[三国志演義] 第三十二回~第四十一回


2002.2.1 (Fri)

[三国志演義] 第三十二回 冀州を奪って袁尚鋒を争い、ショウ河を決して許攸計を献ず

袁紹死す。曹操軍が冀州を落とす。審配死す。

袁紹が死んだことでお家騒動が勃発、袁尚と袁譚の間で骨肉の争いが繰り広げられる。南には曹操が控えているというのに、こいつらはまったく救いようがない。

ひたすら攻める袁尚に、ひたすら守る袁譚。さすが世嗣の強みか、戦いでは袁尚が圧倒する。そして、このまま袁尚が押し切るかと思いきや、袁譚はこともあろうに曹操と結んでしまう。曹操はこれに乗じて袁尚の冀州を平らげる。まったく救いようがない。

辛ピが裏切ったことを知った審配が、城内にいる辛ピの一族郎党を皆殺しにしている。曹操に捕まった審配、帰順を勧められるも、袁氏の鬼となることを望み拒否。辛ピとは一味違うところを見せつけて死ぬ。この回、唯一の救いだ。

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2002.2.2 (Sat)

[三国志演義] 第三十三回 曹丕乱に乗じて甄氏を納め、郭嘉計を遣して遼東を定む

郭嘉死す。

許攸は曹操の昔馴染みなので、しばしば昔の調子で戯れる。ある時、許攸は曹操に対するのと同じ調子で許チョをからかうのだけど、さすが牛馬の番人と揶揄されるだけあって、許チョはその機微が分からない。マジギレして許攸を斬り殺している。

何という最後。これは空気を読めない人間の悲劇だ。相手との距離感を把握できないコミュニケーション下手な人物は、いつの時代も苦労する。それどころか、下手すれば命にも関わる。

袁氏三兄弟はこの回で全滅する。袁譚は戦場で曹洪に斬られ、袁煕・袁尚は落ちのびた先で公孫康に斬られた。それにしても、次男坊の袁煕は存在感が薄かった。

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2002.2.3 (Sun)

[三国志演義] 第三十四回 蔡夫人屏を隔てて密語を聴き、劉皇叔馬を躍らせて檀渓を過ゆ

劉備が蔡瑁に殺されそうになる。

陶謙・曹操・袁紹と有力者のもとを渡り歩いてきた劉備。今度は劉表のもとに落ち着く。ところが、後継者問題に口を出してしまったせいで、お家騒動というか、権力争いというか、そういう面倒ごとに巻き込まれてしまう。蔡瑁に狙われた劉備は、凶馬・的ロを駆って檀渓を飛び越える。戦闘あり陰謀ありと、起伏に富んだ面白い回だった。

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2002.2.4 (Mon)

[三国志演義] 第三十五回 玄徳南ショウで隠淪と逢い、単福新野で英主と遇う

新野の劉備のもとへ曹操軍の先鋒が攻めてくる。

覆面軍師・単福が登場。劉備軍の軍師に就任した単福は、曹操軍の呂兄弟を華麗に撃破し、その才気をまざまざと見せつける。

思えばこの覆面男、劉備とのファースト・コンタクトからしてただ者じゃなかった。何せ、劉備が新野の城内を歩いているところを、朗々と歌唱しながら登場したのだから。しかも歌の内容が、「俺は賢者だ、登用しろ」(意訳)みたいな無茶苦茶な代物。こういう手合いは間違いなくキの人だ。普通ならなるべく関わるのを避けようとするけれど、さすが当世の英雄は一味違う。我々凡人の考えとは裏腹に、劉備はこの怪しい男を登用、あまつさえ軍師にまで任命している。

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2002.2.5 (Tue)

[三国志演義] 第三十六回 玄徳計を用いてハン城を襲い、元直馬を走らせて諸葛を薦む

新野の劉備のもとへ曹操軍の曹仁と李典が攻めてくる。

覆面軍師の正体は徐庶だった。曹仁が満を持して構えた八門金鎖の陣。わざわざ敵に使者を送ってまで自慢した八門金鎖の陣。強そうな名前の八門金鎖の陣。それをあっさり破って勝利した、覆面軍師の中の人は徐庶だった。単福とは世を忍ぶ仮の姿だったのだ!

