二人の友
  見よやあれに雄々し健(たけ)し 涼(すずし)き並木の道をすぎて
  忽(たちまち)隠れぬ霞のをち
二 轡(くつわ)のひびき蹄のおと 嵐か波かいななく声
  きくもたのしみるもををし 馬上の少年行辺いづこ
  万里の旅路もこれぞはじめ

[注] 原曲は J.J. Schäublin, "Kinderlieder für Schule und Haus"
(1866), p.55: F. Kücken 作曲 "Der fröhliche Wanderer".
J.P. McCaskey, "Franklin Square Song Collection" vol. 4 (New York:
Harper & Brothers, 1887) p. 134: "Away Now, Joyful Riding".
[長谷川由美子: 私信 2011. 05. 15]
原歌詞は Friedrich Förster 作詞 'Ich bin ein froher Wandrer'.
[桜井雅人: 私信 2011. 05. 31]



第二十五 歳暮
一 きのふといひ今日とすぎ今年もいつしか暮れぬ
    月日の流れは夜(よ)と日を分(わか)たず
    つゆもよどみなくながれながれつつ
  今年もいつしかくれぬことしもいつしか暮れぬ
二 いつしかとまたつるむつきもあすとはなりぬ
    門(かど)には松立てしめ引きわたして
    あはれいつしかとまたれまたれつる
  睦月も明日とはなりぬむつきもあすとはなりぬ



第二十六 壷の碑 (栗本清夫作曲)
一 海は田となり田は海と 変(うつり)かはりし世の中を
    ひとり静かにみちのくの つぼの碑(いしぶみ)苔深し
二 苔を穿ちて文字読めば 千歳(ちとせ)隔たる寧楽人(ならびと)と
    言(こと)とひかはす心地して 立ちさり難き草の原



第二十七 我家
一 たのしきは父と共に すみなれしわが家(や)
  うれしきは母と共に すみなれしわが家
  山のそば川のほとり 枝たるるさくら
  よろこびのうたをうたふ やり水のひびき
二 あにおととうちつれて おりのぼる山路
  あねいもとたづさへて ゆきあそぶ川辺
  春風よあたたかに 吹きめぐれなほも
  たのしみの千代(ちよ)にやどる わがいへのそらを



第二十八 祖先の霊 (栗本清夫作曲)
そせんのみたま 幽冥界に
 そせんのみたま 子孫をまもる
  家業をつとめ 家風を興(おこ)し
   そのみめぐみに こたへまつらん



第二十九 初旅 (橋本正作作曲)
一 知らぬ所も見まほしく さりとて家もなつかしく
  篭飼(こが)ひの鳥の篭いでて 又飛びかへる心かな
二 花咲く野べのおもしろさ 波たつ海のおそろしさ
  思ひやりつつたちいでつ 見おくる母をみかへりて



第三十  箱根八里 (鳥井忱(まこと)作詞 滝廉太郎作曲)
第一章 昔の箱根
  箱根の山は 天下の険 函谷関(かんこくくゎん)も物ならず
  万丈の山 千仞(せんじん)の谷 前に聳え後(しりへ)にささふ
    雲は山をめぐり
    霧は谷をとざす
  昼猶闇(くら)き杉の並木 羊腸(やうちゃう)の小径(しゃうけい)は苔滑か
    一夫関(いっぷくゎん)に当るや万夫(ばんぷ)も開くなし
  天下に旅する剛毅の武士(もののふ)
  大刀(たいたう)腰に足駄がけ 八里の岩ね踏み鳴(な)らす
    斯くこそありしか往時の武士(もののふ)
第二章 今の箱根
  箱根の山は 天下の阻(そ) 蜀の桟道数ならず
  万丈の山 千仞の谷 前に聳え後にささふ
    雲は山をめぐり
    霧は谷をとざす
  昼猶闇き杉の並木 羊腸の小径は苔滑か
    一夫関に当るや万夫も開くなし
  山野に狩する剛毅の健児(ますらを)
  猟銃肩に草鞋がけ 八里の岩ね踏み破る
    斯くこそありけれ近時(きんじ)の健児(ますらを)

歌唱は
箱根八里
http://www.youtube.com/watch?v=7BvTIXEN8iE


滝 廉太郎(1879. 8 - 1903. 6)


第三十一 荒城月 (土井晩翠(ばんすい)作詞,滝廉太郎作曲)
一 春高楼の花の宴
   めぐる盃かげさして
    千代の松が枝(え)わけいでし
     むかしの光いまいづこ
二 秋陣営の霜の色
   鳴き行く雁の数見せて
    植うるつるぎに照りそひし
     むかしの光いづこ
三 今荒城のよはの月
   替らぬ光たがためぞ
    垣に残るはただかつら
     松に歌ふはただあらし
四 天上影は替らねど
   栄枯は移る世の姿
    写さんとてか今もなほ
     嗚呼荒城のよはの月

原曲の歌唱は
荒城の月  スコーピオンズ
http://www.youtube.com/watch?v=fXIr27OdDGE
荒城の月 鮫島有美子
http://www.youtube.com/watch?v=eOUP7CebvUI


「荒城の月」碑(会津若松市鶴賀城内)


