監督:ピーター・ジャクソン
いきなりこれかよ!って、でも書かないわけにはいかないですよね。
ご存知スーパー・ハイテンション・スプラッタムービー。「こうゆう映画が見たかったんだ!」と心底思いました。
物語の後半、主人公の家のパーティーで、「出席者全員がゾンビになったらおもしれーんだけどな・・・」
「でもムリだろーな・・・」というこちらの思いを裏切らず、いやそれ以上のテンションで
あんな展開を繰り広げてくれるとは!
ベストテンに入れても全然かまわないんだけど、まあ「ミート・・・」の方をランクインさせたんで。
監督:アレハンドロ・ホドロスキー
んで次がこれかい!ってこれも見てる以上書かないわけには・・・
「今まで見た映画の世界が全てじゃない」というのを一般の人にわかっていただくのに最適だと
思います。(実際何人か私の周囲の人をこれで洗脳しました)
ぶっちゃけちゃうとあの絶対テレビの電波にはのりそうもない、身体障害者(しかも何の罪もない、さらに
喜びで狂喜乱舞状態の)の方々を惨殺するというクライマックスには仰天しました。
「こういう映画がみたかったんだ!」とは口が裂けても言えません。
そりゃ主人公も発狂するっちゅ―の。
監督:松村 克哉
当時買っていた「プレイボーイ」誌のちぃーちゃな囲み記事。それを見たのが最初でした。
多分そういうのに引き寄せられる、磁場みたいなのがあるんだと思う。でなきゃ一生こういう
映画と出会わずに死んでいくはずだもの。なんてね。
主人公の一人は工業高校在学。一人はモテないオタクの大学生。一人は親の遺産(かな?)で
遊びほうけてる若者。思うようにならない日常にイラつく彼らが出逢ったのは、通り魔殺人の現場。
メッタ刺しにされる女子高生。なんとか被害を免れた3人が、若者の提案で「互いに彼女よんで
パーティーでもやろうぜ!」と盛り上がる。しかし若者はエキセントリックな美女に弄ばれ、大学生は
やっぱオタク。せっかく紹介してもらった女子大生の前で緊張してゲロ。唯一工業高生が「天使の
ような」女の子と知り合うが、彼女はチンピラグループにレイプされてしまう。そして、傷心の彼らが
集ったとき。惨劇は始まった・・・
パート5まででてるけどやっぱ1作目が一番衝撃的でしたね。月並みだけど。
ちなみにパート3は、どうしても別れたい彼女がいるという男性にお勧めです。
彼女と一緒に見れば(俺の大好きな映画なんだよ、とかいうとなお効果的)
その日のうちにむこうから別れてくれます。口もきいてくれなくなるかも。
監督:デビッド・クローネンバーグ
大学の先輩でマニアな人がいて、その人に見せてもらった「日本未公開映画特集」みたいな本に
載ってました。ぶっとびました。ブラウン管から内臓が飛び出し、腹に開いた裂け目に腕がすっぽり
入り、手とピストルが融合し・・・。悪夢のようなイメージが実写として存在し、しかもそれが
映画になってるなんて!実際ビデオで見て、内容にもぶっとびましたけどね。
まだビデオが世間に出回り始めた、ベータ版が勢いのあった時代の話です。
「SFX」っていう言葉さえなかったからな。その頃の映画のなかでは群をぬいた存在ですね。
監督:ジョン・カーペンター
真打ち登場!てな感じですね。まだ「CDショップ」じゃなく「レコード屋」だった頃、店の隅にあったまだ小さい
「ビデオコーナー」のモニターの中にそいつはいました。何気に見たらいきなり“その”シーンだったのよ。
ベッドからもげるように落ちていく男の首、しかもなんか「うえぇぇぇぇ〜」とかうめきながら。
ぽてっと床に落ち、ベロをぐにょ〜んとのばして机の脚に巻きつき、そして有名な
「てけてけてけ・・・」と歩いてっちやうシーン。顔さかさまで。「なんじゃこりゃあ!?」
レコード屋の隅で一人立ち尽くしていたのを覚えています。
監督:デビッド・クローネンバーグ
これまたメジャーどころでどうも。これ一作でジェフ・ゴールドブラムはその後
「ハエ男男優」呼ばわりされるようになったという(笑)、いわくつきの作品。
最初の公開時には「これは愛の映画だ!」って宣伝してたんだよな。ムリを承知で、みたいな。
でも私は映画を見て「愛の映画じゃん、ほんとに」と思ってしまいました。
だってラスト、主人公が「自分を殺してくれ」と頭に向けた銃口、主人公の恋人は撃てないんだぜ。
もう人間どころか生き物としての形さえしていないのに。首を振って
「できない・・・」って。あれは究極の愛の形以外の何ものでもないですよね。
監督:ハーシェル・ゴードン・ルイス
ルイスさんなんか最近新作をひっさびさに撮ったみたいで。30年ぶりだって?
