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アッシジ巡礼の我々一行と沖守弘さん.沖さんは「マザー・テレサの写真展」のため滞在中で,ここで洗礼を受ける予定.その写真展を見て洗礼式に出席するのがツアーの目的.アッシジの宿泊施設の前で. |
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映画「ローマの休日」で有名な「真実の口」を見学.嘘をつくと口に入れた手が噛まれるという伝説が映画で紹介された.実際はマンホールのふただそうだ.無料. |
![]() ナヴォナ広場.以前来たときは夕方で人影がなかったが,今はローマでも一ニを争う人気広場だそうで,のんびり楽しむ人で一杯だ. |
![]() 中央から流れる河はそれぞれナイル・ガンジス・ドナウ・ラプラタを表わしているという.ベルニーニが設計した.我々も記念撮影. |
![]() パンテオンへ移動.途中何やらものものしいが,きれいな服での警戒の場を通る.どうやら要人が来るようだ. |
![]() スペイン広場へ移動. |
![]() スペイン広場は「ローマの休日」で有名.すごい人ごみだ. |
![]() やはりこれも「ローマの休日」がらみ.王女のオードリー・ヘップバーンが新聞記者のグレゴリー・ペックに付きまとわれ逃げ込んだアパート.銘板がついていた. |
![]() ヴァチカン宮殿の中庭.中央の球体は世界の平和を祈念する最近の作. |
![]() エジプトから持って来たライオンの彫刻.キリスト教との関係は不明.まさかコロッセオに登場するライオンではあるまい. |
![]() 宮殿内の金色のアポロ神像(?).ギリシャの神が何故か教会にある. |
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お目当てのラファエロの「アテネの学堂」に再会. 中央の赤い衣と青い衣の二人は左がレオナルド・ダ・ヴィンチをモデルにしたプラトン,右がアリストテレス.前方左手で頬づえをついているのはミケランジェロをモデルにしたヘラクレイトス(自然哲学),右手の石版で説明しているのが幾何学のユークリッド,その右隣の黄色い衣がプトレマイオス(天文学),彼の前方右手で緑の帽子をかぶっているのがラファエロとされている. |
![]() ギリシャ彫刻. ミケランジェロはこの像をモデルにして「最後の審判」のイエスを描いたいう. |
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ミケランジェロの『最後の審判』(部分)右下隅の「聖バルトロメオの生皮」の顔はミケランジェロ自身の顔の画像と言われる.[ヴァティカン博物館特別版『ヴァティカンにおけるミケランジェロとラファエロ』(1978)より] |
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前日外見だけ見たサンタ・マリア・マッジョーレを拝観.記録を見たら以前見たことがあるはずだが,すっかり忘れていた.
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![]() ローマから2時間ほどでアッシジ駅に着く.駅はひなびた田舎の駅だ. |
![]() 手違いで駅では会えなかった沖さんとホテルで再会.今後の予定を聞く. |
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折からの朝霧で大変幻想的だ.霧はやがて晴れた.地元産のピンクの大理石がちりばめられ美しい.コルドバの(元)イスラム教会のピンクと少し色が違う. |
![]() お寺の回廊での「マザー・テレサ展」.写真を撮った沖さん直々のご案内. |
![]() 沖守弘さんは5年マザーの所に通いつめたそうだ. |
![]() 聖堂に訪れた尼さんの昼食. |
![]() 写真展の広場と聖堂の1階入り口. |
![]() 写真を見た後,谷村達郎神父のご案内で教会内部の見学. |
![]() 祈りの回廊. |
![]() 教会を辞して町見物.聖ルフィーノ大聖堂 (Cathedral di San Rufino). 殉教者聖ルフィーノを記念して1140年から1228年に建てられた古い教会.フランチェスコやフランチェスコに従い女子修道会を開いたキアーラはここで受洗した. |
![]() 眼下にサンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会が遠望される. |
![]() アッシジの町は細い道でつながれている. |