第三十二 甲鉄艦 (山田源一郎作曲)
一 しづかに立てるありさまは 浮かべる城にことならず
    はげしく進むいきほひは 怒(いか)れる獅子にさも似たり
  海(わた)つ御神(みかみ)も恐るべき 国の守護(まもり)の此の御船(みふね)
    いかで中(あた)らむ敵の砲丸(たま) いかで徹(とほ)らむ敵のたま
二 御国を思ふ精神(たましひ)は 金鉄よりもなほ堅(かた)く
    忠義にいさむ真ごころは 水火(すゐくゎ)の中も何ならず
  四方(よも)の国にもたぐひなき 国の守りのこの御民(みたみ)
    いかで当らむ敵の軍 いかで敵せむてきの軍


山田源一郎(1869 - 1927. 5)


第三十三 小川の流
一 走れ走れ 岩間によどめる
    小川の流よ とくゆけ大海(おほうみ)に
二 ゆけや海に 汝(いまし)の友だち
    汝を待つらむ< いざいざ走りゆけ
三 さはり多き 境をはなれて
    はてなき海べに とくとく流れゆけ



第三十四 帰雁 (岡野貞一作曲)
一 月かげおぼろに霞む空を
    なきつれかへるはあはれ雁よ
  父母こひしき旅の夜半(よは)に
    きこゆるそのこゑわびしかなし
二 雲雀はみそらに雉子は野べに
    山彦返してうたふ春を
  うしろになきゆく雁のこころ
    おもへば故郷(こきょう)は雲のあなた


岡野貞一(1878. 2 - 1941. 12)


第三十五 豊太閤 (滝廉太郎作曲)
一 戦へば勝ち攻むれば取る 僅に数年天下を一統
  布衣(ほい)より起りて四界を治(をさ)む 御門(みかど)の震襟初めて安 (やす)し
  国家の隆盛是より興る 類(たぐひ)無き知恵比類なき武勇
  嗚呼人なるか 嗚呼神なるか 嗚呼太閤 豊(ほう)太閤
二 万里を隔つる外国(とつくに)なるも 傲慢無礼の振舞あらば
  討ちて懲らして降参せしむ 何より重きは国家の名誉
  振ひに振ひし日本の国威 輝き揚りし 皇国(みくに)の国旗
  嗚呼人なるか 嗚呼神なるか 嗚呼太閤 豊太閤
三 太閤いづれば日本(にほん)は狭し 世界に示せる無類の功(いさをし)
  万里の果まで聞こゆる誉れ 皇国(みくに)の名声彼れ故高し
  日本(にっぽん)男児の誠の鑑 日本(やまと)魂斯くこそあれよ
  嗚呼人なるか 嗚呼神なるか 嗚呼太閤 豊太閤



第三十六 去年今夜 (岡野貞一作曲)
一 御世(みよ)ながつきのここぬかは
   開くを常の菊の宴
    重き遠流(えんる)の此身にも
     去年(こぞ)の今日こそ恋しけれ
二 愁(うれひ)にしずむ此の心
   しるかしらぬか白菊の
    配所の庭のそでがきに
     露も重(をも)げに咲きにけり
三 去年(こぞ)の今宵は清涼殿
   菊の御宴(ぎょえん)に侍(はん)べりて
    御前(おまへ)間近に跪(ひざまづ)き
     愁思(しうし)の詩こそ作りしか
四 恩賜の御衣(ぎょい)は此(ここ)にあり
   今も朝夕捧げては
    都の方(かた)にうち向ひ
     君が余香(よかう)を拝しつつ



第三十七 楽しき教場 (ドイツ民謡)
一 奏(かな)でよや 歌をもうたへ
    世にまたあらめや かほどのたのしみ
  級(しな)低き うきよのすさび
    数こそ多かれ 何かはねがはん
  畤(そばだ)つ高峰(たかね)に 調(しらべ)や似たらん
    さやけき流に 響や通(かよ)はむ
二 天地(あめつち)の 神もや聞かむ
    草木も耳をや 傾(かたぶ)け愛(め)づらん
  世の塵は いたらぬ室(むろ)に
    奏(かな)でつ歌ひつ 娯(たのし)む調子(しらべ)
  磯うつ浪にや 響は通はん
    松吹く風にや 調(しらべ)は似たらん

[注] "Deutsches Weihelied".[長谷川由美子: 私信 2011. 05. 15]



第三十八 今は学校後に見て (幸田延作曲)
一 ここらの月日たゆみなく
   蛍に雪に身を季(ゆだ)ね
    花咲く春も日ねもすに
     月見る秋も夜もすがら
      学(まなび)の道にいそしみて
       あかしくらししかひありて
        はえあるけふのこのむしろ
         うけていただくしるしぶみ
          今は学校あとに見て
           いづる今日こそうれしけれ
二 学の窓のあけくれに
   心をみがき身をきたへ
    焼くるがごとくあつき日も
     身を切るばかりさむきよも
      ただ一すじにはげみつつ
       永き年月(としつき)たゆみなく
        つとめまなびし労苦(いたづき)は
         やがてもけふのしるしぶみ
          今は学校あとに見て
           いづる今日こそうれしけれ
三 今より先のゆくさきは
   いづこの空もいやましに
    浪風あらき和田の原
     嶮岨(けはし)き山の九屈折(つづらをり)
      みがきあげたるこの心
       きたひあげたるこの腕(かひな)
        ためし見るべき時は来ぬ
         いざや進まんとばかりに
          今は学校後に見て
           いづる今日こそうれしけれ


幸田延(1870 - 1946. 6)



以上

 2006年1月; 2006年4月  歌詞を大正14年34刷により校正。
 2007年3月  不明瞭なコピー楽譜を読み易くした。
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