テレンス・マリックも及ばん。生きてたんだ、みたいな。
その記念で(笑)とりあげてみました。他にも「2000人の狂人」とかあと何作か見たけどこれが
ベストですかね。くだらねーって意味でも。とにかく「人体」が簡単に「肉片」になっちゃう映画です。
レンジでボン!のとこやラストの落下してドン!のあっけなさといい素晴らしいの一言。
なんかDVD欲しくなっちゃったな。観てがっかりするだろーけど。
新作もね、たぶん。でも好きです。
監督:フランク・ヘネンロッター
MY映画鑑賞記でも書いた、ホラーというかB級映画史上に残る名作の続編です。しかし、前作の
怨念に満ちた作風ではなく、なんかセルフパロディみたいになっちゃいました。でも・・・実は私、この
パート2の方が好きなんです。確かに前作のファンはがっかりかもしんないけど。あのちょこまかした
「お兄さん」の“まっとうではない”被差別感がウリだったのが、今度はアパートから落下した兄弟を
拾ったのがなんと“まっとうではない”方々の住む屋敷!今度は一変して「健常者」であるはずの
弟の方が差別感を味わうというもの。おにーさんの女性バージョンみたいな方まで出てきて、
愛の行為にはげんでしまう。どこに生殖器があったんだ?救ってくれた屋敷の主人に恩を感じながらも、
館でただ一人の健常者の弟の方は疎外感たっぷり。やがて、前作の裏返しのように、兄に嫉妬し始める・・・
唯一の救いが、まっとうではない皆さんの世話を焼く美少女の存在。しかし彼女もまた「健常者」では
なかったのでした・・・ラスト、精神が崩壊した弟が、「彼女」と幸せそうに眠る兄を引きずり出し、
“生まれたときに戻る”ことを強制する!ここはびっくり仰天、ですがちょっと感動しちゃいました。
思わず「これは名作だ!」と。単純すぎますけど。この衝撃のラストに続くパート3のお話は、またいずれ。
監督:アンジェイ・ズラウスキー
ポーランドの奇才、というか鬼畜監督、イザベル・アジャーニをタコと絡ませソフィー・マルソーを
裸に剥いたズラウスキー監督の大問題作・・・にして未完の大作。ランニングタイム3時間強なのだが
一部の映像は紛失し、監督のモノローグによって補われている。なんでもあまりにインモラルな内容
なんでポーランド当局にフィルムを没収されはぐったんだそうな。んで「シーン・ミッシング」な場面が
そこここにある。でも内容はグロとかじゃなくて、倫理的にまずいという感じ。お堅い当局には許しがたい
ものだったんでしょう。
お話は、とある惑星に不時着した乗組員が、地球からの救助をあきらめ自分たちでこの星を開発
していくんだ、と決心しそこから始まる壮大な年代記、というもの。これがいわゆる人類の歴史の
ミニマム版といったかたちで、宗教やら理念やらが実はこういう風に血と暴力の歴史によって
綴られてきたんだよってのを延々と描いてくれます。これが当局の怒りを買ったんでしょうなあ。
描写はあくまで重くシリアス。パロディなんて雰囲気は微塵もない。筒井康隆さんの「虚構船団」で
イタチ星人の歴史が人類の歴史の見事なパロディとして描かれますが、それのハード・バージョンと
いった風です。見終わった後はとにかくどっと疲れ、そして得もいえぬ感動に包まれます。
よくぞこの映画を見通した、という自分への賛歌も含め。でもラスト、自己陶酔というか「私は・・・この
映画の監督。アンジェイ・ズラウスキー。」というご本人のナレーションで締めくくられるのはいかがな
ものかと。まあ本人も不完全とはいえ一応形になったことが嬉しかったんだと思いますが。
製作・出演:モンティ・パイソンの方々
私のトラウマとなっている「サラダの日」を堂々TVでやってくれた彼らの、更にエスカレートした
風刺と描写の極地ともいえる映画。「ホーリー・グレイル」でも人間ダルマ状態になっちゃう騎士の
方や殺人ウサギ(見た目は可愛い)なんかでやらかしてくれてたんですが。この映画では何かの
