「母の讃美歌」
知人の告別式に、出席しました。/参列者は讃美歌をいくつか、斉唱しました。
私も歌いながら、ふととなりから、すてきなテノールが聞こえてくるのに気がつきました。その声に助けられて、歌いつぎました。
帰り道、偶然、そのテノールの主と一緒になりました。初対面でしたが、つい心に浮かんだことを口にしてしまいました。/
その方は、私の唐突なことばに、ちょっと驚かれたようですが、こんなすてきなお話をして下さったのでした。
「ぼくの家は、キリスト教とは、まったく関係がないんだけれど、讃美歌は母に教わったんです。戦争中、空襲警報のサイレンが鳴ると、灯火管制で、家の中を暗くしますね。そうすると母は、子どもたち三人を一部屋に集め、抱きよせて讃美歌をうたい始めるんです。
母の歌うのをきいていると、なんとなく、安心してくるんです。母がいつおぼえたかわかりませんが、いくつも歌ってくれました。
空襲警報のたびに、讃美歌を聞いて、自然におぼえてしまいました。結果的に、母に教わったことになると思います。
不思議なことに、母は空襲警報のときしか、讃美歌をうたいませんでした。ふだんには、聴いたことがありません」
私の前に、戦場にいる夫を思いながら、暗い灯火のもと、ひとりで子ども三人を守る若い母親の姿が浮かびました。
幼い子どもたちを抱きしめながら必死に不安とたたかい、耐えている母。その母に力を与えていたのが讃美歌だった……。
讃美歌は亡くなった人の魂をなぐさめ、一方で、生きている人の心を勇気づける……。胸の奥がじーんとしてしまいました。
2003年 暮しの手帖社
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