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- 21 : [三国志演義] 第五十二回 諸葛亮智をもって魯粛を辞け、趙子竜計をもって桂陽を取る
- 22 : [三国志演義] 第五十三回 関雲長義によりて黄漢升を釈し、孫仲謀大いに張文遠と戦う
- 23 : [三国志演義] 第五十四回 呉国太仏寺に新郎を看、劉皇叔洞房に佳偶を続ぐ
- 24 : [三国志演義] 第五十五回 玄徳智もて孫夫人を激せしめ、孔明二たび周公瑾を気らしむ
- 25 : [三国志演義] 第五十六回 曹操大いに銅雀台に宴し、孔明三たび周公瑾を気らしむ
- 26 : [三国志演義] 第五十七回 柴桑口に臥竜喪を弔い、来陽県に鳳雛事を理む
- 27 : [三国志演義] 第五十八回 馬孟起兵を興して恨みを雪がんとし、曹阿瞞髪を割ちヒタタレを棄つ
2002.2.22 (Fri)
★[三国志演義] 第五十三回 関雲長義によりて黄漢升を釈し、孫仲謀大いに張文遠と戦う
南荊州制圧戦(後編)。続いては金旋と韓玄を下す。
関羽と黄忠のフェアプレイが眼目の回だけど、個人的には諸葛亮が魏延を抹殺しようとする理不尽さのほうに目がいく。ダブルスタンダードな理屈のみならず、さして根拠の無さそうな謀反の骨相まで持ち出して、魏延をぶち殺そうとするのだから驚く。
それにしてもこの時点での諸葛亮は、いったい魏延のどこが気に入らなかったんだろう。ろくに性格も知らなかったろうから、やはり顔だろうか? 何せ、「顔はくすべた棗の如く、目は輝く星の如き」(上 p.464)というおよそ人間とは思えない面だから。
ちなみにこのエピソードは伏線で、後に魏延が裏切ることの予言、すなわち諸葛亮の慧眼として処理される。ここまで来ると無理筋のような気がするけれど、まあ昔の小説だから仕方がない。
後半は魏 VS 呉。孫権軍が寡勢の張遼軍にぼこぼこにされる。太史慈はこの戦いで傷を負い、それが原因でまもなく死亡した。『演義』だとこの戦いのプライオリティは低いようで、あまり盛り上がるように書かれていないのが残念。
2002.2.23 (Sat)
★[三国志演義] 第五十四回 呉国太仏寺に新郎を看、劉皇叔洞房に佳偶を続ぐ
2002.2.25 (Mon)
★[三国志演義] 第五十六回 曹操大いに銅雀台に宴し、孔明三たび周公瑾を気らしむ
周瑜が蜀に兵を出すと見せかけて荊州に攻めかかろうとする。
曹操陣営では銅雀台落成の祝いに武芸大会が開かれる。皆が次々と弓術の神業を披露し、最終的には徐晃が枝を射切って、的を兼ねた戦利品を得る。が、そこへ空気の読めない許チョが登場。何を勘違いしたのか、その戦利品を奪おうと徐晃に殴りかかる。
お、お前、何もしてないじゃないか!
徐晃並の神業を見せた連中ならいざ知らず、競技に参加すらしていない人間が、その戦利品を得ようなんて何かが間違っている。やはり許チョは空気が読めない奴なんだなと思った。
荊州では諸葛亮に計を見破られた周瑜が、「もんどり打って馬からころげ落ちた」(上 p.492)。ただ「落馬した」と書かず、わざわざ「もんどり打って~」と断ってあるのが可笑しい。
2002.2.26 (Tue)
★[三国志演義] 第五十七回 柴桑口に臥竜喪を弔い、来陽県に鳳雛事を理む
周瑜死す。馬騰死す。
周瑜の失態を嘲笑うかのように、劉備と諸葛亮は山の上で酒を酌み交わす。さらに、周瑜の神経を逆撫でするかのような手紙を送りつけ、ついに諸葛亮は彼を憤死させる。第五十一回でも書いたけど、真綿で首をしめるように周瑜をいたぶる諸葛亮は何だかとても楽しそうだ。
その後は諸葛亮、ぬけぬけと周瑜の弔問のために呉へ赴く。祭文を読み、周囲がひくほど激しく泣き、完璧なまでに周瑜の死を悼んで見せた。ホント、この頃の諸葛亮は楽しそうだ。
ところで、第二回において私は、「歯をばりばりと噛みならして」がいかにも張飛らしくて良い、という意味のことを書いた。が、どうやらこれはある種の定型表現で、別に張飛専用のものではなかったようだ。この回の周瑜も、怒り心頭に発してばりばりと歯を噛みならしていたし、さらに次の第五十八回でも、父の死を知った馬超がばりばりと歯を噛みならしていた。
昔の人は歯が丈夫である。