インド西部とヴァラナシ(2013年3月)

(クリックすると大きい画像になります)

3月10日から16日までインドへ行きました.以下はその写真報告です.




ヴァラナシ (ベナレス) の沐浴.

3月11日 (月)

08:00 ニュー・デリーのホテル発.午前はニュー・デリーをバス観光後,ムガール帝国第二代のフマユーン廟を見学.
12:45 デリー発,ヴァラナシ(ベナレス)へ.
ヴァラナシ着後,まず近郊のサルナート観光
考古学博物館
ムルガンダクティ寺(法輪寺)日本人画家による釈迦の壁画
鹿公園(鹿野苑)の中のダメーク・ストゥーパを見学.
シルク店見学(何も買わず)
19:00ca ヴァラナシのホテル着.



ホテルにトゲトゲの樹があった.



ニュー・デリーは各国大使館や政府の重要施設があり,街並みもイギリス統治時代に整備された.道幅は片側3車線、中央分離帯,歩道も整備されている.交差点は信号の無いラウンド・アバウト(回転式交差点)になっている.

ニュー・デリー市内のインド門.
インド門は第一次世界大戦に従軍戦死した兵士を悼む門.

ムガール帝国時代のフマユン廟 (Humayun's Tomb, 世界遺産)

第3代皇帝アクバルが1562年に着工,1570年に完成した.

広大な敷地.

首の白いカラスがいた.


門をくぐる.

中では修復の工事が行われていた.


広大な敷地.


門のマーク.一見ユダヤの星だが,中央に宇宙をつかさどる太陽の印がある.中央にインコがとまっている.


建物の地下に墓があるが立ち入り禁止.




ガジュマルの樹.

小型のリス.人に慣れていない.

昼食後ヴァラナシ (ベナレス) へ飛ぶ.
ヴァラナシ着後サルナート (Sarnath) に移動.

まず,考古学博物館でアショカ王 (BC 268 年即位.南端を除く全インドを統一) の石柱の頂上部の飾り (本物) を見る.

ライオンの石柱 (撮影禁止のため絵葉書より).


次いでムルガンダクティ寺(法輪寺; Mulagandhakuti Vihar)
日本の画家野生司香雪 (のうす こうせつ,1885 - 1973) 奉納の釈迦の壁画 (1936) を見る.



読経する僧侶.


釈迦誕生の図#.

野生司香雪が描いた壁画の由来を記した看板.

ダメーク・ストゥーパ (Dhamekh Stupa, 仏塔) を見る.

仏教の四大聖地の一つで,広大な公園(鹿公園)になっている. 釈迦がここ鹿野苑 (ろくやおん,Rishipattana)で初めて説法 (初転法輪) をしたという.
マウリヤ朝のアショカ王が BC 249 年に塔を建てたところに,AD 400 年に現在の塔が建てられた.
ダメークとはダルマを説法する人を意味するダルミカに由来する.

6世紀頃に建てられた高さ 40 m を超える巨大なダメーク・ストゥーパ.

世界各地からの巡礼者.


ストゥーパの彫刻.


ストゥーパに張られた金箔とお供えの花.金箔はスリランカの人たちの寄進という#.


絹織物の工場.昔ながらの織機を使っている.

3月12日 (火)

早朝ガンジス河で沐浴を見学.
その後,ヴァラナシ市内観光として
ヴァラナシ・ヒンドゥー大学内のヴィシュワナート寺院
バーラト・マータ寺院
を見学.

ヴァラナシ (Varanasi,通用名 Banaras; 英語名 Benares) はインドで最も古い町の一つだ.
『マハーバーラタ』にも記されており,BC 6 世紀からBC 5 世紀には「カーシー国」の首都であった。BC 4 世紀にはマウリヤ朝に支配されている.

ホテルで昼食後
15:50 AI405 ヴァラナシ発.17:05デリーへ戻る.
市内レストランで天婦羅うどん定食を食べ, 19:30ca ホテル着.


