The Drag Business of Afghanistan  アフガニスタンの麻薬事情

                                                               (2002年作成)


contents:
 1.はじめに
 2.アフガニスタンの麻薬
 3.ターリバーン政権下での麻薬
 4.1980年代の麻薬生産
 5.ソ連のアフガニスタン撤退後(1989年〜)の麻薬取引
 6.近年の麻薬事情
 7.おわりに


1.はじめに

 20年以上にも及ぶ戦乱を経て、アフガニスタンは今、復興に向かっている。しかし、国内では地雷や地下水路カレーズの荒廃が、アフガニスタンの命ともいえる農業の妨げとなっている。さらに、ターリバーン以前の無秩序な時代に逆戻りしたともいえるヤミ経済の復活…。その中でも、撲滅が急がれるアフガニスタンの麻薬取引について、とりあげる。

2.アフガニスタンの麻薬

麻薬にはどのようなものがあるのだろうか。

【ハシーシュ】
麻(アサ)からつくられる麻薬。大麻の一種。

【アヘン】
ケシから採取する。種まき後、4ヶ月で実が採れる。ケシの実に傷をつけ、中の白いネバネバした液体をとり出して乾燥させ、褐色のガム状に固める。 ⇒ 生アヘン

主なケシの産地:アフガニスタン東部・北東部 (現在は全国的に栽培が行なわれている。)
生アヘンの価格:4000〜8000円/s → 欧米の市場では50〜150倍の値段になる。

3.ターリバーン政権下での麻薬

ターリバーンは麻薬をどのように考えていたのだろうか。

〔信条的には〕
クルアーン►ムスリムに対し、麻酔物の生産と飲用を禁ずる。
  ハシーシュ…アフガン人やムスリムに消費されるので、栽培は厳禁!
  アヘン…非ムスリムに消費されていて、アフガン人やムスリムに消費されるわけではないので、栽培は禁止しない。

〔政治的には〕
コムギ栽培よりもケシ栽培のほうがいいおカネになるため、ケシ栽培を強制的にやめさせると、ケシ栽培農家からの反発を受けるおそれがある。

 1994年    ターリバーン、カンダハール占領後にすべての麻薬禁止を宣言
 数ヵ月後   ケシからの収入が不可欠であること、また、禁止することで農家の怒りを招くことを知る
                            ▼
          ターリバーン、アヘン商人からザカート(喜捨)を徴収する。
           …トラック一台分のアヘンに対し、その価格の20%を徴収。               ターリバーンの
                          +                                ⇒  重要な財源に
             個々の司令官・州知事が財政をまかなうために、アヘン商人からさらに徴収。    なる。

 ターリバーンの支配地が拡大するにしたがって、ケシ栽培地も広がっていった。ターリバーンは年間2000万ドルぐらい徴収していたと推計されている。

                  麻薬マネーの使い道

 麻薬は、ターリバーンに限らず他の有力者たちにとっても重要な財源となっていった。そのために、麻薬取引がアフガニスタンに定着したと考えられる。

 麻薬マネーの使い道は、ターリバーンの場合、兵士の衣料費・食費・給料・交通費・臨時手当であったといわれている。つまり、生活に充てていたといえる。一方、ムジャーヒディーンの場合は、武器・弾薬・軍事燃料の購入、つまり、戦闘のために使っていたといえる。
 

 ロシア・マフィアによって中央アジア・ロシア・バルト諸国を経由して欧州へ運ばれたり、1997年までには空輸ルートも開設されるなどして、密輸が行なわれた。      

[左] アフガン・アヘンの50%を生産していたヘルマン
         ド州からテヘラン(イラン)を通りトルコ、ヨーロッ
         パへ。

[右] カンダハールやジャララバードからアブダビ(UA
         E)へ。


 


4.1980年代の麻薬生産

 

 

 

 CIA(米国中央情報局)とISI(パキスタン軍統合情報局)が、反ソ連勢力のアフガン・ムジャーヒディーン支援のため、その財源である麻薬取引を黙認した。






 

 1983年   ISI部長アフタル・アブドル・レーマン将軍、麻薬取引を行なってCIAからムジャーヒディーン向けに供給さ 
         れた兵器を横流ししたISI要員全員を異動させた。
 1986年   パキスタン陸軍ザフルディン・アフリディ少佐が逮捕される。パキスタン麻薬取締り史上最大の220sの
                   高純度ヘロインを押収した。空軍ハリルール・レーマン中尉も同罪で逮捕される。

      ⇒パキスタン軍とISI内部に、アフガニスタン絡みの麻薬シンジケートが存在する!