![]() マリアコルベ修道女のご案内で,沖さんの滞在先を訪問. |
![]() 台所付き下宿に,助手の小野寺さんと二人住まい. |
![]() 聖フランチェスコの生れた馬小屋.現在は聖フランチェスコ・ピッコリーノのオラトリオと呼ばれる. |
![]() ヌオーヴァ教会の前の聖フランチェスコの父母の像.父は有力な衣料商人でフランチェスコが修道士になるのに強く反対した.手にするのはフランチェスコが差し出した衣類.この場面は大聖堂のジオットの絵に描かれている. |
![]() 街中のパーフォーマンス. |
![]() 司式は谷村達郎神父.代父は山口さん. |
![]() 洗礼. |
![]() 大聖堂地下の小さな礼拝堂. |
![]() 洗礼式. |
![]() 洗礼式が終わってお祝いの会食. |
![]() まず町の最高地点にあるロッカ・マッジョーレ要塞 (Rocca Maggiore).ローマ時代に造られたが,現在の建物は14世紀半ばに立て直されたもの. |
![]() ロッカ・マッジョーレ要塞.アッシジはペルージャと覇権をめぐり良く争った. |
![]() 要塞の前庭からの眺め. |
![]() 次に向かったのが,聖フランチェスコとその仲間が祈った「カルチェリの庵」(Eremo delle Carceri).山々の紅葉が陽光をあび美しい. |
![]() 庵に向かう.庵の建物は14世紀に建てられた. |
![]() サン・ダミアーノ修道院 (San Damiano).女子修道会所属と思っていたら,男性の修道士が張り番をしていた.聖フランチェスコが1205年ここで神の召命を受けたという.左隣にキアーラの創設したクラリッセ僧院がある.聖キアーラはここで亡くなった. |
![]() サン・ダミアーノの中庭. |
![]() 聖キアーラの銅像. |
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祈る聖フランチェスコか.
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![]() 聖フランスコが活動を開始した場所.そのさや堂として建てられたリヴォトルト教会(Rivotorto, 建物は1854年建設).数年で地主に追い出され,ポルツィウンコーラに移る. |
![]() 建物内部に聖フランチェスコが籠もった小屋が保存されている. |
![]() 庭には聖フランチェスコがらい患者をなぐさめたというモニュメントがある. |
![]() 秋空のパラグライダーを楽しむ人.風の具合が良いのだろう.滞空時間が長い. |
![]() 中世アッシジの模型.街中心のコムーネ広場の部分. |
![]() アッシジの中世の古地図. 大聖堂は城門の外,左手(西)の獄門のある刑場の地に建てられた. [アッシジ観光協会『アッシジ』(2010) より] |
![]() 我々が宿泊した女子修道会運営の施設 Casa di Ospitalità "Maria Immacolata" は3食付で,我々信者でないものも泊めてくれる.ただし22時という門限付き.食事は尼さんがサーブしてくれる.「キリストの血」も付いてくる.メインは昼食でおいしい. |
![]() この宿泊所のスタッフ. |
![]() 今年9月の会議のポスター. |
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いよいよお世話いただいた Sr Mariakolbe Masuda ともお別れだ.アッシジ滞在はアッという間に終を迎えた. |
![]() 沖さん共々,駅に向かった.遠望の大聖堂. |
![]() 頂上に城が見える. |
![]() アッシジ駅前からの町の展望.アッシジは山の中の町だ.何故大聖堂が一番低い所にあるのか不思議に思っていたが,街の門の外の刑場「地獄の丘」跡に建てられたというので納得. |
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サン・プラッセデ教会の天蓋.[C.F. Guglielmi, "Roma−Basilica di S. Prassede" (教会の解説書,ca. 1981) より]
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![]() コロッセオ前の通りは通行止めして,マラソン大会かなにやらの準備をしている. |
![]() 入場のための長蛇の列だ.時間がないので案内マイクを借りることにする.こちらはは並ばなくても良いのですぐ入場できる. |
![]() 中の競技場は中2階のようになっていて意外に高い.観客席は3階(現在は立ち入り禁止)まであるようだ. |