[三国志演義] 第五十二回~第五十八回


2002.2.21 (Thu)

[三国志演義] 第五十二回 諸葛亮智をもって魯粛を辞け、趙子竜計をもって桂陽を取る

南荊州制圧戦(前編)。まずは劉度と趙範を下す。

魯粛なんかも『演義』で割を食った人物で、諸葛亮と相対するときなんか、ただの間抜け野郎に成り果てている。というのも、魯粛はこの回も含めて二度、荊州の返還を要請するのだけど、その都度しょうもない空約束をしては周瑜に叱られるのだ。劉キが死んだら返すよ、と言われればそれに頷き、我が君が蜀の地を取ったら返すよ、と言われればそれにも頷く。赤壁の時もただの驚き役だったわけで、魯粛相手の諸葛亮も何か楽しそうだ。

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2002.2.22 (Fri)

[三国志演義] 第五十三回 関雲長義によりて黄漢升を釈し、孫仲謀大いに張文遠と戦う

南荊州制圧戦(後編)。続いては金旋と韓玄を下す。

関羽と黄忠のフェアプレイが眼目の回だけど、個人的には諸葛亮が魏延を抹殺しようとする理不尽さのほうに目がいく。ダブルスタンダードな理屈のみならず、さして根拠の無さそうな謀反の骨相まで持ち出して、魏延をぶち殺そうとするのだから驚く。

それにしてもこの時点での諸葛亮は、いったい魏延のどこが気に入らなかったんだろう。ろくに性格も知らなかったろうから、やはり顔だろうか? 何せ、「顔はくすべた棗の如く、目は輝く星の如き」(上 p.464)というおよそ人間とは思えない面だから。

ちなみにこのエピソードは伏線で、後に魏延が裏切ることの予言、すなわち諸葛亮の慧眼として処理される。ここまで来ると無理筋のような気がするけれど、まあ昔の小説だから仕方がない。

後半は魏 VS 呉。孫権軍が寡勢の張遼軍にぼこぼこにされる。太史慈はこの戦いで傷を負い、それが原因でまもなく死亡した。『演義』だとこの戦いのプライオリティは低いようで、あまり盛り上がるように書かれていないのが残念。

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2002.2.23 (Sat)

[三国志演義] 第五十四回 呉国太仏寺に新郎を看、劉皇叔洞房に佳偶を続ぐ

劉備と孫権妹の結婚。

呉に赴いた劉備、剣でもって石に斬りつける。念じながら斬ったら、見事石に傷がついた。続いて孫権も念じながら斬りつけ、こちらも見事傷がついた。

2人の建て前 「曹操を破ることができたら一太刀で2つになれ」

劉備の心中 「無事荊州に戻れるなら2つになれ」
孫権の心中 「荊州を取り戻せるなら2つになれ」

もちろん、このエピソードは後の展開の伏線だけど、2人の立場を浮き彫りにすると同時にその後の運命を予告していて、かなり上手い使い方だと思う。魏延に難癖をつけた前回とは大違い。とても味がある。

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2002.2.24 (Sun)

[三国志演義] 第五十五回 玄徳智もて孫夫人を激せしめ、孔明二たび周公瑾を気らしむ

劉備を贅沢漬けにして骨抜きにしようとする。

諸葛亮から三つの錦の袋を渡されていた趙雲は、要所要所でそのその袋を開け、中に入っていた計略でもって危地を脱する。周瑜の計略を予知した、諸葛亮の深慮遠謀を示すエピソードだ。この頃の諸葛亮は、周瑜より格上であることをアピールするためか、細かいところでポイントを稼いでいる。今読むとけっこう鬱陶しい。

劉備と孫夫人のファーストコンタクト。武装した腰元に囲まれた孫夫人は、バリー・ユアグローの『セックスの哀しみ』【Amazon】に出てきそう。

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2002.2.25 (Mon)

[三国志演義] 第五十六回 曹操大いに銅雀台に宴し、孔明三たび周公瑾を気らしむ

周瑜が蜀に兵を出すと見せかけて荊州に攻めかかろうとする。

曹操陣営では銅雀台落成の祝いに武芸大会が開かれる。皆が次々と弓術の神業を披露し、最終的には徐晃が枝を射切って、的を兼ねた戦利品を得る。が、そこへ空気の読めない許チョが登場。何を勘違いしたのか、その戦利品を奪おうと徐晃に殴りかかる。

お、お前、何もしてないじゃないか!

徐晃並の神業を見せた連中ならいざ知らず、競技に参加すらしていない人間が、その戦利品を得ようなんて何かが間違っている。やはり許チョは空気が読めない奴なんだなと思った。

荊州では諸葛亮に計を見破られた周瑜が、「もんどり打って馬からころげ落ちた」(上 p.492)。ただ「落馬した」と書かず、わざわざ「もんどり打って~」と断ってあるのが可笑しい。

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2002.2.26 (Tue)

[三国志演義] 第五十七回 柴桑口に臥竜喪を弔い、来陽県に鳳雛事を理む

周瑜死す。馬騰死す。

周瑜の失態を嘲笑うかのように、劉備と諸葛亮は山の上で酒を酌み交わす。さらに、周瑜の神経を逆撫でするかのような手紙を送りつけ、ついに諸葛亮は彼を憤死させる。第五十一回でも書いたけど、真綿で首をしめるように周瑜をいたぶる諸葛亮は何だかとても楽しそうだ。

その後は諸葛亮、ぬけぬけと周瑜の弔問のために呉へ赴く。祭文を読み、周囲がひくほど激しく泣き、完璧なまでに周瑜の死を悼んで見せた。ホント、この頃の諸葛亮は楽しそうだ。

ところで、第二回において私は、「歯をばりばりと噛みならして」がいかにも張飛らしくて良い、という意味のことを書いた。が、どうやらこれはある種の定型表現で、別に張飛専用のものではなかったようだ。この回の周瑜も、怒り心頭に発してばりばりと歯を噛みならしていたし、さらに次の第五十八回でも、父の死を知った馬超がばりばりと歯を噛みならしていた。

昔の人は歯が丈夫である。

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2002.2.27 (Wed)

[三国志演義] 第五十八回 馬孟起兵を興して恨みを雪がんとし、曹阿瞞髪を割ちヒタタレを棄つ

馬超 VS 曹操。

父親を殺された馬超は、瞬間湯沸かし器のように脳味噌が沸騰。曹操に対し、「貴様のなま肉を喰ってやる」と宣言する。第十九回にも書いたけれど、やはり昔の人は珍味を好む傾向にある。

さて、怒髪天モードで突撃した馬超は、曹操にあと一歩と迫るも、曹洪に邪魔をされて取り逃がしてしまうのだった。残念。なま肉はお預けだ。

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