                              ▼

        DEA(米国麻薬規制局)により、40組の麻薬シンジケートが摘発される。

                              ▼

        ムジャーヒディーン、パキスタン当局、麻薬業者を黙認し、利用してきたCIAが、事実が明らかになるの
        をおそれてDEAの職務執行を妨害したため、結局シンジケートはひとつも潰されなかった。

          
             
       ⇒ムジャーヒディーン、アフガン軍人の利益が倍増する仕組み。これで得た麻薬マネーは武器・弾薬・軍事
         燃料の支払いに充てられた。

5.ソ連のアフガニスタン撤退後(1989年〜)の麻薬取引

〔パキスタンにおける変化〕

 米国と西洋諸国が、パキスタンに対してアヘン生産の中止を要求。1989〜1999年、麻薬撲滅のために約1億ドルがパキスタンに提供された。
                             ▼
  パキスタンの生アヘン生産量: 最高時800t → 1997年 24t → 1999年 2t

 ケシに代わる作物の栽培促進計画によって、パキスタンにおけるアヘン生産は減少した。しかし、アフガニスタンからの密輸にかかわるマフィアは消滅しない。

〔アフガニスタンにおける変化〕

 ターリバーンが登場。麻薬禁止を断念したターリバーンの勢力拡大とともに、ヘロインは増産された。

 

 

 パキスタンでの麻薬取締り強化で
 パキスタン関係者による従来の流
 通ルートが成り立たなくなった。

 しかし、アフガニスタン国内で新た
 な流通ルートが構築され、 アフガ
 ニスタン周辺国への密輸はとまら
 なかった。

 

 

 

 アフガニスタン周辺国のパキスタン、タジキスタン、キルギスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタンで、ヘロイン中毒者が急増した。
 世界で最も厳しい麻薬取締り(死刑)を実施するイランでも、中毒者が増加。イランは、麻薬密輸を阻止する作戦で、2500人の治安部隊員を失っている。

 軍事的緊張により、イラン‐アフガニスタン間の国境が閉鎖したとき、ヘロイン輸出からの税収が減少したターリバーンは、深刻な財政危機に陥った。これは、麻薬マネーに依存するターリバーンの姿を浮彫にした出来事だった。
 

                    麻薬の副産物

 麻薬生産・流通の過程で得られた巨額の麻薬マネーや、ヘロイン中毒者の増加は、治安や失業問題をより悪化させる。また、麻薬マネーによって武器を購入できるため、民族・宗派間の抗争を促進させることにもなる。ときには、政治を左右することもある。
 


6.近年の麻薬事情

 1997年10月   UNDCP(国連薬物統制計画)、ターリバーンと交渉
           ⇒農家に代替作物栽培支援基金を提供するかわりに、ケシ栽培の中止を約束させる。
             しかし、実行に移されず。

 2000年       UNDCP、再びターリバーンと交渉、合意
           ⇒食糧、代替作物の種子、農業機械、灌漑用水汲みポンプなどの援助と引き換えに、ターリバーンは
             ケシ栽培追放に乗り出す。 ※貯蔵されていたアヘンの所持は黙認。

 2001年10月   米軍による空爆・北部同盟によるターリバーン攻撃開始
           ⇒農民が、生活不安から貯蔵していたアヘンを放出したため、パキスタンへのアヘン出荷量が25%
                           も増加した。
           ⇒ターリバーン撤退地域を手中におさめた北部同盟有力者により、ケシ栽培が強制される。

7.おわりに

 麻薬取引の裏側を見ていくと、国家間の関係や自己の利益のためにやりたい放題という状況が見えてくる。高収入であるケシ栽培は、戦乱で荒廃した地での生活を余儀なくされているアフガニスタンの農家にとっては魅力的であり、それを奪うのは非常に難しいと思われる。しかし、麻薬は人の健康を害するだけではなく、国政をも動かす力を秘めており、そのままにはしておけない。これは、アフガニスタン国内の麻薬生産者に限らず、外国のマフィアや麻薬商売人、密輸業者も関与する世界的な問題である。


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