Page Topics
- 11 : [三国志演義] 第十一回 劉皇叔北海に孔融を救い、呂温侯濮陽に曹操を破る
- 12 : [三国志演義] 第十二回 陶恭祖三たび徐州を譲り、曹孟徳大いに呂布と戦う
- 13 : [三国志演義] 第十三回 李カク・郭シ大いに兵を交え、楊奉・董承双して聖駕を救う
- 14 : [三国志演義] 第十四回 曹孟徳駕を移して許都に幸し、呂奉先夜に乗じて徐郡を襲う
- 15 : [三国志演義] 第十五回 太史慈さかんに小覇王と闘い、孫伯符大いに厳白虎と戦う
- 16 : [三国志演義] 第十六回 呂奉先戟を轅門に射、曹孟徳師をイク水に敗る
- 17 : [三国志演義] 第十七回 袁公路大いに七軍を起こし、曹孟徳三将を会合せしむ
- 18 : [三国志演義] 第十八回 賈文和敵を料って勝を決し、夏侯惇矢を抜いて睛を啖う
- 19 : [三国志演義] 第十九回 下ヒ城に曹操兵をみなごろしにし、白門楼に呂布命をおとす
- 20 : [三国志演義] 第二十回 曹阿瞞許田に打囲し、董国舅内閣に詔を受く
2002.1.11 (Fri)
★[三国志演義] 第十一回 劉皇叔北海に孔融を救い、呂温侯濮陽に曹操を破る
黄巾賊の管亥に攻められている孔融の元へ、劉備と太史慈が援軍として駆けつける。
当然のごとく管亥は一刀両断にされるのだけど、この回は敵の強さをどうこう言う回ではない。劉備一党と太史慈(後の呉将)による夢のコラボレーションが実現したという意味で注目すべき回なのだ。嗚呼、この太史慈が劉備の元に馳せ参じていたら、また面白いことになっていたろうに……。
曹操が徐州に進軍している隙に呂布がエン州を占領する。とって返す曹操。呂布、一応は曹操軍を退けるも、陳宮の策を受け入れないせいで大勝できず。思えばここから陳宮の不遇な軍師生活が始まるのだった。陳宮の献策は悉く却下され、結局は曹操の手によって滅ぼされる。『演義』の陳宮は忠義の人として描かれているので、余計に不憫さが強調される。
2002.1.14 (Mon)
★[三国志演義] 第十四回 曹孟徳駕を移して許都に幸し、呂奉先夜に乗じて徐郡を襲う
荀彧による二虎競食の計と駆虎呑狼の計(*1)。
酒癖の悪い張飛は城の留守を預かる際、禁酒の誓いを立てて劉備を送り出した。ところが、その舌の根も渇かぬ明くる日、張飛は何をトチ狂ったのか、諸官を招いて宴会を開いてしまう。でもって、そのときの理屈が凄い。
みんな今日一日心ゆくまで飲んで、明日からは酒を断ち、おれを助けて城を守ってくれ(上 p.126)
おいおい、これって「明日から禁煙する」とかいって煙草をプカプカふかす、意志の弱い喫煙者と同じじゃないか! ……というわけで、お約束通り酔っぱらって失態を演じ、客将の呂布に城を乗っ取られてしまうのだった。さすが張飛は一味違う。この辺の人間臭さが人気の秘密なのだな。
2002.1.15 (Tue)
★[三国志演義] 第十五回 太史慈さかんに小覇王と闘い、孫伯符大いに厳白虎と戦う
2002.1.16 (Wed)
★[三国志演義] 第十六回 呂奉先戟を轅門に射、曹孟徳師をイク水に敗る
呂布が戦争の仲裁をする(劉備と紀霊)。典韋死す。
呂布って武将はユーモアを解した面白い人だと思う。何せ戦場の狼として散々人を殺してきたというのに、自分のことを「争いを好まぬ」(上 p.141)だとか、「争いを仲裁するのが好きな性分」(上 p.141)だとか言っているのだから。おそらく呂布はジャイアン気質な人なのだろう。仲裁なんかするのはただの気まぐれ、強者の驕りである。
第九回で書くのを忘れていたけれど、女の武器でもって呂布を騙した貂蝉。この貂蝉は結局、呂布の妾として行動を共にしている(ちなみに厳氏が正妻で、曹豹の娘が第二夫人)。それにしても、いったいどういう思いで呂布と寄り添っているのだろう? 本当に惚れたのか? それとも贖罪のつもりか? 今更言うのも何だけど、計略成った後に貂蝉を自害させた吉川英治は神に違いない。
張繍&賈ク(三国志界のタッキー&翼)が大活躍。一度は曹操に降るも隙を見て謀反し、典韋と曹昴を討ち取っている。恐れを知らない奴ら。このコンビの活躍は第十八回でも見ることができる。
2002.1.19 (Sat)
★[三国志演義] 第十九回 下ヒ城に曹操兵をみなごろしにし、白門楼に呂布命をおとす
呂布死す。陳宮死す。
劉備が人肉料理を振る舞われる回。プリオン病なぞ何のその。もりもり食べている。夏侯惇の目玉の躍り食い(自分の)といい、昔の人は珍味を好む傾向にあるな。劉備から人肉食のエピソードを聞いた曹操がもらい泣きしている。時には非情で、時には情にもろい。『演義』の曹操はかなりの分裂気質だけど、そういう多面性が魅力なのかもしれない。
呂布が曹操からの降伏勧告を検討しようとしたとき、陳宮は有無を言わさず曹操に矢を射かけてご破算にしている。曹操とは徹底抗戦の構えだ。主君の意向を無視して。
それにしても陳宮、いったい曹操のどこが癇に障ったのだろう? 曹操に捕らえられた陳宮は、呂布に仕えた理由をこう述べている。
「呂布は能なしとはいえ、貴様のような奸賊とは違うからだ」(上 p.175)
要するに曹操以外なら誰でも良かったということか。それだけ、第四回のショックは大きかったのだ。陳宮の苦悩、推して知るべし。