飛騨高山の春祭り

(2008年4月14・15日)


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2008年4月14・15日,飛騨高山の春祭り(山王祭り)を見た.春祭りは高山上三町(宮川上流側の町々)の祭りで,日枝(ひえ)神社の氏子によって行われる. 3種のからくりと宵山に出る12台の屋台が見ものだ.


飛騨高山の宵山.中橋をわたる竜神台,石橋台,崑崗台

祭りは金森氏が飛騨を統治しているときの1586(天正14)年から1692(天禄5)年の間に始まったと信じられている.屋台曳行は既に1718(享保3)年の記録が残されている.からくり人形は1760年代に上方より導入され,19世紀初めの文化文政期に高山型と言える独特なものになったと言われている.

飛騨高山の日枝神社

三仏寺城(高山駅の東北約2 kmの三福寺町城山(三仏寺山)に1141(永治元)年築城されたと伝えられる)の城主だった飛騨守平時輔が,狩に出て山中で奇瑞にあったので,1141(永治元)年に日吉山王を勧請したのが起源とされる.時輔から五代目,景綱のときの1181(治承5)年に,源義仲に攻められて落城,社殿は兵火にかかり焼失した.
1585(天正13)年,金森長近が飛騨を平定して高山に入ると,この神社を再興し高山城の鎮護神とした.これが日枝(ひえ)神社で,祭神は大山咋神(おおやまくいのかみ).

三仏寺城本丸跡



左手の山が城のあった三仏寺山,中央は鍋山.鎌倉時代末に飛騨守護近江京極氏の居城があったという.背後の雪山は乗鞍連峰(2006年11月13日 住斉氏撮影)


大山咋神は「古事記」によると須佐之男命の孫にあたる. 須佐之男命は八岐大蛇(やまたのおろち)退治で助けた,足名椎(あしなづち)と手名椎(てなづち)の娘,櫛名田比売(くしなだひめ)と結婚するが,その後,神大市比売(かむおおいちひめ)との間に大年神(おおとしがみ)が出来る.その大年神の子が大山咋神である.したがって大山咋神は足名椎と手名椎の系統でない.高山市の中心,鍛冶橋の欄干に足名椎と手名椎の銅像(飛騨の名工,谷口与鹿が恵比寿台に装飾した彫像に基づく)があるが,日枝神社の祭神とはかなり遠い関係ということになる.

鍛冶橋欄干の足名椎像


恵比寿台の足名椎像




14日の午前に行われる日枝神社の神事.9時頃より.

日枝神社の大鳥居


境内の一角で神事


神事


神事


神官と氏子が本殿に移動


献饌(そなえ物の奉納)の儀


献饌


祈願


浦安舞の奉納


浦安舞



舞の奉納を終える



神輿はこれより陣屋前の御旅所(おたびしょ)へ移動する



神輿出発の様子は見ずに,大急ぎで呼び物のからくりを見るために,陣屋前へ10時半頃移動.

三番叟のからくり奉納

童子の三番叟が浦島の曲に合わせて所作をしながら橋樋を進み,橋樋の先に置いてある箱に顔を伏せ,顔を上げると,翁の面を付けている.そして謡曲「翁」の仕舞をする.
この屋台は宝暦年間(1751-1756)に建造されたとされている.現在の人形は四代目で1916(大正5)年に新調されたもの.

公演開始


箱が前へ


移動する童子


机上の扇子を取り


箱に顔をふせる童子


顔をあげると翁面を付けた童子に変身


翁面で踊る童子


翁面の童子


無事公演を終えた三番叟の人々

竜神台のからくり奉納

ある時訪れた酔っ払いに閉口した人が,唐子に命じて酔っ払いをやっかい払いしようとする.命じられた唐子は,酔っ払いを入れた壷を橋樋の先に捨てる.唐子が逃げ帰ったとたんに,壷が開き中から紙吹雪と共に竜神が現れ,撞木を振りかざし激しく舞う.
竜神台の創建は不明だが,1807(文化4)年には既に記録されている.からくり人形は今年新調された.14日昼の演技では綱がからまるというハップニングがあったが修正して,なんとか演じきった.15日午前の演技でも綱が食いつき動かなくなってしまい中断,後刻演じ直すこととなった.新調のため,まだ動きが十分こなれていないようだ.

壷を運ぶ唐子


壷を置こうとする唐子


壷を置く唐子.ここが難しい


壷を置いて逃げ帰る唐子


壷から突然紙吹雪と共に竜神が出る


姿を現した竜神


荒々しく舞う竜神


竜神の舞


食い込んだあやつり糸を懸命に直す


石橋台(しゃっきょうたい)のからくり奉納

妖艶な美女が踊っているうちに,打ちかけがめくれ尻から獅子頭が出て舞うという奇抜なアイデアのからくり.風俗に悪いということで昔は上演を禁止されていたという.現在の目から見ると,尻が丸見えになる訳では無し,それほどひどいとは思えない.これも時代の感覚の差か.踊りの途中3度ほど持ち物を替えるところでは,人間が直接渡すので間延びがする.全部からくりでないので,ちょっと残念.
石橋台は天明年間(1781-1789)に創建されたと伝えられているが,現在の台は1865(慶応元)年に完成したもの.