フラグが外れたかのような怒涛のグロ&痛い描写を繰り広げてくれます。
“臓器移植”のテーマなんかはもろ期待通り、ですが“奇形の家族”なんかはナンセンス通り越して
開いた口が塞がらない。これ「ごっつええ感じ」のゴレンジャイ!で板尾がパロってたんですけど。
(たぶんそうだと思う)手足がやったら長い人が出てくるんですが、日曜8時のお茶の間に突然
あれを登場させるのはある意味本家より凄いかも(笑)。「ミドレンジャイ!」とか言いながら。
で、マニアの間でも特に人気で、日本の劇場とかでもマネしてやるたびお客に引かれまくってるという
伝説のテーマが“飽食の人”。いかにもって感じの上流階級な紳士が、これまたいかにも美食好きそうで
まるまると肥えていらっしゃる。とある高級レストランでメニューを片っ端から食べつづけ、そのあげく・・・
肥えたお腹がぶおおおっ!と破裂しちゃう!レストラン中に飛び散るゲロと消化途中のお食事達!
・・・さすがにこれはTVではムリでしょう。でも永遠に語り継がれる名作ではあります。
監督:ユルグ・ブラットライト
さあ、ついに来てしまいました・・・悪趣味映画好きといえども触れてはならない禁断の果実。
このサイトを何らかの理由で閉鎖しなければならない、って時に書こうかと思ったりしてたんですが。
こないだ日記でさらっと書いちゃったんで「あ、やべえ」と思い急遽フォローすることにしました。
正直、今まで紹介してきた映画達は少なからず「お勧め」であったんですが、ことこれに関しては
はっきり「お勧め」はしません。見なくても、いえ見ない方がいいです。こんな映画が世の中には
存在するんだな、って事だけ知っててもらえれば。
ネクロマニア・・・死体愛好家。そういった方々が実際に存在する。それをタブーとするのは容易い。
では、映画化するとしたら、いかなる手法で映像化するか?ブラットライトさんのとった手法は、それを
思いっきし「ストレート」に描くことでした。つまり、映像として、“死体を愛でる”シーンを撮影する。それも、
グロ描写としてでなく、あくまで「愛の行為」として。・・・言葉ではこう表せますが、実際の画面は
そりゃあもう見るに耐えません。当然ですが。しかも「死体」が死にたて、じゃなくいい塩梅で
腐りかけてたりするから・・・もうそのテの描写に慣れ親しんだ人でもギブアップしたくなります。
実はこの映画、パート1と2の2作品があるんです。日本で最初流通したのは、この2本をダイジェスト
で編集し一本にまとめた「特別編」でしたが。パート1では、事故現場などの死体処理を職業としてる
男性が主人公。まあ趣味と実益を兼ねてるってことですね。んで同じく愛好家の女性と同居し、
手に入れた遺体と「3人」で愛の行為に励みます。この描写は紗のかかった?美しい映像で、同時に
とてつもなくグロに満ちています。またこれが結構長い。ここで普通はギブアップですな。
しかしふとしたことで男性は職を失ってしまいます。女性の方はそんなあなたに用はないわ、と
サヨナラ。絶望した彼は、最期に「究極の悦楽」を求めることを決意します・・・
パート2では、前作のラストで自害した男性を同じ愛好家として尊敬?する女性が登場。
彼の墓を掘り起こし、その遺体を愛で尽くします。が、そんな彼女の嗜好を知らぬ男から
交際を申し込まれ、私も別の生き方をしようかしら?と思い悩み始めます。「オルフェウスの窓」の
第一部ラストでイザークの胸に抱かれ「このぬくもりは、もう一つの人生に続いている・・・」と
思ったユリウスのように。このパート2の女性はその後「普通の人生」を歩み始める・・・と
一見思えたのですが。このへんはちょっとダラダラとユルい昼メロみたいな描写が続いたりします。
しかしやはり・・・自分の嗜好は否定しきれませんでした。お付き合いしている男性との行為も
いまいち盛り上がれない。気持ちはあの自害した男の“遺体”にいってしまう。ああ、どうしたらいいの?