ガンジス河の日の出.

沢山の人々.


象の形をしたガネーシャ神の絵.

河辺の火葬.










遊行僧 (sadhu).

3月末の祭りにそなえて各地から来た修業僧.


昔ながらの洗濯方法.

日も上がってきた.

ヴァラナシの街観光.


ヴァラナシ・ヒンドゥー大学内の新ヴィシュワナート寺院 (New Vishwanath Temple).




ヒンドゥー教のドゥルガー寺院 (Durga Mandir, 通称モンキー・テンプル).

バーラト・マター寺院の大理石のインド地図.


サルナートにはインドで唯一のサンスクリット研究の専門学校ヴィシュワヴィッディヤラヤというがあるという.


猿回し.

街の露店商.


ホテルのドアマン.

ホテルに飾ってあるガネーシャ像.


3月13日(水)

デリー市内観光:
マハトマ・ガンディの火葬場見学後, アグラへバスで移動(約200 km, 3.30 h).
アグラで昼食後,15:00caからお目当ての タージ・マハルとアグラ城塞見学.
大理石作り店見学(飾り板購入).


マトハマ・ガンディを火葬した場所 (Raji Ghat).


右手にサギがいた.




火葬場へ向かう道.

アグラに移動

アグラ (Agra) はデリーからヤムナー河沿いに南に 200 km 下った所にある古い町.
叙事詩『マハーバーラタ』に紀元前 3 世紀の都市Agravana として登場するし,プトレマイオスの地図にも Agra として記録されているそうだ.


タージ・マハルが見え始める.

タージ・マハル (Taji Mahal, 世界遺産)

1631年ムガール帝国の第五代皇帝シャー・ジャハンの妃ムムターズ・マハルが第14子を産んだ後36歳で没したのを悲しみ,シャー・ジャハンが1632着工,22 年の歳月をかけ1653年に完成させた.


園内の門.

門をくぐって,ガイドのマーさんの注意を受ける.


入口から.基部は 95 m 四方,本体は 54 m 四方,全体の高さは 67 m.

入口全景.


装飾的な 4 本のミナレット (尖塔,高さ 42 m) は外側に倒れるよう
設計されているそうだ.

テラス.



建物の足元.

入口ははるかかなた.


墓所入口.外周りの装飾がすばらしい.

最内部の墓の部分は撮影禁止なので絵葉書より.


墓を囲む建物内部の装飾.







西側.

集合場所へ戻る途中.


建物テラスから入口方面を望む.

入口付近の集合場所で休憩.とにかく暑い.

アグラ城 (Agra Fort, 世界遺産)へ移動.

アグラ城はムガール帝国第三代皇帝アクバルによって1565年着工され1573年完成.
タージ・マハルを造った皇帝ジャハンは息子アウラングゼ−ブによって皇帝の座から引き下ろされ,ここに幽閉され,ここで1666 年74歳の生涯を終えた.



城の中.


城内の庭.

城から見るタージ・マハール.


猿.

見学の家族.


夕日に輝く城門 (水の門).

大理石加工の店.
飾り板を買う.


ホテルの夕食は生演奏付き.


ハルモニウムとツィター様の楽器タブラ (tabla). 真鍮の弦をラクダの毛の弓で演奏.


3月14日(木)

8:30ca ホテル出発,アグラ郊外にある廃墟の街ファティープル・シークリーへ.
その後ジャイプールへ向かう. (約 230 km, 4 h 30 m)
ジャイプールで昼食 (ターリー料理). 午後,ジャイプール (ピンク・シティー) 観光
天文台, 織物博物館, シティー・パレス, アンベール城 を見学.
宝石店,インド生地店を見た後, ジャイプールのホテル泊.

アグラ郊外にある廃墟の街ファティープル・シークリー (Fatehpur Sikri, 世界遺産)

ファティープル・シークリは1574年にムガール帝国第三代アクバル帝の首都となったが,水不足のため早くも1588年に放棄された.