さて、素顔を見られた覆面戦士は立ち去らなければならない。劉備に暇乞いをした軍師・徐庶は、馬を駆って曹操のもとへ旅立った。

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2002.2.6 (Wed)

[三国志演義] 第三十七回 司馬徽再び名士を薦め、劉玄徳三たび草廬を顧う

諸葛亮を手に入れろ(前編)。

母親を人質に捕られたため、いやいや曹操に降った徐庶。徐庶が計略にはまったと知った母親は、何と自殺してしまう。そこで徐庶は昏倒だ。以後、徐庶は曹操に仕えるも、有益な献策はしないことになる。

ところで、司馬徽おじさんは、これまで劉備に臥竜のことを質問されても、「よいぞ、よいぞ」としか答えてこなかった。たぶん、軽くアルツハイマー入ってたのだろうけど、今回は正気に復したのか、臥竜を劉備に紹介している。おじさんが言うに、臥竜こと諸葛亮は、太公望や張良に匹敵するほどの才の持ち主なのだそうだ。何を根拠にしているのか分からないけれど、おじさんちょっとふかし過ぎ。

かくして、おじさんの法螺話を真に受けた劉備は、粛々と諸葛亮の草廬を訪ねるのであった。

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2002.2.7 (Thu)

[三国志演義] 第三十八回 三分を定めて隆中に策を決し、長江に戦って孫氏讎を報ず

諸葛亮を手に入れろ(後編)。

これまで二回草廬を訪ねた劉備兄弟。いずれも諸葛亮は不在だった。それでも懲りずに三回目の訪問を試みる。やった、今回は在宅していた。臥竜は居間で昼寝をしている。目が醒めるまでじっと待つ劉備。後からそれを見た張飛が、「家に火をつけてやる」といきり立つ。オーノーだずら。火をつけられたら敵わんずら。すったもんだの挙げ句、諸葛亮は劉備の配下となった。

話変わって今度は呉。孫権軍に打ち破られた黄祖軍が敗走の危機を迎える。ところが、そこへ黄祖配下の甘寧が颯爽と活躍、孫権配下の凌操を射殺し、孫権軍を撤退させる。甘寧のおかげで戦闘に勝った、万歳! と思いきや、黄祖はヤクザものの彼に対して冷たい。破防法で摘発するぞ、とか言っている。愛想をつかした甘寧は、蘇飛の手引きで呉へ降ることにした。

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2002.2.8 (Fri)

[三国志演義] 第三十九回 荊州城に公子三たび計を求め、博望坡に軍師初めて兵を用う

黄祖死す。

呉に降った甘寧に、凌操の遺児・凌統が襲いかかる。宴の席で乱闘だ! ……と思いきや、孫権のとりなしで殺し合いにまでは発展しなかった。ちっ。

続いては諸葛亮 VS 夏侯惇。夏侯惇を樹木の生い茂った狭間におびき寄せ、そこへ火攻めする。諸葛亮を「水」(水魚の交わり)と揶揄していた関羽と張飛は、この戦でもって実力を認めることになる。

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2002.2.9 (Sat)

[三国志演義] 第四十回 蔡夫人議って荊州を献じ、諸葛亮火もて新野を焼く

劉表死す。

かつて曹操に禰衡を推挙した孔融。ある時、曹操の非道を嘆息したのを、小者にチクられてしまう。で、孔融は怒った曹操によって打ち首に。かくして孔融は、友人がそうしたように、「口は災いのもと」を体現して死んだのだった。『三国志演義』は教訓に満ち溢れている。

さて、劉表の死に乗じて曹操は、本格的に荊州攻略に乗り出す。まずは先鋒に曹仁を派遣し、曹仁は空城だった新野城を占領する。しかし、新野城占領は諸葛亮の計略だった。城内を放火されて曹仁はさんざんな目に遭う。それにしても、前回の博望坡といい今回の新野といい、諸葛亮の計略は自然にやさしくない。『三国志演義』は自然破壊に満ち溢れている。

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2002.2.10 (Sun)

[三国志演義] 第四十一回 劉玄徳民を攜えて江を渡り、趙子竜単騎主を救う

劉備の逃避行(前編)。

劉表が病没した後、曹操に荊州を明け渡した蔡夫人だが、劉ソウ共々その曹操に殺される。蔡夫人といったら劉備に仇をなした悪人なわけで、ここにささやかながらも因果応報が成立した。『演義』の中の人もなかなか心憎いことをする。さらに曹操は諸葛亮の家族を捕らえようとするも、既に彼らは行方をくらましていた。さすが臥竜、徐庶とは知謀のレベルが違う。

長坂坡では趙雲が大活躍する。まずは淳于導・夏侯恩を斬り、青コウの剣を手に入れ、行方不明だった阿斗(劉備の息子)を拾う。続いては晏明を斬って、張コウはかわし、袁紹から降った四将をあしらう。次の回の冒頭で鍾兄弟を倒し、何とか無事に生還する。趙雲はこの単騎行の間、曹操の名のある大将を五十余人斬ったとか。『天地を喰らう』【Amazon】(やったことある)や『三国無双』【Amazon】(やったことない)など、三国志をアクションゲームにしようという発想はこのエピソードから来たのだろう。まさに一騎当千の強者である。

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