打ちかけ姿の美女


美女が扇子で踊る


持ち物を獅子頭に替える


獅子頭で踊る


上にそる


前にかがむと突然獅子に変身


獅子が踊る


獅子から元の姿に戻る


最後に両手に花を持ち踊る




夜祭の屋台巡行

神楽台を先頭に夜の巡行の開始


力強い太鼓.神楽台(上一之町上組)


三番叟(さんばそう)(上一之町中組)


竜神台(上三之町下組)


石橋台(上二之町上組)


崑崗台(こんごうたい)(片原町)


五台山(上二之町中組)


恵比寿台(上三之町上組)


青竜台(川原町)


琴高台(きんこうたい)(本町一丁目)


麒麟台(上一之町下組)


大黒台(上川原町)



宮本(みやもと,祭りの役員)に別れを告げる

神楽台


三番叟


竜神台


石橋台


崑崗台





疲れて眠くなった子獅子



最後の力を振り絞って踊る獅子



屋台の人々をねぎらう宮本の役員たち.



五台山


恵比寿台


琴高台


青竜台



麒麟台



大黒台の別れの笛を最後に夜祭は終わる




二日目.屋台引き揃え

屋台の勢ぞろい


前から見た恵比寿台





後ろには足名椎と手名椎の彫刻が添えられている. 飛騨の名工谷口与鹿の作.南蛮人を描いた見送りも面白い.


恵比寿台の見事な竜の彫り物(谷口与鹿作)


麒麟台の入れ子の彫刻(谷口与鹿作).これにはびっくり


麒麟台



見事な見送りの原作は帝室技芸員幸野楳嶺.五台山


五台山の緋羅紗の幕は丸山応挙の下絵



五台山の唐車と諏訪の名工立川和四郎作の飛獅子


鳳凰台の麒麟の彫刻


青竜台


青竜台は唯一の入母屋造り


崑崗台


屋台に付き添う人


大黒台


琴高台の見送りは鯉に乗る仙人の図.垣内雲[隣の偏を山偏にした漢字]画


琴高台は鯉づくし


琴高台の見事な彫り物


高山の桜は固い蕾と満開と


宮川にかかる見事な桜


これも修行


御旅所前での獅子舞の奉納.獅子舞は森下町の町衆が受け持つ.

獅子舞を待つ観客


獅子舞の伴奏


獅子舞いの入場


獅子の群舞


獅子の群舞


息を合わせた動き


蛇(?)を見つけた獅子


蛇(?)をくわえる獅子


喜ぶ獅子


御旅所前での闘鶏楽(とうけいらく)の奉納.

飛騨地方だけに伝わる珍しいもので,地元では「カンカコカン」と愛称されている.これを聞くと地元の人は祭り気分をかきたてられ,居ても立っても居られなくなるそうだ.
鉦大将の指揮のもと,ひたすら,すきやき鍋様の鐘を撞木でたたく.リズムはいたって単調で,長い時間聞くと飽きる.一番重い鉦は10 kgになるそうだ.上げたり下げたりなかなかの重労働.片野町の受け持ちとなっている.浴衣様の着物は数百年持つそうで,見かけより丈夫だそうだ.デザインがすばらしくモダンだ.

音曲の様子については日枝中学パソコン部製作のビデオ wmw ファイル (2分27秒,4.4 MB) を引用させていただく. 雰囲気が良く分かる.これは
"http://dac.gijodai.ac.jp/it-con/h15_sakuhin/jidou/jidou2/kankako/kankako.htm
に掲載されていたものである.

闘鶏楽の入場


勢ぞろい


演奏


太鼓のバチさばきは独特


鳥毛の飾り


衣装も美しい




昼の巡行.

代車のみで屋台は巡幸しない.

行列の巡幸の始まり.最後の人が手にする書類は上訴であろうか.


行列の巡幸



闘鶏楽の巡幸.



行列の巡幸.太鼓


行列の巡幸.笛


行列の巡幸.神輿


春祭りは宮川上流側の氏子を中心とする祭りで(秋祭りは下流側),とても優美で雅びである.笛・鉦・太鼓の他は大騒ぎする事が無い.獅子舞もとても美しい.今年の桜はまだ硬い蕾もあり,満開直前だった.
町域が広く神社も町からはずれた所にあり,行ったり来たりがちょっと大変だった.公式パンフレットに書いてない行事(例えば神事)もあり,タイミング良く場所取りができたのは地元の住斉氏の案内のお蔭である.


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