後ろの建物がアクバル帝の後宮(Jodh Bai's Palace).




アクバルは子供ができないので次から次へと,イスラム・ヒンドゥー教徒・キリスト教徒など,12人妃を変えた.最後にファティープル・シークリーに住む聖者シェーク・サリム・チシュティーの予言でやっと世継ぎを得た,とガイドのマーさんが話してくれた.


五重の塔 (Panch Mahal).ペルシャ建築を
モデルにした.

風の塔 (Diwan-i-Khas).


ライオンの顔を削ってある.






柱の上が玉座になっている.


中庭.

ターリー料理の昼食.ラウナタ(馬の毛の弦,錫の
留め金,ココナッツの胴)という楽器の演奏付き.

天文台 (Jantar Mantar, 世界遺産)

ジャイプールの街を造ったマハラジャ,ジャイ・シン 2 世がムガール帝国皇帝の許しを受け,1734 年に建設した.


人々に時刻を知らせるドラ.






建物自体が日時計.


影の位置から正確な時刻が分かる.






時間の一覧表.


牡羊座.

惑星の記号.


内庭全景.

織物博物館

内部は撮影禁止.





シティ・パレス







世界最大の銀製の水壷が置いてある.




見事な孔雀.

門が四方にある.




アンベール城 (Amber Palace) へ向かう.

ジャイプールから北東に 11 km. カチワーハ家 (アンベール王国) の首都だった.ムガール帝国の軍司令官ラジャ・マン・スィンが 1573 年城の増改築を始める.


河向うに建つ城塞.



城へ登るには象のタクシーが有名だが,予約できないとの事で,我々は電気自動車を利用して城門に到着.

城の内庭.

眺めは万里の長城のよう.


猿.

眼下の河の中に庭.


見事な装飾.














壁に無数の鏡が埋め込まれている鏡の間 (Sheesh Mahar).

城門.




城内の庭.

この後宝石店とインド生地店に寄る. インド生地店でイスラム・ミニアチュア画を買う.



3月15日(金)

08:00時頃,ホテルを出発.今日はデリーまで約 265 km の長い行程で,トイレ休憩は途中1回だけだそうだ.

風の宮殿 (Hawa Mahal) で写真ストップ.

建物の奥行はあまり無いようだ.




飼牛の行進.

のんびりと山羊の行進.


牛は神様のはずだが搾乳のため飼われているという.
野良牛も多いという.牛は死んだら皮をはいで政府に引き渡す. 政府は火葬にするそうだ.

クトゥブ・ミナール (Qutb Minar, 世界遺産) 見学.

デリー南郊外 15 km にある. インドで最初にイスラム支配をしたマムルーク朝 (奴隷王朝,1206 年〜1290 年) のスルタン,クトゥブッディーン・アイバクがヒンドゥー教徒に対する勝利を記念して 1206 年に完成.ミナールとは尖塔 (ミナレット) の事.高さは 72.5 m.




休憩所の彫刻.


イスラム風とヒンドゥー風の混淆.




鉄の塔.オリジナルのままでサビは出ないそうだ.
高さ 7 m.

塔のベスト・ショット.



見学の親子.




塔の基部.


ハルジー朝のスルタン,アラウッディーンが更に高い塔を建てようとしたが,建設途中で暗殺されて中止となり,廃墟 (Alai Minar) として残った.



以上(2013年3月)


%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%

#) Internet 画像より.
%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%

参考文献

*) 『地球の歩き方 インド』(ダイヤモンド・ビッグ社,2012)
*)小西正捷・岩瀬一郎 編『図説 インド歴史散歩』(河出書房新社、1995)
*)中村了昭訳『新訳 ラーマーヤナ』(全7巻)(平凡社東洋文庫,2012年4月〜)
*)上村勝彦『インド神話 マハーバーラタの神々』(ちくま学芸文庫, [2003], 2012); 元版は(東京書籍,1981).

Photo Albumのトップへ戻る

ホームへ戻る