・・・そして彼女は、全てを解決する「究極の」愛の行為を実行します・・・
この驚愕のラストは、愕然とし、そして感動しました。そうかあああ!そうなのかあああ!って。
クローネンバーグの「クラッシュ」みたいのならまだしも、この世界での“究極の形”には正直
身震いするほど感激しました。こんな映画延々と見つづけたんで、ある種の脳内麻薬に
冒されてたんでしょう。とにかく、見終わって「ハズシたな〜」とは思わなかったのは事実です。
・・・とはいえ。一般の、いえたとえ悪趣味映画が好き!という方々にもあまりに敷居の高い
映画だといえます。でも、見終わっての想いは、おそらくこの監督が興味本位とかグロ志向とかで
この映画を撮ったわけじゃなく、あくまで「愛好家」の方々の真実を描ききるんだ、という真摯な?
態度に貫かれていた、という事です。・・・でも。ほんと、見なくていいですよ。できることなら。
監督:橋本以蔵
日本でも本格的スプラッター・ムービーが出来るぜ!とばかり勢い込んで製作された、
「死霊の罠」の続編であります。前作は「死霊のはらわた」を始めとする、海外のエネルギッシュな
作風はマネせずあえて“日本風”な怖さ、をスプラッタ描写と共に展開したわけですが。
これがもう一つ消化しきれてなかった。小林ひとみとか、当時大人気だった(今でも“熟女”もの
なんかでたまにお目にかかりますが)AV女優をやられ役で起用したとこなんかはよかったんですけど。
そして作られたこの続編・・・監督が知るひとぞ知る、あの「ギニー・ピッグ」シリーズも手掛けた
橋本以蔵。今度はもうちょっとマニア心をくすぐる作品になるんじゃないか・・・?という、こちらの
期待を裏切らず・・・そして、ちょっと引いてしまう程の描写をかましてくれました。
お話は、おデブなヒロイン中島唄子が恋人に捨てられたあげく子供を堕ろすはめになり、
人間不信に陥り一人暗いとこで映画のフィルムを回す仕事につくとこから始まります。
お友達はモデルみたいないい女。この女が自分の不倫相手の男(佐野史朗!)をこの
おデブちゃんに押し付けちゃう。一方おデブな方は自分の回すフィルムの中におぞましき
「影」を見つける・・・これが前作のラストで生まれた悪霊“ヒデキ”なわけですが。
そして。お友達の女は自分が不倫相手の男の子供を宿していることがわかる。おデブちゃんは、
その胎児こそが“ヒデキ”である、と気付き・・・!ここから、女二人のまさに壮絶なバトルが始まります。
いわゆる「キャット・ファイト」なんて生易しいもんじゃない。殺るか、殺られるか。バトルの最中、
おデブがモデルの方の腕をとり、ばきぃっ!とガードレールだか道路標識だかに叩きつけて、
ぼきぃっ!とへし折ります!折られた方は「痛いよ、痛いよおお〜」と泣きながら逃げる。
この場面の痛さ加減は、ハンパじゃない。おそらくは日本映画屈指の「イタイ場面」であると思います。
ラストは、まだ例のTVドラマで有名になる前の佐野史朗が・・・その怪優ぶりをぞんぶんに
発揮してくれます。まだ、「そんなシーン」がそこここに出回る前の時代。このラストはぜひ
ビデオでご覧下さい。「参りました」となることうけあいであります。